後日談:あの花の名前
毎日、同じ時間、同じ車両で一緒になるその女の子。
俺は素知らぬフリして、いつも気にしていた。
長くて厚い前髪で、顔の半分が隠れているその子は、隣の女子校の制服を着ている。
ギチギチの三つ編みに、今時ふくらはぎまである制服のスカート。
婆ちゃん世代辺りから、タイムスリップしてきたんじゃ無いかといつも思っていた。
その子はいつも一人で静かに本を読んでいた。
見た目的にも、雰囲気的にも、川端康成とかを読んでいて欲しいところだが……。
読んでんの、絶対に俺tueee!系ラノベなんだよなっ!
しかもカバー無し。
えっ、本屋であのカバー断る奴なんていんのっ!
そんで、何で平気な顔して読んでんのっ!
君今、台無しになってるよ?
その文系女子的な雰囲気、台無しだよ?
ってかそれ、俺も買ってるやつだわ〜〜っ!
めちゃ食い気味に趣味合うわ〜〜〜っ!
っと、毎朝一方的に彼女を意識しまくっていたある日、駅のホームで変なババァがその子に絡んでいるのを目撃してしまった。
「ひっ!ひぃぃぃぃぃぃっ!あ、アンタっ!
ボ、ボサ子ぉぉぉぉぉっ!」
震える指でその子を指差し、派手な格好のババァが顔面蒼白で、幽霊でも見たみたいに怯え驚いている。
「いやぁっ!わた、私じゃないっ!
私は、悪くないーーーーっ!」
そう叫んで、そのババアはあろう事かその子をドンッと突き飛ばした。
「おいっ!」
俺は慌てて走り出し、突き飛ばされたその子を後ろから咄嗟に抱えた。
「アンタッ!いきなり何だよっ!」
ギロっとそのババァを睨み付けると、何故か今度は俺の顔を見て、ガタガタ震え出した。
「ひっ、ひいぃっ、お、王子………っ!
いやっ!いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
耳をつん裂くような悲鳴をあげて、そのババァは凄い早さで逃げ去って行く。
よくあんなヒールで走れるなぁ、とつい呆気に取られていると、腕の中で何かがモゾッと動いた。
あっ、俺っ……!
慌ててその子を腕から離し、俺は数歩後ずさる。
「ご、ごめん、咄嗟に、何か抱きしめちゃって……ほんと、ごめん……」
俯きながらそう謝ると、その子の鈴が鳴るように可愛い声が聞こえた。
「いえ、助けてくれてありがとうございました」
初めて聞くその声は、想像してたよりずっと可愛くて、思わず顔を上げる。
俺の顔を見たその子は、息を呑んで震える声を上げた。
「お、おうじたんっ⁈」
………はっ?
んっ?何て?
おうじ………たん?
えっ?王子様、じゃなくて?
どんな展開、これ?
少女漫画的な、貴方は私の王子様っ!(古い)でも無さそうだし。
うん、分からん。
目をまん丸にしてマヌケ面していると、その子はハッとして、慌てて頭を下げた。
「ご、ごめんなさい………。
昔よく知っていた人に貴方がそっくりで……」
そう言われて、俺は一瞬でピーンときたね。
冴え渡る頭脳っ!唸れ俺のヤマカンッ!
「それってもしかして、片桐 紫衣奈の事?」
俺の言葉にその子は吃驚した顔で、まじまじと俺を見ている。(いや、前髪で見えんが、そこは雰囲気で)
やっふぅーーっ!
当たっちゃったわ!
