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EP.95



四月の気持ちの良い風が通り過ぎ、王宮の庭園には色とりどりの花が咲き乱れる。


今日はキティの誕生日の前日。

そして、クラウスとの婚約式の日。


婚約式にて、正式に宣誓書にサインし教会に提出すれば、どちらからか勝手に婚約破棄をする事は出来なくなる。


婚約を白紙に戻すには、教会の審問を受け、受理されなければならない。


王族や王侯貴族にとって、婚約式とは形式的なものでは無く、それ程重要な儀式なのだ。


なので、婚約式を済ませると、既に夫婦として扱われる事が多い。


王家のしきたりだけでは無く、機密についても知らされるので、婚約式を終えた王族が婚約を白紙に戻した前例はまだ一つも無い。


ちなみに、私とエリオットは、まだそれぞれの相手と婚約式を行なっていない。


ってか、行えないし行うつもりも無い。



つまり、兄弟の中でクラウスが1番に婚約式を行う事になる。


久しぶりの慶事に王都中が湧き立っていた。







私は、辺りを警戒しながらキティの控室に向かっていた。


昨日、エリクエリーから受けた報告を思い出しながら。


そう、私が2人に頼んだ、テッド・シャックルフォード子爵令息についての調査報告についてだ。




テッド・シャックルフォード、アイツはまず間違いなく転生者だ。

しかも、この〈キラおと〉の世界を熟知している上に、キティ沼の住人。


そして、原作のシャックルフォードも、恐らくキティに懸想していた。


私は思い出したのだ。

ゲームで、学園でのキティの出てくる場面に必ず写り込むモブ。

それがあのシャックルフォードだった。


他のモブとは明らかに違い、しっかり書き込んであったからその顔を覚えていたのだ。


制作側がどんな意図でシャックルフォードをそんな風に出してきていたかは明らか。

つまり、シャックルフォードこそが原作キティの死神。


数々のキティの死は、全て奴の犯行だったという事だ。


たぶん、制作途中でその辺はボツ、またはカットされたのだろう。

それにより、キティの死の真相が謎に包まれ、ファンが炎上した事によりバズったもんだから、制作側はシャックルフォードの正体をわざと隠し通す事にしたのだろう。


まさに消された存在。

それが原作でのシャックルフォードなのだと思う。



だが、そのシャックルフォードに転生した人間の目的は、最初は違っていた。

奴は多分、最初は実物のキティに会えた事にハイテンションになり、無計画でキティに不埒な事をしようとしたのだろう。


無意識にだろうが、所詮ゲームのキャラと、相手の人格を無視している行動に他ならないが。

だが、自分がキティの死神になるつもりは無さそうだった。


むしろ奴は自分がキティを守るつもりでいたんじゃないか?


ゲームの内容を知っていたからこそ、自分ならキティを守れると自信を持っていたように思う。


まぁたぶん、キティを守った暁には、感謝されて恋人同士になれると妄想でもしていたのだろうけど。



しかし奴は、現実のキティに不満を抱き始めた。

あくまでも奴が求めていたのは、原作通りのヘッポコでおバカ可愛いキティだったのだろう。


今のキティに拒否反応を示し、キティに向かって君はそんなんじゃない筈だ、間違っている、と泣き喚いた事もあった。


あの時、念の為エリクに奴の言動を記しておいてもらったが、あの後奴は放心状態で、ぶつぶつと同じ事を繰り返していただけだった。



『あんなのは僕のキティたそじゃない……。

違う……全然違う………要らない、あんなキティたそ、要らない………』


こんな事を繰り返し呟いていたらしい。



その報告を受けて、私は大きな過ちを犯した。

シャックルフォードのキティへの心が折れたのだと、勝手に判断していたのだ。


シャックルフォードはゲームとは違うキティに興味を無くし、諦めたのだろうと。



だが、奴が原作でキティの死神だったと気付いた瞬間、その自分の愚かな間違いにやっと気付いた。


奴は転生者だ。

そして奴がもしも、シャックルフォードがキティの死神だと、ボツになったその設定を何らかの形で知りうる人物だったとしたら……?



