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業界一位の転落

「宮本さん、これマジっすか…。」



見積表には、10.28%の文字。



「すみません、この時期まだこの辺の数字しか出なくて…。」



これは仕方がない。営業担当者が動かせる数字と、(おろし)会社が出せる数字は違う。



「他の卸さんは、もうちょっと良い数字出してるよ。これじゃ帳合(ちょうあい)引きはがされちゃうよ。」


「僕はどうにかしたいんですが、会社の上層部は現場にまだ数字を出させない方針なので…。」



帳合とは、その卸会社が納入している薬品の事で、価格やサービス、付き合いなどでその契約先を変える。販売側と購入側の帳簿が合うという意味から、その卸会社が契約している商品をさす。



「これは現場担当者にはどうしようもなくて…。」



実直な人柄で、ベテランの懐の深さを感じさせるいつもの雰囲気が陰りを見せ、いつもよりどことなく弱気でもどかしさと焦りを感じている様子に見えた。



「少しでも価格が出るようになったら教えてね。対処するから。」


「申し訳ありません…。」



基本的にどこの卸会社もサービス、対応は良い。4大卸といわれる全国規模の卸会社、それに地方単位の地方卸、小さな地場卸など、少しでもサービスや価格が良ければ直ぐに乗り換えられる競争の激しい業界だからこそ、対応もサービスも素晴らしく、他業種と比べても営業担当者は頭の切れる人、人間性の素晴らしい人、足繁く通う人、腰の恐ろしく軽い人など、特色は色々あれども、基本的に優れた人が多いように感じる。



「宮本さん…。悪いけど乗り替わり多いかもね…。」


「もう言い訳はできません。乗り替わられても仕方ないです…。」



結局、この年のシェアは、今まで万年二位だったエルフテックがそれを見越して大攻勢をかけ、長年二位に倍以上の差をつけていた業界一位のメディコムが逆に二倍以上の差をつけられて逆転した。



「ごめんね。宮本さんが悪いわけじゃないんだけどね…。」


「いえ、クリニックの経営が重要ですから価格が出せなかったのは当社の力不足です。」



うちはサービスが違いますとか、お願いですから買って下さいとか、これを買ってくれればこれを付けますとか、そんな下手なカーディーラーの営業のような売込みなど誰もしてこない。そんな雰囲気が察せられただけで契約をとる土俵から放り出されることを重々認識している。皆まじめで、皆実直で、皆真剣で、皆人間が練られている人が多い。



宮本さんも分かっている。この4月の最初の契約先選定がゴールじゃないということを。あくまで4月に出る価格は暫定価と呼ばれるもので、言ってみれば仮の値段。そこから一年をかけて本当の値段が決定される。



だから、最終的に3月に一番安い価格を付ける卸会社がどこになるのかはわからない。春夏秋冬と時間をかけて正式な値段を出してくる中で、どこが最終的に安い価格をつけてくるのかを見出すのは、購入側のクリニックの購入担当者の腕が試される。僕は数年前に全く違う業種からこの仕事に就くことになり、薬品卸との価格の妥結方法は他の業界と全く違うものだと、驚き、悩み、でもなぜかどことなくそのギャンブルにも似た取引方法に面白さを感じた。



「これから頑張りましょ!宮本さん。」


「はい。よろしくお願いします。」



買う側売る側という立場で見れば、一見お互いの騙し合いにも見える関係だが、医療情報や薬品の納入、メーカーである製薬会社との折衝のときには、こちらの味方にもなって戦略を考えてくれる力強い仲間にもなる。



「では、失礼します。」



さっきまでの少し気弱そうな雰囲気は消え、どことなく吹っ切れたような宮本さんは、これからの戦略を思いついたのか、さわやかな笑顔を見せて部屋を出ていった。




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