「俺、片桐 紫衣奈の従兄弟の片桐 紫苑って言うんだけど」
ちゃっかり自分の自己紹介もしちゃった、テヘ。
その子は、はわわってちょっと飛び跳ねて、またペコリと頭を下げる。
何?この可愛い生き物……。
「わ、私は、東雲 芳乃です。
あの、姉の希乃がおうじた……紫衣奈さんと仲良くて、私とも仲良くしてもらって……。
すごく、小さい頃の話ですけど……」
そう言われて、俺はああって頷いた。
「東雲さん、今1年?」
俺の問いに、東雲 芳乃さんはコクっと首を縦に振った。
「じゃあ、あの時、6歳くらい?」
あの時ってのは、しいな姉ちゃんが死んだ時って意味だ。
そう、しいな姉ちゃんは若い頃に亡くなった人だ。
高3の夏だったから、今の俺と変わらない頃になる。
しいな姉ちゃんは俺の従姉妹で、すげーよく遊んでもらった。
戦いごっこばっかしてたな。
いや、もうあれ、ごっこじゃねーな。
あの人、常に目がマジだったし。
俺、ボコボコにされてたし。
今思えば、アレただの剣術の鍛錬じゃねーかっ!
今更な事実に打ち震える俺に向かって、彼女は悲しそうに頷いた。
「そっか、俺8歳くらいだった」
そう言って、何か二人で黙り込んでしまった。
……あれ?
せっかく接点があったのに、これ、暗くね?
えっ?こっからどうしたらいいか全く分かんねーんだけど。
何か、天国の姉ちゃんが、アーハッハッハ、貴様のそーゆーとこだよっ!て高笑いしている気が凄くする……。
クソッ!ムカつくわ〜。
「あの……実は、私の姉も、紫衣奈さんの一年半前くらいに亡くなってて……。
事故だったんですけど。
その時、紫衣奈さんがずっと私の側に居てくれて。
よく遊びに来てくれたり、連れ出してくれたりして。
幼心に姉を亡くして塞ぎ込んでいた私を、元気づけてくれたんです」
懐かしむようにそう言う彼女に、あ〜すげー姉ちゃんっぽいなって思った。
あの人、すげー面倒見が良かったから。
姉ちゃんの事を思い出して、プッと吹き出す俺を、彼女は不思議そうに見ている。
「あのさ、芳乃ちゃん、って呼んでいいよね?
俺は紫苑でいいからさ。
実は君の事、前から気になってたんだ。
毎朝一緒の車両だって知ってた?
でさ、芳乃ちゃん、いっつも本読んでんじゃん?
あれ、俺もけっこー同じの持っててさ。
ずっと気になってたんだよね」
俺の言葉に芳乃ちゃんはああって小さく口を開いて、鞄から一冊の本を取り出した。
「これですか?」
「そうそう、それそれ。
他にもさー、けっこう被ってんのよ。
もしかしてそれって、しいな姉ちゃんの影響?」
俺がそう聞くと、芳乃ちゃんはフルフルと首を振った。
「最初は、紫衣奈さんに似てるなって思って、主人公の人。
それで読み始めたら、ハマっちゃって」
へへっと笑う芳乃ちゃん。
まぁ、確かに、しいな姉ちゃんは主人公体質だよな〜。
本人無自覚だけどさ。
普通に喧嘩もめちゃくちゃ強かったし。
あの人、ヤンチャな人達から熊殺しとかラオウとか呼ばれてたけど……一体何やったんだろ……?
何か急に寒気を感じでブルッと震える俺を、芳乃ちゃんが不思議そうに小首を傾げて見ている。
え〜……何この可愛い生き物。
「あのさっ!実は俺、しいな姉ちゃんの持ってたラノベ全部貰ったんだ。
ちょっと古いかもだけど、どれもめちゃくちゃ面白いからさ。
良かったら今度貸そうか?」
他意はないよ〜って顔でニコニコ笑うと、芳乃ちゃんはパァッと嬉しそうに笑った。
「わぁっ!読みたいっ!良いんですかっ!」
うふふ、芳乃ちゃんったら。
チョロいんだから。
俺、今日知り合ったばかりの男なんだけどな〜。
まぁ、しいな姉ちゃんで釣った感は否めないけど、良いじゃんっ!何だってっ!
俺は芳乃ちゃんと、ずっとずっとずーっと仲良くなりたかったんだよーーーっ!
何か文句あんのかっ!
天国のしいな姉ちゃんに向かって(心の中で)そう叫ぶと、何か……。
『うっせぇぞっ!ヘタレッ!男ならテメー自身で勝負しろっ!』
……って怒鳴り返された気がする……。
俺はブルルッと震えて、辺りを見渡した。
クソしいなめっ!
