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01:元勇者とその相棒は、また世話を焼かれることにした②


 アリーズは、土地の魔力濃度が高く、そのため療養地とされていた静かな村だ。フォスクロードの外れに位置し、人間領にも近い。

 しかし、表だった侵略や略奪が無かったのは、アリーズを囲む山々の魔力濃度が、有害値まで上昇するためだ。村の外は危険だが、療養地として、旧魔王政権下であってもその役目を果たし続けていた。

 が、土地の特徴など関係なく、アリーズが狙われたわけでも、フォスクロードが狙われたわけでもなく、魔族領内全ての村や町と同じく、住人たちは死んでいった。


 そして二年前、魔王は死んだ。

 魔族領では、本来治めていた領主一族が建て直しに動き始めた。

 フォスクロード領、このアリーズも、元々の人口の少なさや周辺の山々の危険性から、領主城下付近の村町への移住が進められていた。が、療養地だったらからこそ、移住が進まないまま領主は代替わりし――若き領主の元、アリーズ出身の青年たちによる強い後押しで、ついにアリーズ住民の移住は完了した。


 アリーズを取り仕切っていた村長(むらおさ)の家は、診療所でもあり、外部からの少ない来訪者の宿泊施設も兼ねていた。

 住民がいなくなった今、来訪者の宿泊施設として使われるのは久々のことだった。


 そして浴室。男女別、壁で隔たれた浴室にキオンとシロはそれぞれいた。宣言通り、世話を焼かれることにしたのだ。

 キオンに至っては「髪の色を取り戻してきなさい」と、シズにより浴室に放り込まれる形となっている。

 二人はそれぞれお湯で身体の汚れを洗い落とした。キオンの周囲に広がる赤茶の水溜まりもすぐに流される。『不思議な所だね』と通信、シロからだ。


「住人の気配はないのに、建物はまだ生きている。不思議だよなぁ、お兄さん達四人も、ここに住んでるってわけじゃなさそうだ」


『山の方も魔力濃度が高かったけれど、ここは山よりさらに高い。耐性の低い人なら寛ぐなんて出来ない。でも、元々魔力濃度の高い場所だったのかな、建物の作りがそうだし』


「俺達なら魔力耐性に問題ないとみて誘ったのは確か、だろうけど。……元々、には同意だ。人間領の療養地と似ている、生活の基盤が土地の魔力だけで補えてる。――高い魔力濃度でなければ暮らしていけない人たちは、さて、どこに行ってしまったのか」


『疑ってる?』


「疑うには、障壁にぶつかったのにほとんど無傷だった俺自身の存在が……その、」


『ぜ~ったい、きかれるよ。混乱して走っちゃった原因』


 笑い声が聞こえる。相棒であるシロには話していた。一時とはいえ、声が届かなくなるほど混乱し爆走してしまったのは事実。

 心配をかけてしまったのだから、正直に白状する他なかった。


「恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。でもまた顔を思い出そうとするとこう、思考がぐるぐるしそうになる……」


