EP.94
口元に笑みを浮かべたまま、瞳の奥を仄暗く光らせるエリオットに抱かれ、私は借りてきた猫のようにただただプルプルと震えていた。
くそっ!なぜコイツがセーフティゾーン内に入れたんだっ!
魔(男)を弾く結界(警備)が張ってあるはずだぞっ!
「変身スキルでメイドに化けたんだよぉ」
まるで私の頭の中を読んだように、エリオットがニタァッと笑った。
怖ぁっ!
ゲロ怖いっ!
しかしそうかっ。
ち、ぬかった……。
呑気にキティとだべってないで、窓からでもフライアウェイしとけば良かったっ!
くそっ!私の馬鹿っ!
「さて、リア?さっきのアレ、説明してもらおうか?」
クラウスの宮を離れたところで、柱の影に連れ込まれ、やっと降ろしてもらえたと思ったら、やっぱりお約束の壁ドンに顎クイ………。
うっ、うっ、うっ……。
これ、やられる側は嫌なんだってば。
「さ、さっきのって、何のことかしら?」
一応っ!
一応、ワンチャンあるかもしれないから、とりあえず惚けてみる。
だって、違う事を言ってるかもしれないじゃん?
「……さっきの、ユラン・アルケミスとの親密そうな関係について、だよ」
だよなーーーーーっ!
それだよなっ!ハイハイ、分かってたっ!
怒気を孕んだエリオットの口調に、ルーッと涙を流しながら、ワンチャンなど無かったと思い知った。
「べ、別に、彼に自分に見合ったクラスに入るべきとアドバイスしてただけよ」
怖すぎてエリオットを直視出来ず、目だけ明後日の方向を見ながら答えると、エリオットはふ〜ん?と呟きながら、私の顎から手を離した。
「ユラン・アルケミスは野心家だからね。
次男という事もあり、早めに強力な後ろ盾を得て自分で爵位を賜りたいんだろうね。
年齢的にもフリードの側近を狙っているのだろうが、リアはそれに不満があるんだね?」
1言えば10理解してくれるので、コイツとの会話は楽でいいな、と思いつつ、私は高速で頷いた。
「まぁ、確かに、彼がフリード の側近になるのを指を咥えて見ているのは惜しいね。
生徒会に勧誘するつもり?」
また高速で頷く私に、エリオットはうむと頷く。
「悪くない人選だね。リアの次の生徒会長候補としても、確保しておくのは良い事だよ……でも、何でその勧誘に色仕掛けが必要だったのかな?」
ギラリとその瞳を黒く光らせ、ニッコリ笑うエリオットに、私は再び忘れていた震えを思い出した。
「い、い、色仕掛けって、何のことっ?」
ちょっとからかっちゃったけど、確かに、つい魔がさしたけど、色仕掛けってのは語弊があるなぁ……。
冷や汗を流しながらエヘエヘと笑う私に、エリオットは片眉を上げて、おもむろにパチンと指を鳴らした。
途端、エリオットの体が縮み、ユランと同じくらい……いや、もうちょい小さくなった。
ってか、ショタァーーーーッ!
突然のショタ化ーーーーーーーーッ!
いきなりどうしたっ⁈
「さぁ、さっきユランにしていたみたいにして、再現してくれない?」
声までショタァーーーーーーーーッ!
私は仕方なく、あくまで仕方なく、エリオットの言ったように、その頬を両手で包んでその瞳をジッと見つめた。
くそっ!
顔が良いやつのショタの威力強めっ!
このサイズの頃のエリオットを覚えているけど、年齢が逆転するとこうも犯罪くさくなるのかっ!
あともう、単純に可愛い!
可愛いじゃね〜か、チクショーッ!
「ねぇ、違うよね?リアはユランにこうしてたでしょ?」
上目遣いでそう言って、エリオットは物凄く自然に私の胸に顔を埋めようとしてきた。
いやっ!
いやいやいやいやいやいやいやっ!
してないしてないっ!
ユランはそんな事してないぞっ!
私はガッとエリオットの顔を挟むと、そのエリオットを寸でのところで止める。
あ、危ねーー。
ってかショタのくせに力強いなっ!
胸に顔を埋めようとするエリオットと、それを止めようとする私で、無言の攻防戦が始まる。
頬を両手で力一杯挟んでいるものだから、ショタエリオットがアッチョンブリケ状態になってて、これはこれで可愛い。
いやいやいやいやいやいやっ!
しっかりしろっ!私っ!
これはいくら美形ショタといっても、エリオットだからなっ⁉︎
元はあのデカ男だからっ!
しかもコイツは魔の物ぞっ?