初恋迎えたばかりの純情少年に無理言いやがってっ!
お前に、超クソデカ感情剥き出しでどこまでも追いかけてくるストーカー男の呪いをかけてやるっ!
せーぜーそいつから逃げ惑ってピーピー泣けば良いっ!
ヌハハハハハハハハハハハッ!
それから俺は、芳乃ちゃんとラノベを貸し借りする程の仲になった。
お互いの考察に熱い議論を交わし合い、日が暮れるまで夢中で語り合う、正にこれぞっ!真の友っ!
って!違くてぇ………。
俺は芳乃ちゃんと、そんな熱い友情を育みたいわけじゃなくてぇ……。
こう、アオハル?
超えてイチャラブ?
したい訳よっ!もうぶっちゃけイチャイチャしたいっ!
健全な若い男女に許された端から端までフルオーダーしたいっ!
お手手繋いでデートしたりぃ、お互いの家に行き来したりぃ、友達に紹介したりぃ、クリスマスはプレゼント交換の後、イルミネーションの前でキ、キ、キ、キスしたりっ⁈キャーーーッ!
って、脳の中では常に舌舐めずりしてどうしてやろうか……と考えている訳だが……。
うん、俺、ヘタレだわっ!
せっかくここまで仲良くなったのに、壊したくないっ!
うっかり告白とかして引かれたくないっ!
ってか、振られたくないっ!
そんな事になったら心が再起不能になっちゃうっ!
うっうっぐすっぐすっ、と内心主に泣いている訳だが、もちろんそんなの芳乃ちゃんにバレないように細心の注意を払っている訳だ。
そんなこんなの日々を送っていたある日、芳乃ちゃんが珍しく自分から俺を誘ってくれた。
「あの、紫苑さんに紹介したい人がいるんですが……」
えっ?親に紹介っ!
俺達ついに結婚っ!
俺は首が折れんばかりにブンブン頷いた。
オッケーオッケーッ!オールオッケーッ!
俺、医学部に進むって決まってっからっ!
将来医者だよ?
今ならめちゃお買い得だよ?
もちろん君にだけの特別プライスッ!君限定商品だけどね〜〜っ!
羽が生えてパタパタ飛んでいきそうな勢いで、俺はるんるんで芳乃ちゃんについて行った。
ん?あれ?ここ、割と俺ん家に近いな〜っと首を傾げていると、芳乃ちゃんは小さな公園にスタスタと入っていく。
辺りをキョロキョロしていた俺は、慌ててその後を追いかけた。
すると、芳乃ちゃんは嬉しそうに公園の奥のベンチに向かって駆け出した。
「タロさーんっ!久しぶりーーっ!」
聞いたことの無いような芳乃ちゃんのはしゃいだ声に、俺はギョッとするっ!
タ、タ、タ、タロさんっ⁉︎
えっ?男っ?誰?何っ?
嘘っ、俺っ、お約束の俺の女に手を出しやがって的な洗礼受けるのっ?
えっ?それはやり返してもいいのっ?
それともそこは当て馬的に黙ってボコられるべきっ?
一瞬で脳内パニックの俺の目の前で、芳乃ちゃんはそのタロさんらしき人物に抱きついたっ!
ハグッ!オーノー、オレオワタ……。
ってかタロさん、その白い毛は何すか?
毛深すぎませんか?
ヤンチャ帝王的な毛皮のコートですか?
今、夏っスよ?
正気ですか?
よーし、そんな季節も分からないような危ない奴は、とりあえず芳乃ちゃんの人生からご退場頂くとしよう、うん、そうしよう。
と、腕を振り回していた時、そのタロさんとやらがデッカい声で吠えた。
「わんっ!」
んっ?吠えた?
「タロさん、今日はビックリする人を連れてきましたよ。
ジャジャーン、ほらどうですか?
おうじたんにそっくりでしょ?」
芳乃ちゃんがバッとコチラに腕を広げ、そこから現れたのはめちゃデカの、犬。
モッフモフ〜〜ンッ!
