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カエルの王子さまに溺愛されて困っています

冬は嫌いだ。

同じ時刻でも、帰り道が暗いと、疲れが増すような気がする。

もっとも、夏でも明るいうちに帰れる日などそう多くないのだが。


残業が多いから給料はそれなりだが、お金を使う時間も元気もない。

仕事帰りの電車で読む漫画だけが、日々の癒しだ。

転生したヒロインが婚約者の公爵から溺愛されるストーリーは、最近よく目にするものと似ているが、やっぱり面白い。

(羨ましいなあ……)

最寄り駅で降りると、今日はいつもよりも星が多くて空が綺麗に見えた。

「私も美女に生まれ変わって王子様に溺愛されたいなあ……」

周囲に人がいないのをいいことに、夜道で酔っぱらいのようなことを呟いてしまった。

ちょうどその時、星が流れたような気がした。


神様が願いを叶えてくれた、ということなのだろうか?

翌日私は、青信号の横断歩道を渡っていた時に、右折してきたトラックに轢かれてしまった。

衝撃と痛みで意識を失い、そして――。


     *


「お嬢様、お嬢様、大丈夫ですか?」

メイドの呼びかけで、私はハッと目を覚ました。

自分の身体を見下ろすと、なんだかヒラヒラした見覚えのないドレスを着ている。

腕も白くて指が細く、明らかに私の手ではない。

(もしかして、本当に転生した?)

私は急いで鏡の前に行った。

(うわあ……)

国宝級美少女がそこにいた。

くるくると波打ち輝く、美しい金髪。

ぱっちりと大きな二重(ふたえ)の目と、金色の長い睫毛(まつげ)

キラキラと輝く、珍しいコーラルピンクの瞳。

ドレスは胸元に淡いピンク色のフリルがついていて、スカートの裾へ向かって少しずつ淡いオレンジ色に変化していくように、何枚も布が重ねられている。

明らかに、「私」の瞳の色に合わせて特別に仕立てられたものだろう。

このなめらかな肌触りは、多分シルクだ。

お金持ちの令嬢になれたのは間違いない。

(なんて可愛いの……! ありがとう、神様!)

その時、コンコン、と扉がノックされて、立派な髭の紳士が部屋に入ってきた。

「お父様」

口が勝手に男をそう呼び、私はその紳士が「私」の父、フェルミントン伯爵だと思い出した。

他にも、転生した「今の私」の16年間の人生を、次々に思い出していく。

冷静で公平な父、愛情深い母、7人の兄と5人の姉。

そして私の名前は――。

「プリムローズ!」

父が私の名を心配げに呼んだ。

「もう起きて大丈夫なのかい? アレクサンダー王子とお会いして急に倒れたと聞いたよ」

「あ……」

アレクサンダー王子。

その名前を耳にして、血の気が引いた。

私が気絶した原因。

カエルそっくりの顔をした、この国の第二王子だ。


私は幼い頃、一番上の兄にくっついていった王宮の庭園で、池に落としたおもちゃを王子に拾ってもらったことがある。

その時、お礼に私のできることは何でもする、と約束していた。

そして今日、私の社交界デビューと同時に、「昔の約束を果たしてもらいに来ました」と、王子は私に婚約を申し込んできたのだ。

その顔は、目がギョロリとしていて左右の目が極端に離れており、鼻は低くて、口は裂けたように大きかった。

あの美しい王と王妃から生まれてきたとは信じられないくらいにブサイク。

彼がカエルにしか見えなかった私は、ショックで気を失ったのだった。

倒れた衝撃か心理的なショックかが要因で、前世を思い出したということだろう。

「あの、お父様。私、第二王子殿下に婚約を申し込まれたような気がするのですが」

「ああ、それは憶えているんだね。良かった」

「お断りできないでしょうか?」

「まさか。今日は殿下がおまえに直接申し込みたいとおっしゃったからあのような場を設けたが、先に私が承諾の返事をしてあるよ」

「そんな……!」

私は、ショックで再び気が遠くなるのを感じた。

「プリムローズ。アレクサンダー王子は優秀で賢い方だよ。ウィリアム王子より前へ出ようとは決してなさらないし、兄弟仲が良いから、将来は王弟としてウィリアム殿下を支えていかれるおつもりだろう。おまえはその妻になれるのだ。ありがたいお話ではないか。それに、おまえはアレクサンダー殿下と昔、お約束していたのだろう? 約束は守らなければいけないよ」

