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エピローグ:君達を恐れない、良き隣人と良き友人③


 馴染みの店の個室。ミラが死んでから利用することがなくなったそこに、エリーゼとバルドはいた。


 空席はミラの定位置だった。空席の前には、ミラが好んでいた酒と、ミラの手記が置かれている。



「どうする、俺もお前も手元に置きたくないとなると、もうこいつの自室に戻すしかなくなる」


「ミラの部屋にミラの私物があって何がまずいのよ」



『なんでぇ!おとなしくするから持っててくれよ!せめてどっちかの部屋にさあ!俺の自室はほとんど封鎖されてるじゃん!寂しいんだよ!』



 当の手記がこうである。

 ミラの声でミラの喋り方で物言う手記は、どうしても、手元に置きたいとは思えない。

 二人そろって、未だ無意識にミラの影を探してしまう、そんな自分に辟易しているというのに、何が楽しくて当のミラのような魔道具を身近に置かねばならないのか。



『未来が変わった今、そりゃあ、俺の情報はいらないかもだけど、ちょっとはほら、もしかしたら役にたつかもだし?……そうだ、季節ごとに移動とかは?春と秋がエリーゼで、夏と冬をバルドの部屋に、とか』



「お前が出す具体的な案、嫌なんだよな。その通りにしないとまずいことになりそうで」



『いやいやいや、これは本当に違うって、頼むよ。喋るのは俺を開いてくれた時だけにするし、季節ごとに一回ぐらい、こうしてここに連れてきてくれるだけで良いから』



「……要求が増えてるんだけど?」



 懇願するように、手記の頁はバタバタと動いていた。

 わざとらしい動きだ、落ち着いて、コレはミラであると考えると、素直に情報を受け取りすぎた、とエリーゼは反省した。

 


「リベル達の、ベルゼートについての報告書を読んだわ。ミラ、あなた意図的に、情報の追加をしていないんじゃないの?」



『情報の追加~?ん~~、』



 ぺらぺらと捲れたページが止まる。頬杖をつき、エリーゼは手記の発言を待っていた。



『俺がこの手記を作ってる時に視た未来は、生き残ったのはヴィオだけだったし、ベルゼート本人以外の魔法生物は、魔法回廊の爆発に巻き込んで殺していたんだよ』



「ほら、魔法生物だってこと、追加してないじゃない。そうしなかったのは未来が変わるから、ってこと?」



 ミラはよく、未来の変化について語っていた。

 バタフライエフェクト、とミラは言った。

 馴染みのない単語だったが、ミラの話を二人はよく覚えている。


 蝶の羽ばたき一つで、大きな事象に繋がる事もある、だったか。


 ミラは、自分の行動一つで未来が大きく変わるのを何百と目にしてきた。

 もう何度、未来を視るのはやめろと言ったかわからない。


 記憶が対価の重い魔法であるというのに、ミラは捨てた未来ごと背負うような男だった。

 だから二人して側にいたのだが、一人であっけなく死んでしまった。



『その通り~、魔道具仮作成後に視た未来が、どうも良い感じでさ。完璧な情報でなくても、上手い具合に作用してくれたみたいで。ちゃんと四人そろって生きてくれてた』



 手記は、ただの魔道具であるというのに『はぁ……』と、ため息をつく。



『……まったく、リベルのやつが、自分を巻き込む形でヴィオにアリーズごと爆破させた時は、もうどうしようかって思った。これだから、第一部隊は早死に部隊なんて言われるんだ』



 バルドはその表情で、何をいっているんだお前は、と言い。

 エリーゼは、割りそうになるグラスをそっとテーブルに置いた。ふわりと微笑み、



「生きていた頃のあんたがこれを言っているって考えたら、私、お前を張り倒すためだけに過去に戻りたくなる」



『ごめんって。確かに俺も同じ立場なら同じことをするから~、人には言えないな!』



 ――各所から上がった報告書により、領境への攻撃含め、ベルゼート・ネクロが主犯であることは判明している。

 しかし、魔王亡き今、隣領に領主はいない。ベルゼートが上に立っていたという報告もない。統治されていない領が動かせるような人員ではなかった。


 フォスクロードを狙うのは、ベルゼートだけではない。共謀した者がいる。


 そこを洗い出している最中だが、敵は傭兵崩れが多く、共謀者の尻尾は掴めていないようだ。


 そしてベルゼート・ネクロ。その来歴は心底不快に思うが、リベルの言う“若い魔族が好き”に間違いはないだろう。しかし釣り方が大問題だ。


 バルド、エリーゼ共に頭を痛めたのが、第一部隊の四人の、独断での作戦行動だった。


 今回は運良く上手くいったにすぎない。情報共有は一切無く、被害がこれだけで済んだのは奇跡だった。

 例え未来を視るミラの情報を元にしたとはいえ、未来はそれこそ、蝶の羽ばたき一つで変わる。


 次、上手くいくとは限らない。

 四人そろえば大抵の事をやり遂げてしまうその実力が、あまりにも危険に思える。

 いくら指導警告をしたとはいえ、アリーズの四人の中心は、あの、リベル・アリーズだ。


 魔法回廊の件以外にも隠し事は無いかと詰めたいが、リベルであるために口を割ることはないだろう 。



「……リベルはお前にそっくりすぎて、怖いまである」



 なんせ、ミラとあまりにも似ているのだ。

 外見ではなく、言動。わざとらしい物言いと表情も、秘密主義であるところも。


 ずっと“三人”であると考えていたのに、結局“一人”のまま行動したミラと比べ、リベルは四人だ。

 それで良いとは思うが、上官としては全く良くない。


 当面の処置として、エルティアやクロツグに掛け合い、各自職務を兼任させることで、そろって何かをやらかすことを防ぎ、各動向をわかりやすくしているが、さて。どうなるか。