『重症だ……』


「どうなっちゃうんだ俺……混乱を防ぐためにも、出くわさないようにしないと……」


『また会いたいと思わないの?』


「まだ、いい。……一番は別にいる、そうだろ?」


『そうだね、ふふふっ、楽しみが沢山あるって、いいね』


「俺の混乱を楽しみ扱いにするんじゃない」


『あはははっ!』



 そんな会話が浴室で繰り広げられている間、全く疑われていないアリーズ出身の魔族四人も、雑談混じりに目下の方針を決めていた。


 とりあえずは、と。アレクは“目を閉じる”と宣言。

 村長宅周辺の監視は無いものとなる。三人に異議はなく『イヤッ、覗き魔なんて思われたくない!』の泣き言をハイハイと少しの憐憫を込めて流した。


 シズは調理場にて、夕食を作っていた。料理を趣味に持つことから、食事の頭数が増えることに嬉しく思っていた。

 ヴィオはといえば二人と顔を合わせることもなく持ち場に戻っている。通信は繋げたままなので、作業の気晴らしに聞くつもりなのだろう。

 そしてリベルは、鼻唄混じりに「じゃ、こちらの事情は一切隠してく、ってことで!」とまとめた。

 そもそも、突然の来訪者に内情を明かすほどゆるい意識をしていない。おまけに、四人で完結する作業に人手を必要とはしていなかった。


 そして、数十分後。

 湯あがりの二人の前に出されたのは、湯気が立ち上るクリーム煮である。クリーム煮と同じくホカホカの二人は心底嬉しそうな歓声をあげ、それを前にしたシズは『もう俺この二人のこと好きかもしれない』と秘匿回線でこぼした。


