エピローグ:君達を恐れない、良き隣人と良き友人④
フォスクロードの霊園は、涼やかな風が通る。今、聞こえるのは揺れる草木の音のみ。
霊園は整備された石造りの道で区画が分けられ、空は無色透明の魔力の天幕で覆われていた。
常時展開されているらしい天幕は、有事の際、霊園で眠る者を守る障壁と変化するのだろう。
拒絶するような静けさも冷たさもないが、ここに受け入れる気はないというような。
キオンとシロは、この場所に確かな線引きを感じていた。
――それも当然か、ここは眠る者のみが許される死者の地。
案内された墓石の前で、手のひらに残った、魔力で形状を維持されていた故人の欠片を、キオンは穏やかに溶かしていた。
墓石の下に故人の亡骸は無く、しかし遺品はあると聞いていた。さらさらと溶け消えるのを最後の1片まで見送り、キオンは隣のシロを見上げる。
身長が頭一つ分違う相棒は、ちょうど手のひらからキオンの顔に視線を移そうとした所だった。寂しげな表情は、キオンと目を合わせることで、淡い微笑みに変わる。
「還っちゃったね、キオン」
「うん。でも、還せて……帰せて、良かった」
ベルゼートから奪った故人の欠片はもう無い。溶け消えた魔力もまたここで眠るのだろう。
キオンは空になった手を握り、シロと共にゆるりと振り返った。向かう先は、領主一族が眠る霊廟。
個人を偲ぶのを、少し離れた所で見守ってくれていた二人は、キオンとシロとの約束を破った男が眠る霊廟の前にいる。入口の左右に立つその姿は、まるで、入口を守る門番のようだ。
霊園に到着し、まず始めに案内されたのがこの霊廟だった。
一歩踏み入れた瞬間から、空気は変わる。
厳かで冷えた空気は、外とは違い突き放すような意思を感じた。早々にこの霊廟の住人になることは許さないというような、怒りにも似たものも。
そして二人は、事前に聞いていたジュードの死を、現実として対峙する。
しかし、キオンとシロが涙を溢すことはなかった。涙が引っ込むぐらい、表情豊かな墓守がいたからだ。
墓守であり、領主のエルティアは、約束の反故に納得していなかった。父親を愛し尊敬もしていたが、その所業を許すつもりは毛頭無い。
しかし、当の本人たちが許すと言う。喪失感に蓋をされた、諦めにも近い暗い感情は、エルティアの真っ直ぐな怒りで浄化されていた。
一通り墓参りもすみ、キオンとシロは領主兄妹と合流しようと歩を進めていた。
その足取り――キオンの足取りが突然重くなったのに気付き、シロはキオンを見た。あ、とシロは思う。
ついに、ついにだ。
魔法回廊の顛末を話し、二年前の出来事を話し、エルティアやクロツグとも真正面から対面し、墓参りも一段落してしまった今、ついにキオンの緊張の糸が切れてしまったのだ。
キオンは顔を伏せたまま、立ち止まってしまう。
「キオン……わかったよ、もう、限界なんだね……」
顔をあげないまま、キオンはこくりと頷いた。
手には魔法で隠し保持していた、ヴィオ作成の麻袋がある。
墓守であるエルティアとクロツグもキオンの様子の変化に気付いていたが、ここは霊園。個人を偲ぶ場である。
突然足を止めることも、己の感情を整理するためであることは理解していた。つもりだった。
キオンは、力無く、ゆるりとした動きのように見えた。が、実際その所作は無駄無く手際良く。
広げた大きな麻袋に足を入れたことに疑問を持った次の瞬間には、そこにあるのは内側から口を閉じられた、膝を抱えた小柄な成人一人分の麻袋だった。
エルティアは迷ったように一歩踏み出し、やはりと足を止め、まずはと隣にいる兄に尋ねた。
「クロツグ」
「なんだ」
「大事な客が麻袋になったわ。これはなに、彼は実は穀物だったりするの?食物になることを希望しているということ?」