必ずゲーム通りにキティを殺しにくる。


キティを殺して、ゲームを元の姿に戻そうとしてくるだろう。


奴は原作でも、この現実でも、キティに異様に執着した人間。

そんな気がしてならない。




そう思い至り、エリクエリーに奴の調査を命じたのだが……。


調査報告は至って平凡な物だった。


テッド・シャックルフォード。

シャックルフォード子爵家の長子。

兄弟はおらず、父と母との3人家族。

父母共に魔力持ちで、自信も平均より高めの魔力量を有する。

属性は風。


大人しく内気な性格。

初等部より学園に在籍している。

親や教師に従順で、キティが入学してくるまで、目立った問題行動を起こした事は一度も無い。


社交が苦手で、そのような場には殆ど顔を出さず、学園と家とを往復するだけの毎日。


また、幼い頃から、フィーネのような妄言を口にした事は一度も無い。


シャックルフォードが積極的に活動していたのは、キティのファンクラブを設立した時くらいで、その後もファンクラブ内でも特に目立った問題を起こす事はなかった。


成績は中の上。

本人の魔力量を考慮され、伯爵位が大半を占めるCクラスに在籍していたが、今回の実力確認試験はボイコット、脱落組に名前を連ねる事になった。


その後は邸に篭り、殆ど姿を現す事なく今日に至っている。



あの、キティが入学してすぐ起こしたハッチャケ事件と同人物とは思えない程の、凡庸な調査報告に、私は少し毒気を抜かれてしまった。



本当にコイツがキティの死神なのか?

実際は死神に転生した前世持ちだが。


奴はフィーネのように、一切ゲームの話を他に漏らさず、ただ粛々と生きてきたようだ。


そして、原作の方のシャックルフォードも恐らく、そのような人物だったのだろう。


だとして、そんな平凡な人間が、どうやって人を死に至らしめたのか?



まずは、行動理由だが、多分これは原作も現実の方も多分同じ。

キティへの異常な執着だろう。

原作の方も、たぶん何らかの形でキティに拒絶され、勝手に失望し、身勝手な行動に出た。

そんなとこだろう。


が、しかし。

平凡な人間が、だからといって人を殺そうと思い、実際に行動に移せるだろうか?


必ず、リミッターがかかる筈だ。

道徳的にも、倫理的にも。


そのリミッターを解除させたのは、恐らく自分への確固たる自信。


シャックルフォードは、何か力を隠しているのでは無いだろうか。


秘めた力を抱えて、自分を馬鹿にする人間など、本当ならいつでも殺せると思いながら生きてきたとしたら、どうだろう?


それは十分に奴の精神を捻じ曲げるに足るのでは無いか?


表面上は無害な人間を演じ、心の奥には歪な魔物を飼い、密かに周りを馬鹿にして生きてきたとしたら、驚く程の自制心とプライドの高さだ。


そんな人間の心を、原作でも現実でもキティが打ち砕いた。

奴が死神になった理由はそんなとこだろう。



そして、その奴の力……。


確かに魔力量は高いようだが、キティの死因の中には魔法でどうにか出来ない物も含まれている。



それが、ミゲルルートの病死。

これは、病死に偽装した毒殺だとすれば、ミゲルの治癒魔法が効かなかった理由も分かる。


毒の中には治癒魔法が効かない物もあるからだ。


まぁそれも、原作レベルのミゲルの治癒魔法ならって話だ。


この国では大抵、魔力量も属性も、持っているだけで良いのだから。

まずレベルという概念が無いし、それを上げる必要性も無い。

そんな事をするのは、魔道士や魔術師くらいだ。


だから原作のミゲルの治癒魔法など、正直私から見たら大した事ない。

現実の方のミゲルを知っているから。


そう、こっちのミゲルは光魔法のレベ上げガンガンしまくりだから、その毒でも簡単に治癒出来てしまうだろう。

治癒っていうより、浄化だけど。



と、話は逸れたが、問題は原作ではどうやってキティにその毒を飲ませたか。


いくらヘッポコ悪役令嬢でも相手は侯爵家、子爵家のシャックルフォードでは理由もなく近付く事は出来ない。


ましてや口にする物など、キティに勧める機会など無い。


ではどうやってキティに毒を盛ったのか?

例えば、吹き矢では傷が残ってしまう。

体に触れて刺すような物も、近付けもしないのに不可能。

原作では同じクラスではあったが、キティには授業中でも護衛がついていただろうし。


あのローズ侯爵がそこまでしない筈が無い。


では、シャックルフォードはどうやったのか?


