04:魔法回廊②
――『くそ、死体を爆発させるってアリかよ』
瓦礫の中からよろめき出てきたリベルは、秘匿回線にそう愚痴った。障壁が間に合ったために致命的な怪我はないが、痛いものは痛い。
――『無事か?』
――『自分で治癒出来るぐらいには無事~』
シズにそう返し、リベルは周囲を警戒しつつ出血部位を治していく。
アリーズは今や戦場と化していた。幼い頃歩いた道は抉りとられ、建物は良くて半壊、瓦礫ごと消し飛び更地になっている場所すらある。飛び火したのか、山にも炎が見える。
そんな中、通信があった。
リベルは常時、アレク、ヴィオ、シズと秘匿通信を繋げている。魔力濃度の高いこの環境下で、外部からの通信は、一つの例外を除き繋がらない。
通信は、その例外だった。
血を介すことで、己へ下ろした擬似的な座標。それを通信に付与した回線なら、この環境でも新たに接続が可能となる。
新たに繋がろうとするそれが誰であるかを思いだし、リベルはふっと笑った。
――『キオンくんからの通信がきたぞ。リベルくんはこれより、楽しくて怖いお喋りモードに入りまーす』
秘匿回線に流すのは、開放した通信回線。
目論見が外れたのか、騙したことに対して二人がどう返してくるのか、領主城の今の状況も、これでわかるだろう。
リベルは、一つ、息を吐き、少しの間をあけ、口を開いた。
「お、キオンくんじゃん!シロちゃんも一緒に、調子はどう?無事?」
『はい、俺達は無事で、領主城にいます』
『シュカさんにも会いました。だから、私達、知っています』
この時点で、領主城にいないことも、シュカに会えていないことも、未だに何も知らないでいることだって有り得た。
こうもタイミングが噛み合ってくれると、これからの全てが上手くいくのでは、と少しだけ気が楽になる。
「そっか、……そうか。色々、聞きたいことはあるんだけど、……ほら、俺達楽しみにしてたからさ。話をきくの」
『俺達を騙したのに?』
これは、刺さるなぁ、とリベルは笑った。
――『被弾しそう』
――『目が霞む』
――『吐きそう』
全員揃ってダメージを受けている。
「そう、嘘ついて騙したのに、だ。バレちゃったな~、俺達が実は、わるーい魔族のおにーさんだったってことがさ!」
軽口を飛ばすが、通信の向こうから反応はない。笑ってほしかったがそれも難しいようだ。
騙して、わざわざ危険だとわかっているところに送り込んでいる。許してくれなんて言える立場にない。
なんせ、利用しているのだ。今この時ですらも。四人はキオンとシロを利用しているつもりでいる。
『……ベルゼート・ネクロが出ました。こちらの魔法回廊の裂け目は、閉じられています』
『そこまで知ってるってことは、協力してくれてるんだな。じゃあ、ついでにもう一つ、伝言を頼まれてくれないか』
そう、言った所で、――まずい、と思ったが止められない。爆発に巻き込まれた影響か、内臓に溜まった血を吐き出すため、リベルの身体は激しく咳き込んだ。
やっちまったな、と思うが、
「“ベルゼート・ネクロは俺達で仕留める。魔法回廊も俺達で破壊する”」
うぇ、と呻き、続けたのが伝言だ。
リベルの声音は、 何事もありません、むしろ何かありますか?というような白々しさで、聞いていた三人はその面の皮の厚さに呆れ笑ってしまう。
『リベルさん、』
「出来れば、シュカを通さずに伝えてほしいな~なんて。ベルゼートの名を、キオンくんとシロちゃんに教えた人とか、名を知っている者になら適任かも~」
『リベルさん!』
さすがに誤魔化せないようだ。罰が悪そうに、リベルは言い訳を口にする。
「……なになに、もしかして咳き込んだの心配してくれた?……大丈夫大丈夫、ちょっと風邪気味でさ」
通信の向こうが、しん、と静まった気がした。冷えた気さえする。本当に風邪を引いてしまいそうだ、とリベルは思った。
そして、その冷たさは、キオンの声音にも反映されていた。
『……そうですね、心配しました。伝言を頼まれる代わりに、そうだな。アレクさんに渡した腕輪。今すぐ引き千切って下さい』
――『僕のこれを?』
