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僕の記憶  作者: しづこ
1/1

父と母から聞いた話し

中卒で働く彼女と彼との出会い。そして海に消えて行く彼。崩れ墜ちる彼女の闇

少しだけ僕の母の話をいいですか?


母が17歳の夏から19歳の秋まで恋した男性がいました。

母は高校へ行かず昼間クリーニング店でバイトをし、一人暮らしをしてました。

その店に高校制服のYシャツを毎日一枚持って来る男性、それが母の好きになった人。

でも学歴の無い母は自分から告白など出来ずに春から季節は夏へと過ぎていきました。

高校でいう試験休みという日からでしょうか男性はYシャツをクリーニングに出しに来なくなりました。

3日過ぎ、一週間過ぎた頃、店の自動ドアが開くと花火の袋を片手に母の恋した男性が立っています。

「いらっしゃいませ」カウンターに近付きました。

「仕事何時に終りますか?あつ!!僕は月下草太(つきしたそうた)と言います。えっと…花火!花火しませんか?」手に持つ花火を突き出した。

母は胸のドキドキを隠すようにエプロンの胸元を手で摘み「あの…仕事は5時に終ります。誘ってもらえて…あの…ありがとう」

「ハイ!!じゃ、5時過ぎに店の前で待ってます。…えっと江上(えがみ)さん、下の名前聞いていいですか?」 「あっ。ごめんなさい。夏希(なつき)です」 「ありがとう!!じゃ、後で」

初めて見た男性の笑顔に手を振る仕草に嬉しくてたまらなかったそうです。 5時に仕事を終え、何故か歯磨きをして、手のひらに、はぁーと息の確認。うっすら色付きのリップを塗り手櫛で髪を整えて店を出た。

店の横のジュースの自動販売機の横で立ったりしゃがんだりと落ち着かない様子の男性の側へ近付き 「あの…月下さん」 勇気を出して声をかけた。

「あ!お疲れ様」 人差し指で右眉をかきながらハニカんだ。

500メートルほど歩くと公園がある。そこで花火をしながら2人同い年だった話、通っている高校の話、高校に行かずバイトをしている理由。初めて一緒に花火する相手なのに沢山の話をした。閉めに定番の線香花火。

「僕と付き合ってくれませんか?」 線香花火の玉がポトリと落ちて周りの外灯の明かりだけになった。

「うん。ありがとう」母の恋が実った。


それからは前日バイト帰りに公園で缶コーヒー一本と楽しい時間を18時を知らせる役場から流れる曲が鳴るまで一緒にすごした。スピーカーから流れる曲を合図に公園の入口で手を振る。「また明日」お互いの家へと帰る毎日が、冬へ変わる季節の頃18時はもう真っ暗で、公園でのデートも寒く母は初めて自分のアパートに来ない?と誘った。それからは春になるまで母の部屋でデートして、とにかく幸せな時間を過ごした。月下さんが18歳になる一ヶ月前から車の免許を取得するため教習所に通う事になりデートの回数が減り、同時に就職活動も重なり何日、何曜日に会える約束が出来ず月下さんが時間が出来たら母のアパートにやって来るという待ちぼうけデートが増えた。もちろん月下さんの誕生日当日もデートはできなかった。母の用意したプレゼントは釣竿だった。元々月下さんが釣が趣味で免許取れたら海釣りに行こう。と誘われていた。教習所に通い始めてから二ヶ月が過ぎた。月下さんは免許を取得した。母のアパート前に見慣れない赤い車が停めてある。車の横を通り過ぎた辺りで「夏希!」その聞覚えのある声に笑顔で車内を覗いた。「久しぶりだねー!免許おめでとう!」一時間程ドライブをした。帰りに部屋へ寄ってもらい、一ヶ月遅れの誕生日プレゼントを渡した。 それからは毎週土曜の晩から車で出掛け海釣りデートを楽しんだ。母は素手で触る事が出来なかった魚をガシッっと鷲掴みし、その場で血抜き作業も出来るようになるほど毎週海に来ていた。 海釣りデビューも一年が過ぎた頃から月下さんは釣りの試合に参加するようになった。一位、二位を取りたいわけでなく、いつかの夢プロへの勉強だと話、母も応援していた。 月下さんの勤める釣具メーカーの会社主催の釣大会が行われた。10時のあたま。時折残暑を思わせる暑さが数日続いた。 釣大会当日 天気晴れ 気温25度 「頑張ってね!行ってらっしゃい」と電話で話をした。母はクリーニング店へバイトに出た。昼の休憩中に月下さんから渡された大会プログラムを見ていた。(船上で昼ご飯かぁ。14時に戻って15時に表彰で解散。って事は…家に来るのは19時位かなぁ?ご飯何作ろう)おにぎりをかじりながら夕飯の事を考え一人ニヤけていた。休憩も終りに近付き立上がってカウンターに戻った。17時