タロさんっ!アンタ素晴らしいモフモフじゃないですかっ!
何すか、アンタ?
良いんすか?そんなモフモフな存在、マジやばいっスよッ!
俺とか俺とか俺とかにっ!
モフられてもいいんスかっ⁉︎
手をワキワキさせながら、ハァーハァーッと荒い息を吐く俺を、タロさんは嫌そうに見つめ、わっふっと一吠えした。
「あれ?タロさん?紫苑さんは紫衣奈さんの従兄弟で、紫衣奈さんにそっくりでしょ?
あの、どうして……えっ?溜息っ!」
タロさんは芳乃ちゃんが驚くくらいの深い溜息を吐いている。
やがて、ヤレヤレって感じて、芳乃ちゃんの服を引っ張ってベンチに座らせ、次に俺の服を引っ張って、その隣に座らせた。
「……わんっ」
そしてタロさんは、後は若い二人でよろしくやれや、とばかりに去って行く……。
やだ、イケメン……濡れちゃう。
その大きな背中を見送りながら、俺は乙女のようにキューンッと胸を高鳴らせた。
「あれ?あの……紫苑さん、何かすみません。
タロさんは、紫衣奈さんの事が大好きだったから、そっくりな紫苑さんに会えば、喜ぶと思ったんですけど……」
何だか困惑気味な芳乃ちゃんに、俺はタロさんの気持ちも何だか分かるな、と思った。
いくら似てても、俺はしいな姉ちゃんじゃ無いからな。
タロさんの大好きだった、しいな姉ちゃんじゃない。
好きって、顔が似てるとかそんな事じゃ無いっスよね?タロさん。
「いやぁ、紹介したい人、って言ってたからビックリしたよー」
俺の言葉に、芳乃ちゃんはビックリした様子でワタワタしている。
「えっ?私、人って言いました?
ご、ごめんなさいっ!
何だかタロさん、犬と思えなくて……」
うん、それは分かる。
マジ、タロさん、兄貴。
「私昔、よくここで紫衣奈さんとタロさんと遊んだんです。
あっ、その時の写真、見ます?
紫衣奈さんがうちのお母さんに送ってくれたんです」
もちろん秒で頷く俺に、芳乃ちゃんは携帯で当時の写真を見せてくれた。
タロさんの上に乗っている天使のような天使っ!
ちょっ、待って待って?
んっ?
情報量多いな。
んっ?まず、乗ってるね?
タロさんの上に幼女が乗ってる……。
サ○ッ!野生み強めのあの姫じゃないかっ!
それから、この美幼女誰?って芳乃ちゃんかっ!
そうだよな、それしか無いよなっ!
俺は思わず芳乃ちゃんとその写真を交互に見つめてしまった。
「よ、芳乃ちゃん、ちょっと早急に確認したい事があるんだけど、その前髪上げてくれない?」
芳乃ちゃんは首を傾げながら、その厚い前髪を左右に分けて、可愛い髪どめで留める。
あっ、そんなの持ってたんだ。
ってそんな事よりっ!
芳乃ちゃんっ!
お約束を超える美少女かよっ!
マジかーーーッ!
大きな瞳にハッキリ二重、まつ毛クルンクルンでバッサバサッ!
整った顔立ちに、白くキメの細かい………肌………。
「随分エキセントリックな日焼けだね……」
芳乃ちゃんは、鼻の下と上でハッキリと日焼け跡が出来てしまっている。
えっ……?ちょっと何これ。
こんな日焼け痕見た事ないんだけど。
「はいっ!我が家の夏の風物詩ですっ!」
嬉しそうな芳乃ちゃんっ!
いやっ、君ちょっと待てっ!
俺は鞄から無言で日焼け止めを取り出し、ぬりぬりと芳乃ちゃんの顔に満遍なく塗る。
「紫苑さん、用意が良いですね〜」
感心したような芳乃ちゃんの声に、ああ、と俺は答えた。
「俺、見た目がこんなだから、男子校の姫とか言われてんだよ。
まぁ、男子校の悲惨さを知ってるからさー、せめてもの慰めで、日焼けくらいは気にしてやってんだ。
可哀想な奴らしか居ないんだよ、男子校って」
うっうっと泣きながらそう訴えると、芳乃ちゃんは、あっと声を上げた。
「うちの女子校にもいますよっ!