 ――『料理好きの男vsご飯を食べるのが好きそうなキオンくんとシロちゃん。ファイ』

 ――『負けそう』

 ――『完堕ちに一票』


 と野次が飛ぶ。

 キオンとシロは、口に広がる幸せな味に元の顔の良さを最大に引き出した笑顔で、それはもう美味しそうに食べていた。


 ――『はーーー、朝飯何にしよう。お弁当も作ろう』

 ――『いやこいつ真顔で言ってるって!なんでアレク視てないんだ視ろって!わら、くっ、リベルくんは笑いを堪えるのに必死!』

 ――『僕声に出るタイプだから見ない』

 ――『無事完堕ち』


 シズは真顔のまま言い出し、リベルは笑いを必死にこらえる羽目になった。それを誤魔化すように訊くのは、障壁にぶつかった理由。


「障壁に気付かないなら、相当な事があったってことだもんな。いったい何か、って、キオンくん?」


 一瞬にしてキオンの顔が赤く染まる。

 ぎこちない動きで下を向き、目を合わせようとしない。隣のシロは、口許をおさえている。肩が震えていた。


「こちらリベル。キオンくんが真っ赤だ。羞恥の赤だ。耳を澄ませろ、きくぞ」


「実況するんじゃない」


 がんばって、と言うように、シロはキオンの背をぽんぽんと叩いた。キオンは顔をあげないまま、


「見かけた小競り合いで、武装した集団を、……その、単騎で、拳だけでっ、殴りかかっていた女性を見た瞬間、……あまりにも、可愛いと思ってしまって、」


「ふむふむ、超可愛い子を見かけたと 」


 リベルはこともなげに相槌を挟んでいるが、シズ、アレク、ヴィオは“可愛い”の単語より“単騎で拳”の方が気になり、しかし口を挟まないよう自制していた。


「こんなに綺麗なひとが存在したのかって、顔は熱くなるし心臓は痛いしで、……俺、こんな状態になるのは始めてだったので、わけもわからず走り、気付いたら障壁に……」


「それは、いわゆる」


「……はい。闘争心が暴走した結果かと」


『いやいやいや、』

「なぜ」

『どこから来た闘争心』


「戦って勝負に勝ってやるぞ~が闘争心です。闘争どころか逃走を選んでいるので、もちろん否決!」


「……し、シロぉ」


「ん~~、キオンは確かに逃走を選んでたから……違うかも!」


 リベルに否定されたキオンのすがるような視線は、シロの苦笑に弾かれた。味方のいないキオンは両手で顔を覆うしかない。


「状況的に一目惚れが該当します。異論は?」


「ううう……」

「ありません」

「『『なし』』」


『……正直僕も、一目惚れだ、ってわくわくしたいんだけど、“単騎で拳の可愛い子”の存在がね、あまりにも強すぎるって言うか、』


「本当に綺麗なひとで、しっかり拳でした。走ったキオンを追いかけるまでの間に、『一人残らずこの拳で片付けてあげる』とカッコイイ啖呵が聞こえたので」


 アレクの呟きに反応し、シロが答える。

 走り去った張本人といえば、その赤さが耳にまで広がっていた。


「それ、知らなかった……カッコイイ……!」


 顔を覆ったまま震えるキオン、リベルは笑みは若干ひきつっている。

 通信越しのアレクは、なんとも言えないようなもごついた声を発し、シズは視線を遠くへ向けていた。

 綺麗な女性、に全員、心当たりがある。


『シズ、地図出せるか。小競り合いの位置が知りたい』


「了解、……キオンくん、は無理そうか。シロさん、これはこの辺りの地図なんだけど、」


 シズが指先を向けた方向に、薄く魔力が広がっていた。すぐに色づき、地図の様相をとる。


「この辺りが人間領、ここがアリーズ。今いる場所だな。君らを拾ったのが山間部のこの辺りで……その小競り合いが、どの辺りかわかるか?領境と思うんだが」


