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04:魔法回廊⑤



 アレクは空間把握魔法を使い、実体なく、ベルゼートと対峙していた。

 リベル達の前で動く魔法生物分の意識、そして、空間把握魔法で引き合いをせんと立ち塞がる意識。


 意識の多重分割においては、空間把握魔法使いとして、ベルゼートはアレクの上をいっていた。


 戦闘中であるなら、分割された思考は鈍るのではないか、アレクはそう考えていたが、ベルゼートの意識は先に対峙した時よりも鋭い。


 ――警戒している、だが、気付かないわけがないか、とアレクは思った。



『随分と、雰囲気を変えてきたな』



 ベルゼートは言う。無論、警戒していた。

 この距離であるというのに、ベルゼートの座標(アンカー)は全て、刺さる前に破壊されている。

 アレクを追った個体への接続が突然途切れたことも、ベルゼートは気になった。

 何かを隠している。または、誰か他の者がいるのか。


 しかし、今この時でさえ、明確な攻撃をしてこない。行うのは妨害だけだ。

 そして、ベルゼートは相対する者の目的をわかっていた。


 魔法生物を動かしていると知られたのは初めてではない。この意識から魔力を辿り、本体へ座標(アンカー)を刺そうとしているのだろう。あまりにも正しい試みだ。

 ――その意識を、揺らしてやろう。

 ベルゼートはそう考えた。


 ちょうど良い素材がある。過去に潰した女の目だ。

 確か、この女も似たような服だった。


 同じフォスクロードの軍属であるなら、知己の可能性がある。同じ空間把握魔法を使う者だった、身内の者であったのなら、それはなんと素晴らしいことか。


 もしそうならば、二年前の口惜しい撤退の記憶も、晴れやかな物になる。


 ベルゼートは、その目ごと命を対価に、自分を殺す一手を決めきった憎々しい女の目玉を、その手に転がり出した。


 まだ微かに、魔力の痕跡が残る目だ。空間把握魔法を使う者が、その魔力の色を見逃すわけがない。



『それ、は……』



 ベルゼートは、目を潰そうとした寸前まで変わらなかった、アレクの表情が歪んだことに、胸を踊らせた。

 憎しみと怒りが入り交じった表情に興奮した。


 ベルゼートは、目玉を大切なものだと示すように、手のひらで転がし撫でる。



『綺麗な目だろう。二年前の戦利品だ。見映えの良い女だったが、ああ、これを奪う際に、顔を潰してしまったな。間際は醜女であったろうよ』


『――!!!』


『     、』



 ベルゼートの間違いは、挑発した相手が一人でないと、気付けなかったことだ。


 アレクの魔法に意識を追従させ、その側で向けられる座標(アンカー)を破壊し続けていた、姿なきもう一人。


 アレクだけではない。キオンもまた、目玉に微かに残る魔力を知っていた。

 それは、忘れもしない、二年前に出会った魔力。


 初めて好きになった、魔族たちの一人だ。



『おまえが!!!!!』



 吠えるような叫び。激昂したキオンが掴みかかるその寸前で初めて、ベルゼートは二人目の存在を認知した。


 見開かれた赤い目を見た。

 突然目の前に現れたからか、怯む己にベルゼートは驚く。反射的に繰り出した攻撃魔法がキオンの脇腹を貫いた。しかしキオンは怯まない。

 怒りで言葉にならない声が吐き出されていたその口が、今、がちりと閉じられた。


 ベルゼートは、また間違えたのだ。

 攻撃ではなく、逃走含めた防御行動を行うべきだった。


 いくつもの黒い刃が、閉じられた歯のように上下からベルゼートを襲った。

 ベルゼートの抵抗により、ベルゼートに触れた手から肩にかけて一線、裂傷が入る。それは浅く、キオンを怯ませることに至らない。


 ここでこの意識を終わらせるなら、とベルゼートは目玉を握り潰そうとし、それも叶わないと悟る。

 その手はすでに、檻のようになった黒い刃の向こうにあった。



『殺してやる、』



 キオンの魔力に、ベルゼートの埋もれた記憶が呼び覚まされる。相手が何であるかを思い出した瞬間、ベルゼートは身体にその意識を戻した。


 残るのは、刺さった黒い刃と、アレクに背を向けるキオン。



『……すみません。大丈夫でしたか』



 キオンが言う。己を抑えようとしているのか、震えた声だった。大事そうに両手で包むそれは、奪い取った目だろう。


