EP.89
暗くて重い話を小さな恋のメロディで締めた過去編も終わり、通常の時間軸に戻ります。
で、早速エリオットのターンッ!
クソデカ感情剥き出しストーカーお兄さんが帰ってきたよ!
「………うぅ〜ん、シオンの鼻垂れ〜……妙な呪いをかけおってからに〜………妹ちゃんを…絶対……幸せに………むにゃむにゃ」
寝言を言いながらぐっすり眠る私の頬を、なんか冷たいものがペロリと舐めた……ような気がして、ゆっくりと瞼を開ける。
う〜ん、何だよ、気持ちよく寝てるのに……タロか……?
まだ寝ぼけたまま、薄らとした視界に映る見知らぬ天井をボケっと眺める。
ん?あれ?ここどこだっけ?
凄く長い夢を見ていた気がする。
楽しくて悲しくて幸せで、残酷な……。
なんか最後、あの鼻垂れに大事な妹ちゃんを掻っ攫われる夢まで見た気がするが………。
いやナイナイ、あのヘタレに限ってそんな事あり得ないよな。
……よな?
「起きた?リア」
エリオットの声が聞こえた気がして、ンー?っと横を向くと、そこにエリオットのドアップがっ!
「んなっ!何でっ?」
一気に目が覚めて、ガバッと起き上がると、私は知らないデカいベッドで寝かされていた。
……いつの間にか寝着にまで着替えている……。
おい、ちょっと待て………。
もしかして、いや、もしかしなくても、ここは……。
「うん、僕の宮の僕の自室の僕の寝室、のベッド」
うふっと笑うエリオットに、私は未知の生物を見ている気分になる……。
うん?
いや、覚えてるぞ。
フィーネと話した後、なんかエリオットの自室で……まぁ、えっと、あの……大泣きして……。
いや、仕方なくないっ!
めちゃ弱ってたんだわっ!
私ともあろうものがって話だけどさっ!
そこは、ごめんなさいっ!
んっ?おやっ?いや待て。
って事は、私………。
連れ込まれてんじゃねーかっ!
あっさりコイツの自室に連れ込まれてんじゃねーかっ!
で、大泣きして、眠たくなって、そのまま……寝た?
ここでっ⁈
エリオットの自室でっ!
しかも寝室にまで連れ込まれてるぅっ!
「……あっ、おまっ、まさか……私が寝てる間に……何か……」
真っ青になってカタカタ震える私に、エリオットはふ〜やれやれ、と肩を上げた。
「僕が寝ている女性に何かする男に見えるかい?」
うん、見えるぞ。
「リアが寝ちゃったから、メイドに着替えさせて寝室に運んだだけだよ」
お、おう、そうか。
「まぁ、つい、ついね、あどけなく眠るリアの誘惑に負けて、隣りで寝ちゃったよ?」
隣で寝てんじゃねーか。
グースカ寝てるだけの私に、誘惑とかって言葉を使うなっ!
「でも、本当に、それだけだよ?
まぁ、リアがそれ以上を望むなら……やぶさかではないけど……」
やぶさかであれっ!
そこはやぶさかであれっ!
うっとりと頬を染めるエリオットをブンブン振り回して空の彼方に片づけてやりたくなる。
くそっ!
完全にぬかったっ!
コイツの前であんな隙だらけの状態でいただなんてっ!
こうなる事は分かっていた筈なのにっ!
私ともあろう者が、このサイコパスストーカー犯罪者の前でグースカ眠りこけるなんてっ!
シシリア・フォン・アロンテンッ!一生の不覚っ!
と、とにかく早急的速やかに自分の邸に帰るっ!
てか、いち早くこの部屋から撤退せねばっ!
カサカサとベッドの上を移動する私に、エリオットがクスクスと笑った。
「やだなぁ、リア。今更もう無駄だよ。
僕達が同衾した事、この宮の使用人皆に広まってると思うなぁ」
ど、同衾……?
同衾っ⁈
「き、き、貴様ぁっ!弟の二番煎じみたいな手を使って、恥ずかしくないのかァッ!」
それはクラウスがキティに使った手じゃねーかっ!
青筋を立てて詰め寄ると、エリオットはヘラヘラと平気で笑っている。
「恥ずかしくないですぅ。クラウスが上手くいったんだから、その手を見習って何が悪いんですかぁ?
そもそも周りから固めるなんて、常套手段じゃないですかぁ」
こんの野郎っ!
何て汚い奴なんだっ!