常闇の住人なのじゃ〜。
見た目に騙されてはいかんっ!
いかんのじゃっ!
ややしてエリオットは、私との攻防戦に疲れたかのように溜息をついて力を抜いた。
よ、よしっ、勝った。
私もつい安心して力を抜いた瞬間、エリオットが上目遣いでこちらを見上げ、その瞳をうりゅっと潤ませた。
「シシリアお姉様ぁ……」
あ、あ、あ、あ、あざとーーーーーーーーっ!
あざと可愛い顔してんじゃねーよっ!
あのユランより、あざとい……だと……っ!
正規の攻略対象キャラを軽々超えるあざとキャラを生み出しやがってっ!
くっ、こんなもんで、こんなもんでっ!
私は騙されんし、絆されんっ!
偽ショタなんぞに惑わされてたまるかっ!
ぎゅうぅぅぅぅぅぅぅぅっ!
「シシリアお姉様、僕、嬉しいな」
ご機嫌なエリオットの声にハッと気づくと、私は思いっきりショタエリオットを自分の胸に抱き締めていた…………。
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!
やっちまったーーーーーーーーっ!
あっさり屈してるっ!
あざと可愛いショタに食い気味に惑わされてるっ!
元はあのエリオットだって、頭では分かっているのに〜〜〜〜〜っ!
「……くっ、無念……」
ガクッとその場に跪く私の隣に、エリオットはストンッと屈むと、両手を自分の頬に当て、嬉しそうに小首を傾げた。
「大丈夫?シシリアお・ね・え・さ・ま?」
うふふっと笑う小悪魔系ショタに、私は敗北の涙を流した。
「ってか、ユランにあそこまでしてないからね」
廊下を並んで歩きながら、横目でエリオットをチラッと睨むと、通常サイズに戻ったエリオットがぷぅっと頬を膨らませた。
……オイ、それはショタバージョンでやってくれよ。
今のお前には許されていないと早く理解しろ。
「してないのは知ってるよ。
でも、色目は使ってたでしょ?」
唇を尖らせるエリオットに、私は焦ってその腕をボフボフとグーで殴る。
「色目とかも使ってないからっ!
何言ってんのよ、アンタはっ!」
焦りまくる私をエリオットは横目でジトーッと見つめている。
「前にリアは僕の事をロリコンって言っていたけど……リアの方がよっぽど….…」
なっ!
エリオットの言葉に私は顔を真っ赤にして、今度はその厚い胸板をボスボスと殴る。
しかし微動だにしないエリオットは、若干軽蔑を含んだ目で、尚もこちらを睨んでくる。
「小さな子供が恋愛対象なの?」
エリオットにそう言われ、私はヒョッと飛び上がった。
な、な、な、な、何言うかーーーーーーーーっ!
馬鹿っ!この馬鹿っ!
そんな訳ないだろっ!
エリオットのビクともしない胸板をボカボカ殴りながら、私は震える声で絶叫した。
「違うわよっ!そんなんじゃなーーーーーーいっ!」
私のその絶叫に、エリオットはふ〜ん?と不機嫌な顔のまま首を傾げている。
「じゃあ、どういう対象なの?」
改めて真面目に聞かれるとは思わず、私はボンっと顔を真っ赤にして、しどろもどろに答えた。
「……いや、だから、可愛いじゃん、単純に……って、恋愛対象も何も、私には恋愛とか分からないし……ロリショタは純粋に愛でる対象……というか……尊みを楽しみたいというか……」
ボソボソとそう言う私に、エリオットはますます首を傾げる。
1ミリも理解出来ていないらしい。
「う〜ん?つまり、小さな子は愛玩対象なの?
動物なんかと同列かな?」
オイッ!改めてそう言われると、何か私がめちゃくちゃ悪い奴みたいじゃね〜かっ!
そういう趣味みたいに言うなっ!
趣味じゃなくて本能なんだよっ!(犯罪者理論)
だいたいロリショタを動物と同列とか、何て事を言うんだ。
ロリショタにだって当たり前だが人権があるんだからな。
それをお前、動物とって………。
ロリショタと、動物って……。
えっ?
ロリとウサギとか?
ショタと子犬とか?
ロリショタとモフモフ……だと………っ!
最高じゃないですかーーーーーーーーっ!
合わせて愛でたいっ!
セットでモフりたいっ!
モフにまみれたいっ!
私は無意識にジュルジュル涎を垂らしながら、ハァハァと禁断の扉を開く。
ようこそっ!ロリショタモフの森へっ!
飼育員さんは優しみ溢れるジッ様とバッ様でっ!
ヒャッホウッ!
もう私はそこに住むっ!
