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01:元勇者とその相棒は、また世話を焼かれることにした①


 これは現在から見るとほんの数日前の出来事。

 フォスクロード領の外れ、放棄された村、アリーズで作業中だった魔族の男四人が、外からやって来た二人組に少しばかり世話を焼いただけの話だ。


 当時、いくらその二人組がすこぶる強いとわかってはいても、まさか、魔王を殺し、相討ちとなり死んだとされる勇者とその相棒だとは思わない。亡き領主から、死んだと聞かされていたからだ。

 男四人は「二人そろってふわふわのゆるい性格なのは、強さに裏打ちされた余裕から来るもの」だなんて考えていた。

 見立て通りの強さに間違いはなかったが、その予想は大外れだった。

 これは、四人が知るよしもない事実。


 一つ、彼ら四人が身にまとっていた、所属先から支給されている外套は、二人組にとって見覚えのあるものだった。

 一つ、二人組にとって、その外套を来た者たちから友好的に話しかけられたのは初めてではなかった。

 一つ、魔族でないことを知られた上で世話を焼かれたのも、初めてではなかった。

 一つ、世話を焼いてくれた者達が何かを成そうとしているのを見るのも、初めてではなかった。


 全ての情報が繋がった時、男四人の良心は多大なダメージを受け、盛大に呻くこととなる。






 ×××××






『障壁の出力を切れ!早く!!』


 通信だ。焦りが濃い。それは周辺の監視を担当しているアレクからのものだった。何故、と考えることせず、リベルすぐに対象エリアの魔力を握り切る。

 通信が入る直前、裏山方面に展開していた障壁に手応えがあった。何かいるのか、と考えた矢先だった。


『負傷者1名!障壁にぶつかって“弾かれていない!”』


 アレクは“弾かれていない”と言った。

 これはまずい。弾かれているなら打撲で済むが、受けているのなら、そのダメージは内臓へいく。


「アレク、もしかしなくても一般人?」


『一般人。負傷者は若い男、連れに女の子が一人。全員に座標(アンカー)送る』


 空間把握魔法。術者がその場を動かずとも、広範囲の生体反応・環境情報を把握する。任意の場所に座標(アンカー)をおろし、他者に位置を提示することも可能だ。

 リベルの視野には、アレクの魔法による座標(アンカー)が映っていた。負傷者用の黄色のそれが目視圏内にある。


『すぐに行く。意識は?息はあるか?』

『運ぶなら診療所に。受け入れ準備をしておく』


 通信への返答はシズ、次いでヴィオだ。前者は現地に、後者は怪我人受け入れのため動くようだ。

 ならば自分は、とリベルは考える。

 足は思考を置いて駆け出していた。治癒魔法を得意とするシズが動くのは当然として、こんな危険な山をうろつくような二人組は興味がある。関係の無い一般人であったとしても、言葉通りの一般人ではないだろう。


『負傷者の意識は無し、息あり、出血あり、顔から首にかけてすごい血だらけで……傷口は……――え、これは返り血?出血じゃない?本当に?通りすがりに大きな魔物を倒した?それって口からうねうねを出す紫っぽい、……そうそう、でっかいヒルみたいな!……ってそれ淀みの魔物ッ!!!毒持ってるから!血も毒!!』


「おっと流れ変わったね?」


 実際現場を見るまでは、と思うが、警戒心がするすると抜け落ちていくのを感じた。足取りが軽くなる。

 淀みの魔物といえば、そろそろ処理をしようと考えていた魔物だ。それを討伐してくれたと言うなら、まだ見ぬ一般人に好感さえ覚える。


『待った待った。ごめんなさいって……いや、むしろこんな所に障壁があるせいで君のお連れさんが、え、ぶつかる前から様子がおかしかった?魔物を倒す前から?』


 アレクの話し相手は、現地にいる連れの女性だろう。  

 張り詰めていたはずのアレクの声音は、真面目ながらも緊張感は完全に消えていた。


『……ふむ、顔を真っ赤に、胸を抑えふらふらしだしたと思ったら突然走り出したと。魔物は攻撃されたために反射的に攻撃して……へ?倒したことにも気づいてなさそう?確かにそれはおかしいな……』