「落ち着け、そんなわけないだろう。麻袋は別に穀物を入れるためだけのものではない。何かしらの理由があるはずだ」
「そうよね、あの強さで穀物として生きるにはあまりにも勿体無いわ」
「困惑しているのは俺も同じだ。とりあえず穀物から離れて物事を考えてくれないか」
二人の会話を、耳の良いシロは捉えてしまう。
吹き出すように笑い、「すみません!」と霊廟前にいるエルティアとクロツグに声をかけた。
「キオン、限界みたいで!麻袋にいますが問題はありません、少しの間そっとして頂けると出てくるかと思います!」
もちろん、エルティアとクロツグはキオンのソレを知らない。
ゆえに、限界と聞いて連想するのは体調面だ。二人はキオンの元へ駆け寄り、勘違いのままに通信を飛ばす。
「シズ・アリーズ、霊園まで来なさい今すぐ」
「シズ・アリーズ、霊園まで来てくれ急患だ」
「待って下さい!ちが、治癒魔法でどうにかなるものじゃないので!!」
『霊園に患者ですか?座標を頂ければ、すぐに空間転移で』
「シズさん、あの、キオンがちょっと限界で麻袋にいるだけなので!」
割り込んできたシロの声とその発言内容に、医務室にいたシズは察した。
出会いがそうだった。アリーズの村で、あのような姿で照れ倒れていたのに、ここ領主城では、エルティアを前にして何ともなかった。
おかしいと思っていたが、緊張で抑えていただけのようだ。
『あー……、エルティア様、クロツグ様。今回はそっとしておいてもらっていいですか。直に動けるようになると思います』
「そうなの?……そっとしておく、だけでいいのね?」
エルティアは頷く。彼女の認識では、現状の“そっとしておく”は出来るだけ触れず声もかけず、というもの。
しかし興味はあったので、エルティアは今麻袋の側で膝立ちし、まじまじと麻袋を眺めていた。
あまりにも近い距離に、シロは内心キオンを応援する、が、やはりダメだったらしい。麻袋から魔力がにじみ出始めている。
「キオン、魔力もれてるよ、抑えて抑えて。――え、気配が近すぎて制御がきかない?……気付いてないといいなって思ったのに」
「これ、ただの麻袋じゃないわね?つついていい?」
「!!????」
弾かれるように麻袋が飛んだ。
道半ばで転がり止まる。
「麻袋でこんなにも器用に飛べるもんなんだなぁ~」
「私まだ触れてないわよ!?」
いったいこれは、どういう状況なのだろう。クロツグは目の前の光景について考えた。
まずキオンは麻袋の中にいる。そしてその麻袋は今まさに転がり飛び、道のど真ん中で、目に見えてわかる程に震えていた。
つついていい?などと聞きながらつつく気満々であったエルティアの指先は宙をさ迷わせたままだ。
麻袋の相棒であるシロは心配している様子無く。
クロツグの目には確かに奇行として映っていたが、まだ、キオンとシロに対する遠慮があった。
その遠慮が理性を黙らせ、クロツグは麻袋に入ったままでありながらの、キオンの俊敏すぎる身のこなしに――わくわくしてしまった。
器用に転がりシロの背後を陣取る麻袋。麻袋でこれなのだから、麻袋から出ればさらに動きは洗練されたものとなるだろう。
素晴らしいな、とクロツグは頷いた。
――という、一連の気配を、通信越しに感じてしまったシズは、そっと回線を幼馴染み組へと繋げる。
『そこにツッコミとかいないんじゃない?大丈夫?』と真面目にふざけることなくリベルが言い出すぐらいは、全く大丈夫ではない現場になっていた。
「私は麻袋に入ったあなたをつつきたい。でもあなたはつつかれたくない、……我慢してみせろというのね、この私に……無理ね!私はつつきたいわ!この気持ち、止めたいのなら麻袋に入った理由を話しなさい!」
キオンの懇願するような言葉にならない声を、もちろんシロは聞き入れ、理由を話して穏便にしてほしいと、そう言いたいのだと理解していたが、シロはキオンがこうなるのを面白く感じていた。
