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ラスボス育成観察録  作者: 不破焙
第壱號 黄昏の残狂
12/46

拾弐頁目 迷宮血戦

 人類圏最大宗教――『エルザディア教』。

 掲げる教義は慈愛、正義、知恵の三本柱であり、

 世界の調和と平和を何よりも重んじている。

 魔物が平然と闊歩していた時代などでは

 特に人心の拠り所として絶大な役割を果たし、

 大国のみならず弱小国を手助けする一助となった。


 その際に人々を護る盾となり、

 そして迫り来る魔物を撃滅する矛となったのが、

 緑の鎧を纏う一団、『エルザディア聖騎士団』だ。

 彼らは教皇直属の武装戦闘集団であると同時に

 国家間の紛争を治める調停者の側面も有しており、

 その影響力の強さを表わす逸話の一つとして、

 たった一騎の聖騎士が来訪した瞬間、

 それまで数年間戦争状態だったはずの小国たちが

 突然和平交渉に臨んだ、等という話まである。


 つまるところ、彼らは世界の調停者。人界の守護者。

 混迷を極める世にて絶大な信仰心と力を以て、

 弱き人々を救う正義の味方――『人類の味方』。


 即ち、『魔物の宿敵』。



 ~~迷宮(ダンジョン)内~~



「「ッ――!!」」



 振り上げられた鉾槍(ハルバード)の一撃が魔物たちを襲う。

 魔力を纏い強化された斬撃は三方へと分かれ、

 内一つがベリルを抱えて機動力の落ちていた

 シェナの足を鮮やかに切断する。

 当然、幻魔はそれで体勢を崩して横転し、

 また投げ出されたベリルはすぐに

 体勢を立て直して彼女の傍に駆け寄った。



「シェナ!?」


「問題無い……! 脚くらいすぐ再生する!

 それより前! 次来るよ――!」


「っ……!?」



 ベリルは咄嗟に魔力を溜めた翼を構える。

 自分とシェナの両方を守れるように、

 体の前で両翼を交差させて万全の構えを取った。

 が、そんなベリルの真横をスルリと抜けて、

 既に聖騎士は彼の背後で即死の一撃を狙っていた。



(速っ――!?)



 須臾の間にベリルが出来た事は、

 聖騎士の速度に驚愕して戦慄するのみ。

 それ以上は、指先一つ動かす事も叶わず、

 ただ放たれる攻撃に身を晒すのみ。



「「っ!?」」



 だが何故か、聖騎士の攻撃は()()()()()()

 自分の攻撃が空振りした事に、

 きっと騎士が一番驚いていた事だろう。

 そしてその衝撃と困惑から抜け出せず

 敵が硬直した一瞬の隙を突くように、

 足を再生させたシェナが少年を抱き上げた。



(今の内に逃げるわよ!)


(シェナ!? もしかして!)


(ええそう! 幻惑に掛けてやったわ!)



 気付けば周囲には桃色の煙が漂い、

 まるで纏わり付くように聖騎士を包んでいた。

 かつて自分も体感した強力な幻術にベリルは

 遅まきながら並々ならぬ頼もしさを覚える。



(今なら攻撃出来るんじゃ?)


(馬鹿! 私らじゃあの鎧は抜けないわよ!

 幻惑で五分は稼げるでしょうから、その隙に――)


「――ッ!!」



 しかし聖騎士の優秀さが幻魔の反則技を凌駕した。

 彼はものの数十秒で空振りの原因を考察すると、

 全身から莫大な魔力を解き放って対応してみせた。

 周囲に放たれた緑のエネルギー波は、

 桃色の煙を駆逐し、騎士の目に敵の姿を現す。



「嘘、でしょ!? もう対応してきたの!?」


(マズい……! 僕らじゃ勝てない!)



