EP.96
「それにしても、人ってこうも変わるもんなのね〜」
私は関心してキティを上から下まで眺めた。
今日のキティは本当に綺麗だ。
クラウスがデザインしたドレスは、何だかんだいって、キティの魅力を最大限に引き出している。
「いつもビクビクオドオドして、クラウスから逃げようと、いやまったく逃れてなかったけど、でも見てて不憫になるくらい必死だったあんたがさ〜。
今や、クラウスの側を絶対に離れない覚悟までしちゃって。
そんなに変わるもの?身体を合わせると」
ニヤリと笑ってそう言うと、キティはピィっ!とその場で飛び跳ねた。
ふっふっふっ。
またそこに話を戻してやるわっ!
だってお前の前世はボサ子ぞっ?
そのボサ子がクラウスみたいな奴とサッサ
っと大人の階段登りおってからにっ!
そらイジらずにいられないでしょうがっ!
真っ赤になったキティが、再び私の頬っぺたをつねろうと、つま先立ちで私の顔に近付いてくる。
その顔を至近距離でしげしげと眺め、私は興味深そうに口を開いた。
「やっぱり、あれ言っちゃうの?
いや、駄目、(自主規制)ちゃん出来ちゃうっ!
ってやつ」
瞬間、更に真っ赤に全身茹で上がったキティが、バチーンッと私の口を手で塞いだ。
「あっ、な、何をっ!あんたは、何を言ってんのよっ!」
痛いのだが〜〜。
口バチーン痛いのだが〜?
「ふぁって、ふふいほふへは、ふぇほはんはもふぉ〜(だって、薄い本では、デフォなんだもの〜)」
キティに手で口を塞がられ、モゴモゴ言っている私の言葉を聞いて、キティはホッとしたようにその手を外した。
何だよ〜。
その安心したみたいな顔は〜。
私がどっかから覗いてたとでも思ったか?
えっ?
って事は当たり?
私が言った事当たったのっ?
すげー!薄い本っ、すげーっ!
キティは真っ赤な顔のまま、私の体を指でズビシズビシと突いてきた。
「薄い本、から、得た、知識を、現実に、反映、させては、いけません。
とても、危険な、行為です。
分かり、ましたか?」
一言一言区切りながら、指でズビシっと突いてくるキティから逃れるように、体を捻りながら、私は何度も頷いた。
「分かった分かったっ!よく分かったからっ!
痛い痛いっ!たまに痒いっ!痛いっ!」
キティの攻撃に悶絶する私を見て、やっと溜飲を下げたのか、キティは攻撃の手を緩めてきた。
よしっ!
今だっ!
「でも、あんたのキャラならアレはあるでしょ?
〝らめぇっ〟てやつ」
ズビシッ!ズビシッ!ズビシッ!ズビシッ!
攻撃を再開され、再び私は悶絶して身を捩った。
肋骨の骨と骨の間を的確に集中攻撃してくるのやめぃっ!
私達がギャーギャードゥフフっと戯れ(?)ていると、いきなり部屋のドアがバターンッと開いた。
キティが驚いて扉の方を振り返る。
私はピクリと片眉を上げた。
開いた扉の真ん中に、やはりテッド・シャックルフォードがユラリと立っていた。
あの厳重な警備の中、どうやってここまで入ってきた?
ジッとシャックルフォードを見つめて、その容貌の変化にまた眉を上げる。
シャックルフォードは全体的に薄汚れていて、痩せていた。
頬は痩け、目も窪んでいる。
メガネも外し、髪も短く切っているが、自分でカットしたのか不揃いで不恰好な髪形になっていた。
そして、漂う雰囲気が既に普通では無かった。
目の焦点は合わず、禍々しいオーラを放っている。
狂人。
今のシャックルフォードを表すには、この言葉がピタリと当てはまる。
ブルブルと震えるシャックルフォードの右手に握られている大きめのナイフが、窓から差し込む春の光を反射して、ギラリと光った。
私はゴクっと唾を呑み込む。
ヤバいな。
既にリミッターが焼き切れている状態で来やがった。
アドレナリン全開で漏れまくって、完全にイッちゃってる状態だ。
薄汚れているのは今までどこかに潜んでいたからか?