ってかあかんやろっ!
コイツも私も、建前的には別に婚約者がいる立場やぞ?
それを何故コイツはいつまでも理解しないっ!
馬鹿なのかっ?馬鹿だよな?馬鹿だなぁっ!お前はよぉっ!
「とにかく、私は帰るっ!
私の着替えはどこよっ⁉︎」
クルッとエリオットに背を向ける私に、慌てたような声が聞こえた。
「あっ!待ってよリア〜、もう少しだけベッドてイチャイチャ擬似体験したいよぉ」
知るかっ!
ベッドの下に片足をつくと、エリオットの腕が伸びてきて、くそっ腰を掴まれるっと思った、瞬間ーーーー。
「うわっ!」
後ろでエリオットが前にツンのめった気配がして、何をやっとんじゃ、と呆れていると。
ムニュッ。
胸に何か違和感を感じ、何だ?と下を見る。
ガッツリ、揉まれてる。
いや、掴まれている……両乳を………。
「………あっ……違っ!リアッ!これは本当にわざとじゃないっ!アクシデントッ!アクシデントだよっ!」
焦ったようなエリオットの声に、わたしはギギギと振り返った。
いつまで揉んどんじゃっ!
このっ!ど腐れ野郎ーーーーーーーーッ!
私の瞳に宿った狂気の炎がユラっと揺れて、エリオットはひゅっと息を飲んだ。
ーーーーーーその瞬間。
普通にシンプルに、右ストレートッ!
バゴォッとクリティカルヒットしたエリオットは端っこの壁まで飛んでいき、バキィッとその壁にめり込んだ。
そのエリオットに向かって、ユラリと立ち上がる、私。
その瞳だけが獰猛に光り、エリオットはガタガタと震えていた。
「リ、リアッ!身体強化までして、そんなっ!
や、やめてぇっ!」
バギィッ!
更にエリオットを壁の中に埋め込んで、私はその上から土魔法で壁を塗り、奴をそこに完全に埋める。
どう見ても事故物件になった部屋の壁を眺めていると、そこからエリオットの情けない声が聞こえた。
「ご、ごめんなひゃい……。
同衾については、この宮以外では口外禁止って通達しますので……。
許して下ひゃい……」
私は更にその上から土を塗り塗り重ねる。
まだ声が漏れるとは、私も仕事が甘い。
「リア〜〜!……それにしても、凄かった……。
何あれ……あ、あれがリアの……感触……。
ハァハァ…凄い、柔らかかった……。
この手で、リアの………クンクン」
い、い、い、いぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
私はエリオットを埋め込んだ場所を風魔法で吹き飛ばすと、ミニ竜巻の中をぐるぐる回っているエリオットの胸ぐらを掴み、普通にっ!シンプルにっ!その顔を何度も殴るっ!
無くなれっ!記憶っ!
貴様がさっきの記憶を完全に無くすまで、私は、この殴る拳を、止めねぇっ!
ガッ!ゴッ!ドゴッ!
私に殴られながらも、エリオットはうっとりと頬を染め、恍惚の表情で鼻の下を伸ばしている。
いーやーめーろーぉーっ!
私のっ!純潔をっ!脳内でっ!穢すのをっ!今すぐ、やめろぉーーーーーーーーッ!
ドカッ!ドガッ!ボコッ!
もう一心不乱に殴り続ける。
やがてエリオットの顔がボッコボコになって、三倍くらいに腫れ上がったところで、私はハーッハーッと肩で息を吐きながら、エリオットの胸ぐらから手を離した。
くそっ!まったくスッキリしないが、なんかいつもより、疲れるっ!
朝ご飯まだだから、いつもの力が出ないよ〜。
私は朝からガッツリ食べる派なんだっ!
「うふふ、お腹空いたんでしょ?
今すぐ用意するから、待っててね」
パンパンのぼこぼこの顔で優雅に微笑んでんじゃねーよ。
既にホラーだわ。
エリオットがメイドさんに言って、豪華な朝食が運ばれてきた。
私は朝食を用意している間に、何故かエリオットの寝室にある扉から、隣の続き部屋に案内され、その部屋のクローゼットにあったドレスに着替えさせられた。
どれもオートクチュールで、私の体にピッタリフィットするのだが、もう深く考えたくない。
私がそのパンドラの箱を荒々しく閉めると、メイドさん達があらあら、照れてらっしゃるのね〜っとクスクス笑っている。
洗脳されてますよっ⁈
貴女達の主人の言う事なんか、1ミリもまともに聞いちゃいけませんからねっ!