永住権が買えるなら幾らでも払うっ!
例え一文なしになっても、絶対に払って住むからなーーーっ!
ウヘヘウヘヘとだらし無い顔で笑う私を、エリオットが憐憫の眼差しで見つめていた。
「僕、たまにさっきみたいに小さくなってリアに可愛がってもらうのも良いかな〜って思ってたけど………止めておくね。
何か、僕が望んでるものとは違うって、早めに気付けて良かったよ………」
珍しくドン引きしているエリオットに、内心チッと舌打ちをした。
あのショタエリオットなら愛でてやっても良いかな、と思っていたのに……。
デカエリオットにあまり用は無いのだが。
……しかし、ショタエリオットで私に可愛がられるつもりだったのか。
プライド無いのか?お前は。
飼育員に躾直してもらった方が良くないか?
「……せっかく愛玩対象から脱したのに……意味ないし…」
ボソっとエリオットが何か呟いたようだが、よく聞こえなかった私は首を捻った。
そんな私に、エリオットは何かを誤魔化すように笑っていた。
それにしても、やっと全てが上手くいって、私は清々しい気分で王宮の廊下から庭園を眺めた。
クラウスの宮とその近くには、ピンクローズの薔薇が沢山植えてある。
クラウスの宮というより、キティの宮と言った方が良いんじゃないかとさえ思う。
キティはクラウスにやっと想いを伝えられたみたいだし、あの2人はもうこれで大丈夫だろう。
皆はクラウスのキティへの異常な執着にばかり目がいっているが、前世のボサ子を知っている私からしてみれば、キティの方だって十分ヤバいぞ?と言ってやりたい。
なんせクラウス廃課金クズ沼住人だったのだから。
いや、今でもそうだが。
無事に気持ちが通じ合ったなら、もうキティだって遠慮しないだろうし、クラウスの溺愛をこれでもかってくらい受け止めまくると思う。
そんな事出来るのは世界でキティくらいだから、あの2人は成るべくしてああなったとしか言いようがない。
……前世では16年しか生きられなかった、ボサ子。
今世では、いつまでも生きてほしい。
最推しのクラウスの隣で、いつまでも。
そういえば、原作キティが数々の死を迎えるのは今頃だったな。
原作キティも16歳までしか生きられなかったんだよな……。
ふとそんな事が頭によぎった瞬間、目の前で強い風が吹き、庭園の薔薇の花びらを撒き散らした。
ピンクローズの花びらが、ハラハラと風に舞う……。
薔薇の花びらが………何故?
そう思った瞬間、背筋に冷たい汗が流れた。
いや……ちょっと待てよ。
原作キティの謎の死………。
あれは本当に何だったんだ?
全てを潰した気でいたけれど、それについては結局何も解明していない。
これだけ守られているキティが、今更誰かにどうこう出来るはずも無いが、それでもやっぱり気にはなる。
……原作キティは誰かに殺されたんじゃ無いだろうか。
自殺も事故も病死も偽装されたものだとしたら。
そもそも、レオネルルートは絞殺、ジャンルートは刺殺、とキティを害した人間がいる事は明らかだ。
だとしたら、他は偽装でやはり誰かに殺された?
私は、アーバンや北の刺客がそれだと思っていた、いや、思い込んでいた。
しかし、原作キティにはアーバンも北の刺客も関係ない。
今のキティだからこそ、そこから命を狙われたのだ。
では、原作キティは……?
一体、どんな理由で殺された?
ローズ侯爵家を恨む人間?
いないとは言い切れないが、可能性は低い。
キティに酷い目に遭わされた人間?
そもそも原作キティはヘッポコで、誰かの恨みを買うほどの良い仕事などしていない。
……では、何故?
誰が何の為に?
……いや、キティに酷い目に遭わされた人間がいるかもしれない……。
ふと、1人の人間の顔が頭に浮かび、また背中に冷たい汗が伝った。
……そうだ……何故今まで気付かなかったのだろう。
アイツは原作にもいたじゃないか。
学園の、キティの出てくるシーンには必ずいた。
アレがキティの死への布石だとしたら、数々のキティの死は、たった1人の人間の仕業だ。
この世界は既にゲームの世界から外れている。
だけど、フィーネのようにそれを認めない人間が、まだいる。
そいつが自分自身がゲームの強制力になろうと考えていたとしたら……。
間違いなくキティを殺しにくる。
「エリク、エリー」
私の呼びかけに音もなく現れ、目の前に跪く2人に、早る気持ちを抑えながら命じた。
「至急、調べてほしい人間がいるの」
私の隣で、エリオットが興味深げに片眉を上げた………。