アリーズから送り出す時に渡された腕輪のことだろう。魔力貯蔵する魔道具と言っていたが、この口振り、やはりそれだけではなさそうだ、
「え、なにか仕込んでるとかある?」
『魔力が沢山入ってるだけです。千切ってください。あれぐらい、アレクさんは全部吸収出来る』
「ん~、」
リベルは迷う。間違いなく何かある。間違いなく、ただの魔力貯蔵の魔道具ではない。
――『千切ってやれよ、それぐらい。こっちは騙して協力させたようなもんだ』
ヴィオの言い分に賛成したい気持ちはある。
あの二人が、何か悪さをするようなものを渡してきたとは思えないが――いや、そう思いたいだけ、か。とリベルは考え直した。
――『多数決でもするか。はい、千切ってもいい気持ちと、絶対何か発動しそうと思っているリベルから一票』
――『千切ってやれ、死にはしないだろ』
――『遊ばれてるうちに魔力を戻せるなら、それで良いんじゃないか。魔力以外に何かは……あるだろうが』
――『大事に取って置きたかったんだけどなぁ。僕、人から物もらうってあまりなかったし。でも、そうだな、千切っちゃおうかな』
秘匿通信での会話がもれることはない。リベルは腕輪の処遇についての報告をしていなかった。
しかし、通信の向こうのキオンは、わかったらしい。
『確認しました。ありがとうございます。伝言は必ず伝わるようにします』
「うわ、製作者に連結してるタイプの魔道具だ。その類いは怖いんだよなぁ!」
――『……この距離でわかるのは相当の、』
――『こーれは発動してるな、何か』
――『なに!?わからない!大量の魔力しかないんだよ、それしかないのが怖い!目視で影響でるタイプなら僕にはわからないよ!?』
キオンは何が発動しているかを言わず、ただ、最後に一つだけ、と質問を投げた。
『リベルさん、アレクさん、ヴィオさん、シズさん。俺達がもし、そっちに残って、皆さんがやりたいことを手伝いたいって言ってたら、どうしてました?』
「そりゃあ断ってたよ。これは俺達でやることだし、いくらかキオンくんとシロちゃんが強くても、巻き込みたくない。どんなに強くても、……人ってのは、呆気なく死ぬもんだからさ』
考えるまでもない。代表して答えるリベルを、三人は否定しなかった。
これはリベルの考えではなく、四人の答え。
絶対に死ぬことはないと思っていた隊長でさえ死んだのだ。騙し危険な場へ送り込んでおいてのこの言い分は、四人も矛盾しているとは思っているが、より安全であるのは領主城だと考えた。
魔法回廊さえ開かせなければ戦力は領主城の方が上。――シュカの身の安全を考えた下心も確かにあった。
『俺達に、死ぬのを見てろってことですか?』
結果、そうなるとしたら、そんな危険な場所に、どうして連れ込める?
たった少しの時間を交流しただけだ。それだけであるのに、いいな、と思ってしまった。
面白くて、可愛らしいやつらだな、と思った。見守るのもアリだな、と思わせるような二人だった。
「…………大丈夫だって、俺達案外しぶといし。でもまぁ、そうなったのなら、ごめんな」
ぎしりと通信回線が軋む。通信相手は無言だった。
何て声をかければ、と悩んだ矢先、通信回線の魔力が暴発したように音を立てた。耳元でのそれに、ぎゃあ、とリベルは間の抜けた悲鳴をあげる。
『第一部隊!あなた達、やってくれたわね!!!』
次いでエルティアの怒号だ。心臓にくるそれに、思わず通信を切りたくなる。しかし切った後の方が怖い。
おとなしく、何事もなかったように、リベルは面の皮を厚くした。
「おやおや、エルティア様。こちらリベル、問題なし。通信切ります、……あーいや、冗談ですって。そっちに行くのは多分一個体ですけど、充分に気を付けて下さい」
『どういうことか説明しなさい』
「ベルゼート・ネクロは若い魔族をいびるのが好きなので、必ずこちらに本体が来ます。何らかの魔法で複数体いますが、アレクが魔力を辿り、ベルゼートの本体大元を見つけ、俺達で仕留める予定です」
『魔法回廊の方は』
「複数の封があるので、そう簡単に穴は開けさせません。破壊についても仕込んでいます」
『報告しなかった理由は』