「そんな……」

約束したとは言っても、私はあの時出会った醜い少年がまさか王子だとは思いもしなかったのだ。

使用人だと思ったから、気軽に池に落ちたおもちゃを拾うように頼めたし、代わりに何でもすると言ったのも、少額の物を買い与えれば喜ぶだろうという考えがあってのことだ。

それがまさか、カエル王子と婚約させられることになるとは……。

第一王子のウィリアムは、とても美しい人だというのに。

どうせ婚約するなら、兄王子が良かった。

しかしウィリアムは、既に公爵家のご令嬢と婚約済みだ。

身分を考えても、私がそこへ割り込むことは不可能だろう。

(あんなカエルが婚約者だなんて、私は一体、何の世界に転生したのかな?)

乙女ゲームとか少女漫画とかの世界ではないのだろうか、と思うが、思い当たるものはない。

あえて言えば、幼い頃に読んだことのある童話『かえるの王さま』が近いような気がする。

内容はうろ覚えだが、あのお話なら、最後はカエルの魔法が解け、美しい王子だか王様だかに戻っていたはずだ。

もしもここがあのお話の中だとすれば、アレクサンダー王子がイケメンに戻る可能性もあるということなのだろうか?

私の心に希望の光が差してきたその時、コンコンと扉がノックされ、

「旦那様、お嬢様。第二王子殿下がお嬢様のお見舞いをされたいとおっしゃっていますが、どうされますか?」

と訊かれた。

私は焦った。

よく考えれば、王子の顔を見て倒れるなど、ものすごく失礼なことではないだろうか?

「お見舞い」に来て、鏡の前に立ってピンピンしている私を見たら、王子は気分を害するかもしれない。

具合がとても悪いから入らないで、と断ろうとしたが、お父様が先に、

「お入りいただきなさい」

と返事をしてしまった。

私は慌ててベッドに戻った。

王子が入ってくる。

「殿下、娘のお見舞いありがとうございます。どうぞごゆっくり」

お父様が合図をすると、メイド達は王子が腰掛けるための椅子だけ用意して、お父様と共にまとめて部屋から出ていってしまった。

(嫌ぁ! 2人っきりにしないで! そんな気遣いは要らない!)

私はなるべくつらそうな顔をして、ベッドの上で身を起こした。

「大丈夫ですか? プリムローズ」

アレクサンダー王子は椅子には座らず、私の顔を覗き込むようにして心配そうな口調で言った。

名前を呼び捨てにされ、醜い顔を見せつけられた私の背中が、ゾゾゾゾ……と粟立つ。

ダメだ。

一刻も早くこの王子をイケメンに戻さなくては。

私は幼い頃に一度読んだきりの話を必死に思い出した。

(たしか、カエルを壁に叩きつけたら呪いが解けたんだっけ? でも、この人を壁に、とか……)

私は、王子を一本背負いして壁にぶち当てる図を想像してみた。

できる気がしない。

(あとは、ほっぺにキスをしたら元に戻ったって話も聞いたことあるかも……)

()()にキスをするのかと思うとものすごく気は進まないが、それでイケメンに戻ってくれるなら、まだ頑張れる。

「ご心配ありがとうございます、殿下」

私は気力を振り絞って、王子の左ほっぺにチュッと触れるだけの軽いキスをした。

王子はサッと赤くなった後、

「ぐふふふふ。大胆だね、プリムローズ」

と気持ちの悪い笑い方をした。

(あ、あれ……?)

王子の見た目に変化はない。

(やっぱり壁に叩きつけないとダメなの? それとも……)

私は恐ろしい予感に震えた。

『かえるの王さま』では、王様はカエルに変身させられていたが、アレクサンダー王子は顔がカエルに似てはいるものの、現在も人間なのだ。

つまり、

(王子は、この先もずっと、この顔のまま……?)

「初めて庭園で君を見た時から、美しい君に夢中なんだ。君のわがままは何でも聞いてあげるよ。だから僕と結婚しよう。ぐふふふふ」

王子はお礼のつもりなのか、私に抱きついて両のほっぺにキスの10倍返しをしてくる。

(いや、無理無理無理無理!)

私は、いっそのこと燃え尽きて灰になってしまいたかった。



――神様、お願いです。

以前の願いを訂正させてください。

【溺愛されたい。※ただし相手はイケメンに限る】

と!

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