 アレクは、キオンがなぜ目の持ち主を知るのかを知らない。魔族の彼女への辱しめに、キオンが怒り狂う理由もまた、知らない。


 ただ、キオンが怒ることで冷静でいられたアレクは、全ての目的を果たしていた。



『……大丈夫だ。追えた、全部。終わらせよう』


『はい。……座標(アンカー)をもらって、俺も、追っていいですか』


『……いいよ』


『あと、この、これ、……アレクさんに預けた方がいいとは、わかってるんです、けど、もう少し、持っていても良いですか』



 お世話になった人なんです、とキオンは震え続けた。

 アレクは頷き、同じ答えで返す。



『ありがとうございます』



 呟くように言い、アレクは実体無き世界をから消えるキオン見送った。


 アレクは、知らない、がわかる気がした。


 見たことのない魔法を使い、底知れない戦闘技術をもつ。

 そして、常人から外れてしまった自分の感覚に当たり前のように合わせ、上回りもするであろうそれ。



『もし、ジュード様が意図的に隠していたとするならば――キオンとシロは、』











 ×××××












 ――魔王だ。あれは、魔王を殺した者達だ。


 二年前の戦い、ベルゼートは本体に迫られ早々に撤退した。ゆえに、魔王の戦いを見てはいない。

 ただ、遠方からでも確認できる程、魔王の魔力とは別の魔力が弾ける様を視ていた。

 後に、その者達と魔王が相討ちになったと知った。


 ベルゼートは逃げていた。

 あの日視た魔力だった。まさか、生きていたとは。


 逃走用に置いた座標(アンカー)を潰し、転移する。距離を稼いでいるはずだった。


 しかし、ベルゼートに刺さった座標(アンカー)が、アレクに予測された転移先の情報が、追跡者の標となる。


「!!」


 ベルゼートはついに追い付かれた。

 転移先にいたのは、追跡者である二人。ベルゼートは淀んだ赤い瞳に射竦められる。


 金髪の追跡者が、ゆるりと手をあげたように見えたのは、ベルゼートの錯覚だ。時の進みが遅く感じるのは、死が迫っているという本能からの警告か。


 手が下ろされたのと同時に、黒い刃がベルゼートに降り注ぐ、殺意しかない目をした竜族もまた、視界に飛び込んできた。


 その瞬間、ベルゼートは身体を削られながらも次の転移に成功する。


 血痕と削り落ちた肉片を見下ろし、次に転移先の方向を見たシロは、「キオン」と相棒の名を口にした。それは「シロ」、と呼ぶキオンの声と重なる。


 二人の間に言葉はいらない。名を呼べばわかる。


 シロは、まるで弓をつがえるかのように構える。バチバチと弾けるシロの魔力は、今、大弓を形成した。

 構えた手にはつがえた矢がある。その手にキオンは触れた。瞬間、跳ね上がったのは周囲の魔力濃度だ、魔力の圧が暴風となり吹き荒れる。


 キオンとシロは、内から闇を溢してしまったかのように、言葉を吐いた。



「「死ね」」



 キオンの魔力で赤黒く染められた矢が――放たれた。


 地ごと抉り、木々は裂け空は軋む。その軌道を阻む物を全て無に返し、巨大な魔力の塊となった矢は進んだ。


 そして、転移したベルゼートは、背後から迫る魔力を振り返り見る間もなく、その身は尽きた。



『ベルゼートの消滅、並びに、僕に刺さった座標(アンカー)の消滅を、確認』



 アレクの通信に、感じた手応えに間違いはなかったと、たった今ベルゼート・ネクロを殺した二人は思い、そっと、お互いの顔を見た。


 酷い顔をしている。でも、きっと、もう大丈夫だ。お互いの目がそう言っていた。


 ベルゼートの魔力は消えた。

 アレクは、広範囲に展開していた空間把握魔法を解除した。シズとリベルも警戒を解く。



 ――ここまでなら、追い詰められたはずだ。



 ベルゼートを殺したと言ったのは、第一部隊隊長、ミラだった。

 あの、イカれた、と言うしかない魔法と、尽きることのない魔力を持った男が、ここまで辿り着けないはずがない。その男が取り逃がしたというのだ。


 ならば、とアリーズの四人は考えた。何故ベルゼートは逃げ切れたのか、そう考えた。


 逃走した個体は、複数の個体全てと、限りなく細い魔力の糸で繋がっていた。ゆえに、この個体こそが本人。そう判断するだろう。


 そうでないから、仕留め損なった。


 通信を飛ばすことはしない、絶対に悟らせてはならない。あとは我慢勝負だ。


 ――一人、アリーズの戦線から離れていたヴィオは、その時を待つ。