「だそうだよキオン。せっかくだしつつかれようよ」
「~~~!!!!!!????」
「許可は出たわね、さあ、観念してつつかれるがいいわ」
麻袋は、相棒が味方になってくれない焦りと、エルティアがにじりよる気配に気付き、素直に障壁を展開した。
エルティアの指先は障壁によって阻まれる。確認するように障壁に触れたエルティアは、そっと手に力をいれた。
こんこん、と叩いても、障壁は軽やかな音をたてるだけだった。
エルティアはクロツグを振り返り、クロツグもまた、エルティアを見ていた。エルティアは頷き、今、壊す気で触れたことを認める。
「いいわよね、クロツグ」
「そこに壁があるのなら、仕方のないことだ」
その、そわついた、わくわくとした雰囲気を察し、シロはそっと麻袋から距離を取った。
「キオン、がんば』と応援するのは忘れない。
エルティアは、麻袋とを遮る障壁に両手をかけた。
しかし、しかし、障壁はたいした反発も無く、そこにあるだけで軋みすらしない。
エルティアの口角があがる、クロツグの尻尾が振られた。
シロはこそこそと届いたリベルからの通信を受け、『麻袋キオンの障壁の強度が試されている所です』と答えた。
――『アレク、絶対面白いから視に行ってこいよ!』
――『霊園はエルティア様の魔力が張られてるから、視てるとバレちゃうんだよね~』
――『ヴィオお前、結局キオン用の麻袋作ったな?』
――『キオンの魔力量から魔力の完全遮断を麻袋の形に押し込むのは厳しい。だから耐魔力に特化した。どんな魔力濃度下であっても腐食分解されない。麻袋越しに高位魔法の展開が可能。防水防塵、弾力性もある。居心地にも配慮した、中から魔力を操作してそれなりに動けるぞ。もちろん自動修復もつけた、縦の斬撃には比較的強いが横に弱いのが今後の課題だな』
――『いやお前がこれだけ喋るとか絶対もどきじゃん!麻袋の形したもどきじゃん!』
――『そりゃ、俺が作るんだからもどきだろ』
――『また変なものを……』
魔法生物もどきこと、中身を守る麻袋は今、中身が展開した障壁の向こう側から、障壁を破らんと両手をかけるエルティアに笑顔で凝視されていた。
「堅い!すごく堅い!こんなに!力をいれても!壊れない!!!すごいわ!」
「ふむ!」
エルティアは高揚していた。霊園にあるまじき魔力が渦巻き始める。
シロは地面が揺れるのを感じた。
エルティアが強く踏み込んだせいだと気付き、次いで、アレクが視に来ていると気付き。
シロはアレクにこっちこっちと手招きする。
――『アレクさん、あれです。あの中にキオンが』
――『急激な魔力濃度の上昇を確認したので現場を視に来ました。って言い訳できるから、視に来たけど……』
キオンとシロがが知らず、アレクが知ることがある。それは、エルティアの悪癖。日頃から手加減が欠かせないエルティアは、自分が触れても壊れないものが好きだ。好きゆえに壊したくなく、どの程度でまで触れて良いのかを確かめたがる。
それが例え、壊すことに繋がろうとも。
――『これ、まずいなぁ。エルティア様、壊しにかかってる』
――『エル様の悪癖~!クロ様も同類だもんなあ!』
――『これ大丈夫か?エルティア様は、キオンが治癒魔法を弾くのを知らないはず』
――『っても、キオンのやつがそうそう破られるような障壁を、』
――『エルティアさまの今の顔、キオン、好きだろうなぁ』
思い出す、一目惚れキオンの話。殴りかかるエルティアの顔が好きだとキオンは言った。
シロは嬉しそうに言うが、麻袋越しだとはいえ、あのキオンが外を視られないはずがない。
もし視て、見蕩れでもしたら。
――『アレク、座標』
――『思考停止からの素受けの可能性はあるな』