「ベルゼート・ネクロを確実に釣るため」
『……わかった。こちらは私達がなんとかする。あなた達も始末書の提出があるんだから、必ず全員、生きて戻ってきなさい』
「エルティア様」
『なによ』
「キオンとシロ。良いやつなんで、よろしくお願いします」
通信回線がまた爆発したので、リベルは声が飛んでくる前に通信を切った。
あちらに戦力がそろったなら、こちらの遊びももうすぐ終わるだろう。本格的に狩りが始まる前に――こちらをなめている間に是が非でも仕留めたいが、こればかりはアレク頼りとなる。が、その時は思っていた以上に早かった。
――『ベルゼート・ネクロ。みつけた』
××××××
「俺達に、死ぬのを見てろってことですか?」
よりにもよって、この台詞を、この者に吐かせるのか。
すぐ側にいたのなら、リベルの胸ぐらを掴んでいただろう。エルティアは怒りを抑えようと、代わりに胸を抑える。
『……大丈夫だって、俺達案外しぶといし。でもまぁ、そうなったのなら、ごめんな』
ほとんど二度目の、似た台詞だった。
しかも同じ第一部隊だ、死ぬのを知りながら何もするななどと、また言われている。
ただ、キオンとシロは笑っていた。目は昏く淀んでいたが、少なくとも、吹っ切れたような笑みだった。
キオンは穏やかに、手のひらにのせたリベルとの通信回線を握り、潰し、
「俺達は、アリーズに行きます」
「いいわ、目にもの見せてやりなさい」
エルティアはその行為を否定しない。
キオンは自分に接続していた通信回線をエルティアに委譲し、溶けるように消えた。
「ありがとうございます、私達を止めず、むしろ、ふふっ、応援してくれている」
「私だって同じ立場なら乗り込むわ。止めるわけないじゃない。――空間転移は危険よ。それでも必ず、全員で戻ってきなさい」
「はい」
頷き、続いてシロも消えた。
そしてただ見守っていたバルドは、キオンが消えた魔法が何であるかを知っていた。
怒りを通信に乗せ、リベルと話すエルティアを見ながら、無茶苦茶だ、とため息をつく。
召喚魔法だ。任意の、魔法生物を召喚する、その召喚される側の魔法構成陣が揺らめいていた。
空間転移とは違い、転移先の座標を必要とせず、空間転移特有の魔力の歪みがないため転移を察知されにくい。と、机上で言われている。
机上の空論とされているのは、人は魔法生物でないためだ。そもそも召喚する魔法生物は遠距離の移動を想定していない。魔鉱石や、その加工品に封じているものを召喚しているのだ。
その召喚が遠距離で発動されている。人の身で耐えうることなのかわからない。
しかも魔法生物として、召喚主に命を握られていることになる。おそらく、許可無く、何らかの魔法で主に設定したのだろう。
予想が正しければ、召喚されるキオンを座標に、シロが空間転移、という流れか。
『キオンとシロ。良いやつなんで、よろしくお願いします』
こんな身勝手なことまで言い出すやつらだ。
相談も報告もせず、勝手に決めたやつらだ。
であるなら、勝手に望まれ命を握ってもらうことぐらい、何が悪いと言うのか。
「バルド、リベルとの通信が切れたわ。とても腹が立ったわ」
「そうだなお嬢様。で、どうする。今イツカは、クロツグと逃げ回ってるんだろ?」
バルドの言う通り、現在、イツカは襲われている。
若い魔族をいびるのが好き、とリベルは評していたが、過去報告にあったベルゼート・ネクロの所業やなめたような行動からも、正しいと判断する他なかった。
「そうね、今はか弱い兎ちゃんを演じてもらっているけど、避難が完了したのなら、……もう、いいわよね」
エルティアは爆音が聞こえる方向に視線を移し、その美しい容貌を凶悪に歪めた。
――その、少し前だ。
障壁が自壊し始める直前のことだ。
庭園にいたイツカ・シュシュは、魔法生物である巨大な植物、アリアを観察していた。
幾重に蔓が重なり太くなった茎が、深い青色の頭を支えている。花弁一つより自分が小さいのではと気付き――少しだけその大きさに怖くなったので――イツカは気付かなかったことにした。