「お疲れ様でした」とスーパーへ急ぎ、ハンバーグとシチューの材料を買って帰る。19時位と予想していたが月下さんから電話はない。携帯電話など無い時代。連絡の取りようもなかった。 その日は結局うちに来る事もなく月下さんの家へ電話したものの両親も留守のようで連絡がつかなかった。21時以降の電話もその頃は非常識と世間で言われていた為に電話するのを諦めた。次の日の日曜日母の部屋に訪れたのは月下さんの姉。昨日の海釣りの港に一緒に来て欲しいとの事だった。車内で月下さんの姉は「私もよくわからないけど、母が夏希ちゃんを呼んでるの。」

「え?!お母さんがですか?」 月下の両親は、お父さんは明るく優しい人だけど、お母さんは、やはり学歴を良く思っていないようで、あくまでも交際はいいけど結婚相手としては認めない。と、初めて家にお邪魔した時にキツく言われた事があり、お母さんが呼んでいる聞いて驚いた。車に乗って約2時間、港に到着した。


悪夢の始まり

「お母さん、お父さん、これどういう事!!」車を降りるなりお姉さんは走った。 「上がって来ない。戻ってこない…。夏希ちゃんゴメンネ」 空にヘリコプター 沖には海上自衛隊の船が見える。救急車待機 ギャラリーの人数。刑事ドラマの撮影かと思わせる風景が目の前にあった。二日間に渡る捜索が打切られた。月下さんは海に消えた。


港に戻る途中、高波にのまれ月下さんと上司の方と2名が船から落ちた時は皆が必死で目をつぶり、縁際を掴まっていた。波が落ち着いた時には2人の姿はなかった。どこでさらわれたのかも分らない。一瞬で消えてしまった。 釣った魚の入ったクーラボックスとプレゼントした釣竿だけが港に戻った。 なんで捜索を止めてしまうのか?まだ助けを待っているかもしれない。と、隊員を捕まえては叫ぶ姿を皆同情し、可哀想にと声が聞こえる中、月下さんのお母さんが強く抱き締め母の乱れた行動を止めた。


その後も母は自分を見失い途方にくれ、さ迷い続ける日々。バイトも行かず暗い部屋の中で膝を抱えている。

卓上の上には笑いかけている月下さんの写真だけがスポットライトの様にカーテンの隙間から光が射す。

未成年でのアルコール依存。母の生活は落ちる所まで墜ちた。

月下さんが生きていれば二十歳の誕生日。

母は自らためらいもなく左手首にナイフを入れた。痛みも感じていない。「早く会いたいよ」と、呟き もう一度ナイフを入れる。何度も何度も…。白いスエットが瞬く間に赤く染まる。「もうすぐ会えるね」意識が遠くなる。

次に目を覚ました時に目に映るのは、大きな噴水だった。母はカウンセリング施設の中庭に居た。あまりにも気持ちの落ち着く場所なので天国に来れたのだと思った。 「こんにちわ。気持ち良いでしょ。いい顔してましたよ。」ふち無しの眼鏡をし、顔は日に焼けて笑うと笑窪の出る可愛い感じの白衣を着た男性が話しかけました。「はい。此所はどこですか?私は天国に着いたのでしょうか?」 「ふふっ。そうかもしれないですね。これから私が案内をします。あっ。私には名前がありません。名前を付けてもらえます?」精心科の先生というイメージで恐怖心を与えないように親しみやすく接する事が出来るようにしたのです。 「名前ないの?」 「はい。」本当に笑顔の可愛い先生。 「くまくん」「ありがとう。でわ、今からクマくんでお願いします。あなたの事は何て呼びますか?」「あっ。夏希です。」「分かりました。じゃ夏希宜しくお願いしますね。」 大きくて熊みたいな手を差し出した。その手さ暖かくて優しく強い手。その手を繋いで時、此所は天国じゃないんだと気付いた。包帯でぐるぐる巻きの傷ついた自分の手。「くまくん」繋いだ手が本当に優しくて涙が出た。