コイツの能力はまだ分からないが、クラウス達や警備兵を出し抜いてここまでこれる能力って事だ。
……これは、かなりヤバい。
部屋全体に緊張感が漂い、私はこめかみから汗を流した。
その空気を察したキティが息を呑んで身構えている。
そのキティを自分の背に庇いつつ、私はボソッと呟いた。
「おいでなさったわね……」
目の前に立ちはだかる男からは、異様な雰囲気が漂っている……。
それに怯えたように、キティは私の背中のドレスをギュッと握った。
怯えるキティ背に庇いながら、静かに呼吸を整えてゆく。
死神。
貴様がいくらキティの命を欲しても、私が絶対に渡さない。
もう二度と、私はキティをボサ子のようには失わない。
……今の私なら、出来る。
必ず、守り切る。
「絶対に、アンタを守るわ……ボサ子」
私の小さな呟きは、キティには聞こえていないようだった……。
シャックルフォードの手に握られている大きなナイフの刃は、真っ直ぐ私達に向いている。
いや、私の背後にいるキティに向かって狙いを定めていた。
「キ、キティたそ……。
遅くなってごめんね。
色んな奴らが僕の邪魔をするから、なかなか君に会いに来れなかったんだ。
でも、迎えに来たよ……。
さぁ、僕と行こう……」
シャックルフォードはブツブツと呟くようにそう言った。
キティは私の背中のドレスをギュッと握り、顔だけ横から覗かして、シャックルフォードの様子を覗いている。
その顔は、シャックルフォードに何か言いたげではあったが、その言葉を必死に抑えているようだった。
私はそんなキティに腕だけ後ろに回して、ポンポンとその頭を撫でた。
落ち着いて、もう少し様子を見よう。
暗にそう伝えたつもりだったが、キティはそれを感じ取りギュッと口を固く閉じた。
伝わって良かった。
今はまだアイツに何も言わない方が良い。
「さぁ、そんな所に隠れてないで、僕の所へ……。
僕が今、君の時を永遠に止めてあげる。
君は永遠に今の姿のまま……。
僕の可愛いロリっ子キティたそのままでいられるんだよ」
シャックルフォードはそう言って、にちゃぁと笑った。
瞬間、冷たい汗が背中を伝い、全身に鳥肌が立つ。
コイツ、もうシャックルフォードじゃねぇ。
あの顔はたぶん、コイツの前世の顔だ。
生まれ変わっても何も変える事が出来なかったか……。
不気味な笑いを浮かべるシャックルフォードの姿が、あのフィーネに重なる。
お前らは本当に似た者同士だよ。
フィーネは前世のニアニアだった頃から、自分に不都合な現実を受け入れようとしなかった。
それは生まれ変わっても何も変わらなかった。
多分、コイツもそうだ。
自分の思い通りにならない現実を受け止めきれていない。
ゲームのキャラなど自分の好きにどうとでも出来ると、まだ思っているのだろう。
「ねぇ、ちょっと、そこの侵入者。
貴方さっきから、何かブツブツと言っているようだけど、まったく要領を得ないわ。
何の用があって、第二王子の婚約者様の控室に侵入してきたのかしら?」
私が静かな声で問うと、シャックルフォードは顔をドス黒くして、ナイフを持つ手をぶんぶん振り回した。
「だっ!だからぁっ!それがおかしいんだよっ!
キティたそは王子の婚約者なんかじゃないっ!
キティたそは王子に煙たがられて、嫌がられる存在なんだっ!
あの男は見る目が無いから、ヒロインとくっ付くのがお似合いなのにっ!
何で僕のキティたそを奪うんだよっ!
ぼ、僕はっ!キティたそが王子とヒロインがくっ付いて、自殺してしまうのを止めようと思っていたんだっ!