――『医務室配属、初めての怪我人がキオンは嫌だぞ』
リベルは座標を求め、ヴィオは危惧し、シズは憂う。
エルティアは溜めに入っていた。
魔力は吹き荒れ、擦れぶつかる魔力の余波がビリビリと鼓膜を揺らす。
麻袋の震えは止まっていた。エルティアの溜めに合わせるように、キオンの魔力が揺らめくのをシロは見ていた。
そしてクロツグは、シロの“隣”に視線を向け、己の首を指で一線するように動かして見せた。それは、アレクに向けられた、邪魔するなら狩るぞ、の意。
――『待った!転移は無し。クロツグ様に転移狩りされる、安全確保できない』
――『なんでうちの領主兄妹は事前申請無しだと問答無用で転移狩りしちゃうかなァ!』
――『正しくはあるけどもっとこう、手心というか』
――『医務室……開けとくから……』
――『……大丈夫、キオン、受け止める気だ。応えようとしてる』
「キオン!このまま……ふふっ!このまま!受けてもらっていいかしら!手加減なんて――するんじゃないわよ!」
「はい」
麻袋から確かに聞こえたキオンの声は、震えなく、はっきりとエルティアの耳に届き――エルティアは幼い少女のような笑みを浮かべた。
「あはっ!」
その時、エルティアは初めて、クロツグ以外に向けたことのない力を、キオンに振るった。
――何も起きなかった。
間違いなく、振るわれた力は解放されていた。
しかし、衝撃音は無く、余波もなく、高まった魔力濃度ごと、何事もなかったかのように。
一つ変わったことがあるとすれば、麻袋がいなくなっていた。
――僕の目でも、消える瞬間は捉えられない、か。
アレクの視線は、麻袋の位置から数歩後退した場所にある。
そこに、キオンは顔を真っ赤に立っていた。畳んだ麻袋を胸に抱えている。
エルティアは、自分の攻撃を一片の狂い無く、余波や余分な魔力ごと取り込み追消滅させたキオンを、そして目を離していなかったというのに、消え、移動してみせた芸当を、認識し。
意を決したように口を開いたキオンに飛び付いた。キオンの決した意はへなへなと消滅する。
「キオン!キオンキオンキオン!!あなた、あなたすごい!すごいすごいすごい!!クロツグ見た!?見たわね?!」
「みた。すごい」
エルティアはキオンの両手を握り、ぶんぶんに振る。
キオンの精神は許容を越え、されるがままに振られていた。弱々しい通信を送り、助けを求めることぐらいしか出来ない。
――『タスケテ タスケテ タスケテ』
――『エルティア様に殴られそうになっていても助けを呼ばなかったキオンが!』
――『あー、今ね、キオンはエルティア様に両手握られてぶんぶんに振られてるとこ』
――『無事か、よし。倒れたら医務室ってことで』
――『後で麻袋の使用感の報告くれな』
――『うううう……』
通信回線に、咽び泣くようなキオンの情けない声が流れている。が、アレクは視ているだけであり、現場にいない以上アリーズの四人にはどうすることも出来ない。
唯一動ける味方のシロは、そろそろ足が浮き始めるほどに振り回され始めたキオンを、心から嬉しそうに眺めていた、が、さすがに不憫に思ったらしい。
シロは、振り回されるキオンの元へ向かうことにした。
「あの、エルティア様。キオンが気絶しちゃうので、そろそろ」
「あら、気絶?どうして?」
「ドキドキしちゃいすぎて」
「わかる、わかるわ!私もドキドキが止まらないの!」
エルティアは手を離し、キオンはふらつく足を踏みとどめ、通信を飛ばす。もしかして、の確認だ。
――『これ、もしかして俺も!やっぱり闘争心でドキドキしてるとかじゃないですか!』
――『『『『違います』』』』
――『うっ!』
しかし相手のエルティアは間違いなく闘争心。
で、あるが、今は言わず、アリーズの四人はキオンの勇気を待っていた。まずはお友だちから、そう決意していたのを知っているからだ。
