見過ごせない理由
滝さんも僕もこの店の常連だったが、今までほとんど顔を合わせることがなかったのは、お互いに来る日が違うだけだった。二人とも、ここからどこかのお店に遊びに行くというより、面倒な晩御飯の用意をするのが面倒だったから、ママの作るおいしいご飯と日常を忘れられるこのお店に来る普段の生活では出会うことのない異世界の人たちとの交流が、なんとなく楽しくて、居心地のいい空間としてこのお店に通っていた。
サンミゲルビールで乾杯した後、僕は滝さんから今のクリニックの現状をざっくりと聞いてみた。やはり、ドクターが診察をした上に、交渉、契約、納入、マネジメントを一人でやっている状態。もっともやれてはいない状態だから、現状ジリ貧に陥ってきていた。
「滝さん、患者さんのためならあれもこれも全部やろうとしてるでしょ。」
「そりゃ、出来ることならなんでも診てやりたいからなぁ。」
「うんうん、でも一部の職員以外は結構やめる人も多いんじゃない?」
「ははは、お恥ずかしい。うちの給料が安いからかな。」
「いや、違うと思うよ。みんなと話してる?してないでしょ。」
「なかなか時間が無くてね。一部の古株の職員くらいかな。それでも二言三言くらいだな。」
「そうだよね、その人たちはそれでなんとなくわかるからね。」
話をしていく中で、ああ、この人は本当に患者さんのために全力を尽くしたい人なんだなということが伝わってくる。でも、それこそが自分と職員の首を絞めることになり、そして、最後には大切な患者さんの首も絞めることになることをまだわかっていないのだ。
「大ちゃん、くわしいね。そういう仕事してたのかい?」
「いや、僕も会社を経営してて。」
「そうか、どうりで。じゃあ敏腕社長だ。」
違う、そうじゃない。僕は、持っていたグラスを置き、少しうつむいた。
「僕ね、滝さん。僕も滝さんみたいに仕事に熱血だったんだ。」
「わかるよ。なんか似たタイプかなって思ったから。」
僕はまっすぐ滝さんの方に向きなおして真剣な顔で言った。
「だからね、僕は会社を畳む羽目になっちゃったんだよ。」