心の治療がスタートした。まずはアルコール依存の治療からだった。薬や注射で暴れるのを押えたり、叫んでいるのを黙らせたり、無理矢理眠らせるという事は一切しないで、暴れて叫んで泣いて疲れると眠ってしまうまで、朝とか夜てか関係なく毎日続いた。眠ってしまうまでクマくんがずっと一緒にいる。時間が経つにつれ母は酒をくれ!!と暴れなくなった。叫ばなくなった。アルコール依存の治療終わるまで半年の月日が流れた。

先生は次に、亡くなってしまった彼の話を沢山話して下さい。思い出して下さい。聞かせてくれるかな?と言う。闇に置いてきた心の治療を始めた。月下さんとの2年間の時間の話を、「ふふっ。そうかもしれないですね。これから私が案内をします。あっ。私には名前がありません。名前を付けてもらえます?」精心科の先生というイメージで恐怖心を与えないように親しみやすく接する事が出来るようにしたのです。 「名前ないの?」 「はい。」本当に笑顔の可愛い先生。 「くまくん」「ありがとう。でわ、今からクマくんでお願いします。あなたの事は何て呼びますか?」「あっ。夏希です。」「分かりました。じゃ夏希宜しくお願いしますね。」 大きくて熊みたいな手を差し出した。その手さ暖かくて優しく強い手。その手を繋いで時、此所は天国じゃないんだと気付いた。包帯でぐるぐる巻きの傷ついた自分の手。「くまくん」繋いだ手が本当に優しくて涙が出た。


心の治療がスタートした。まずはアルコール依存の治療からだった。薬や注射で暴れるのを押えたり、叫んでいるのを黙らせたり、無理矢理眠らせるという事は一切しないで、暴れて叫んで泣いて疲れると眠ってしまうまで、朝とか夜てか関係なく毎日続いた。眠ってしまうまでクマくんがずっと一緒にいる。時間が経つにつれ母は酒をくれ!!と暴れなくなった。叫ばなくなった。アルコール依存の治療終わるまで半年の月日が流れた。

先生は次に、亡くなってしまった彼の話を沢山話して下さい。思い出して下さい。聞かせてくれるかな?と言う。闇に置いてきた心の治療を始めた。月下さんとの2年間の時間の話を、時には順番が前後したり、同じ内容を繰り返したり、笑い話しをしているのに涙が流れた。すると母は自分から先生の大きくて優しく強い手を握って話しを続ける。話しに詰まって淋しい気持ちになると「くまくん」と、先生の手に安心感を求めた。

場所を変え部屋を変え、たまには施設の外へ出て近くの砂浜に行く。毎日毎日、沢山の月下さんの話しをした。数ヶ月が過ぎた頃、先生は彼への想いを手紙に書いてみてと言われた。一日で書かなくてもいいよ。と…。その間は部屋に入らないから何かあったら呼び出してね。と…。これも治療の一つだった。一人でいる時間に何かに夢中に…心が耐えられるか、そして少しずつ先生とのマンツーマンを卒業出来るかというのを見極める治療だった。



月下 草太様


暖かくなったね。

一日一日が早く終って行くね。そろそろ上着もいらなくなってきた。暖かくなると海の匂いを嗅ぎたくなるね。あの潮くさい香りね。車の窓開けながら海岸沿いを走ったね。テトラの上にする?

防波堤の上にする?

釣れるかわからないけど竿投げてみよっか!温かい缶コーヒー飲みながら…。楽しかったね。あの頃。 空を見上げると沢山の星。綺麗だったね。 魚が釣れなくても、あなたと2人で居れば楽しかったね。って、思っていたのは私だけかな?

草太、あなたに逢いたいよ。 空の上からでもいいから、たまには私を思い出してね。忘れないでね。 あの海の香りと星空と笑っていたあの頃の私達を…。 次はいつ逢えますか? 私より先に見つけてね。 その時まで…バイバイ。 夏希


ふぅと息をつき久しぶりに声を出して泣いた。側にクマくんの手を探した。母は先生を呼び出さずに心と戦い闇に置いてきた自分の心を自分の手で救い出し体の中に戻した。 両手を胸にしっかり当てて声を出して泣いた。その泣き声は先生のいるモニター室まで響いた。 先生は駆付けて手を差し出したかった。抱き締めてあげたかった。 そう、先生の中であってはならない感情が芽生えていた。守りたいという感情。モニター室まで響く泣き声に、先生の目から静かに涙がこぼれた。ただ見守るしかなかった。母の泣き声は明け方まで続いた。そのまま泣き疲れて眠った。