「ああ、リア、よく似合うよ」
どうやったのか、顔の腫れが綺麗になくなっているエリオットが、私の為に椅子を引いて待っている。
ちっ、と舌打ちしながらそこに座るが……感じるなぁ……貴様の視線を、胸に。
ギロリと睨み付けるとバッと顔を逸らし、誤魔化すように下手な口笛を吹いている。
エリオットも私の正面に座り、兎にも角にも飯だっ!と私は手を合わせた。
「いただきますっ!」
そう言ってからハッとして冷や汗をたらした。
しまった、懐かしい夢なんか見たもんだから、前世の染みついたいつもの癖が……。
ヤベーっとエリオットをチラリと見ると、エリオットも私と同じように手を合わせている。
「いただきます」
見よう見真似で私と同じようにそう言って食事を始めるエリオット。
何だ、違和感ないならいいや。
私はホッと息を吐いた。
でもやっぱり、飯の前は手を合わせていただきます、だよな。
そうした方が、より美味しく感じる。
昨日から碌に食べてなかった私は、用意された豪華な朝食をガツガツ食べ始めた。
エリオットはその私をご満悦な表情で眺めながら、時折自分の手をうっとり眺めたり、頬擦りしたり、ああ……と声を漏らしたりして恍惚な表情を………。
気持ち悪りぃなぁっ!さっきからっ!
何かうるさいっ!行動がうるさいっ!
飯くらい静かに食えっ!
(エリオットは喋ったりしていない)
くっそぉっ!
ラッキースケベでいい気になりやがって。
私のGカップお胸大明神様を鷲掴むとは、マジで許せんっ!
やはりコイツは私が無事に冒険者になって国を出るまで、どっかの洞窟の奥深くにでも封印しておいた方がいいんじゃないか……?
そうだっ!
出会った瞬間から自分にクソデカ感情剥き出しにしてくる男の口づけでしかその封印は解けない、とか、めちゃ良いじゃんっ!
ハッハッハッハッ!
そしてそのままヤラレてしまえ。
目覚めればいいっ!
BでLに目覚めてもう帰って来るなっ!
貴様が女人に興味さえ無くなれば、こっちは未来永劫安泰なんだよっ!
ハッハッハッハッ!
「あっ、ちなみに僕、リアなら男でもいけるよ」
窓から差し込む朝日をバックに、頬を染めながら美しい微笑みを浮かべるエリオット……。
よ、よ、読むんじゃねーーっ!
私の考えを読んだ上で即潰しにきやがったっ!
ぐぞぅ……この野郎っ………。
グギギと歯軋りしながら、私は目の前の食事を再びガツガツ食う。
やけ食いだよっ!
朝からやけ食いとかあんま聞かんわっ!
「うふふ、可愛い、リア。
嬉しいなぁ、こうしてリアと一緒に目覚めて、朝食が食べられるなんて」
頬を染めてモジモジしているエリオットを、私はベーコンに齧り付きながらギロッと睨んだ。
おい、語弊を生む言い方すんな。
貴様と私の間には、何も無い。
「それに……僕達、大人の関係に進んじゃったし」
キャハッと照れながらはしゃぐエリオットに、私は飲んでいた水を吹き出した。
お、大人の関係とか言うなっ!
あれをそこにカウントしてんじゃねーよっ!
「アレはただのアクシデントでしょっ!
アンタも言ってたじゃないっ!
大人の関係じゃないからっ!そんな言い方しないでっ!」
真っ赤になって怒鳴る私を、エリオットは余裕の笑みで見つめていた。
「確かにアクシデントだけど、事実は事実でしょ?
二人きりの寝室のベッドの上で起こった事なんだから……ね」
どうしてもアレをカウントしようとしていやがるっ!
くっ、しかしラッキースケベとは確かに本来そういうものだっ!
だがこっからなし崩しにされる訳にはいかんっ!
「アンタッ!アクシデントを既成事実にしようだなんて、卑劣だと思わないのっ!」
ビシィッ!とエリオットを指差し、卑劣という部分を殊更ハッキリと言ってやれば、エリオットはうっと自分の胸を掴んで苦しそうに呻いた。
どーだっ!
正攻法だぞっ!
キツいだろうっ!
腐っても王太子っ!
お育ちの良さはこの国トップだ。
そんな奴が令嬢に、卑劣呼ばわりされればそりゃ流石に堪えるよなぁ?
