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04:魔法回廊①


「わかった。報告ご苦労。お前は皆と合流してくれ、無理するなよ」


「はい」


 地下倉庫の裂け目の件含めた報告をイツカから受け取り、バルドはキオンとシロに向き直った。


 イツカは、城下への道向こう、領主城を囲む障壁のために阻まれた向こう側から、右手を突っ込み、無理やり穴を開け、内側の話に混ざる気満々のエリーゼを見た。

「怖……」と思いつつ合流に走る。


「来てもらってすまんな。バルド・ガルドだ。そしてそこの腕をバチバチいわせているエリーゼについては、気にしないでいてくれると助かる」


「見苦しい所を見せてごめんなさいね、キオン、シロ。この男に、障壁がせり上がってくるからと突き飛ばされちゃって。おかげで外に」


 あらあらと困ったように顔と、障壁の熱量に打ち勝つ右腕の強固さが釣り合っていないが、元よりあるがままを受け入れる二人は「エリーゼさんの腕は強い」と納得した。


「聞きたいことがある。一つは、リベル、アレク、ヴィオ、シズの四人と共にいたときの状況だ。異常性を感じることはなかったか?」


 シロはキオンを見た。視線があう、お互いがどうしようか、と考えていた。

 平時と違う、の観点で見るならば、異常性しかない環境だった。

 しかし、と思う。ここで話すことがアリーズで出会った四人の成そうとすることを邪魔することに繋がるのではないか。

 何も言わない二人に、バルドは困ったように頬をかき、


「……別にあいつらを酷い目に合わせてやろうとか、そんなことで聞いているんじゃない。むしろ逆だ。こちらが持ってる情報から、あの四人が無茶してやがるんじゃないか、ってな」


「殴る気は心からあるけれど、死なせる気はない。お願い、教えて」


 ――キオンとシロは、己の強さに自覚がある。その強さにも異常性があるといえば、そうだ。

 視ているものが違いすぎて、人は皆、二人を、異様な、人の形をした何かであるように見る。

 その視線には慣れていた。悪意や敵意を持っての視線でないこともまた、知っている。ただ、慣れているからと、辛くないわけではない。


 キオンとシロは二人でいた。ずっと二人だった。

 ゆえに、互い以外への、好意を持った相手への線引きの仕方がわからない。

 手を出すなと示されれば、手を出せない。手を出さなくともやり遂げられると、わかってしまうからだ。


「俺達は……俺達が手を出すことを望まないなら、邪魔したくないと思った」


 キオンの言葉に、まったく、とバルドは思う。

 ――これだから、変に強すぎるやつらは。


「こじらせてるぞ、青少年共」


「「こじらせてる?」」 


「要は邪魔したくなるほどの情報をくれって事だろ」


「…………そんな、ことは……、」

 

 弱い否定だ。何も言い返せない。

 その否定が図星であることを隠す術は、キオンにもシロにも、無かった。


「魔法回廊って知ってるか」


 いいえ、と答える二人に、バルドは魔法回廊について語る。


 空間を繋げ、遠距離の移動を可能とする、魔法回廊。

 イツカが閉じたそれが、領主城側にある、件の魔法回廊の、その端だろう。動いた死体が刺激を与える役だったのか。

 確かに、領主城が無くなる程の爆発が起きようとしていたのなら、微かに感じた魔王の魔力についても納得出来る。そして、アリーズにいた四人の名を挙げた。とすれば、言わんとしていることは、とキオンは答える。


「バルドさん、エリーゼさんは、あの裂け目が魔法回廊であるとして、その向こう側に四人がいると考えている」


「そうだな」「そうね」


 間違いではない。状況証拠としてなら、アリーズの環境はいくらでも合致する。でも、とキオン。

 ならばこそ、手出しするようなことにはならない。何故なら、手がいらない程に、ほとんど完成していたからだ。

 キオンは静かに、“邪魔をしない理由”を語る。


「……アリーズの魔力濃度は有害値寸前だった。その魔力の発生源はアリーズの地そのもの。土地ごと巻き込んで、何かを封じているようだった」

 

