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プロローグ:約束をした、あの日のこと


「勇者は生きている」


 代々、墓守は領主の務めとされている。

 霊園にて、娘、息子を背にそう語るのは当代墓守、そしてこのフォスクロード領、領主であるジュード・フォスクロードだった。

 ジュードの前にある墓石の主は、一年前、魔王を倒さんと共に魔王城へ向かった者たち。体はない。連れ帰る事は出来なかった。遺品だけがその下にある。


「勇者とその相棒、二人が生きていると知るのは、本人を除けば、私と、お前たちだけとなる。内密に、近しい者たちにも、その時がくるまで口にしてはいけない」


「……何故死んだことにしているのですか。数日とはいえ共に行動し――死んだ第一部隊の面々とも、友好的に過ごしていたとききます」


 その問いは息子からだ。名はクロツグ。

 ジュードと同じ黒髪で、娘、エルティアとも同じ金の瞳を持つ。――魔族ではない。血縁はなく種族も違う彼は、成長につれ義理の父に一線を引くようになった。


「それはジュード様、貴方とも。彼らは命の恩人で、このフォスクロードの恩人でもある。私達はそうきいています」


 その一線が寂しい。いずれ領主を継ぐエルティアの、補佐の立場としての意思を示していることはわかっている。だからといって流せるほどの関係ではない。


「……クロツグ、お前にジュード様などと呼ばれると、心が痛くて何を話そうとしたのか忘れてしまう。公的な場ではないんだから、パパと呼んでほしい」


「お断りします」


 間髪入れずの拒否に、ジュードの背が曇るのをクロツグは見た。

 しかし、己はもう子どもと呼べる年齢ではない。養父として尊敬し実の父のような存在とも思っているが、やはり養子としての立場がある。

 魔族と竜族、種族すら異なる自分を実子と同じように接し、育ててくれた恩は返すべきだ。そう考えていた。


「だめよクロ。お父様は拗ねると面倒になるわ」

「そうだぞクロツグ、私は拗ねると面倒だ」 


 ――そう、考えていたのだが、義妹のエルティアからの助け船に、ジュードが嬉々と乗り込んでしまった。

 これには眉間を押さえ、ため息をつくしかない。唸るようにクロツグは言う。


「…………では父上、お答え頂いても?」


「……父上、……父上……いいだろう。うむ。何故と訊かれれば、……従う主を持たなかった二人は、人間領では脅威と見なされていた。ゆえに、死んだことにせねば、手負いの状況で命を狙われることになる。そう言っていた」


「魔王は人間領にも進出し多大な被害を出していたはずです。それを倒した勇者達を英雄一行とするどころか脅威とするなど……性格に難があったとも思えません」


「そうだな、……少々気の抜けている所があるにしても、普段は穏やかな子らだったとも」


 ジュードの脳裏に浮かぶのは、食事を共にした時のゆるんだ笑顔。

 彼らは若かった。人懐っこく、好奇心旺盛で、よく皆の話を聞きたがった。

 共に行動した期間は短い。しかし、エルティアやクロツグと近しい年頃に見える者たちに、子の姿を重ね可愛がらないはずはなかった。


 だが、とジュードは目を閉じる。


 ――私は、私たちは、(むご)いことをしてしまった。


「連れ帰れば良かったのに、例え人間領の者たちだとしても、恩人である彼らを私たちは無下にしないわ」


 エルティアは言う。

 その通りだ、とジュードは頷いた。城の者も、フォスクロードの領民も二人を労り歓迎したはずだ。しかも片割れは、クロツグと同じ竜族だった。


「それは、……戦禍残るフォスクロードのこの土地に、戦えない自分達を狙って何者かが現れた場合、迷惑がかかるから。そう、断られてしまってな……ううむ、やはり、無理にでも連れ帰るべきだったな…」