一部を除いた全員が、避難所として、このアリアの近くに集まっている。アリアから発生する甘い匂いが魔力濃度を抑えているらしく、浄化せずとも平時の魔力濃度を維持していた。
イツカに興味があるのか、蛇のようにかぱかぱと口を開く蔓が寄ってきたので怖々とつついていると、領主城を囲んでいた障壁が音もなく薄れ、自壊していくのが視界に入った。
壊れるような音も、この規模の障壁を壊すような魔法の、魔力反応すら感じなかった。となれば。
「恐れるな!問題ない!魔法で壊したのではなく、条件を満たして自壊しているだけだ!むしろ外気に触れ、領主城の魔力濃度は下がるだろう!外に避難も出来るようになる!」
ざわめく民間人達に高らかとそう宣言したイツカは、蔓を一撫でし、アリア周辺に異常が無いか確認するため、その立ち位置を移した。
この魔力濃度の低下の早さなら、すぐに通信も復旧するだろう。ケイに倣い、庭園の東屋の屋根によじ登る。
「ケイ、周辺の様子は」
「魔物は出現しているんだが、どうもアリアちゃんが食べているみたいだ。魔物が蔓に食い付かれ、土に沈められるのを見た」
「あの魔法生物は……そのような狂暴性を…!」
「まぁまぁ、びびってやるなよ。確かに見た目は花の怪獣だが、友好的だし良い匂いがするし、歌もほら、歌い出す」
人の声ではない旋律が聞こえる。
――領主城で働く者たちだからこそ、だろうか。民間人であるにも関わらず、蔓が動こうが大きな青い花がわさわさわしようが、ついには歌いもするが、怯えはないようだ。
順応性の高さでは負けているかもしれない、とイツカは思う。
これだけのことで、死者一名で済んだのは幸運と呼ぶ他ない。一名は裂け目を開けた者とされる死体だ。
そして、その裂け目の中心地付近に人がいなかったことが最たる幸運となる。
そして、己を守る障壁を展開し続ける魔力は有限だ。通信を復旧させ、空間把握魔法を発動できる環境に一時でもしてくれた客二人のおかげで、魔力切れの前に全員、救助出来たと言ってもいい。
救助や警護に当たったのは第三部隊、イツカの同僚達だった。
その中に紛れる所属違いの者が一人。籍が第一部隊にあるルカ・メリノは、今日もまた、同僚にナンパされているようだ。
そのナンパ男は、非番でありながら何故か領主城にいた。他にも、休みでありながら巻き込まれた同僚の顔もちらほらと見る。そのため人手が足りたわけだが――この者達は皆、クロツグのナンパした相手を見に来た野次馬であったりする。
「……ルカと顔を合わせる度に勧誘していないか、あの男は」
そう、呆れて言うのはイツカだ。
「そのナンパ相手に、“僕と腕相撲して勝てたら良いですよ”、ってするルカもルカだと思うんだけど、まぁ、ルカは第三だよなぁ」
「……その、第三っぽいとか、第一っぽいとか、君たちはどう判断しているんだ。あのキオンとシロかいう客にも、第一と似ていると、そう言っていた」
イツカの問いに、ケイは口を開き、唸り、「これ、本当は第一だったお前に言っていいものなのか、」と悩むように言う。
「気になるだろう。言ってくれ」
「……初見、人、のように思えない感じ、ってやつだな。まぁ、話すと案外、ちゃんと人をやってたりするんだが……魔法に特化しているやつらは、どうしても見てる世界が違う」
「あれだな、“何でわかるんだ貴様!怖い!”ってなるやつだな」
「そうそう。そういう目で見てしまうのは悪いと思うんだけど、こればっかりはな。人であるか迷うような相手、初手はそりゃ警戒しちまうわ」
「そうか、……そうだな。わからないから怖い、知らないから怖れる。怖くなくなるまで、知れれば良いんだがな」
「お前、なーんか噛みついてたよな。あのお二人さんに」
「……挑発してきたのはあちらだ」
悔しげに顔を歪めるイツカを見て、変わるものだよなぁ、とケイは思う。
昔のイツカは、それこそ“第一っぽく”、しかし孤高気取りの俗っぽさを攻められ、今に至っている。付け入る隙を与える性格になっていたことから、幼少期の環境は良いものだったのだろう。
その流れで見たのは、ナナハと共に民間人の様子を見て回るシュカだった。この子がいなかったら、第一部隊のやつらも、人っぽさが薄かったんだろうな、と続けて思う。