「私達をみつけたのはアレクさんだった。アリーズは対人用の障壁に囲まれていた。アレクさんはずっと、外と下――封じている何かを視ていた。警戒しているようだった」


 シロも続ける。

 封じているのが魔法回廊だとしても、封は完璧だった。あれはそう簡単に解けるものではない。複数の術者によるものだった。解くには、封じている全員をどうにかしないといけない。


「封や障壁だけじゃない、仕掛けられている魔鉱石はいくつもあった。全部、強力な攻撃魔法だった。時間をかけて、アリーズを半要塞化しているようだった」


 アリーズで視たものを思い出しながら、キオンの中に小さな焦燥感が生まれた。それが何かはまだわからない。わからないまま話した。


「ヴィオさんが連れていた魔法生物もどきは、急激な魔力濃度の上昇を知らせる物だった。俺達がもらったそのもどきは、破裂し役目を終えた。おそらく、裂け目が開く直前、」


 ――もどきは、あの日すでに存在したものを貰ったのだ。あの封で、裂け目が開く可能性があったということか?

 魔法回廊の説明を真とするなら、自発的に発動することはない。必ず外部からの刺激を必要とする。


「……あなた達の話だと、魔法回廊を封じ、壊せていない、ということになる。あの四人が壊せないほどに、それは強固な魔法だというの?」


 エリーゼが言う。その通りだ。


 ――もう視付けていたのに、どうして壊さず封じた?何か壊すことが出来ない理由があるのか?


 魔王の魔法だ。死人の魔法だ。壊せないはずがない、確信を持って言える。


「まてまて、探している素振りでもなく、壊す準備でもなく、まるでそりゃあ、迎撃準備じゃないか。軍でも相手にする気か?」


「アレクがいる以上、物量で押すにしても、魔力切れで落とすには数日かかるわ。それに、そんな人数の移動、気付かれないはずがない。そこに乗り込んでくるのは、エルティア様とクロツグ様よ」


 エリーゼが言う、エルティアの名に、シロは思い出す。

 あの時、アリーズで、シロは地図上で位置を聞かれた。キオンがエルティアを見た場所だ。

 あの特徴からエルティアと見抜いた上で、位置を聞いた理由は何だ。

 アリーズのこの状況をバレたくなかった?

 どうして、魔法回廊の危険性を知っていて見付けたのなら早急に、それこそ領主へその危険性をわかってもらうのが先のはず。


「……俺達、魔法回廊の、こちら側の現場を見に行ってもいいですか。何かわかるかもしれない、」


「わかった。一緒に見に行こう。――救助者のアンカーは全部庭園にある。うちの兵は強い、魔物ぐらいなら問題ない。この障壁が、俺達と一緒に魔物も逃がさないことだしな」


 バルドの発言に、キオンははっとしたように障壁を見た。駆け寄り、そして触れる。ばちばちと抵抗を受け、手のひらが焼けるのを感じた。

 ――そうか、とキオンは障壁の魔法構成を読む。


「これは魔王の魔力じゃない、誰か別の人の魔力だ。ヴィオさんのもどきと同じだ、急激な魔力濃度の上昇を検知して出現してる」


「おいおい、領主城にそんな機構があるのはきいたことないぞ。それになぁ、」


「キオン、シロ。あなた達、魔王の魔力を知っているのね」


 エリーゼは、バルドに視線を向ける。その視線は、懐にあるそれを見せてみろ、と言っていた。

 気は進まないが、元々この件も訊くつもりではあった。

 

「現場を見に行く前に、もう一つだけききたい。お前達は、“こいつ”に、どこで会ったんだ?」


 バルドは、取り出したミラの手記を開いた。

 その手記の魔力に、二人は覚えがあった。覚えのある声が、



『なになに?未来の俺の知り合い?』



「――っ、」


 キオンは息をのんだ、同時に思い出す、思い出してしまった。


 二年前の記憶だ、その死に様、複数の声、制止の声、間際の声、『まだだ』『まだだ、たえてくれ』『ごめんなさい』『ごめん』『これで最後だ』『もう、いいぞ』――キオンはふらつき、両手で耳を塞ぐ。しかし声は内の記憶として聞こえていた。