 想定より早く、その時は来た。


 ゆらりと空間が歪み、足取り重く、魔族の男が現れた。

 魔力がほとんど感じられない程消耗しているのか、元々隠しているのか、傍目にそれは判断できず、しかしその眼光の、生への執着がベルゼート・ネクロだと示す。


 ベルゼートに座標(アンカー)は無い。ここまで追えていないからこそ、座標(アンカー)は刺さっていない。ベルゼートはそう認識していた。


 何も問題はない、体制を立て直し、次は“いる”前提で動けばいい。策はある。この手痛い敗北は、必ず命をもって償ってもらう。


 ベルゼートは焦っていた。油断にもとられる、あまりにも短い潜伏時間だった。恐怖から派生した焦りにより、ベルゼートは姿を現し、早々と逃げの一手を選んでしまった。


 ベルゼートは空間把握魔法を使っていない。使えば、使用時の魔力の波で感知されてしまう。

 目視含め、周囲に異常はなかった。殺気や敵意も感じられない。


 安堵し、踏み出す地には、しかし、座標(アンカー)が下ろされていた。


 それにベルゼートは気付かない。見られていることにもまた、気付かない。その下に在るものにも、気付けない。



 ばくん、と。



 突如、足元に開いた巨大な口に、ベルゼートは身体は丸ごと飲み込まれた。

 大口を閉じた巨大な“もどき”は、咀嚼するようにその黒い図体を揺らす。丁寧に、丁寧に噛み砕いていた。 



 ベルゼートは本体とする個体を経由して別の個体を動かしていた。

 多数の個体は本体に繋がり、本体と繋がるのは、仮死に近い程魔力を薄めたベルゼート本人。

 本人に繋がるのは、自然界に漂う魔力よりも淡いために混ざり視える魔力の糸だった。判別など不可能。そう、ベルゼートは考えていた。


 その考えはアレクにより覆され、最後まで油断を誘うために、あえて本人への座標(アンカー)は刺さず。


 確実に仕留めるために、ヴィオは何が起きようとも、出てきたベルゼートを喰らわせることだけに集中していた。


 そのための“もどき”だ。


 核石無く、“自然界に漂う魔力よりも薄いために、混ざり視えるような”そのような魔力の、たった一人を喰らい殺すためのもの。


 その役目は今果たされた。咀嚼を終えたもどきは、その姿を縮め、小さな球体となる。

 軽やかに跳ねたと思えば、ヴィオの手に落ち。手から滲み現れた別のもどきにぱくりと食べられた。


 これで終いだ。とヴィオは思う。


 この時点で、全員が生き残るとは考えていなかった。

 ヴィオは、自分以外皆死ぬものだと考えていた、魔法回廊を含めた後始末全て、自分一人で行うつもりだった。


 それがどうだ、全員生きている。

 ベルゼート本人も、何かに怯えたように、早々と姿を現してくれていた。


 ――こちらとしての誤算が、敵にとってここまで致命的なものになるとは。


 最初から協力を依頼していたら、ベルゼートはこの距離に近付いてくれただろうか。領主城の情報は無いが、二人がいたことで大きく何かが変わったことがあるのだろうか。


 どちらにしても、ヴィオは今回選んだ選択を後悔しないつもりだった。

 一人だけ生き残ることになっても、全員で決めたやるべき事を成せたのなら、それでいいと思っていた――はず、だった。



 ――『仕留めた。そっちに戻るから座標(アンカー)くれ。安全確保は任せた』



 ヴィオは通信に報告を投げた。続いて、自身が管理する転移妨害の接続を切り、アレクから共有された座標へ空間転移魔法を発動させた。


「「ヴィオさん!」」


 転移早々、ヴィオは名を呼ばれる。

 戦場となったせいで、記憶とは違う荒れたアリーズの惨状を背景に、駆け寄ってきたのはキオンとシロだった。

 二人は、ヴィオの頭から足先までじっと確認するように見、「ヨシ!」とそろって言う。怪我の確認をしていたとはすぐにわかった。


 怪我がないと知り、表情の弛んだ二人の後方には、元気そうな、ヴィオにとっては幼馴染みの三人がいる。


 “一人だけ生き残ることになっても、全員で決めたやるべき事を成せたのなら、それでいいと思っていた。”


 ――けれど、顔を見て思う。生きていてくれるなら、それにこしたことはない。


 ヴィオは、どこか安堵している自分が腹立たしく、悔しく思えた。後始末を一人でやらずにすんだからだ、と自分に対し誤魔化したが、どうも腹の虫が治まらない、ので、ヴィオは我慢せず、意趣返しを発言する。