「ケイ、通信が繋がりそうだ。隊長に状況を報告する」
「はいよ」
隊長へ通信を飛ばすイツカを横目に、ケイは周囲に異常がないかを、また確認する。
問題はなさそうだ、――いや、と訂正した。
アリアの蔓達が見当たらない。あれほど地面から飛び出し、歓迎するように揺らめいていたそれがない。花の方はと見れば、まるで怯えているように蕾となっている。
そして、その様子に真っ先に気付くはずのルカは、目を見開き、“こちらを見ていた”。
「ケイ」
イツカの声の端が震えている。
「なんだ」
「今すぐ、何事もなかったように、皆と合流してくれ。急がず、しかし早急に、僕から離れてくれ、」
「何があった」
「僕に、座標が刺さった。近くにいる、まだ視ているような、気配がある」
「わかった、……死ぬなよ、イツカ」
「……もちろんだ」
ケイは悠々と、その焦りと警戒を一切動作に出さず、東屋の屋根から飛び降りた。駆けることもなく、ただ皆と合流するためと言うように歩を進める。
座標を刺された者に向かうよう設定した攻撃魔法は、避けることができない。障壁を挟むことで耐えるか、魔法で相殺することしか出来ない。
ゆえにイツカはケイを離した。攻撃魔法の範囲に巻き込むわけにはいかず、そして、個人であった方が防ぎやすい。
ケイを見送り、イツカは一人になった。
皆から離れ、ぽつんと佇むイツカに寄ってきた実体なき影は、その耳元で舐めるように囁く。
『兎狩りは好きかね?若者よ』
全身が総毛立つ。半ば転がり落ちるように東屋から飛び降り、その一瞬後に東屋は爆発した。
――遊ばれている。すぐにわかった。
刺さった座標ではなく、狙って、足場を破壊したのだ。
気持ち悪さと恐怖が一体となってイツカの喉を詰まらせていた。通信で報告すべきだが、まだ余裕がない。
今すべき最優先は、皆がいる場から離れることだ。
イツカは、自分が狙われる理由を知っていた。
座標が刺される寸前、バルドとの通信で、死体が消えたと知らされていたからだ。
あの裂け目を閉じたのは自分だ。再度開けるには、縫い閉じたのを破る威力の攻撃魔法を使うか、術者に解かせるかするしかない。
イツカは己の魔法に自信がある。あれを破るとするならば遠くからでもわかる程、強力な魔力反応がするだろう。すぐに発動するような“溜め”のいらない魔法に破られるようなものではない。
座標を刺せるような敵だ。方法を選ぶとするなら後者、解く気のない術者を殺す方だ。
「――っ、」
足元にあからさまな魔力を感じ、飛び、のいてはダメだとイツカはその場で障壁を展開した。
瞬間、眩い光線が障壁に削り刺さる。座標は自分にある、避けられそうな攻撃こそが釣りだ。
避けてはならない。受けていかねば、攻撃は全て追尾する。
遊ばれているという印象通り、攻撃は止まり、イツカに周囲を警戒させた。
兎狩りか、とイツカは思う。
――いいだろう、時間を稼ぐ。その間に避難を、と考えていたイツカの視覚外から、黒影が飛び込んだ。突然のことに固まるイツカを抱え、空に拐う。
黒翼を背にした男はフォスクロード唯一の竜族。クロツグ・フォスクロードだ。その金の瞳は怒りに揺れ、口からは唸り声がもれている。
「な、っ、クロツグ様!」
竜化を進めた竜族は、喉が変質するために発声が出来ない。代わりに、クロツグはバルドからの通信をイツカに委譲した。
『イツカ、敵はベルゼート・ネクロ。若い魔族が好きな変態だ。二つ殺した報告が挙がっているが、殺せていない。適度に反撃して楽しませつつ、どっちの目でも観察してくれ。必ず何かある』
どっちの目は、目視と空間把握魔法での視界で、ということか。
「……わかりました、実体を探して反撃します」
『いや、お前は探すな。観察だけでいい。空間把握の“引き合い”経験はあちらが上だ。領主城に実体があるならクロツグが見付ける。民間人の避難完了まで変態を飽きさせるな』
「了解。……クロツグ様、座標は僕にあります。空間把握魔法発動中は反応が遅れる、頼みましたよ」
頷くクロツグを見上げ、少し気持ちに余裕のできたイツカは――今日は抱えられてばかりだな、と思った。