「土地勘が無いので自信を持って答えられませんが、元々私たちは、人間領のこの辺りから魔族領に入って――」


 シロが言う経路。よりにもよって戦時中の隣の領が、魔族領の旅の始まりである。

 だが、人間領・フォスクロード領境はお世辞にも旅の始まりには向かない。なんせ海で挟まれている。納得がいく経路だった。


「おそらく、峡谷、小競り合いを見たのはこの辺り。殺気だった集団が多い印象でした」


『峡谷、なら遠いな。……まぁ、あれだ。うちと隣の領は全面戦争やるかやらないかって状況でさ。領境は特にピリピリしてるんだわ』


「戦争目前、という話は人間領でも聞いています。始まる前に、とフォスクロードの中心を目指して……ちょうどその辺りでキオンが、」


「……面目ない」


「謝らないでよ、キオンが爆走したおかげでこんなにも美味しい食事にありつけたのに」


「確かにそうだ、美味しいし、美味しいは楽しいもんな!」


 しょぼしょぼとしていたキオンも、ふわりと笑い、シロにつられシズも微笑む。


「口にあったのなら、なによりだ」


 ――『はーーーーーー!!!!好き!!!』

 ――『ぶっちぎりの絆されを記録』

 ――『なんか二人って弟妹って感じだよな、わかるわかる』

 ――『よっ、兄属性』


 秘匿回線の恒例の野次である。シズがしれっと叫ぶので、リベルは手の甲をつねってたえていた。


「にしても、気になるなぁ。隣に超絶美女のシロちゃんがいるってのに、どんな見た目だった?髪の色とか、目とか」


 これは痛みで笑いをこらえるリベルからの、探りの問いかけだ。

 その特徴的すぎる言動から該当者はほとんど一人。そんな面白怖い女性が二人といてたまるか、が本音である。

 そもそも、キオンとシロ自体、とても綺麗な顔立ちをしていた。

 キオンの金髪、シロの白髪に対し『光源でも仕込んでるのかと思う程キラキラ』はアレク談。

 シロの身長も目立つ要素だ。ヴィオと並ぶ長身。まだ成長途中か、キオンが小柄なところもあり、女性の二人組に見えなくもない。どちらも可愛くて綺麗なのだ。

 そのうちの一人が、一目惚れする程可愛いときた。


「……長い黒髪、金色の目、でした。すごく楽しそうに、笑っていて、」


 思い出したのか、キオンはまた顔を手で覆った。

 可愛かったしかっこよかった、すごく、と指の間からもれでている。

 黒髪と言えば、フォスクロード直系の色だ。

 その黒髪を持った、絶世の美女と言われていた母親の生き写しとされる美女は、母の金の瞳を受け継いでいる。

 そしてお転婆だった。

 いや、お転婆というのはお転婆という単語に失礼だ、とリベルは敬意もへったくれもなく考える。

 暴の者。強者大好き手合わせが趣味。

 フォスクロードを守護する双翼の片割れ。


 エルティア・フォスクロード。

 フォスクロードの若き女領主である。


 ――『いや、もうわかってたよ……。特徴があまりにもエルティア様すぎる』と、アレク。

 ヴィオが気になっていたのは、特徴が領主すぎたゆえの、目撃された場所のようだった。


 ――『エルティア様が気まぐれで様子を見に来たって乗り込んできたら洒落にならない。この距離なら来ないだろ、多分』


 その発言に、シズも同意した。


 ――『少なくとも、エルティア様は喜ぶんだよな、キオンくん超強いと思うし~』


 リベルは言うが、さて、その情報を、出すか、否か。初手、“手合わせしましょう、あなたと殴りあいがしたいわ”なんて言い出しそうだしな、と思う。


「領内で見たんなら、この領にいる限りまた出会うことになりそうだけど、そこは大丈夫ってやつ?」


