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経営下手のドクター

「大ちゃん、ちょっといい?」



白衣の袖を腕まくりした院長がノックも無しにそっとドアを開けて顔を出した。



「滝さん、おはようございます。どうかしました?」



どうかしました?なんて聞いてはいるが、こんな時の滝さんはだいたい何か頼みづらいことを言いに来たに違いない。



「あのさ、コロナの患者さんも増えてきたから、発熱外来をやる建物を作りたいんだよね。」



コロナの患者さんが増え、先日、咳や発熱といった症状が出た患者さんが普通に待合室で診察を待っていたことがあり大問題になった。幸いにも、ほかの患者さんにうつることはなかったが、地域の大きな病院では待合室からクラスターが発生し、まだデルタ株の流行していた時期だったため、たまたま他の病気で入院されていた患者さんが感染、そして不幸にも亡くなるという事態が発生し、地域の医療機関全体に緊張が走った。



「こんなのはどうかな?」



そういって、綺麗なパンフレットを渡してくれた。医療機関にはこのところ様々な業者から多くのコロナ関連の医療機器、診療材料などの売り込みのDMやFAXが山のように届く。出入りの業者さんからも多いが、中には胡散臭い業者からのものも多かった。



「うーん、これはちょっと高いですねぇ。」



とても格好良く、発熱外来の診察をするのにはうってつけのような綺麗な仮設ブースのパンフレット。素人目にもこれはとてもよさそうだなと感じさせられる。しかし、その値段もかなり高いものがほとんどで、100万以上のものがほとんどだった。



「だめかな?」


「ものはいいけど、いつまで使うものかわからないから、もう一度考えましょ。」



滝さんは患者さんにとても親身で情熱もある。実家のクリニックを継ぐまでは、大きな病院で外科医として毎日沢山の死に瀕する患者さんと向き合ってきた。父親の先代院長が急逝したため、急遽実家を継承することになったのだが、ずっと勤務医として働いていたため、経営のことは全く理解しておらず、自分の使いたい医療機器を考え無しに購入したり、営業が持ってきた言い値でバンバン購入していたため、クリニックの財政はどんどん悪くなった


患者さんはたくさん来ているのに負債はどんどん膨らんでいき、それまで院長があまり使っていなかった自分の貯金の大半をクリニックのためにつぎ込んでしまっていた。



「じゃあ仕事終わったら、いつものところで。」


「わかりました。8時にティア・マレで。」


「了解!」



無精ひげを生やし、俺は天然パーマだからと言って伸ばし放題の髪の毛だが、あの笑顔が見る人を温かい気持ちにさせる。院長の思いがその表情ににじみ出ているせいか、患者さんたちからもその風貌のむさくるしさにクレームをつけられることはなかった。子供たちにお髭の先生なんて呼ばれて喜んでいたりするのはちょっと考えものだけど。


でも、初めて滝さんに出会った頃の、あのどうしようもない情けない姿を考えれば、今の笑顔になったのは本当に良かったと思う。場末のスナックのカウンター。そこで一人、頭を抱えながら酒に酔っていた滝さんの姿は腕のいいドクターとは思えないほど、みすぼらしく見えた。



「じゃあ、ママに電話入れておくか。」



その初めて僕らがあった場末のスナック、ティア・マレのママへ今日はやっているかどうかを聞くために電話を掛けることにした。

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