 シロはキオンを支え、睨むようにバルドを見る。


「どうして、そこからミラさんの声がするんですか。生前に残した、魔道具か、なにかですか」


 ジュードが死んだことは知らなかったのに、どうしてミラが死んだことを知っている。

 思い当たる答えがある。

 もし、ジュードがその事実を隠しているだけだとしたら。


「お前たちは、二年前、魔王城にいた、そうだな?」


「死んだとされていた勇者とその相棒、合点がいったわ、そこでこのバカに会った、そして」


 二人から否定はなかった。

 キオンの反応を見る限り、この男は余程のことをしでかしたに違いない。この怒りをぶつける相手がもうこの世にいないとは、


『――そう、俺は記録魔道具ミラくん三号。知っていることを特定のキーワードで話し出すぞ。暇になると勝手に動き出すぞ』


「お前はもういい、黙っててくれ」



『まあまあ、ちょっと照合させてよ』



 閉じられた手帳が、バルドの手の中でもぞりと動き、その手から逃れ落ちた。

 ぎょっとするバルド、シロもその不自然な動きに驚く。地面にて開かれたミラの手記は、言った。



『ああ、視てたな。金と白、目立つ色をした子が泣いていたから、記憶を維持していたんだった。どこで出会うんだろうなって思ってたんだ。俺たちの墓参りには、もう行ってくれたか?』



「お前っ!」


 バルドは手帳を踏みつけた。足を起点にした封が手記を強制的に黙らせる。

 エリーゼは目を見開き障壁からつきだした右腕を燃やしていた。その先には手記。


「…………すまない、」


 バルドは手帳を拾い、懐に閉まった。エリーゼを一瞥し、抑えるよう促す。

 キオンは顔色悪く、しかし記憶の発作は収まっていた。


「は、はは……やっぱりこの人、最悪だなって、思いました、……けど、それでも、好きだった」


「ジュードさんやミラさん、第一部隊の方々には、私達、お世話になったので、」


「……そうか、」


 魔王城に行った第一部隊は誰一人帰ってこなかった。

 キオンとシロの言い分から、二人はその死んだと第一部隊と交流があったことになる。

 もし目の前で死なれているのなら――キオンのあの反応は、納得がいく。仲間が酷い死に方をした、生き残った者が陥る症状のそれだった。


「……キオン、シロ、現場の確認、いけるか」


「……はい」


「いけます」


 シロはキオンの返事を確認し、続いて頷いた。


「エリーゼ、領主兄妹との合流は任せた。状況の報告をしてくれ」


「わかった。気をつけて行くのよ。キオン、シロ」


 障壁越しのエリーゼにもまた頷いて見せ、キオンとシロはバルドと共に、裂け目のあった地下倉庫へ向かう。







 ××××× 







「タイミングよく到着してくれるか、協力してくれるかもわからない。あいつらにしては、やけにガバついた考えだな」


 地下倉庫を目の前に、バルドが言う。

 イツカの報告にあった通り、魔力濃度は致死、足元には沼のように固形化した魔力が廊下まで広がっていた。


「お前らのことだよ。騙して領主城に行かせた理由だ。――俺は、あの四人が新人の頃から見てる。お遊びでそんな嘘をつくやつらじゃない」


「わかっています。私たちも、そうじゃないかと、」


「気になるのが、そのガバついた考えになる理由だ。例えアリーズであの四人が、お前達二人が大丈夫と判断するような状況であっても、俺は気になる」


 地下倉庫は、足元は一面の沼に、壁には元々ここにあった棚等諸々の残骸があった。そして一番目を引くのは中央。空中に縫ったような跡がある。これが噂の裂け目か、と同時に、違和感。報告されていたものがない。