王子とかキングとかナイトとかグランドデュークとか、カイザーとか」
カイザーッ!
皇帝いんのっ!
えっ!あそこ帝国だったのっ!
すぐ隣に帝国があった事に恐れ慄いていると、芳乃ちゃんはふふっと笑った。
「紫苑さんって、本当に面倒見良いですよね?」
その天使のような笑顔に、俺はドキッと胸を高鳴らせ、あーヤバいな……っと冷や汗を垂らした。
もう、諸々すっ飛ばして色々しちゃいたい……。
お年頃だものっ!
結局、それからも俺と芳乃ちゃんは良いお友達のまま。
あっという間にクリスマスイブ。
色々理由をこじ付けて芳乃ちゃんとお出かけの約束をした俺は、ポケットの中の小さな箱をギュッと握りしめ、よしっもう、今日、絶対に言うぞっと決意していた。
そう、芳乃ちゃんに気持ちを伝えるんだっ!今日こそっ!
そう思って産まれたてみたいにガクブルしていると、後ろから芳乃ちゃんの声がした。
「紫苑さん、遅れてごめんなさいっ!」
慌てた様子の芳乃ちゃんに、よしっ!ここは大人の余裕を見せて、俺も今来たとこさ、ハニーッて…………アホな事を考えつつ振り返り、俺はその場に完全に固まってしまった。
「なっ、よっ、まっ、えぇっ!」
阿保だ。
完全に阿呆の子だ。
語彙力失うどころの話じゃない。
芳乃ちゃんは、あの厚い前髪をバッサリと切って、その可愛い顔を隠さず表に出している。
うわっ!うわぁっ!
かわっ、可愛いっ!
えっ!しゅき………。
もうドキドキがヤバい。
胸が潰れそうだ。
がっ!こんな可愛い芳乃ちゃんをこの場に残して天に召される訳にはいかないっ!
絶対されるっ!
ナンパとかナンパとかナンパとかぁっ!
オルァーーッ!
その辺の野郎どもっ!
俺の芳乃ちゃんをチラチラ見んじゃねーーっ!
俺は慌てて芳乃ちゃんに駆け寄り、思わず胸の中に閉じ込めた。
「あっ、えっ、し、紫苑さんっ」
慌てたような芳乃ちゃんの声が聞こえたが、知らないフリしてギュッと抱きしめた。
「芳乃ちゃん……君、可愛すぎ」
耳元でボソッと呟くと、芳乃ちゃんは真っ赤になってはわはわ目を回している。
ん゛ん゛っ!可愛いの暴力っ!
破壊力がヤバいっ!
街一個くらいラブに沈められちゃうっ!
「あのさ……芳乃ちゃん、これ」
俺はポケットから箱を取り出すと、少し体を離して芳乃ちゃんに渡した。
芳乃ちゃんは不思議そうにしながらその箱を受け取り、パカッと開くと、ビックリした様子でその大きな瞳を更に見開いている。
それは、天使の羽をモチーフにしたネックレスだった。
ナッハッハッハッハッ!
どーよ?
頭おかしいだろ?
付き合ってもいないのにアクセサリーをプレゼントにチョイスする俺。
重たかろー、そうだろう。
でもそれ見た瞬間、芳乃ちゃんの顔しか浮かばなかったんだ!
さぁっ、俺のキモさに悲鳴を上げればいいっ!
「芳乃ちゃん……好きだよ。これからもずっと一緒にいたい」
俺は芳乃ちゃんの頬を両手で包み、真っ直ぐにその瞳を見つめた。
芳乃ちゃんはその大きな瞳に涙を浮かべて、小さく震えている。
な、な、な、泣くほどキモいかぁ……。
だよなー、ですよねー……。
流石に色々反省して、手を離そうとしたとき、芳乃ちゃんの手がそっと俺の手の上から重ねられた。
「わ、私も……紫苑さんの事が、好きです」
涙を浮かべながら、頬を染めてはにかむ芳乃ちゃん……。
あれ?俺いつの間に天国に召された?