 そう思った次の瞬間には、

 逆光を浴びた騎士のシルエットが

 二人の眼前で鉾槍(ハルバード)を振り上げていた。

 全てがスローモーションで動いて見える。

 魔物たちの脳は、自分たちの死を直感していた。

 がその時――



「ッ!?」



 ――突如迷宮(ダンジョン)の仕掛けが作動し、

 真横から突き出してきたトラップが騎士を殴る。

 騎士は咄嗟の防御でダメージを軽減していたが、

 飛び込む途中だった事もあり踏ん張りが効かず

 そのまま変形していく地形に流され

 壁の向こうへと消えて行った。


 また同時にベリルたちも地形変化に巻き込まれ、

 気付いた時には先程まで居た場所とは

 全く別の空間へと二人仲良く動かされる。

 そしてそんな魔物たちの前には、

 疲弊しきった彼らを見上げ、

 溜め息を溢す緑色で単眼のスライムがいた。



「面倒事を持ち込みおって……小童共め」



 ~~同時刻・別フロア~~



 滑落した聖騎士は天井を見上げて沈黙する。

 元々寡黙な武人である彼は、

 黙って状況を整理すると即座に行動に移った。

 迷宮の奥へと続く道を征くそんな男の足元には、

 既に()()された魔物たちの骸が転がっていた。



 ~~~~



「た、助けてくれてありがとう……セルスさん」



 聖騎士の猛攻から辛くも逃れたベリルたちは、

 先導するセルスに誘われて迷宮の道を進む。

 眼前をポヨポヨと跳ねるスライムは小さく、

 蹴飛ばせば簡単に弾け飛んでしまいそうなのに、

 二人はその背中に計りようも無いほどの

 頼もしさを感じていた。



「それにしても……強かったね、あの人間」


「ふん、むしろ誇れ。魔物即殺の聖騎士相手に、

 十秒以上保ったのじゃ。並の魔物には出来ん」


「っ……どうすれば……」


「これこれ! 未熟者がアレを倒そうと考えるな

 折角難を逃れたのじゃ。再会せん事を祈って去ね」


「むっ、セルスさんも共闘してよ。それなら――」


「は? ふざけるなよ」



 睨み付ける単眼は、何処までも冷たく威圧する。

 だがその目は人間体への変形に伴って

 分かりやすく覇気を失っていき、

 やがてアンニュイな吐息と共に言葉に漏れた。



「妾は()()()()()。そう決めたのじゃ」



 詳しくは語らなかったが、

 どうやらセルスは六年前の人類との戦争で

 完全に心が折れてしまったらしい。


 謀殺、計略、工作が得意な種族とはいえ

 千年以上生きてきた故の強さへの自負があった。

 そんな自分でも絶対に敵わないと認めた

 真の武闘派たちを何体も知っていた。

 だのに人類の力はそれすらも凌駕し、

 遂には魔王の首を討ち取って見せたのだ。



「妾は変身能力の他に『魔眼』を持っておる

 効果は『釘付け』。音や光、そして視線……

 多くの物をこの瞳に寄せ付ける力じゃ」


「……」


「どうじゃ? しょっぱい、と思ったじゃろ?」


「いや、そんな……!」


「佳い佳い。妾もそう思っておる

 これはこれで中々応用の効く代物じゃが、

 とても戦況を左右出来るような物では無い」


「……自分に自信が無くなっちゃったの?」


「そんな事はっ……いや、そうじゃな

 こと戦闘において妾の熱はとうに冷めた」



 迷宮の天井を見上げてそう呟くと、

 まるで脚から砕けて崩れ去るように