自ずと答えは絞られる。

奴は、恐らくスキルを持っている。

そしてそれこそが、奴の他人に秘した自信の根拠。


それがあるからこそ、逆に平凡に目立たず生きてきたのだろう。

そして奴はそれを徹底的に隠している。

エリクエリーでも暴けなかったのだから、よっぽどだ。



そして奴はその力を使い、キティを害そうとやってくる筈だ。

キティとクラウスの婚約式のある今日を狙って。



既にこの辺の話は皆に共有済みだ。

流石に前世云々は言っていないが、奴の異常なキティへの執着。

それが私には気掛かりなのだと話せば、皆深くは追求せず、直ぐに動いてくれた。


まぁ、私の勘は当たる、と信じてくれているようだ。


今回に関しては、当たらなくて良いんだけど………。


しかし願い虚しく、当のシャックルフォードは今朝から姿を消し、行方が分からない状態。


警戒しない訳にはいかないだろう。



式の行われる教会の周りを、至る所まで捜索中だ。

それに皆も加わっている。

私はキティの護衛の為に、控室に向かっていた。


なんせ、女性側の控室は男性立入禁止なもんで、奴らにはどうする事も出来ない。


必然的にそこの護りは私1人になる。



シャックルフォード如きに遅れをとる私では無いが、今日までに奴のスキルの正体を暴けなかった事は正直痛い。



まぁ、何があろうとキティは私が必ず守り切る。

それだけだが。








キティの控室に着くと、丁度支度を終えたメイドさん達が出て行くところだった。


中を覗くと、キティが姿見の前で、そこに映る自分の姿に頬を染めているところだった。



ピンクゴールドのチュールを何枚も重ね、裾がバルーンになっている、この世界では珍しいドレス。

それに贅沢に、パールがふんだんにあしらわれている。


ローブ・デコルテデザインだけど、首からレースがあしらわれ、過度な露出はない。


ティアラはキティの瞳と同じ色のエメラルドで飾られていて、耳飾りと対になっている。



クラウスに事前に聞いていたが、一応チェックすると、ネックレスはいつも身に付けている、クラウスから贈られた、SSGRな例のアレ。


今日もつけていて欲しい、とクラウスがキティに言っておいてくれたのだ。




「これを、クラウス様がデザインなさったなんて……」


「まるで、私の為にあるようなドレスだわ。

キティ、夢みたい……」


一応言っておくと、キティの一人称は決して〝キティ〟では無い。



「シシリィ、台詞を勝手に付け足さないでくれない?」


ジト目で振り返るキティに、私はニマニマと笑った。



「しかし、アイツにしては随分可愛らしい事するじゃない。キモっ。

キティカラーで身を包んだキティを丸ごと頂こうだなんて、本当にキモい。

一周回ってキモっ!」


あかんっ!

本音が止まらないっ!


キティは無言で私の両頬をつねった。


「ごめんにゃはい。もう言いまふぇん」


だってキモいんだもんっ!

怒んなくてもいいじゃんかっ!

むしろそれを受け入れてるお前がもう、何かもう色々凄いわっ!



「しっかし、あんたも本当に凄いわよね。

あんな、へんたゲフンゲフン、変わり者を引き受けようなんて」


キティにギラリと睨まれ、私は慌ててギリ言葉を変えてみたが、キティはそれもお気に召さなかったらしい。



「らってよー、いひゃいいひゃい」


またしても無言で頬をつねるキティ。

私が慌ててキティの手をタップすると、仕方なさそうに手を離してくれた。



「だってよ?あんな、出会った瞬間に一目惚れされて、そこからは執着と粘着と束縛の猛打。

どこに行くにも腹話術の人形みたいに抱き抱えられ、自分以外は寄せ付けない狭量っぷり。

普通に考えてよ?

そんな男、ドン引きじゃない?

この世界にもしスマホがあったら、まず間違いなく、秒刻みでメッセージが来るわよ?

どうすんのよ、それ?

返信する隙もないわよ?」


私の言葉にキティはハッと鼻で笑って、言い返してきた。



「甘いわね、シシリィ。

クラウス様にスマホは必要ないわよ?