「もしその何者かが侵入してきたとしても、私たちが確実に、全員、返り討ちにしてやったというのに。ねぇクロ、一人残らず、塵芥すら残さないわよね?」


「ああ、全力で処理しただろう」


 少々血気盛んな我が子達である。そして、言葉通りの実力があった。

 今や二人はフォスクロードの防衛を担う双翼。その強さはこれからもさらに伸びるだろう。


 ――エルティアがいる、クロツグがいる。

 生き残った者たちも皆粒ぞろいの実力者だ。強さで差別するような者はいない。恐れ、排除に動くような者たちはいない。


 ジュードは思う。この地なら、彼らを引き留めるかすがいになれのではないか。


「……二人と、約束をしたのだ。傷を癒し、必ずまた会おうと。きっと、このフォスクロードに彼らは現れる。その時は、エルティア、クロツグ、共に歓迎しようじゃないか」


「もちろんよ!!どんな猛者が来るか楽しみ!」


「名と外見を先に聞かせてもらえれば、こちらも準備ができます」


「……それを教えちゃうと、お前たち、初手に手合わせを願いそうでな……」


「あらお父様。初手の手合わせは、相手が猛者であるならこその礼儀よ」


「その通りです父上」


「うーん、うちの可愛い子どもたちを否定したくないので情報は伏せておくことにしよう」


「そう、ふふっ、いいじゃない!強さだけが手がかりとなるわけね!」


「……強いぞ、あの二人は」


「「望むところ」です」


 振り返ればきっと、二人そろって晴れやかな笑顔を浮かべているだろう。

 しかしジュードは、無意識に振り返ることができない。これはジュードの癖だ。


「ところでお父様」


 もちろんそれは、子の二人も気付いている。


「名と外見の他にも、隠していることがあるんじゃないのかしら。私たちに背を向けていることが怪しいわ。すごくすごく、怪しいわ」


「父上は、後ろめたい事があると顔を見せたがらない。母上からもそう言い聞かせられています」


 娘の指摘に、息子からの裏付けの取れた追撃。ジュードはびくりと肩を震えさせ、共犯者の墓石に触れた。


 負い目がある。

 勇者とその相棒、二人に酷いことをしたという負い目が。


「話せば、お前たちは怒る。……が、話さねばならない。間違っても二度目があってはならないからな」


 ようやく我が子の方へ振り返ったジュードは語り出す。――最後まで聞くまでもなく、エルティアは憤慨した。


「勇者とその相棒がフォスクロードに来てくれた暁には!絶対に!散々と!文句を言ってもらうから!お父様だけじゃないわ、死んだ第一部隊の皆!あなたたちもよ!墓石の下で震えてなさい!!」


 エルティアの怒りは、そう啖呵を切るほど。クロツグですらさすがに、と苦言を呈する。

 我が子の反応にジュードは目に見えて落ち込み、大柄な体が一回り小さくなっていた。が、同時にここまで怒ってくれる我が子に安堵していた。この子らならば、過ちを繰り返すことはないだろう。



 ――魔王討伐のための行軍。少数で構成された精鋭部隊。彼らが魔王城までの道中で出会ったのが、勇者とその相棒だった。

 第一部隊に所属していた彼らは、誰もが年下に甘く世話焼きで、しかし戦いに合理性を持ちあわせていた。

 もし、ここであの“勇者”だからと敵対行動を取れば、必ず損害となる。魔王討伐の任を果たせないかもしれない。ゆえに友好的にした。

 その結果、部隊の誰もが二人に絆された。


「あの二人を隠し玉にしよう」


 そう言い出したのは、第一部隊、隊長の男だった。

 名はミラ。魔王と並びうるといわれた、魔法の天才。

 未来視だって出来る、と冗談めかして言う男だった。そして、その男の提案は、すぐに部隊の総意となった。


「出てきていいぞ」


 そう言うまで、何があっても気配を消し、対魔王のイレギュラーな戦力であることを、勇者と相棒に約束させた。

 二人は頷いた。頼み込み、頷かせたに近い。


 その後は、二人にとって地獄だっただろう。


「まだ出てくるな、隠れていろ」


 一人が死の淵にいるのを目の当たりにしながら、隣にいる者にそう制される。

 手を出せば命は助かっただろう。しかし、魔王側の者たちに、勇者と魔族が手を組んでいると知られるわけにはいかなかった。


 頼む、まだだ、まだ――


 そう言い止める者が、一人また一人と減り、その間何人もの死を見た。魔王城での戦いで、まともな死などなかった。ジュードは、若い二人の噛み締めた唇から、握りしめた拳から、血が流れるのを見た。