 美女は再び粘性の魔物へと変わる。

 そして歩調も口調も一切乱す事無く

 彼女は優しくも美しい声で鳴いた。



「この通路から上がれば迷宮の出口じゃ

 ではな小童共。ギドに『くたばれ』と伝えておけ」



 あくまでも迎合する気は無いらしく、

 セルスはさっさと迷宮(ダンジョン)内へ戻ろうと背を向けた。

 そんな彼女を振り向かせる言葉も無いので、

 ベリルたちもひとまず諦め外を目指す。


 ――が、その時、

 各々の目的地に進まんと歩み始めた

 魔物たちの丁度中間点に、

 迷宮の壁を突き破って『奴』は再び現れた。



「「っ!?」」



 振り返れば視界に飛び込んで来るのは緑の鎧。

 鉾槍を片手に、そしてもう一方の手には

 切断された迷宮生物(ガーゴイル)の上半身を握り締め、

 魔物たちを狙う聖騎士は復帰した。



(まさか此奴……!)


(この短期間で迷宮(ダンジョン)を攻略して来たの!?)



 その後に取った魔物たちの行動は多種多様。

 あるスライムは我が身可愛さで即座に避難し、

 またある鬼は同伴する五歳児を護ろうと手を伸ばし、

 そしてある魔物の仔は既に戦う意志を見せていた。


 鎧越しから伝わる敵意に吸い寄せられるように、

 聖騎士は標的を小さな翼の魔物に定める。

 向けられた殺意にベリルたちは容易く怯み、

 突き出された刃が彼らの首を狙った。



(やっぱり駄目だ……死――)


「――此方でしたか、()()()!」



 飛び込む聖騎士を、更なる速度で業火が殴る。

 焔に巻かれた騎士はそのまま対面の壁に激突し、

 初めて明確にダメージを負った反応を示す。

 その光景に歓喜の色を浮かべながら、

 ベリルたちは駆けつけた増援の名を呼んだ。



「「ペツ!」」


「はい! お待たせしました我が君!」



 機械仕掛けの霊魂は鋼の指でピースする。

 だが彼が道中の旅路を語るような間も開けず、

 聖騎士は瓦礫の中からすぐに起き上がる。

 確かにダメージは入っていた。

 入っていたはずなのに、動きに一切乱れが無い。



「ふむ? 先程の当方の攻撃

 かなり良いのが入ったと思っていましたが?」


「多分、聖騎士ご自慢の『礼装(アミュレット)』って奴ね

 身体強化とか、自己回復とか……

 とにかく便利な奴を複数重ね掛けしてるのよ」


「そう……放ってたら必ず邪魔になるね」



 ――刹那、迷宮(ダンジョン)の灯火が魔力で揺れた。

 焔魔、幻魔、そして天魔。

 三匹の魔物が肩を並べて敵を睨む。

 相対するは人界の守護者、無名の聖騎士。

 まるで六年前までの世界を再演するように、

 人知れず魔物と人との戦いが始まる。



「ここで――()()ッ!」



 ベリルが翼を広げ飛び上がったのを皮切りに、

 聖騎士とペツが真正面から激突する。

 神聖な武具と機械の体との拮抗勝負は、

 打ち合うほどに強く、激しく、大気を揺らす。

 隙を見てシェナが聖騎士の背後を取ると、

 騎士は焔魔から見て半身になるように構え、

 鉾槍(ハルバード)をより盛大に振り回して牽制した。



(っ……やっぱこの程度の隙じゃ駄目ね……でも)


「――! ッ……! ッッッ!!」


(明らかに、ペツの方を警戒しているわね!)



 シェナの攻撃は最悪鎧で受けるのに対し、

 聖騎士はペツの熱拳だけは必ず避けていた。

 自分を唯一負傷させたのだからそれも当然。