それなのにっ!あんな男と人目を憚らず、イチャイチャしてっ!
キティたそはそんなクソビッチじゃないんだよっ!
キティたそは、可愛くて、我儘で、馬鹿で、何も分からない、誰よりも純粋なロリっ子なんだっ!」
シャックルフォードは一気に捲し立てると、ハァハァと肩で息を吐いている。
キティがシャックルフォードの言葉にピクッと反応して、私を見上げる。
その気配を察して顔だけ振り返り、私は小さく頷いた。
目はしっかりとシャックルフォードの動向を伺いながら。
キティもシャックルフォードが転生者だと確信したのだろう。
「貴方の仰っている事は支離滅裂で要領を得ませんが、つまり貴方はキティ様を強くお慕いしているのね?
それで、今日の日を邪魔しに来た……。
と、言う事で、間違いないかしら?」
あくまでも、アロンテン公爵令嬢という仮面を被り続けたまま、私はそう問い掛ける。
シャックルフォードはその右手に持つナイフを私達に向けて、何度もブンブンと振った。
「ち、違うっ!僕は今日、キティたその時間を止めに来たんだっ!」
シャックルフォードが吠えるように言った言葉に、私は片眉を上げた。
「時間を止める……?」
私の問いに、シャックルフォードはニヤァっと楽しそうに笑う。
「そう……そうだ……。
僕はキティたその時間を止めるんだ。
キティたそはキティたそじゃ無くなったちゃったから……。
せめて見た目がロリっ子のうちに、時間を止めるんだ。
ちょっと傷口は残っちゃうけど、大丈夫。
お金を使って、防腐魔法をかけてあげるから。
ぼ、僕は貴族で金持ちなんだっ!
もう、金無しの底辺じゃないっ!
社会のゴミ溜めじゃないっ!
大好きなロリっ子キティたそを、永遠に僕の物に出来るっ!
金もっ!権力もあるんだっ!
キティたそだって、その方が幸せな筈だっ!」
唾を飛ばしながら喚き散らし、シャックルフォードは私達にジリジリと近づいて来た。
出入り口の正面にいた私達は、それに合わせて右にずれながら距離を保つ。
「あんな傲慢チキな態度、キティたそらしくない。
女はプライドの化け物だ……。
醜い虚栄心を満たす為に、他人にマウントを取ってないと生きて行けない愚物だ。
でも、キティたそは違う……。
キティたそは誰に馬鹿にされていても、関係無い、だっておバカだから。
それにすら気付かない、おバカなロリっ子なんだっ!
キティたそだけが、僕の理想の女の子なんだよ……。
なのに、キティたそは変わってしまった。
賢そうな事を言ったり、勉強が出来たり……。
そんなのはキティたそじゃないっ!
だから、止めるんだ。
キティたそを殺して、僕の物にする。
それがキティたその幸せなんだよっ!」
そう叫んで、シャックルフォードは私達に向かって、ナイフを振り上げ走り寄って来た。
「ウインドアローッ!」
私が手をシャックルフォードに向かってかざすと、無数の風の矢がシャックルフォードに向かって放たれた。
それをシャックルフォードは魔法防壁で防ぐ。
弾かれた矢が轟音と共に、部屋の壁を破壊した。
へぇ……?
コイツ、私の攻撃魔法を弾いた。
魔力量が高いだけじゃない。
コイツも魔法を修練してきたな。
やはりその発想は、転生者だからこそだ。
でも多分それだけじゃない。
コイツ、どんな方法かは分からないが、魔力の底上げをしてきてる。
一体、そんな方法どこで……?