 だから、だろうか。

 あの日、生きている者はたったの三人となった魔王城で、彼ら二人は、生を放棄しようとした。

 このままでいいと力無く言い、倒れたまま動こうとしなかった。


 何故だ、とジュードは訊く。彼らは言った。

 帰る場所はない。寄る辺は互いのみ。

 数日でも、共に行動出来て楽しかった、皆で食べた食事は美味しかった、話せて嬉しかった、だから、この土地で死んだ皆と同じ場所で朽ちるなら、それでいい。

 だめだ、と止めたのはジュードだった。

 生きろと言った。死んだ者たちの故郷を見てみないかと誘った。

 魔王の暴虐な圧政から救った、魔族領、フォスクロードの土地で過ごし、もし気に入ってくれたのなら、このフォスクロードを帰る場所としてほしいと言った。

 娘と息子を紹介する、年も同じ頃だ。きっと仲良くなれる。君たちの強さを恐れない良き友人達が、良き隣人達が、必ず出来る。

 そう続けた。ほとんど懇願だった。


 ジュードは見ていた。一つ一つ、命が尽きる度に、あれほど表情豊かだった彼らから、感情が抜け落ちていくのを。今や、血濡れた体で、人形のように話している。


 すごく楽しそう、ぽつりと言ったのは勇者の相棒の少女だった。

 少女を確認するように見、「楽しそう、か。そうかもしれないね」と答えたのは勇者の少年だった。 


 致命傷でないのが嘘のような、血にまみれた体で勇者は起き上がった。淀んだ赤い瞳が、やっとジュードを映した。瞳に少しだけ戻った意思をジュードは見返した。


「共にフォスクロードに帰ろう」


「……いいや、それは出来ない。俺達はしばらく戦えない、むしろ離れていた方がいい」


「……どうして」


「……魔王を倒したあなたと、俺達。どちらもいる領土は、魔王のせいで疲弊している。人間領はこんなにも近い、俺達を疎んでいる連中に、好機と見なされ侵略される」


 確かに、魔王側にも逃げることで生き延びた者はいる。それは勇者と相棒が、魔王と戦ったことを知る者共だ。魔王が死んだこともすぐに知れわたるだろう。

 もしフォスクロードに連れ帰ったとして、存在を隠しきることは出来るか。荒れた領土だ、外部からの鼠を全て排除できるかといえば、否。

 しかし、それがどうした、ジュードは思う。


「フォスクロードは強い。お前達を守り、領地も残った領民も必ず守りきる。余計なことを考えず、共に帰り、ゆっくりと療養してくれ」


「は、……はは、無茶なことを言う、あなたの傷も深いだろうに」


「私は君たち二人を小脇に抱えてフォスクロードに帰れるぐらいには元気だ。問題ない」


 そう言えば、くすりと、微かに相棒の少女は笑った。勇者も困ったように、少しだけ微笑む。


「だめだよ、決めたことだ。ジュードさん達は俺達に頼みごとをした。俺達はそれを、最後まで、守った。約束を果たした」


「それ、は……」


「俺達は、もう、あなたの頼み事はききたくない」


 力無く首を振り、勇者はジュードに手を伸ばした。

 触れた指先から、上手くない治癒魔法が展開される、が、すぐに魔力は萎み消える。


「治癒魔法、苦手なんだ。だからさ、ジュードさんも休んで、傷を治してよ。俺達もそうする。“気配を消すのは得意なんだ”」


「……っ、すまない」


 ミラが死の間際に「出てきていいぞ」と、そう言うまで、彼らは気配を消していた。魔王にすらその存在を気付かせなかった。


「……すまないと思っているなら、約束してほしい。俺達は傷を治し、生きることにする。生きてジュードさんに会いに行く。だからあなたも、必ず生きていてほしい」


「ああ、わかった、必ず」


「そして、そうだ、また、一緒に食事がしたい。みんなが一緒にいた時のように、賑やかで楽しい食事。……そして、それでさ、……っ、」


 その顔を、ジュードは生涯忘れることはなかった。

 その時初めて、勇者は涙を見せた。ぼたりぼたりと、相棒と共に肩を震わせ、続けた。


「俺達に生きろと言うなら、もう俺たちに、――死ぬ様を見てろ、なんて言わないでくれ」


「約束する。必ず、必ず……また会おう。もうお前たちに、そんな顔を、そんな想いをさせないと、約束する」











 ジュード・フォスクロード。

 フォスクロード領主だった魔族の男が、霊園にて、隠していた魔王城での出来事を二人の子に語り聞かせてから、数週間後のこと。

 流行り病に倒れた彼は、呆気なく霊園にその所在を移した。その体には、魔王との戦いの傷が癒えず残っていたとされる。


 フォスクロード領領主は、ジュードの実子であるエルティア・フォスクロードが継いだ。

 若き領主は、義兄を補佐に、領民の平和と安定のため奔走することとなる。


 ジュード・フォスクロードが死んで一年。

 フォスクロード領の外れの村、アリーズに、人間領から二人の来訪者があった。



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