 リベルの問いに、キオンは真剣に考えたようで。深く息を吐き、覚悟を決めたようにシロに向き直った。


「…………シロ、いざとなったら俺は大きな麻袋に入るから、抱えて進んでくれるか」


「……いいよ、まずキオンが入る麻袋の調達からだね……」


「ダメそう!」

『そこまで無理なの!?』

『でかい麻袋ならあるぞ。持っていくか?』

「賛同するな勧めるなそんな持ち運び方」


「入り心地確かめてもいいですか……麻袋に入ったら暴れない、魔法を使わないと、自身に刷り込みがしたいので……」


『いいぞ、良質な麻袋を選んで持っていく』

「ヴィオ」

『冗談だって、遠隔で魔法を飛ばすな危ないだろ』


 完全にだめである。

 ヒトが入るほどの麻袋を担ぐ白髪の長身美女は、この上なく目立つだろう。町の衛兵に職務質問されるかもしれない。


『あの……シロちゃん、さすがに目立つから、担ぐのはさ、断っておこう。事件性を感じちゃうって』 


 キオンとシロは想像する。

 もぞもぞ動く麻袋を担ぐ、長身の女性。シロはその麻袋にも話しかけるだろう。向けられるのは奇異の視線。


「俺は麻袋に入らない……」


 と思い直したキオンが言った。シロはふっと微笑み、「大丈夫なのに」と答える。


「確か、フォスクロードに来た目的は、ヒトに会うこと」


「はい。領主城を目指していました。障壁にぶつかった俺が言うのも説得力がないですが、情勢が良くないことは知っていて、出来るだけ目立たないよう動くつもりです」


「障壁の件は事故だ事故、気にしなくていい」


 シズ含め、障壁についてはどうとも思っていない。

 確かに再展開するのに予定の無い魔力を使うことになったが、むしろ――障壁の役目である、弾かない対象だったということがわかった時点で、その役目は十分に果たしている。あの障壁は、一体の強さを持つ個体を阻み殺すためのもの。

 あの場で戦いにならず良かったと誰もが思った。


 ――『やりあったら間違いなく死人がでるな、これは』


 秘匿回線でそう言ったのはリベルだった。

 その弾かない対象とその連れと共に山から村に戻る道中、目的は簡単に聞いていた。

 ヒトに会うこと。もちろん相手は魔族。フォスクロードの者だ。

 領内で最も人口が多いのは領主城城下に連なる町だろう、フォスクロードの中心へ向かうという理由にも納得した。

 旧魔王政権下時の人口減少により、領民達は、領主城に近い町や村に移住している。設備のない、領境に近い村や町は、情勢が不安定な以上危険だからだ。

 領主自ら、移住交渉のため領民に頭を下げ回っていたことも記憶に新しい。


「当てはあるのか?さすがに町の真ん中で名前を呼ぶわけにはいかないだろう」


 キオンとシロは顔を見合わせた。

 頷き、すぐにシズに向き直り、


「全く考えていませんでした!とりあえず町で眺めていたら見つかるかな、なんて思ってました!」


「こんな町に住んでるだね~と、観光しながら探せばいいかなと!」


「はいだめです」


「だめかぁ」

「残念」


「こんな美男美女が二人で町歩いてたら目立つって~、姿を変える魔法にしても、余所者の顔ってすぐわかるし立ち振舞いにもでる。観光客もこの情勢では来ないし、」


『……商人なら、比較的安全な他領へ行き来はしている。装うなら商人かなぁ』


『商人にしては荷がないのがな、……お二人さん、旅慣れしてるなら、物々交換だよな?何を持ってる?』


 人間領ですら国が変われば通貨が変わる。ましてや魔族領だ。人間領の通貨に価値はないが、様々な魔法を付与し加工出来る魔鉱石は、どこの領、国であっても一定の価値がある。旅の通貨といえば、魔鉱石一択とも言って良い。