『リベルが俺とそっくり、ね~、うーん、これは答えられないんだよなぁ。もう何個か言葉がないと、解放できる頁じゃなくてさ』



 さらりととんでもないことを言い出す手記に、バルドは酒をこぼし、エリーゼはついにグラスを割った。


 気を落ち着かせるために、エリーゼは慣れた手付きで片付け、店員を呼び、謝罪と共にお詫びの金を託した。


 そして、落ち着いたように椅子に戻り、その手に炎を纏わせ、



「吐け。今すぐ」


『待って、待った燃やさないで!もうそれ本気で焼く気で、熱いッそんな耐熱性高くないから!いや、ほら、一応個人情報だからさ!これリベルの個人情報なんだよ!血縁は無いですが俺との関係性はお答えできかねます!』


「わかった。聞き方を変える。アリーズの他の三人は、それを知っているのか?」



 バルドの問いに、手記はぺらりと悩むように頁を移動させ、



『現時点で俺は、三人に“乗り込まれてないし”、知らないんじゃないかな』



 乗り込まれる、なんて表現。厄ネタ以外の何があるというのだ。頭が痛い、とバルドはまた眉間を押さえた。


 現時点、が手記を作成した時期なら、現在は手記の考えと違う可能性がある。

 ただ、リベルはミラに似ている。そういう所も似ているとして――知らないと見た方がいいか、とバルドは考えた。



「それは、リベルの健康状態や、何者かに害なされる等のこと?」


『……前者は問題なし。後者は……うーん、秘密にしてね、ってやったことだから、公になるのはまずいかな』


「やったこと」


『……誘導尋問みたいに狭めてくるのやめてよ~、本当に、こればっかりは個人的な事だからさ。もしその時が来て、リベルが何か言い出したら相談に乗ってやってよ。俺はその時には、もういないから』



 エリーゼは、手記の隅を少しだけ焦がすだけで済ませ、諦めたように言う。



「わかった、……わかったわよ、私の部下なんだから、面倒なんていくらでも見てやるわよ」


「なんだ、軍、辞めるんじゃなかったのか」



 そのつもりではあった、とエリーゼは思う。

 第一部隊のその大半が殉職している。二年前の当時、エリーゼは領主城の防衛を任され、死を免れてしまった。


 副隊長の立場でありながら何も知らされなかったというのに、あれから二年も辞さずいたのは、フォスクロードの建て直しのためだ。

 一年限りのはずのそれも、領主の代替わりのためにさらに一年、居座る羽目になってしまった。



「辞める気だったわよ、今回のことで、絶対、辞めてやるって思った。第一部隊と名乗るのも嫌だったに決まってるじゃない。……でも、今さら、新人が二人も来るとはね、」


「ま、責任を取る役目は必要だ。さすがの俺も、アリーズの天才共は手に余る」


「やってやるわよ、どうせ庭師としてもやることは同じ。城下の防衛と尻拭いだから」



『あの~……第一が増員したって話……その……俺も、その……どんな子か知りたいなァって……』



 こうも下手に出ているのは、エリーゼがこうも荒れているのは自分のせいだと自覚があるのか。


 生前の遺物であるというのに、こんな所まで本人そのままのようで、もういいか、とエリーゼは吹っ切れたように笑った。



「あんたが私の好意に甘やかされてカス炭になってないこと、ちゃんと理解しているようで安心したわ」


『じゃあ、教えて……くれたり……?』



「嫌」


『……バルドぉ』


「断る」


『……俺としては、俺の未来の知り合いの、あの金と白の子だといいなーって。きっと、リベル達の良いアンカーになる。俺でいう、エリーゼとバルドがそうだったみたいに』



 その言葉が、知っているくせに訊く、とどやそうとしたエリーゼを止めた。


 アンカー。ここで使うそれは、錨としての機能か。この世に繋ぎ止めておく楔とでも言いたいのか。


 ぎり、と噛み締めたのはエリーゼ。

 ――なにがアンカーだ、勝手に死んだくせに。

 


『……なぁ、俺さ、アリーズで花火を視たんだ、でっかい花火。エリーゼ、バルド、お前らも視た?』


「……見た」

「……見たわ」


『そうか、そりゃあ良かった。また、同じ物が視れたんだな』



 エリーゼとバルドは時を止めたように動かず、しかし視線は手記にある。

 結んだ口が開くのは、心底嫌そうなため息と共に。



「……やっぱり俺、お前と話すの嫌だわ」

「私も」


『なんでぇ!?』






 

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