「裂け目はあるが死体がない。ように見えるが、お前らにはどう映る?」


「死体は見当たりません。……この短時間で、この沼に……溶けた?さすがに早すぎると、……キオン?」


 キオンは裂け目に近付き、その縫い目に触れていた。探るように目を閉じ、


「――向こうに、魔王の魔力と、魔力の塊がある。どこかに続いている。魔法回廊、これが……」


「うちの天才の縫い方はどうだ?性格は面白いやつだが、魔法に関しては本物だぞ」


「完璧です。これなら、術者が死なない限り、この裂け目が開くことはない。しばらく後、この縫い目も空間に溶けて目視出来なくなるかと」


「術者が死なない限り、か。フラグにしか思えんな。しばらくイツカに単独行動は避けてもらうかね」


「そうして下さい、あの人は危なっかしいので」


 お前がそれを言うか、と思ったが、バルドは口にしない。

 今は死体が無い、という事実がひっかかる。

 死体が動いたとは聞いていたが、ナナハが蹴り飛ばし腕も千切れたと言っていた。その千切れた腕すら見当たらない。


「……あいつらが想定してるのは、魔法回廊の防衛、破壊を含め、他にあるんじゃないか」


 ふと、バルドは思った。アリーズの四人の話だ。


「これが魔王の魔法なら、魔法回廊を開通させようとするのは旧魔王政権に関わってきた者だ。あの四人が本気で迎撃体制整え、殺しにかかろうとしているなら、それこそ魔王に近い実力のはず、だが……」


 魔王は死んだ。その魔王に最も近いとされていた側近の男はいたが、


「……魔王の側近、ベルゼート・ネクロは殺したと、報告を受けたことがあるんだよな」


「そうですね。そいつは第一部隊の皆さんが殺しています」


 ――まてまて、おかしい。と聞き返そうとしたバルドの胸元がもぞついた。ミラの手記だ。

 暴れる手帳を取り出し、さらに重ねて封じようと思ったが、まさかこれはキーワードに反応した、というやつだろうか。


「すまない、これはミラが残した情報だ。会話を聞き、その会話の単語を拾って情報を吐き出す魔道具らしい。……辛いなら、先に上に戻っていてくれるか」


「……いえ、聞きます。俺たちも、許されるなら情報がほしい」


「わかった。――開くぞ」


 封は解かれ、手帳はバルドの手の元、バタバタとはためく。ミラの声が、また語りだした。



『魔王の側近。魔王に近しい者。ベルゼート・ネクロ。ある、あるぞ、大事な話だ』


『ベルゼート・ネクロを視た。領主城にいた。不思議だな、確かに殺したはずなんだが。なんで生きてるんだ?不思議だ。なんで敵地ど真ん中に乗り込んできたんだ?不思議だ。話しておこう、俺のお気に入りたちが何か気付くかもしれない』


『ベルゼート・ネクロを視た。二人いる。おまけにどっちも本人だ。面白いな、どんな魔法だ?どんなからくりだ?わからない。困った、この時間軸に俺はもういない。誰が残っている?エリーゼは?バルドは?生きているのか?』


『ベルゼート・ネクロについて。あの魔王の側近やってるだけある。魔王さえいなければ、あれこそが魔王を狙える器だった。未来を追ってわかった、アレがフォスクロードを壊す。分岐点はどこだ?』


『ベルゼート・ネクロについて。リベルに話した後、未来が変わった。死体と瓦礫しかなかったフォスクロードはもう視えない。問題は、話した後から、未来のどこにも、四人がそろって、いないってことだ。困ったな、この時間軸はそう遠くない』



