エピローグ:君達を恐れない、良き隣人と良き友人①
魔法回廊の事件から、数日後。
領主城医務室に、医務官が配属されたということで冷やかしに向かっていたナナハとケイは、人の気配を感じ足を止めた。
廊下、曲がり角の先で、何やら、間に入ってはいけないような、そんな独特の雰囲気を感じる。
ナナハはケイの顔を見上げ、頷く。お互い足音を消し、そろそろと進んだ。
声は二つ、気配も二つ。花の匂いもした。
「グラシエ家は、配偶者に専用の犬笛を渡すしきたりがあります。いつ、いかなる時も、どんなに離れていようとも、笛の音一つで、大切な人の元へとすぐに駆けつけられるように」
聞こえた声は男の物だった。
ナナハ、ケイ共に知っている声だ。
確か、隣領での任を終え明日戻ると聞いている。ここにいるということは、相当急いで戻って来たのだろう。
その声は至極真面目で、一世一代の大勝負といった様子だ。
何故こんな大勝負をムードのへったくれもない、ロマンチックさゼロの職場の廊下で迎えているのかとも思ったが、――わからんでもない、とケイは思う。
魔法回廊の事件、被害があれだけで済んだのは奇跡的だった。誰が死んでもおかしくはなかった。
もちろん、男の前で、男の情熱的な視線を真正面から受け止めている者でさえも。
その相手が誰なのかは、気配と、微かにもれる声で察しがついていた。
相手、シュカさんだね。
発声のないナナハの口の動きを読み、ケイは頷く。
――おまけに、男はあのグラシエだった。
過去、フォスクロードに併合された氷雪の地、グラシエ。
今、グラシエの領主一族は、フォスクロードの北を守る番犬となっている。
この明らかに、今まさに、“そういう発言をしそうな”男は、その領主一族の直系だった。
例え長の座が姉にあるとはいえ、直系の結婚ともなれば、一朝一夕でいかないだろう。
グラシエは併合されているとはいえ、フォスクロード領主と肩を並べる存在なのだ。
「貴女に交際を許されてから日を置かず、このような場所で、このような申し出に驚かれたかと思います。しかし私は、貴女が、私の知らぬ場で危険な目にあっていると聞き、己の不甲斐なさに胸が張り裂けそうになりました。私には、貴女の危機を知る権利がないのです。貴女の元に駆けつけても良い許しがないのです」
これ、スピード婚ってこと?
と、ナナハはまた口をぱくぱくさせた。
ケイといえば、口笛を吹きたい所ではあるが、邪魔するわけにいかず、このまま息を潜めるしかなかった。
そして、その時は来た、
「お願いします、許しを下さい。貴女を守る権利をグラシエのこの氷狼に下さい。……シュカさん、私と、結婚してくれませんか」
「…………はい!」
なんて現場に遭遇してしまったのか。
この昂る気持ちを声に出せないもどかしさ、今すぐおめでとうと飛び込めたらどんなに良かったか。
しかし、良い雰囲気である、邪魔したくない、絶対に邪魔したくないと二人は思った。
――そう思ったので、二人はそろそろと後退し、この距離ならば、と思った所で駆け出した。
窓も高低差も全て道だ。ついでと言わんばかりに、ナナハはわざとその腕に浅く傷を入れ、ケイも同じ事をしている事に気付き、笑った。
遠回りし到着したのは、医務室。
ここには、何かを察知してしまいそうな、二人の邪魔になってしまいそうな男がいる。
配属されたばかりの医務官は、第一部隊と兼任していた。
「シズさーん、僕、腕切っちゃったみたいで、治してくれない?」
「俺もよろしく頼みます」
医務室に入れば、ちょうど白衣のシズが立ち上がっていた所で、まさか、と思いながら、ケイは訊く。
「あ、出る予定でも?」
「ああ、ちょっと……何故だか無性に、シュカの顔を見に行かないといけない気がして」
うわ、シスコン怖いな。
ナナハとケイは素直にそう思った。
しかし止めねばならない。
今まさに、すごく良い雰囲気なのは間違いないのだ。
ナナハはシュカの事が好きだ、そして、相手の男の印象もすごく良い。
盗み聞きしてしまったが、二人の婚約は心より嬉しく、何より二人の口からその報告を、すぐにでも聞きたいと思っている。
「シュカさんなら、さっき見かけたけど、明日第二部隊が戻るってことで、忙しそうにしてたよ。急ぎじゃないのなら、もう少し後にした方が良いんじゃないかな~」
これは本当の事だ。
見かけてはいるし(気配を)、明日第二部隊は戻る予定ではあるし(一人は今日戻っていたが)、忙しそうでもあった(表現としては正しくないかもしれないが)。
ナナハは、第一部隊に所属する者の目を警戒していた。ごく自然に魔力の変化を視る第一は、嘘を見破るという話がある。
ゆえに、嘘は避け言葉を変えたのだ。
「……忙しいなら、そうだな。あとにするか」
よし、と心でナナハとケイはハイタッチした。
さっそくと足止めのために作った傷を見せようとするが、無い。
椅子に座り直したシズを見れば、なんでもないというように、
「そりゃあ、ここは医務室だ。足を踏み入れた時点で、その程度の傷はな」
一瞬、シズは魔力を見やすく、色をつけたらしい。
ナナハとケイは、医務室という空間そのものに構築され張り巡らされた、常時展開されているらしい治癒魔法を見た。
これを全く苦無く、息をするように維持するシズに、二人は引いた。
「わぁ~」「こわ~」
「引くなよ。……まぁ、わざわざここに来たってことは、上からの協力依頼で、だろ?」
「そうそう~、これからの、治癒魔法使いの後継育成のための、魔力収集ってやつ」