『現地に向かってはいるけど、この流れで悲惨なことになってたら、俺、その場に倒れるからな』


 シズが恨み言を吐くように言う。

 ごもっともだ、とリベルは笑った。


『お、負傷者の意識が回復。……大丈夫か?今治癒魔法使えるやつが来るから安静にな、どこか痛むところは――ま、待って待ってくれ土下座しない!そんなふらふらな体で謝るんじゃない!障壁は再展開すればいいだけで、だれかっ!誰か早く来てー!!!負傷者がしおしおで地面に頭擦り付けて謝ってくるー!!!』


『この度は俺の不注意で障壁を消してしまって、本当に申し訳なく……』


『私からも謝罪を…』


 見知らぬ男女の声が通信に混ざった。

 アレクにより開放された通信回線は、件の男女と村にいる四人の会話を繋げる。ヴィオは黙っているが、リベルからもれ出た笑い声はしっかり通信にのっていた。


『――仮にも負傷者が土下座するんじゃない!走って来てみれば元気そうだな!』


 通信越しに、シズが現地に到着したと知る。

 リベル自身も、前方に人の気配と、通信と重なるように声が聞こえた。


『ほら、顔をあげて。ああくそ、魔物の血を顔面受けするんじゃない、本当にこれ全部返り血か?』


『そ、それが……血を浴びた覚えもなく……気付いたら障壁にぶつかって…でぶつかった事で正気に戻ったといいますか……」


 若い男女がいた。どちらも大変見目が良い。その良さはべとべとに赤黒く汚されていたが、シズによって丁寧に拭われている。

 こんな大人しく拭われている姿に警戒を保てという方が間違っている。そうリベルは思った。


 されるがままの男の隣で正座している連れの女、申し訳なさそうな表情で拭い拭われを交互に見ていた。


「心神喪失ものの何かがあった、ってのは気になるが今は置いておいて。どこか痛むところはあるか?感覚がないとか、五感に異常は?」


「痛みは………いえ、何も。……問題ないです」


 シズの問いに、男は目をふせ、胸をぎゅっと押さえる――様を見たシズは、ぽとりと赤黒くなった布を落とし、無言で女を見る。


「……ねぇ、目をふせて胸まで押さえちゃったキオン。このお兄さんはきっと、本当は内臓ぐちゃぐちゃになってるんじゃないか、って心配していると思うよ……」


『そうだぞ、視てる僕も白目になりそう。正直に言おう』


 アレクの追撃もあり、キオンと呼ばれた男は慌て首を振った。


「あ、いやその、内臓はぐちゃぐちゃになってません、本当です!」


「………そりゃ良かった。初対面からの治癒魔法なんざ、警戒するのは当然だ。傷を隠すことも理解できるよ。……こちらに敵意が無いことを示したいが、障壁の術者である以上、証明が難しいんだよな……」


「いえ、すぐに“皆さんが”魔力の出力を切ってくれたのはわかりました。それに、無理やり切ったせいで自動修復が機能しなくなっている。俺が……俺が突っ込んだばっかりに……!」