ケッケッケッケ。
おらおら、何か言ってみろやぁ?
お・う・じ・さ・ま?
エリオットは俯いていた顔をゆっくりと上げた………。
その泣き顔を見てやろうと、我慢出来ず覗き込むと……。
……んっ?
あれ?
あれれ〜〜おかしいなぁ?
どうして瞳孔が開いてるのかなぁ?
……ドッと汗が吹き出て、全身が粟立つ。
瞬間私は立ち上がり、ズサッと後ずさると物凄いスピードで扉まで走った。
ヤバイヤバイヤバイッ!
なんか分からんが、ヤバいっ!
私の野生の勘が、アレはあかんっと言っておるっ!
おりゃ〜〜っ!逃げるが勝ちじゃ〜〜っ!
扉のノブにもう少しで手が届くというところで、後ろからエリオットに抱き抱えられた。
ヒイィぃぃぃいいっ!
ガクガクと横目でエリオットを見ると、無表情で瞳孔パッカーンのまま、何やらぶつぶつ言っている……。
「そうだよね……既成事実……あっち行きになっちゃうから自重してきたけど……。
クラウスばっかり、ズルいよね。
お互い、もう大人だし……。
既成事実ついでに子供でも出来れば……リアは一生僕のもの……」
ほらーーーーーーーーッ!
あかんやつだったじゃーーーんっ!
何故逃げきれなかった、私っ!
何で大事な時にヘマばっかりするんだよーっ!
(⚠︎エリオット関連)
エリオットはヒョイと私を抱き上げると、そのままソファーに押し倒し、瞳孔パッカーンのまま、覆いかぶさってきた。
そしてそのまま、私の首筋に唇を近付ける。
「い、いやめろっ!エリオットッ!落ち着けっ!
き、既成事実とか冗談だろっ!
ひ、卑劣だと思わないのかっ?卑怯者っ!
私の許しがなけりゃ何もしないって、前に言ったじゃないかーーーっ、嘘つきーーーっ!」
バタバタ暴れながらエリオットの胸を力一杯押し返そうとする(微動だにしない)私の耳に、エリオットがクックッと笑う声が聞こえた。
「ごめんね、リア。あんまりに楽しくて、ちょっと調子に乗っちゃった」
ゼェゼェと肩で息をする私の上から体を起こして、エリオットは楽しそうに笑っている。
瞳孔も開いてない………よ、良かった。
「リアと一緒に寝たり、アクシデントがあったり、朝食を食べたり……ふふっ、楽しすぎてタガが外れちゃった。
もちろん、僕はリアの許しが無ければ、何もしないよ?
でも、もう許しが出てる事なら良いよね?」
そう言うと、エリオットはその綺麗な顔をスッと近づけてきた。
な、なんかされるっ!と瞬時に警戒した私は、ギュッと目を瞑り、俯いた。
エリオットは私のオデコにちゅっと口づけると、すぐに顔を離し、ニコニコしている。
なんだよ、デコチューかよ、と肩の力を抜いた私だが、すぐに、んっ?これも許した覚えはないぞ?っと思い至り、オデコを押さえてエリオットを睨んだ。
その私にエリオットはニコニコとあざとく小首を傾げる。
「ガス抜きガス抜き、ね?
これくらいさせてくれなきゃ、本当にしちゃうよ?既成事実。
何せ僕は今までの僕とは違うからね」
んっ?なんの事だ?と首を捻ると、エリオットは自分の手を頬に当て、スリスリしながらうっとりと恍惚の表情をする。
「今の僕はリアの柔らかさを知っちゃったから……。
ブレーキが効かないガラクタになっちゃったかも……」
今すぐブレーキパッドを交換してこいやぁっ!
ついでに車検も受けてこいっ!
危険を感じてズリズリとエリオットから離れようとする私の腰を掴んで、エリオットは愉悦に瞳を揺らめかせた。
「ガス抜き、あんなもんじゃ、まだ全然足りないよ?
嫌でしょ?既成事実。
ねっ、だから、大人しくして?」
お、お、脅じゃね〜かよぉっ!
涙目でプルプル震える私の頬に、エリオットはちゅっと口づけ、続けて目尻や耳にちゅっちゅと口づけていく……。
うわ〜んっ!
ハートを飛ばすなぁっ!
もうヤダァーーーーーッ!
くすぐったいし、何か胸がドキドキするし、不整脈まで起きてるっ!
体に不調が起きてるっ!
やめろっ!もう、やめてくれぇーーーーっ!