 騎士の思考は、構えは、立ち回りは、

 全て対焔魔を中心にして組み立てられていた。



(なら当然、こっちもペツを軸に攻め立てる!)



 幻魔は掌に溜めた煙を吐息で送る。

 目下自陣営最大火力のペツをサポートし、

 その熱拳をぶち当てる隙を作ろうとしたのだ。

 だが既に一度幻惑を受けていた騎士は、

 幻魔が煙を吐いたのを見るや否や

 即座に棒高跳びのような動きで飛び退いた。


 その流れで四者の戦いは目まぐるしく場所を移す。


 互いに間合いを見計らい

 中、近距離の攻防を繰り返しながらも、

 迷宮内のトラップや飛行する床、

 その他様々なギミックや高低差を活用して

 戦いは更なる苛烈さを見せ始める。


 ベリルの黒翼による斬撃。シェナの足技。

 発火させた迷宮の瓦礫を投擲するペツ。

 それら全てを鎧の耐久力と武器の切断力とで

 聖騎士は真正面から堂々と受け切った。



(攻め切れない……!)



 緊迫感ばかり肥大化して無駄に長引く戦いに、

 シェナは倦怠感にも似た焦燥を覚える。

 がその直後、一瞬の気の緩みを感じ取って

 聖騎士が彼女の腹を刃とは逆の先端で突いた。

 そしてシェナが涎を吐き出し転倒すると、

 突きの勢いそのままに返す手で

 騎士は素早くペツを強襲した。


 ここまで戦闘が成立していたのは

 聖騎士と近接戦が出来るペツが居たからこそ。

 それを失えば魔物陣営に勝ち目は無い。

 本人もそれを理解していたからこそ、

 ペツは咄嗟に自衛のための防御を行う。


 だが聖騎士はその行動を見てから動きを変え、

 防御の薄い横腹を狙って刃を振りかざした。



「ッ――!」



 鉄面に覆われその表情は読み取れないが、

 獲った、という確信の声が聞こえた気がした。

 しかし既に、そんな騎士の更に背後には、

 彼の隙だらけな首を狙うベリルが迫っていた。



(ベリル!)

(我が君!)



 その狙いに気付き魔物たちは感嘆した。

 敵が獲物を狙うその一瞬に

 こちらの殺意を全て叩き込む。

 彼ならば或いは、と誰もが希望を見た。


 がしかし――猛者の対応力がコレを上回る。


 天魔の接近に気付いた騎士はすかさず

 本来ペツを狙って振りかざしていた鉾槍(ハルバード)

 自分の肩に当て、背中の上で滑走させる。

 そして武芸者は一切振り返る事もせず

 最短経路でベリルに刃を向ける事に成功した。


 当然回避など間に合うはずも無く、

 少年の翼を刃が貫き穿つ。


 そしてベリルが苦悶の声を上げると同時に

 返しの付いた刃に引っ掛かった天魔を

 騎士はそのまま自身の方へと引き寄せた。

 直後、少年の腹を鈍重な痛みが襲う。



「がハァ!?」



 鎧の特に硬い部分で覆われた膝蹴りが

 少年の鳩尾に直撃していた。

 やがて衝撃波が遅れて発生し、

 ベリルはシェナに受け止められるまで

 一直線に吹き飛ばされてしまった。



「くっ……シェ、シェナ……」


「アンタはよくやった、休んでなさい」



 既に聖騎士はペツへの猛攻を再開し、

 機械仕掛けの霊魂は防戦一方となっていた。

 そんな彼を救うべくシェナは、

 覚悟を決めたような面持ちで立ち上がる。



「シェナ? 何を?」


「……出血大サービスよ」



 シェナは袖を捲ると、

 そのまま両手を地面に叩き付ける。

