うたかたの夢
会社には辞めることを引き留められ、顧客には独立しても大輔君にお願いしたいと言われ、後輩たちにはもっと指導してほしかったと惜しまれた。今まで培った能力をもってすれば今まで通り、いや、それ以上に人々に必要とされ、沢山の人々の役に立てると信じていた。
独立開業した。
そして、失敗した。
僕は、今まで頑張ってきた自分の力を信じてやってみたものの、上手くはいかなかった。僕の能力に対する評価は変わらなかったのものの、開業し、事業展開し、さらに業務を拡大して自分の力をいかんなく発揮したいという計画は全くかなわなかった。
「結局ね、僕一人が良くて頼られていた訳じゃなかったんだよ。」
「…。」
「だからね、滝さんを見ていると、僕と同じ失敗をしているのかなって思ったんだ。」
「そうか。」
最初のうちは、引き続きついてきてくれた顧客や紹介の顧客、そして開業した地域で新規に獲得した顧客が集まり、忙しい毎日を過ごした。新しい応接室にはひっきりなしに仕事の依頼を待つ顧客で一杯になった。しかし、少しずつ、少しずつ、顧客の数が減り、相対的に紹介も減り、新規の顧客も中々定着しなくなっていった。そして、一年一年、何がいけないのかつかみきれず、色んな勉強をして自分の能力を高めたりして足りない部分を補おうとしたが、悪循環はどうしても断ち切れなかった。
そしてある年、スタッフの家族に不慮の事故が起き、介護の為に仕事を辞めることになり、自分自身の家族にも不幸が訪れ、僕の中で何かの糸がプツリと切れた。仕事場をたたみ、スケルトン状態に戻った職場は、何年も通った愛しい仕事場だったのだが、まるでうたかたの夢のように、自分の思い出の中だけにしか存在しない場所になってしまった。
他の仕事につき、鬱々とした毎日を過ごしていたとき、ふとした瞬間に自分の何が悪かったのかが一瞬で理解できたような気がした。自分の何がいけなかったのだろう?その答えを毎日毎日繰り返し頭の中で考えてばかりいたが、考えれば考えるほどすべてが間違っていたようにも思えたが、すべてが間違っていなかったようにも思え、明確な答えが出なかったのだが、自分の中にその答えを見出そうとしていたことが間違っていたことに気が付いた。
「間違っていなかったけど、間違ってもいたんだよ。」
「じゃあ、僕もそうなのかい?」
「そうだと思う。滝さんは僕と同じ過ちを犯しているんだ。」
深夜2時、賑やかな歌舞伎町の路地裏の小さなレストラン。週末の夜を楽しむ人々の喧騒の中で、僕達だけが、どこか仄暗い地下道を歩くかのような心寂しい気持ちで二人話続けていた。