キオンは次こそ、とシロを見、シロから後押しの視線をもらった。
「エルティア様」
「なあに」
「俺、が、麻袋に入ってしまったのは、エルティア様の顔が綺麗すぎて、抑えられないドキドキを落ち着かせるため、でした」
エルティアは、自身の外見の良さを知っていた。この顔は亡き母の生き写しと言われている。
しかし、エルティアという中身が、母の完璧な外見の良さを損なっているともまた、知っていた。
――彼が、キオンが、とエルティアは思う。
もしこの外見を好ましいと思うのなら、もう少し、淑女として振る舞う練習でも、してみようか。
エルティアはキオンを気に入っていた。
恩人であることもそうだが、キオンの金髪が、遠くからでも、まるで座標のようにキラキラと目を引いた。
それに、キオンは、触れたら壊れてしまいそうな細い身体である言うのに、壊そうとしても壊れないことが証明されてしまった。
フォスクロード領は、今まさに、領主が“落ち着く”、最大のチャンスを迎えていた。
「実は、一度姿を見かけたことがあって。領境で、拳で敵に殴りかかる姿が、すごく、綺麗で、かっこよくて、――さっきも、障壁を破壊しようと殴りかかる姿が、……すごく、最高でした!」
「最、高……?」
そして、その最大のチャンスは、今潰えた。
エルティアは、顔を真っ赤にするキオンを見、キオンが本気で言っているのだと認識し、己の顔を両手で挟むように触れ、「そう、」と呟くように言い。
自分でも驚くほど自然に、無意識に、この感情に一番近しいと思った言葉を口にしてしまった。
「結婚しましょう」
静寂。
誰も口を開かず、時は止まったかのよう。
また、霊園に涼やかな風が吹き抜ける。
その風に押され、キオンは舞う木葉のように、ふわりと傾ぎ、ぽとりと倒れた。
――倒れたことで、この場にいる者、会話を聞く者は、実際は止まってはいない時に、ようやく、思考を追い付かせる。
「うわー!キオンー!!!」
――『感情がバグってる!これ感情がバグって震え泣いてるやつー!』
「……エルティア!少しは考えて物を話せ!領主の立場でのそれは強制と捉えかねん!あとほら、突然の婚姻はやっぱり認められない!友達から始めなさい!」
「そ、そそそうよね、ごめんなさい違うの、その、友達って言おうとして!私友達いたことないから!慌てちゃって!!」
――『現場に行かせてくれ!現場に行かせてくれよ!転移させてくれ!生で見たいー!』
――『リベルいたわ。掴んで止めとく』
――『頼んだ。諦めろよリベル、流血沙汰になるぞ』
――『そうそう、クロツグ様も混乱してるから、手加減雑になるだろうし』
「……始まりが、顔が好き、だなんて、俺、不純な動機かなって思って、」
キオンはシロに引き起こされ、未だ混乱が解けぬままうわ言のようにこぼす。
それを聞いたエルティアは、先の自分の発言に、遅れて顔を赤らめていた。
「いいえ、いいえ。私だってあなたの顔、可愛くて好きよ。恩人であることを除いても、なによりその強さに、最初に惹かれてしまった。……私の方が不純よ。でも、それでも良いと言うのなら……私と、」
エルティアは、へなへなのキオンに手を差し出した。
「友達から、始めましょう」
「……はい」
キオンは、なんとか声をしぼりだし、頷き。そっと重ねようとした手は、待ち迎えるという我慢がきかないエルティアによって掴まれる。
「これで!あなたと私は友だち!友だちよ!」
キオンの手を力強く握り満足げに笑うエルティアは、へなへなに拍車のかかったキオンを苦笑しながら支えるシロに、その握る力と同等の力強い視線を向けた。
「シロ!」
「はい!」
「私、あなたも好きよ!白くて綺麗!だから友達になりたいわ!私の初めての女の子の友達になって!」