 直後彼女の全身からは大量の煙が散布され、

 まるで土石流が全てを飲み込むように、

 瞬く間に部屋全体を幻惑で覆い尽した。


 当然聖騎士はそれに気付き

 すぐに煙を晴らそうと魔力を解き放つ。

 が、いくら経っても煙は消えない。

 払われた傍から埋め合わせるように、

 シェナが絶えず撒き続けていたからだ。


 例え過剰な散布による負荷で

 体の至る所から血を噴出しようとも、

 彼女は幻惑の発動を止めなかった。



「今よマイナー魔物! 何秒でも稼いだげる!

 一撃でぶち殺せる火力を用意しなさい!!」


「ッ……! 承知ッ!!」



 ペツは聖騎士から一旦距離を離し、

 その拳に真っ赤な業火を溜め始めた。

 幻惑に魅せられた騎士はその場で停止中。

 これさえ当たればきっと倒せる――


 ――だが、誰もがそう確信した次の瞬間、

 聖騎士は再び迷いの無い速度で動き出し、

 そして正確に()()()()()()()()()()()()



「「なッ!?」」



 驚愕しつつもペツは熱を溜めながら回避し、

 シェナも幻惑の効果を更に強めた。

 だがそれでも騎士の動きに変化は無く、

 その刃は正確に機械戦士の体を狙い続ける。



「どういう事!? なんで、何でよ!」


「……まさか、視覚に頼らず攻撃してる?」


「はぁ!? そんな、まさか……!」



 ベリルの考察は当たっていた。

 聖騎士は幻惑の排除が不可能と判断すると、

 目を閉じ、相手の魔力や気配を探って、

 記憶に残る戦場の地形を脳裏に再現する事で

 無理矢理戦闘を続行していたのだ。



「バケモノ過ぎよ……!」



 シェナから吹き出す血の量が増えた。

 回避し続けるペツの退路が狭まってきた。

 ジワジワと確実に、敗北の気配が漂い始める。



「くっ……ペツ、シェナぁ……!」



 ベリルも立ち上がろうと小さな脚に力を込める。

 だが先程貰った一撃の痛みは鈍く残り続け、

 既に五歳児の体からほぼ全ての体力を奪っていた。

 動かせるのは精々魔力で出来た翼くらい。

 だがそれも、空を飛べるほどの余力は無い。



(もう僕には、何も無いの? 他に何も……)



 ――『君には一つしか無いんですか?』



「ッッッ――!!!!」



 蘇ったのは先日の記憶。ギドの顔。

 出来るという確信など何も無かった。

 満足に思考すら出来ていなかった。


 しかし少年は痛みを押して立ち上がる。

 魔力を溜めた翼を大きく広げる。

 そして――剣の如き羽根を風に乗せた。

 其れは幼子が土壇場に魅せた急成長。

 操作している、とはとても言えないが、

 彼の『刃根(はね)』は確かに撃ち出されていた。


 そして小さく素早い斬撃の急襲には

 流石の聖騎士も視覚無しでは対応出来ず、

 気付いた時には既に彼の手から

 鉾槍(ハルバード)は叩き落とされていた。



「――!?」


「今だァッ! ペツッ!!」


「敬服致しますぞッ! 我が君ィ――!」



 隙は作った。道は繋げた。

 それを逃すほどペツも愚鈍では無い。

 溜めに溜めた灼熱の魔力を、

 焔の魔物は聖騎士の胴へと叩き込む。



「『朱焔砲(ヴァミリオン)』ッ!!!!」



 赤い熱波の閃光が一瞬世界を白紙に戻す。

 そして直後、銅鑼を鳴らすが如き爆音と共に

 衝撃波が迷宮(ダンジョン)全域を震撼させた。



