成功したことが失敗
驚いた顔で滝さんがこっちを見ていた。どうして?という疑問が彼の口から出る前に僕は言った。
「成功したことが、僕には失敗だったんだ。」
「大ちゃん、わ、訳が分からないよ。」
「そう?多分ね、滝さんも同じなんだろうなと思う。」
一般的な普通の若者と同様、僕も20代の頃にとある企業に就職した。特にやりたい事でもなかったのだけど、他の人よりもセンスがあったせいもあって周りの同期よりもいち早くサブリーダーになり、部下を持つことになった。かなり年上の人も部下にしなければならなかったため、誰よりも力強くて知識も持ち、正義感にあふれなければならないと考えていた。
「その通りだ、じゃなきゃ人はついてこないよ。」
「うん、幸運にもみんな僕についてきてくれたんだよね。」
20代の後半には、30人ほどのスタッフを束ね、代表はいつも対外交渉などで現場にはいなかったから、僕が実質的なリーダーとなっていた。
「その歳でそれほどの人達を率いるなんてなかなかできない。でもなんで…。」
「まあまあ、もうちょっと聞いてよ。」
そんな姿が顧客にも受け入れられ、「あの人に任せたい、信頼が出来る、他の人にも紹介したい」などと評価していただくことが出来た。そんなこともあって、急激に伸びることはなかったが、顧客数も増え続け、営業成績も伸びる一方だった。
しかし、内心では自信があった訳ではなく、失敗せずに済みホッと胸をなでおろしたり、途中経過が芳しくなかったが最終的には良い結果が出た時などは九死に一生というような心持だった。だから、自信があるなどとはまだまだほど遠く、その場その場に一生懸命に取り組むのが精いっぱいだった。
「でもね、そのやり方で仕事をするのが自分にとって良い方法だと思っちゃったんだ。」
「それのどこがいけなかったの?」
良い仲間に恵まれ、自分のやり方を良いといってくれる顧客にも恵まれ、その場その場をしのぐようにがむしゃらにやっていた仕事も少しずつ上手くなって、ある程度の手ごたえと自信も出来てきた。あんなに何もできなかった新入りも今では自分の代わりを十分務めることが出来るどころか、こちらがその腕に感心するくらいに成長した心強い相棒になっていた。そして、その下にも沢山の部下がいることを再認識したとき、自分もこの場所を去り、後進に道を譲って独立する時が近いのだと悟った。
「そして、失敗しちゃったんだよね。」
「どうして?」
「それは僕はただのミッキーマウスだからさ。」
そう、僕は薄暗い路地裏に一人ぽつんと立ち尽くす薄汚いネズミの着ぐるみを着た、ただの男だった。