シュカの件を置いておけば、元々、医務室への訪問は、冷やかしという名の協力だった。
治癒魔法は、構成式が存在する魔法だ。
そうであるようにと、魔力を流せば発動するように出来ている。
総称として使われる治癒魔法だが、用途によって異なる構成式を持っていた。
一般的な、他者に使う治癒魔法は、他者と術者、どちらにも作用する。
その内容は、術者の魔力を相手の魔力へと変質させ、元ある自己治癒能力を強化することで、相手自身の身体に治させる、というものだ。
ゆえに、自身の魔力を、相手の身体に拒否反応を起こさせないよう、変質、適性させなければならない。
そして、魔力の質は千差万別であり、その魔力は自身であっても計れない。
表層の魔力と、魂に近い根元の魔力の質は、一個人であっても変わってしまうのだ。
己の魔力の質を把握し、自身に対し治癒魔法を使えても、他者となれば話は違う。
皮を剥いで魂の色を確かめるわけにもいかず、それが治癒魔法使いを減らす要因にもなっていた。
「早速来てくれたのは有り難いが、その収集ってのは」
「たのもう!シズ・アリーズ!」
「今日も元気が良いな、イツカ・シュシュ」
シズの言葉を遮るように、医務室の扉は開かれた。
イツカは、名を呼んだというのに、シズより先に医務室にいたナナハとケイに視線が行く。
「!ナナハ!ケイ!どうして!傷なら僕が治すのに!!どうしてこの男の元にいるんだ!くっ!確かに僕はまだこの男に及ばない……だが!」
「イツカくんは今日も可愛いね……」
「落ち着けよイツカ。通達来てただろ、後継者育成のためのなんちゃらってやつだ」
傷の治癒ではないと知り、イツカの気分は高速で浮上した。つかつかと神経質そうな足取りでナナハとケイの側に陣取り、通達についての疑問を口にする。
「収集……?シズ・アリーズは、過去に一度でも顔を合わせ事があるのならば、その時点で収集を完了させているぞ」
「…………ま、そういうことだ。持っている理由は与えておくから、全部出して教材にしろとさ」
シズは、手のひらに、目に見える小さな炎を出した。――正しくは、炎のように揺らめく魔力。
明るいオレンジ色の魔力に、イツカは「それは僕のだ」と指差した。
「先天的に、俺の魔力は他者に適合しやすい。色がないといった方がいいか。他者の魔力に触れると、合わせた魔力に変質する。変質させたとしても、俺の魔力に代わりないから、もちろん、動かせる」
鮮やかなオレンジ色は、シズの手に吸い込まれるように消えた。
その色の持ち主であるイツカは、唸るように言う。
「この男の怖いところはそこだ。外から魔力を人の中に突っ込み、魔力に根元の色を記録させ引き抜ける。やられた側は、自分と同じ魔力と身体が認識しているから、拒否反応も反発も無く、ほとんど気付かないまま終わる」
「手癖が悪いもんでね。まぁ、軍属相手にしかやってない」
肩を竦めるシズに対し、イツカは悔しげだった。
「その色を共有することで、他の者であっても、この男同等の、高位の治癒魔法を使うことが出来るように、なる。……その色に魔力を変質させることが出来る才は必要だがな」
「こうして聞いてると、本当に二人って、僕らと違う次元で物を見てるんだなぁ、って思っちゃうね」
「僕は天才だからな!……だが、しかしだな、確かに君ら凡人とは違うが、この足は君らと同じ地続きの上に立つ。結局は同じだ、僕も、この男も、皆も」
そんな、イツカの高い自己肯定感を見せつけられたシズは苦笑した。
「うちだったら、こんなんにならなかっただろうなぁ」
第一部隊に所属しているからこそ、同類はわかる。
イツカは確かに、第一だった。
第三に配属する采配をしたのはミラだと聞いているが、ミラであるために、シズは手放しで称賛する気にはなれない。
「あ、わかります?俺達第三の最高傑作なんですよ、こいつ」
「イツカくんは、どこ出しても恥ずかしくない、どこだって自信満々に出せる、我らが第三の天才さまだよ!」
「ふふん、事実だが褒めるな褒めるな」
「最高傑作で間違いない、“うちの新入り”が気に入るわけだ」
新入り、という言葉に反応し、イツカは固まった。
怯え隠れるように、ぎこちなく、ケイとナナハの後ろに移動し、
「……別に、怖いとは思ってはいない……」
ぼそぼそと言う。
箝口令が敷かれているものの、第一、第二、第三に所属する者と、一部の領主城勤務の者には、二人の客の素性が明かされていた。
客は、フォスクロードの恩人。魔王を殺した者。
ただ、イツカの怯えは、魔王が関係するわけではない。ぽつぽつと、その理由を語る。
「魔法回廊の件が解決した後、会った、彼らは、前に、劇で見た、いわゆる、ヤンデレ、というやつと、雰囲気が似てて、だから怖いとか、そう思ってるわけではない……」
「え~~!確かにちょっと目のハイライトはどこかな?どこかに落っことしちゃった?って探したりはしたけど、ほら、第一ってあんな感じの目をしている事が多いし。全然おかしくはないよ」
「え、なん、え、僕もそんな言われようの目を……?」
驚愕するイツカと、何も言わないが、シズも複雑だった。まさか客観視、そのように自分が見えていたとは思わず。
目に光か……と視線は自然と彼方を見る。
「それで、噂のお二人、僕には全然そうは見えないけど、同僚として、そこはどうなの?」
「…………、そんな、ことは、ない」
それは、あまりにも歯切れの悪い返答だった。
「えっ」
「うわぁ」
「ほら!ほらぁ!」