 ~~~~



「ギリギリ……だったね……!」



 荒れる呼吸をどうにか抑え、

 ベリルは仲間たちの様子を確認した。

 血塗れのシェナはへたり込んで床を見つめている。

 ペツは大量の熱気を放出して体を冷却している。

 もう誰にも余力は無い。正に辛勝そのものだ。



「……帰ろっか」



 遅れてやって来た疲労感が瞼を重くする。

 視線は自然と足元に落ちていく。

 それでも少年は出口を求めて歩み始めた。

 が、その時――



「「っ!?」」



 ――()()()()()()()()



「ペツ! シェナ!」


「承……ぐっ、承知ぃっ……!」


「あぁぁあっ! もうッ……!!」



 満身創痍は皆同じ。

 けれども気持ちの面で魔物たちは負けていた。

 加えて絶望を更に加速させるように、

 聖騎士は左の篭手を淡い緑色に光らせると、

 虚空から新たな武具を取り出した。


 彼が手にしたのは、

 ――鎧と比べて幾倍も頑丈そうな()であった。



「「っ〜〜!!」」



 彼は盾を取り出しただけ。

 たったそれだけで魔物たちは絶句した。


 やがて彼は敵陣に飛び込みながらも

 素早く地面の鉾槍(ハルバード)を回収すると、

 片手で武器を回転させながら盾と共に構えを取る。

 確かに一方の手が塞がっている分、

 攻撃範囲や速度などは低下しているのだろうが、

 その僅かな差から勝機を見い出せるほど、

 最早魔物たちに余裕など残されてはいなかった。


 それでも敵は迫り来る。

 魔物撃滅を掲げる聖騎士は彼らを襲う。

 やがてベリルは猛攻の余波に巻き込まれ、

 迷宮の通路付近まで吹き飛ばされた。



「がぁ……あぁ……!」



 小さな体は悲鳴を上げる。

 全身の肉が痛みで絶え間なく痙攣していた。

 だが尚も少年は敵を睨み、歯を鳴らす。



(もう少し、きっともう少しなんだ……!)


「いつまでやる気じゃ? 小童?」


「!? セルス、さん?」



 彼の真横にあった物陰から、

 美女姿のセルスは壁に背を当て観戦していた。

 この状況でも腕を組み、冷めた目で眺める姿から、

 彼女が本当に戦う気が無いという事が伺える。



「聖騎士団、魔導機構(マシナキア)……そして勇者一行

 格付けはとうの昔に完了しておる――()()()


「……」


「貴様一人なら逃がしてやれるぞ?

 妾は粘性擬態種。逃げて隠れてが一番得意じゃ」


「粘性……()()種……」



 諭すように語るセルスだったが、

 ベリルはその言葉から別の物を受け取った。

 そして地形と、仲間たちの様子を確認する。

 戦火に巻き込まれた迷宮は既にボロボロ。

 シェナは膝を突き、ペツのみが応戦している。

 それら全てを計算に入れ――少年は目を輝かせた。



「セルスさん! 手伝って……!」


「!? クドいぞ小僧っ、何度も言わせるな!

 妾は戦わんと決めておるのじゃ! それを――」


()()()()()()んだよ!」



 冷たく、されど熱気を宿した鋭い眼で

 未来の魔王を目指す魔物の仔は吐き捨てた。

 その顔を、言葉を、そして黒い翼を見た瞬間、

 セルスはとある記憶をフラッシュバックさせる。

 灰色に染まった過去の記憶を――



(――!? まさか此奴)


「……? セルスさん?」


「お主。歳はいくつじゃ?」


「? 五歳」


「そうか、生誕は五年前、か……」



 噛み締めるように情報を味わうと、

 彼女は諦めたように溜め息を漏らす。

 そして突然少年の頭を優しく撫でると、

 セルスはぶっきらぼうに彼に問うた。



「策を教えよ」



 〜〜〜〜



「シェナ!」



 数秒後、ベリルは最も信頼する魔物の元へ駆け込む。

 彼女は少年の接近に驚いている様子だったが、

 彼がすぐに能力を使うように懇願してきた事で

 まだ心が折れていないと確信し笑みを零した。



「血塗れの私に、また力を使えって?」


「お願い! そのっ、出来れば――」


「なーに深刻そうなツラしてんのよ?