「で、あとは魔法回廊を壊すだけだろ?手はずは“そのまま”か?そのままならこの二人がキレると思うぞ」


 ヴィオが無事だと喜び穏やかに笑っていた二人の目から光が消え、淀み、魔力は軋み、音として聴覚に届く。

 足元を突然掴まれたような冷気が漂い、キオンとシロは、当の三人を振り返り見た。ひぃ、と悲鳴が上がる。


「どういうことですか」

「説明してください」


「なっ、バカそれは!……あ、いや、その……ちが、」

「ヴィオお前なんで言うんだよ!……うっ二人とも目が死んでる!そんな目で見ないで!」

「これはヴィオが悪い!これはヴィオが絶対悪い!!うわ寒い足元凍っ!」


「俺が言っても良いなら言うけど」


「ヴィオさんすみません待ってください」

「ヴィオさんいやヴィオさま、早急になんとかするので発言を控えてくれると」

「待ってキオンくんストップ!お願い待って説明するから視ないで!!!」


「じゃあ私が視ます」


「なにげにシロちゃんも視れるとか聞いてないよやめてストップ!ストップ!!」


 と、一悶着あったが、正座した三人が並ぶことで、とりあえずは説明をきくことにしたらしい。

 だが、誰一人としてキオンやシロに目を合わせることは出来なかった。あまりにも怖すぎた。


「まず始めに、魔法回廊破壊の手法は変更する。“そのやり方”を予定していたのは、まともな手法で破壊出来る人数でいるのは、厳しいと考えたからだ」


 リベルの説明に、キオンとシロの視線はアレクに向いた。アレクは気まずそうに目をそらす。


「魔法回廊の封は三人分だ。俺と、アレクと、シズ。そして、術者が死ぬと封は解かれるが、命を対価に解かれた封を反転させ、自壊への魔力リソースに当てるよう構築を組んだ」


「……だから三人とも、魔法回廊と繋がったままだったんですね。アリーズ周辺を巻き込んで魔法回廊を自爆させるつもりだったと」


 キオンは納得したように、しかし納得していない目で頷いた。魔力を帯びた目は、三人からヴィオへ、そして件の魔法回廊へ向けられる。


「ミナイデッテイッタノニ……」


「生存しない前提だったアレクさんは黙ってて下さい」


「うっ……」


 最低でも二人分、とキオンは考えた。自爆用の魔力リソースだ。起爆の役目はヴィオか、リベルかシズのどちらか生きている方で予定していたのだろう。


「俺とシロに魔力でつつかれながら魔法回廊との接続を解除するのと、今すぐ自力で解くのどっちかいいですか」


「主従契約解除して、僕のこの召喚印を消してくれるなら、すぐにでも」


「…………、イヤデス」


 次に目をそらしたのはキオンだった。

 アレクの手には召喚印が刻まれたままだ。主従契約はまだ生きている。


「一方的な契約で、主従の、主の僕側から契約解除受け付けないってどういうことかな!」


「従側が契約解除を認めたくないからではないでしょうか」


 全く悪びれもせずキオンは言う。シロはくすりと笑い、解除を試みたリベルとシズはお手上げだと見解をのべる。


「強固にへばりつく主従契約」

「従側の魔力が強すぎるんだよな……」


 この面子で解除出来ないとなれば、フォスクロードで解除出来るやつはいないな、とヴィオは思い、


「主従なら命令したら良いんじゃねーの。本当は無理にでも、“全部”、従わせることが出来ただろ?」


「こいつわかってて言ってやがる!酷いやつめ!この悪魔!」

「イヤ!!そういう関係僕ほんとにイヤッ!」


 リベルとアレクから非難と拒否が飛ぶ。面倒だなぁ、と、ヴィオは次にシロを見、


「だそうだ。アレクは主従の解除に関しては絶対に引かない。どうにかしてくれ」


 シロは困ったように笑い、キオンを宥めるように言った。


「キオン、今度は気付かれないようにやろう。バレちゃったのなら仕方ないよ」


 疑問しか残らない宥め方だが、アレクの追撃も入り、


「僕、キオンくんが嫌とかじゃなく、対等でない主従契約が嫌なだけだからね」


「………………、わか、り、ました……」


 ついにキオンは折れた。

 眉間にしわを寄せ、キオンは気が進まないということを表情全面に出しながら魔力を切った。アレクの召喚印はさらさらと消える。


「……この顔、この人ほっとくとすぐ死にそうで怖いって顔だな」

「ヴィオさん、大当たり」


「空間把握魔法使いは真っ先に狙われるものなので……でもほら、僕も結構しぶといし?」


「おいシズ見ろよ、キオンくんが“やっぱり俺が囲わないと”って顔してる」

「ちょっとこの件については俺もノーコメントで……」


「何をいっているんだこの男はって顔するんじゃないシロ、俺からもノーコメントでお願いしたい」


「そもそも僕こんな心配のされ方初めて、戸惑い通り越してちょっと照れる」


 アレクは苦笑し、すぐに真剣なものへと変わり、キオンとシロを真っ直ぐ見た。

 そして、二人の正体について、ほとんど確信を持って、問いかける。



「こんなになついてくれているのは、僕達が“同じ”、第一部隊だったから?」






 






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