 しん、と静まりかえる。キーワードに連なる情報を全て語りきったのか、手帳は閉じられた。


「ベルゼート・ネクロを殺したとミラから報告があったのは、少なくとも三年、それ以上は前だ」


「魔王城で、ミラさんと、第一部隊の皆さんで殺したはずです、私たちは確かにそれを見た」


「――わかった。上に戻るぞ。まずは領主城を囲む障壁だ。あれをどうにかしないことには、通信も外に出ることもままならん」


 バルドに言われるがまま、三人は連れ立って地上に戻る。

 キオンとシロは、考えていた。

 この魔道具は生前のミラが作った。ならば、内容の時系列上に、魔王城での戦いは無かったはず。

 ベルゼート・ネクロと呼ばれていた者は、二年前の戦いで死ぬのを見ている。この目で、ベルゼートを殺すために、死ぬ者だって見た。


 だが、どうしてだろう、ミラの手記はそうでないと言っている。もしや本当に生きているのか、と思った。

 確かに殺していた、死んでいた、あれはいったい何だったんだ?と考える。個人を増やす魔法を、二人は知らない。


「……領主城を囲む障壁がない、魔力濃度も薄いな、これは、――おいエリーゼ、聞こえるか」


 地上はその様相を変えていた。領主城を囲む障壁は姿を消し、流れ込む外気と混ざり魔力濃度は急速に薄くなっていく。この薄さなら、とバルドはエリーゼに通信を繋げた。


『聞こえる。障壁はエルティア様が消したわ。無理やり壊したわけではない、障壁に触れたところから自壊し始めた』


「通りで、これが消えるような威力の魔力反応を感じなかったわけだ。こちらからもまずい報告がある、イツカの話にあった死体が現場に無い。それに、ミラの手記が反応した。“ベルゼート・ネクロ”、死んだはずのそいつが関わっているのやもしれん」


『――奇遇ね、その名。聞いたばかりよ。戦闘中の領境、第二部隊からそう報告があったと、エルティア様から』


「バルド!!!」


 その声は、今まさに名が出たエルティアの物。

 屋根伝いに走ってきたらしい、エルティアはバルドの前に降り立った。


「あの障壁はお母様の魔力によるものだった。私が触れて消えたのなら、あれは私が不在のこの城を守る機構であったということ」


「了解。こちらからも報告がある。裂け目を開けたと思わしき死体が消えた。そして、あの裂け目はイツカが閉じている」


 死んでも尚残る魔法はいくつかある。ミラの手記、魔王の魔法回廊、エルティアの母による障壁。

 だがそれらは全て、特異な力を持つ者たちが、時間をかけて作り残す代物だ。少なくとも、イツカにそのような時間は無かったはずだ。


「クロツグ!件の死体が無いそうよ!民間人の安全確保、並びにイツカ・シュシュと合流を!」


 クロツグにそう通信を飛ばし、エルティアは“父親の恩人”の元へ歩み寄る。エリーゼから話を聞いていた。まさか先に、また、第一部隊の者達との縁を深めていたとは。


「あなた達の話は、父から聞いているわ。私は、エルティア・フォスクロード。ジュード・フォスクロードの娘。とある事情で、あなた達の名の姿は伏せられていた、けれど生きていることは知っていたわ」