んっ?目の前に俺を好きだと言ってくれている天使が見える………。
「ほ、本当に……?」
間抜けヅラで聞き返す俺に、芳乃ちゃんは真っ赤になってコクッと頷いた。
えっ?えっ?えっ?
何これ?両思い?
えっ?付き合えんの?
俺、芳乃ちゃんの彼氏?
俺達、カレカノッ!
その場でサンバを踊りたい衝動をグッと堪えて、俺は真っ赤になってる芳乃ちゃんをじっと見つめた。
「あの、大事にするので俺を君の彼氏にして下さい」
いや、念を押しておこう、ここは。
確認作業大事。
すると芳乃ちゃんはますます顔を赤くして、モジモジしながら俺を見上げて言った。
「はい、私も、あの、紫苑さんの彼女になりたいです……」
その日、俺の腕の中に天使が舞い降りたんだ。
イルミネーションに飾られたクリスマスツリーの前で、俺達は彼氏と彼女になった。
キ、キ、キスは流石に出来なかったけどっ!
俺、ヘタレだしっ⁈
「紫苑さん、付き合ってくれてありがとうございます」
芳乃ちゃんは歩道橋の下に花を手向けると、そう言って俺を振り返った。
何年も経っているというのに、芳乃ちゃんのお姉さんが亡くなった場所には、まだ他にも花が手向けられている。
春ーーーーー。
芳乃ちゃんのお姉さんがこの場所で亡くなった季節。
「いや、全然……可愛いね、その花」
芳乃ちゃんの手向けた花を見つめてそう言うと、芳乃ちゃんは少し淋しそうに呟いた。
「紫衣奈さんが、この花をよくお姉ちゃんに手向けてくれていたんです」
それは、ピンクローズの可愛らしい薔薇だった。
いやっ!アイツ!洒落てんなっ!
流石、女子校の王子だっただけあるわっ!
やる事に隙がないっ!
男として何か負けた気分になりつつ、俺はぼーっと、他にも手向けてある花を見つめた。
「あ……俺、その花昔、何か苦手だった」
俺がそこに手向けてある白い花を指差すと、芳乃ちゃんはああ、と頷いた。
「葬儀によく飾られていますもんね、故人が若いと特に……」
哀しそうなその呟きに、俺も黙って頷いた。
白いその花は、しいな姉ちゃんが死んだ時の事を思い出させる。
ガキの頃は本当に、その花が嫌で嫌で仕方なかった……。
『でも……』
芳乃ちゃんと声が被って、お互い顔を見合わせて笑った。
どうぞ、とジェスチャーすると、芳乃ちゃんは懐かしそうな顔で口を開く。
「でも……何か似てますよね、紫衣奈さんに」
「だね」
お互い同じ事を考えていたらしい。
その、凛とした清廉な佇まいは、どこかしいな姉ちゃんに似ていた。
誇り高く美しい……その花は……。
確か英語だと、リリー、だったかな?
うん、そうなると熊殺しとは何かイメージが合わんっ!
奴には花よりやっぱ木、とかだな。
木刀だな、木刀っ!
ナァッハッハッハッハッ!
あれ?何か奴が後ろで木刀持って構えてる気がするのですが……。
怖くて振り返れないっ!
「よ、芳乃ちゃん、しいな姉ちゃんの命日も付き合ってくれる?」
冷や汗を垂らしながらそう聞くと、芳乃ちゃんは可愛く微笑んでくれた。
「はい、もちろん」
命日にはあの白い花を山ほど手向けよう、うん、そうしよう。
それから俺達は仲良く手を繋いで帰った。
何せ、カレカノだからさっ。
じゃあな、しいな姉ちゃんっ!
芳乃ちゃんは俺が幸せにするから、心配すんなよっ!
お前は、超クソデカ感情剥き出しでどこまでも追いかけてくるストーカー男の相手をせいぜい頑張れよっ!
達者でなっ!しいな姉ちゃん。