「ふふ、やったー、私も友達ができた」
はにかむように笑うシロを見て、エルティアはその表情を真剣なものにし、空いた手に書面を二枚出現させた。
それは、領主の承認サインまである、フォスクロードの住民登録書。
「シロ、やっぱりキオンとそろって、今、領民になりましょう」
「住民登録の件はまずフォスクロードを見て回って、本人達の意思に任せると決めただろうが!」
――エルティアはこうであるために。
我慢の効かないエルティアの側には、いつもクロツグがいる。クロツグはエルティアの手から住民登録の書類を奪い、元あった執務室へ送り返した。
「はっ……早く私のものにしたくて、つい、」
「まったく……ほら、手も離してやれ。すまないな、領主一族だったからか、エルティアは友人というものがいなかった。少々迷惑をかけると思うが、俺からもよろしく頼む」
クロツグは軽く頭を下げて見せた。
エルティアから手を解放されたことで余裕の出来たキオンは、ちらりとシロを確認する。シロはキオンを見ていて、小さく頷き、
「クロツグさんも、俺達と」
「友達になってください」
差し出される手と、期待するような二人の顔を見て、クロツグは――差し出された手に、そっと、転送したはずの住民登録書を握らせた。
「……ちょっと、クロツグ?私を制しておいて自分はなに?」
「!!!ハッ、すまない、すまない!気が早すぎたな、……その、友達、だな、俺もよろしく頼む」
結局はクロツグも、エルティアと同類だった。
お互いがお互いを制し、いつだってすんでの所で理性を継続させている。
住民登録書は、今度はエルティアによって回収され、またしっかりと執務室へ戻された。
クロツグは、ばつが悪そうに咳払いを一つ、その後、快く友人関係に頷いた。
――ここまでされて、歓迎されてないなどと思うわけもなく。キオンとシロは吹き出すように笑う。
寄る辺など無かったのに。恐れ離れる人々しかいなかったのに。
二人は初めて、この地にいてほしいと歓迎されている。
“君たちの強さを恐れない良き友人達が、良き隣人達が、必ず出来る。”
二人は、ジュードの言葉を思い出していた。
――『もう大丈夫そうだし、僕は戻ろうかな。またね』
アレクはキオンとシロに手を振り、空間把握魔法を閉じた。
ただ、通信は繋がったままだ。四人も、繋げてくれたままだ。
キオンとシロは、ずっと二人きりだった。
それなのに、今はこんなにも、人が側にいることを許してくれている。
話しかけたい人もいる、話したい人もいる、よく知りたい人もいる、興味が尽きない。
これまで許されていなかったことが、この地では許されている。
キオンは、エルティアとクロツグの後方、霊廟へと視線を向けた。
そこに誰もいないことはわかっている。
しかし、届けばいいと思ってしまった。約束の反故を最も気にするのは、ジュードであると二人はわかっていた。
「ジュードさんの言う通りだった。俺達、フォスクロードに来て良かった」
「きっと私達は、これからもっと、フォスクロードを好きになる」
ジュードとの約束は果たされた。これはあの日、生きる事を選択させたことに対する、答えだ。
ジュードはもういない。ここにいるのは、その役目を引き継いだ兄妹だ。
その代表である領主は、不敵に笑った。まるで霊園に眠る者たちに聞かせるように、
「……良かった、だなんて、絶対撤回させないぐらい、もっと、もっと好きにさせてもらうから、覚悟しなさい!」
そして、父親と似た笑みを浮かべ、力強く宣言する。
「改めて、言わせてもらうわ。ようこそ、フォスクロードへ!私達フォスクロードの民は、あなた達を、心から歓迎するわ!」
終わり
ブクマ、評価、いいね、そして最後まで読み付き合ってくれた方々、本当にありがとうございました!