昼過ぎに起きてクマくんを呼んだ。 書き上げた手紙を持って中庭の噴水側のベンチに座った。 「くまくん。手紙書いたよ」「私が読んでいいのかな?」「うん。読んでもらえる?」「はい。わかりました。」 手渡された手紙の重さが先生の胸を痛める。手紙を広げ読み始めると、母は空を見上げユニコーン(アーティスト)の『逆光』を小さな声で歌い始めた。その歌声と手紙の内容で先生の頬に涙がつたった。

「夏希。読ませてもらいました。ありがとう。」「くまくん?」 母は先生の手を取った。 「彼は幸せだね。こんなに愛してもらって、夏希も彼に愛されていた事を大切にしてください。」 優しい笑顔で話した。「明日から夏希は職場復帰の為に外出が増えます。天気だといいね。」

それから先生は外出以外は一緒に行動しなくなり、母の退院の時期が近ずいていた。 月下さんのお母さんから何度か手紙を預かっていた先生は、大丈夫と判断した時に手紙の束を渡した。 この施設に来て2年が経っていた。渡された手紙を全部読むのに丸一日かかった。母はもう声を出して泣く事はなかった。月下さんのお母さんから手紙の一番日付が最近の物に『草太の墓参りにいつでも来てね。待ってます。草太を好きになってくれて、ありがとうね。夏希ちゃんへ』と書いてあった。 月下さんがが亡くなって苦しいはずのお母さんが自分の事より僕の母を想い毎日アパートへ様子を見に来てくれていたのだ。自殺を助けたのも、一番良いと聞いて施設に連れて来たのも月下さんのお母さんだった。 先生を呼ぶブザーを押した。 「夏希。どうしたの?」「くまくん。お願いがあるの。」「ん?」「もうすぐ彼の命日なの。墓参りと彼のお母さんに会いたいの。外出してもいいかな?1人がダメならくまくん一緒に…。ねっ。お願い」「はい。わかりました。私が行くかは当日の夏希の体調で判断しますね。」「うん。ありがとー」

その晩、先生方のミーティングで、墓参りを見届けたら退院させる事になった。 月下さんの命日 「夏希。おはよう。夏希の体調に関係なく私も行く事になったよ。んー。お邪魔かな?」「くまくん。何その憎たらしい顔!!」肘で先生を押した。 先方には前日に何時頃に着くと連絡しておいた為、お墓の前で月下さんの家族が待っていてくれていた。 「夏希ちゃん!」少し痩せて見える月下さんの家族と母は強く抱き合って涙を流し、そして月下さんの眠る墓の前でニッコリ笑った。 「久しぶりだねー!夏希来たよ」 手を合わせ目を閉じる。その後、心配をかけた事をわびて、一緒に来た先生を紹介した。場所を変え、甘味処でお茶をした。先生が施設での生活や頑張っていた話しを月下さんの家族に話し聞かせた。そして少し黙り 「今日で夏希は退院だよ。おめでとう。今後しばらくは寮で生活していくんだ。仕事を見つけ、沢山の人に出会い助け合っていくんだよ。」「退院?くまくんは側に居ないの?」「…。そうだね。私は案内人だから。闇の世界から、今ある現実に連れて来る案内人。そうだな、あの頃の夏希みたく心を忘れて来た人達を助けなくちゃね。夏希はもう大丈夫だよ!」優しい笑顔が、嬉しいはずの退院を悲しく感じた母だった。 月下さん家族も、いつでも遊びにおいでと温かい言葉をかけてくれた。 新しい生活をする寮への道のりで母は自然に先生の手を握った。 「くまくん。初めてこの手に触れた時ね、なんて優しくて温かくて強い手なんだろうと思ったの。本当に強い手」「夏希?」「現実に戻った心の中にね、一つだけ違和感があるの。それが何かわかった時に、くまくんに会いに行っていい?」「違和感?そうだね、どうぞ来て下さい。夏希の成長を楽しみにしています!」 先生は母の手を強く握り返した。「じゃ、頑張って!寮母さんの言う事を守るんだよ。」「うん。くまくん、ありがとね。」溢れそうな涙をこらえて笑った。離した手が、とても愛しく感じた。「早く中へ入りなさい。夏希」「…大丈夫。くまくんの帰りを見届ける」「夏希?ん。わかった。じゃぁね。」困った顔して笑い手を振った。大柄で体全部から優しさを出す先生の大きな背中を見つめていた。

気付いたら周りから助けられ、自分自身の心の戦い闇から現実にもどるまで

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