 お、とリベルは思った。複数の術者による展開と気付いている。


 ーー『おまけにこの二人、僕のこと視えてるんだよなぁ』


 と秘匿回線でアレクから通信が入った。

 そりゃあ、数秒とはいえ障壁に突っ込みんだのに、たいしたダメージも無いだろうよ、とリベルは笑う。


「障壁なんていくらでも再展開出来る。気にしないでくれ。怪我してなきゃそれでいいんだ」


『そうそう、無事ならそれで良いって。な、リベル』


 アレクがリベルに話をふった。隠れてないで出てこい、という意味でもある。

 リベルとしては、こんな面白そうな所に混ざらないなんて!といった心境。わくわくと木々の影から姿を現した。ーーまぁどうせ、存在に気付いていただろう。


「同じく、その通り、俺たちまとめて同意見~。術者本人たちが許してるんだ、気にしない気にしない~ってね!」


 リベルの姿を視界におさめ、若い男女はそろって頭を下げた。リベルが隠れ見ていたことに不満はないようだ。敵意なし、その事実に安堵する。


「んじゃ、安否確認もすんだことだし、次はお二人さんの名前が知りたいんだけど、訊いていい?」


「はい。俺はキオン、こっちが」

「シロです」


 男はキオンと名乗り、女はシロと名乗った。

 おや、と思うが、些細なこと。笑顔を浮かべ、リベルは一つ案を提示した。


「うむうむ、キオンくんにシロちゃん!良ければ近くの村で休んでいかない?」


「おい、ナンパするなら名乗ってからしろ。……俺はシズ。シズ・アリーズ」


 ため息をつきそう指摘したシズは、姓を含め名乗った。続いて、通信越しにアレク。リベルが続く。


『僕はアレク・アリーズ。よろしくね!』

「確かに名乗るのは大事!俺はリベル~!リベル・アリーズだ!」


「……兄弟、だったんですか?」


 驚いたように言うのはキオンで、シロも同じく目を丸くしている。

 些細なこと、の理由が今、判明しようとしていた。


 アリーズは小さな村だった。年齢が近いこともあり、確かに兄弟のように育ったが、血縁はない。

 魔族の姓は出身地を示す。――魔族であるなら知っていて当然、当たり前の常識だった。

 それが通じないとするなら、最早答えにしかならない。


「迂闊。迂闊!キオンくんにシロちゃん、あまりにも迂闊!」

『なーんか魔族っぽくないなぁとは思ってたけどさ』

「俺たちが魔族だとはわかるだろうに。まったく、人間領との関係はどこもよろしくないんだから、一発で魔族じゃないってわかることは言わないの」


「え、えっ」


『魔族はさ、生まれた土地の名を姓にするんだ。ってことで、僕らはただの同郷だよ』


 困惑するキオンに、苦笑混じりにアレクは言う。

 シロはといえば、あ、と閃いたようだ。


「……姓についての疑問は“自分は人族です!”と元気良く宣言してるようなもの、ということですか?」


「シロちゃん正解~!まぁ同じ姓でキョウダイがいたりはもちろんあるけど、魔族って出生率低いから、一人っ子だらけなんだよね」


 なるほど、と二人は頷いた。その表情は悔しげで、ぐぬぬ、と呻きまでする。

 

「私も知らなかった、二人そろって迂闊だ……」

「俺は……俺たちは……迂闊っ…!クッ…魔族領難しい…!勉強不足!!」


『まぁほら、知識は増えたし、次気を付ければいいじゃんか。大丈夫大丈夫、気にしない気にしない』


「ふぉっふぉっふぉ、寛大な我らに感謝すると良い。次は気を付けることじゃな、若者たちよ」


「お前のそれは何のキャラだ。声色まで変えるな」


「老賢者」


「初対面相手に変な真似をするんじゃない」


「ありがとう老賢者さま」

「感謝します老賢者さま」


「そこの二人も初対面の変人の奇行にのるな。無視しなさい無視」


「ひどい話だ、場を和ませようとした俺の気遣い屋さんの繊細な心が傷つい『お取り込み中の所失礼するが、魔物の血を浴びたんだよな?血は顔面だけか?他にも付着してるなら、さっさと洗い流さないと衣服諸々腐食するぞ』ーーちくしょうヴィオのやつかぶせてくるじゃん!」


 割り込んできた通信はヴィオからのもの。

 その発言は紛れもなく、こんなところで悠長に雑談するより、あまりにも有益な事実だった。


『キオンに、シロだったか。俺はヴィオ・アリーズ。最後の四人目ってやつだ。魔族に世話焼かれる勇気があるなら、そこの三バカと一緒に村に降りてきな』


 歓迎するぜ、と続けたヴィオだが、


「まるで自分はバカに含まれてないみたいに言う」

『あまりにも良いかっこしいだ』

「照れるなよヴィオ、俺達仲良くアリーズの四バカやってきたじゃん」


 怒濤の反論に『うるせー』と返す羽目になった。


 全て聞いていたキオンとシロは、くすくすと笑いながら顔を見合わせ、お互いの意思を確認する。

 言葉を交わさずとも、答えは同じだ。



「「お世話になります、よろしくお願いします!」」



 


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