 ヴィオの問いに、キオンは腰に手をやり、小さな皮袋を取り出した。中の鉱石がこすれあい、じゃらりと音が鳴る。


「魔鉱石を」


 皮袋を開き、指につまむ大粒のそれは、黒曜に輝いていた。


「一つ借りていい?」


 ときくリベルに、キオンは魔鉱石を渡した。

 ふむふむ、と回し見、


「本職じゃないから俺も詳しくはないんだけど、魔鉱石って原産地で色々変わるらしいんだよな~、上質なのはわかるんだけど。あと普通に欲しい。売ってくれない?」


 少なくとも、フォスクロードの鉱山から産出した鉱石とはどこか違う気がする。上質という印象は変わらず、高位魔法の核石として利用出来そうだ。


「いえ、譲ります。必要なら皮袋ごと。沢山ありますし。な、シロ」

「もちろん、お世話になってますし、私も同じものを持ってるので」


「だめだめ、取引は取引。フォスクロードで使用できる通貨の他に、まずシズが朝食を作ります」


「「!!!」」


「朝食どころか、弁当持たせて送り出す気だったよ。……って鉱石の袋をそっと追加で置かなくていいから!対価が重い!」


「あとは、ヴィオ、鉱石売買にツテあるだろ?産地が怪しくても見逃してくれそうなとこ。アレク、お前の目に合わせて、視認阻害系の何か作って」


『はいよ、俺の名で紹介状出すわ』


『よしきた!……キオンくんの丸耳は嫌いじゃないけど、身に付けるだけで魔族の尖り耳に誤認させる魔法具作るよ』


 キオンは驚いたように己の耳に手をやった。

 シロも同じく、キオンの耳に注目する。


「いつから、ですか……」


「風呂あがり?」

「いや、山下りたあたりで片耳の魔法は解けてた」

『……最初から。何かしてるなとは視えてたりして』


 リベル、シズ、アレク談、である。

 一見、外見に変わりがないように見える魔族と人間だが、耳の形に差異がある。人間は丸く、魔族は尖っていた。

 キオンも魔族領に入るにあたり、耳を魔族のものと誤認させる魔法をかけていたが、早々に解けたらしい。


「そう、ですか……すぐにバレたとはいえ、まさか耳の維持が出来ていなかったなんて……」


「ごめんね、当たり前のように丸い耳に慣れてたから、解けていたことに気付かなかった」


『シロちゃんのは自前、……だよね?』


「はい。私は人間ではないです」


『オッケー、んじゃキオンくんだけで。……さすがに、町の真ん中でうっかり民間人にバレて、はまずいからさ』


「……姿をいじる魔法は苦手で……申し訳ない」


『誰しも得意不得意あるもんだって、僕も良い気分転換になるからさ』


「よしよし、他にもフォスクロード人探し探検に必要そうなものは~、あ、これ、探し人の名前を聞いていいやつ?案外俺達が知ってたりして」


 キオンは、はいと頷き、「ジュード・フォスクロード」と、探し人の名を口にした。

 恩人だと言う。必ずまた会おうと、約束したと言う。

 その名を四人は知っていた。このフォスクロードの民でいて、知らない者がいるはずない。


「ジュード・フォスクロード、か」


 リベルはうむむ、と考えるように目を閉じる。

 秘匿回線は静まり返っていた。何も言わない、全員が言葉を選んでいる。


「キオンくん、答えを言う前にもう一つだけ。“ミラ”という名の魔族に、心当たりない?」


 キオンの表情が変わった、驚いたようにシロと顔を見合わせ、「あります」と二人で頷く。


「そっか、うむうむ、よし。じゃあ答えだ!まず、おさらいだけど、魔族の姓は出身地の名だ」

 ――『二人を利用しよう。今この時、この二つの名が出るのは偶然じゃない』


 リベルは話す。表で、秘匿回線で、同時に。


「フォスクロードは領の名でもある。この領でフォスクロード姓を名乗れるのは、領主一族だけ。となると、はい、シロちゃん、その正体はわかるかな!」

 ――『この時期に二人が来たのは、戦力になるためじゃないのか?事が起きた時、その場に二人がいたとするのなら、協力してくれるのでは?』


「……ジュードさんは、フォスクロード領主、さま?」


「大正解!今は“隠居して”、娘が領主を引き継いでる」


 嘘だ。ジュード・フォスクロードは隠居などしていない。ジュードは一年前に死んだのだ。葬儀に参列したリベルがそれを知らないわけがない――忘れるわけが、ない。


 ――『待てよ、待ってくれ、隠居ってリベル、ジュード様はもう……!』

 ――『まさかお前、嘘を』


「――領主一族は、」


 シズも、また口を開いた。

 リベルはにこやかな表情を顔に張りつけたまま、シズを一瞥。問題ない、と判断し視線を戻す。


「まぁ、領の代表だ。おいそれと会える立場じゃない、が……領主城で妹が働いている。紹介するよ。妹に取り次いでもらってくれ」

 ――『二人は領主城へ行ってもらう。シュカと引き合わせる』


「そっか、そっか……!ジュードさん、やっぱり、立場がある人だったのか」

「ふふ、領主さまなのに、ミラさんは顔が凶悪面だーってよくいじってたっけ」


 ジュードに続いて、ミラという魔族についても、リベルたち四人はよく知っていた。

 フォスクロード領主、ジュード・フォスクロードの片腕とされていた魔族。紛れもない、天才と評すべき男。軍属で、魔法特化の第一部隊隊長だった。

 彼の、冗談めかして言う「未来視が出来る!」の発言が、近しい者であるならこそ、冗談でないと知っていた。


「それに、シズさんの妹さんにも会えるんだ、楽しみだね!」

「シズさんに似てるのかな、気になるね!」


「ここだけの話、シズはシスコンだからね」

 ――『そもそも、この計画の一番の懸念は領主城だ。そこに二人が滞在する形を取れれば、死人が減るかもしれない』


 リベルは軽口を飛ばしながら、秘匿回線で相談という体の決定を押し付けていた。

 シズは反論しない、領主城には妹がいるからだ。


「シスコンなんだ……」

「シズさんはシスコン……」


「俺はシスコンじゃない」


 ――『でもいいのか、お前、シュカに言わせるってことだぞ、死亡告知をさせるってことだぞ!?』

 ――『やってもらう』


 シュカなら、とシズは妹のことを想う。

 俺たちが嘘をついた理由について考えるだろう、しかし、彼女は嘘をつかない。死について話すはずだ。

 死亡告知を行うのは、ひどく辛い。経験してきたからこそわかる。

 それでもシズはそうさせることにした。

 ずっと分の悪い賭けをしているのだ。二人を利用する罪悪感はある、しかし、妹の命が守られる可能性に賭けたい。シズの覚悟は決まっていた。

 長いため息をついたのはヴィオか、「わかった」と口にし、アレクも唸りながら了承する。

 

 ――『……いいぜ、俺もその案にのる。嘘つきのくそ野郎共になってやろうじゃないか』

 ――『……のるよ、こんな博打みたいなこと……今に始まったことじゃないしな……』


 

 明日、キオンとシロは領主城へ発つという。

 一見、和やかに終わったかに見えた夕食の席だった。

 魔族の四人は罪悪感を抱え、その罪悪感の対象の二人は、――既視感を、覚えていた。




 



  



 


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