だが、よく見ると防ぎ切れなかった矢が、シャックルフォードの横腹を抉って、そこから血を滴らせていた。
シャックルフォードは傷口を手で押さえ、苦しそうに顔に汗を浮かべている。
泣き喚かないところをみると、痛覚もある程度遮断してあるようだ。
「やっぱり、学園では力を隠していたわね?」
ニヤリと笑う私に、シャックルフォードも不気味に笑い返してきた。
「……そっちこそ。公爵家のお嬢様がこの威力の攻撃魔法を使えるなんてね。
悔しいけど、魔法じゃ勝てそうにないや……。
魔法じゃ……ね」
そう言って、再びこちらに走り出したシャックルフォードの姿が、フッと消えた。
私は瞬時に魔法防壁を展開する。
だが。
次の瞬間、私達の目の前にシャックルフォードが姿を現した。
しかも、私の魔法防壁内に。
シャックルフォードは私を突き飛ばし、キティに向かってナイフを振り上げる。
「嫌っ!」
キティが反射的に両手で自分の頭を庇って蹲るのと、
「キティっ!かかんでっ!」
私の叫ぶ声が重なった。
私の指示に従いその場に蹲ったキティの頭の上から、脚を繰り出す。
そのままの勢いで、シャックルフォードの顔面に私の蹴りがめり込んだ。
シャックルフォードは後ろにもの凄い勢いで吹っ飛んでいく。
「いくらあんたがチートを使おうと、そんなもやし体型じゃ私には勝てないわよ?」
蹴りをお見舞いした足をザッと前に出して、腰に手を当て私はニヤリと笑った。
邪魔なドレスは太腿まで裂いておいたので、自由になった足が心地いい。
その私の足を眺めながら、カタカタと震えるキティ。
よしよし、可哀想に。
怖い思いさせてごめんな。
直ぐに片付けるから、待ってろ。
しかし、何故、私を怯えた目で見上げているんだ?
シャックルフォードは鼻血を腕で拭いながら、ユラリと立ち上がった。
私の蹴りをまともに食らって、まだ立ち上がれるとは……。
私は小さく舌打ちをした。
「やっぱり持っていたわね。
特殊スキル、隠密系でしょ?
姿が消えたのはおおよそ30秒。
直ぐにまた使わないという事は、インターバルが必要。
……と、いう事は、スキルレベルは50〜60辺りね」
私の推察に、シャックルフォードは真っ青になってブルブル震えている。
なんだよ、全部当たりかよ。
どうやらスキルについて、この世界の人間は知識が無いと思っていたみたいだな。
それがコイツの自信の根拠だったようだ。
シャックルフォードは目を吊り上げてコチラを睨み付けてきた。
「な、生意気な女共がっ!
だから女は愚物なんだよっ!
偉そうに人を見下しやがってっ!」
シャックルフォードは口から血の泡を飛ばしながら喚いた。
さっきの私の攻撃で、歯が何本か折れたようだ。
今や、元のシャックルフォードの面影は微塵も無い。
「キティ、立って」
私は蹲るキティに、小さな声で囁いた。
キティはシャックルフォードの目に止まらぬよう、ゆっくり立ち上がる。
そのキティを再び背に庇い、私は小さな声で言った。
「奴は特殊スキル持ちよ。
通常のスキルと違って、特殊スキルはスキルを使っている間、魔法が通用しないわ。
さっき奴が私の魔法防壁内にいたのは、そういう事よ。
私の魔法防壁は上位クラスだから、もしかしたら特殊スキル持ちも跳ね返せるかと思ったけど、甘かったわね。
良い?あいつは何らかの方法で、自分の能力を底上げしている。
最初に私の攻撃魔法を跳ね返した魔法防壁、アレはそのせいよ。
更に、人としてのリミッターも焼き切れてる危険な状態。
何をするか、分からないわ。
とにかく、スキルを使っている30秒を生き抜いて。
後は私が物理で叩く。
弱った所に攻撃魔法を撃ち込むから、30秒、必ず生き抜くわよっ!」
ギラリと光る私の瞳を見つめ、キティはゆっくり頷いた。
必ず、生き抜く。
2人で、必ずっ!
「……ろすっ!お前らっ、殺してやるっ!」
シャックルフォードが再びこちらに向かって走って来た。
そして、その姿が、またフッと消える。
来るっ!
シャックルフォードは気配まで消し、次の瞬間、部屋が静寂に包まれた………。