 分かってる。さっきのをもう一度、でしょ?」


「うん、ありがとう」



 作戦も殆ど伝えていないのに、

 シェナは快諾し再び幻惑の煙を蔓延させた。

 当然彼女も警戒していた騎士は即座に目を閉じ、

 今度はペツでは無くシェナを標的と定める。

 何度も妨害を行う彼女を遂に疎ましく思ったのだ。


 そして気配を探り、彼は位置を特定する。

 ベリルに連れられて奥の方へと逃れる、

 満身創痍なシェナの呼吸を感じ取る。

 駆け出した騎士が正確に二人を捕捉した。


 ――が、次の瞬間、

 彼は予想外の出来事に遭い混乱する。



「……地形は記憶頼り、なんだよね?」



 聖騎士は幻惑対策として自身の記憶に頼った。

 目に映る世界が偽りだと言うのなら、

 直前に見た景色を真実として参照すれば良い。

 事実それは効果的で、幻魔だけならこれで勝てた。

 しかしこの場にはもう一匹、厄介な魔物が居る。



「じゃあ、()()()()()()()()()()()()()()()?」



 聖騎士が踏んだ床は地形に擬態したセルスだった。

 土色の大地は緑の粘体へと瞬時に変わり、

 露出した巨大な亀裂に聖騎士は飲み込まれる。

 そこは下層へと繋がる落とし穴。

 反応の遅れた騎士は無防備で叩きつけられた。



「づッ!?」


「やった! 今度こそ――」


「いやまだよ! また起き上がってくる……!」



 今度のダメージもかなりの物だった。

 元々ペツの大技で鎧には亀裂が走り、

 それが落下の衝撃で確実に広がっている。

 あと一撃。あと一撃さえあれば良い。



(けど僕らの誰にも……もう余力は……!)


「問題。パンはパンでも食べられないパンは?」



 その一撃を担うべく、

 一匹のスライムが飛び出した。


 それは穴の底の騎士に向かって飛び込むと、

 姿形を人型に変えて『魔眼』を使う。

 聖騎士の視線を一身に受けて、

 回避の選択を奪う『釘付け』の魔眼だ。

 術中に堕ちたと自覚した騎士は盾を構える。

 がその時には既に、瞳魔の拳は肥大化していた。



「ブッブー、時間切れ。答えは――!」



 擬態の範囲は自由自在。

 ある程度なら質量増加もお手の物。

 それに加わる位置エネルギー分の破壊力。

 パンはパンでも食べられないパンは?



「――本気の妾のぐーパンじゃぁああああああ!!」



 構えた盾の更に上から、

 超質量攻撃が騎士を飲み込み押し潰す。

 防御不可能。回避必須。一撃たりとも()()()()()

 そんな大技を以て、遂に鎧は砕かれた。



「……セルス、さん?」



 恐る恐るベリルは下方に目を向ける。

 其処に居たのは遂に絶命した聖騎士と、

 その傍らに立つ黒髪の美女。

 やがて美女は少年の方へ見返した。



「喜べ小童共……勝てちゃった」


「「ッ――! やったぁああああ!!!!」」



 魔物たちは喜びのあまり

 負傷も疲労も忘れて抱き合った。

 これは単なる遭遇戦。戦略的価値は何も無い。

 だがそれでも、例えそうだったとしても、

 ベリルは大きな一勝だと確信していた。



 〜〜数分後・迷宮(ダンジョン)前〜〜



「え!? 仲間になってくれるの!?」


「いやいや、ちょっとギドに会ってみるだけじゃ

 早とちりするでないぞ~? ベリルちゃん」


(ちゃ、ちゃん?)



 かなり好感度が上がったようで、

 セルスは共にギドの元へ向かうと誓ってくれた。

 予期せぬ収穫にベリルたちはまた喜び、

 そしてセルスも形式を重んじて名乗りを上げる。



「では改めて、妾はセルス・シャトヤンシー!

 粘性擬態種『蜃水(オアシス)』にして美しき瞳の魔性!」


「「うんうん!」」


「そして()()()()()()()()()()()()()()()()()

 喜べ小童共! 妾が主らに協力してやろう!」


「「うんう……んん!?」」


「セルス様と呼ぶがよい!」


「「んんんんんんんんん!!!?」」



 新たな仲間は想像以上の大物だった。

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