 この状況だからか、キオンは初めてエルティアの姿を冷静に見ることが出来た。

 夜空を映したような長い黒髪も、美しいその顔と身体も、ジュードと繋げることは出来なかった。しかし、真正面から見たその金色の瞳だけは、ジュードと同じだった。


「ごめんなさい。父はあなた達との約束を果たせなかった」


 エルティアは深々と頭を下げる。キオンは首をゆっくりと振り、シロは「顔をあげて下さい」と促した。


「あなたの瞳は、ジュードさんと同じだったから。俺たちはそれだけでもう十分です」


「私だったら怒り狂って暴れてるのに、控えめね。いいわ、ありがとう」


 にっ、と笑う姿も、顔の作りは違うのにジュードを彷彿とさせた。


「「――!」」


 その笑顔の後ろに、キオンとシロは視た。

 エルティアもまた、その表情、瞳の変化に気付き、身体を反転、ほとんど本能のままに、“それ”を叩き切る。


「何がいた、何を視た」


 エルティアが短く訊く。


「空間把握魔法、あの顔、俺の記憶が正しいのなら、あれは、ベルゼート・ネクロだった」

座標(アンカー)、刺さっていません。私達誰にも」


「わかったわ、――バルド、総員に通達。民間人と共に、イツカを除いた全ての者を領主城から出して」


「了解」


「クロツグ!エリーゼ!敵よ!ベルゼート・ネクロ、座標(アンカー)を用いて殴ってくるわ!」


 キオンは、通信で指示を出すエルティアやバルドの声がどこか遠くで聞こえる気がしていた。

 一瞬しか視ていない。その一瞬でわかる程に全身がざわついた、あの顔はベルゼート・ネクロだ。

 もし、想定していた敵がベルゼート・ネクロだとしたら。ミラの手記の言葉通り、ベルゼートは複数いて、手記の結末通りになってしまうのなら。


「エリーゼ、城下の防衛ラインは任せた。クロツグ、なんとしてでもイツカを探して掴んでなさい、敵が探しているのは裂け目を閉じた術者よ」


「向こう側はどうする。ほぼ確実に、あの四人はそこにいるぞ」


 バルドの発言に、キオンは手にある、大事に持っていた、直通の通信回線を構成している魔力を見る。


 そして、シロを見た。お互い、淀んでしまった赤い瞳。


 シロはそっと、自身の手首を指し示す。そこには何もないが、腕輪、と言っているのは理解できた。

 邪魔したくない、立場をわきまえている。そう口にしながらも、押し付けたそれは今、アリーズにある。


「俺は、リベルさんに、血を混ぜた直通の通信回線のコードを貰っています。障壁が無くなった今なら――」


 キオンは魔力を流した。

 あっさりと通信回線は繋がる。シロにも聞こえるよう開放されたそこから、リベルの“元気そうな”声が飛び出した。


『…………お、キオンくんじゃん!シロちゃんも一緒に、調子はどう?無事?』


 通信回線は開かれている。傍受せずとも、エルティアとバルドの耳にその声は届いていた。

 キオンが聞くことを許している、しかし、口を挟むことはまだ許されていない。その会話を見守っていた。


「はい、俺達は無事で、領主城にいます」

「シュカさんにも会いました。だから、私達、知っています」


『そっか、……そうか。色々、聞きたいことはあるんだけど、……ほら、俺達楽しみにしてたからさ。話をきくの』


「俺達を騙したのに?」


『そう、嘘ついて騙したのに。バレちゃったな~、俺達が実は、わるーい魔族のおにーさんだったってことがさ!』


 二人は口を結び、その悲しみと諦めに近い目を見て、“父から二人が受けた所業を聞いていた”エルティアは、その怒りを込めた魔力をキオンとシロに向けた。

 キオンとシロは、あなたも、あなたも、と自分達を指差すエルティアを見た。


 引くんじゃない、そうエルティアは言っていた。


「……ベルゼート・ネクロが出ました。こちらの魔法回廊の裂け目は閉じられています」


『そこまで知ってるってことは、協力してくれてるんだな。じゃあ、ついでにもう一つ、伝言を頼まれてくれないか』


 二人の返答を聞く前に、リベルは激しく咳き込み、しかもそれが無かったかのように続けた。


「“ベルゼート・ネクロは俺達で仕留める。魔法回廊も俺達で破壊する”」


「リベルさん、」


『出来れば、シュカを通さずに伝えてほしいな~なんて。ベルゼートの名を、キオンくんとシロちゃんに教えた人とか、名を知っている者になら適任かも~』


「リベルさん!」


『……なになに、もしかして咳き込んだの心配してくれた?……大丈夫大丈夫、ちょっと風邪気味でさ』


 キオンは、その返答に、やっと、やっと、迷いを立ちきることが出来た。

 バカじゃないのか、と思う。こちらの気も知らないで、と思う。何が風邪だ、戦闘中の負傷によるものじゃないのか。


 何かを決める時、キオンはシロの顔を見る。シロの意思を確認する。シロは微笑んでいた。にっこりと、淀んだ目で、自分と同じように、笑っていた。





 


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