きっとそのうち念話を習得なさるもの」


言いながらカタカタ震えるキティに、私ふっと憐憫を滲ませ口元だけで笑った。



「……あんた、もう引き戻せないとこまで来たわね……」


ポンっと肩を叩くと、キティは真っ白な灰になりながら、自嘲的に笑う。


「ええ……」


一言それだけ返ってきた……。





そうか……。

クラウスの愛情が、一般的なものでは無い事に、いくらキティでも、もう流石に気付いたか。


そうだよ?キティ。

お前はもうクラウスから離れられない。

そんな事、クラウスが許さないからな。

もしクラウスから離れようとしようものなら、本当にどこかに閉じめられて、2度と日の目は拝めないと思うぞ………。



キモっ!

怖っ!

何で兄弟揃ってその辺ぶっ壊れてんだよっ!


いや、エリオットはそこまでじゃないか……今んとこ。



しかもキティなんか、それで良いって思ってそうだよな。

お互い様というか、何というか……。


私は達観したようなキティの顔を、ふっと笑って見つめた。


本当に大したもんだよ。

あのクラウスを受け止めきるんだから。


いくら前世最推しだからって、クラウスの愛は異常だ。

ゲームのクラウスとはまったく違う。


だけどキティはそんなクラウスを丸ごと受け止めちまいやがった。


ゲームと違う、おかしい、しか言わなかった奴らに見せてやりたいぜ。


まぁ、奴らに理解出来ようもないけれど。




「あ〜嫌だわ。大人の階段登った途端、顔付きまで変わっちゃって……。

私のアホ可愛いキティたんが……グスン」


わざとらしい泣き真似をすると、キティが真っ赤になりながら私の頬をつねり上げた。


「いひゃい、ごめんなぱい、ゆるしてくらひゃい」


何だよ〜〜。

事実を言っただけなのに〜。




「その調子だと、もう死ぬ気は無いみたいね」


キリッとして言ってみるが、頬っぺたつねられたとこがジンジンする。

絶対に跡出来てんじゃん、これ。



「無いわよ。てか、最初からそんな気ないから」


呆れたように言い返してくるキティに、私は片眉を上げた。



「そうかしら?あんたってゲームの世界にドップリだったから、最初、誰の事も信じてなかったじゃ無い?」


ギクっ。

と体を揺らすキティ。


「それに、自分はキティというゲームキャラの人生を生きているつもりでいなかった?」


ギクギクっ。

続けて体を揺らす、キティ。


「自分の周りの、人も物も環境も、キティのものであって、自分のものじゃ無い。

なんならこの世界はヒロインのものだから、何したって無駄。

とか、どっかで思ってなかった?」


ギクギクギクゥっ!

もう分かりやすく体が揺れっぱなしなキティ。


ガマ油をダラダラ流しながら私を見るキティに、ニヤリと笑い返す。



「やっぱりね〜」


キティは悔しそうに顔を真っ赤にして、その口を開いた。


「で、でも今はそんな事思ってないわよっ!

私はキティだし、キティは私。

それにゲームの物語なんか関係無い。

私はこの世界でちゃんと生きている。

悪役令嬢、キティ・ドゥ・ローズというキャラじゃない、一己の個人だもの。

だから、死なないし、死ねないの。

周りの誰も悲しませたく無いし、クラウス様を1人に出来ない。

それに何より、私が生きていたい。

この世界で、クラウス様と皆んなと、生きていきたい」


その瞳には、キティの確固たる決意が浮かんでいた。


うん、やっぱりキティは強いな。

アンタなら必ずそこに辿り着けると信じていたよ。

そんなアンタだから、私は全力で守り抜く。

例えシャックルフォードがどんな力を持っていても、必ず。



「うん、今のあんたはそうよね。

大丈夫、分かってるわよ。

私が、絶対に死なせない。

……まぁ、魔王もついてるしね」


魔王とは?と首を傾げるキティ。



ん?クラウスしかいないだろ?

何だ、まだその辺は聞いてないんだな〜。

いやまぁ、流石にキティでも、その辺聞いた上でクラウスを受け止めるとかは………出来そうだな……。


物凄く、出来そう。

何なら推しに新しいオプションがっ!くらいに思ってそうだ………。



ねぇ?本当に怖いのって、キティじゃない?

えっ!キティ最強説、もう説じゃなくなってないっ!



内心、目の前のロリッ子を前に、ガクガクと震えの止まらない私がいた……。







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