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EP.88



あれから、私は普通に暮らしている。

普通に飯食って、学校行って、友達と笑って、部活やって……。



ニアニアとシャカシャカは転校した後で、学校から2人の姿は既に消えていた。



希乃の事件について、私は警察でちゃんと全部見たままを証言した。

なのに、希乃は事故死として片づけられてしまった。


納得行かなくて、何度も警察に問い合わせたけど、まったく相手にされなかった。


希乃の両親も、私の父ちゃん母ちゃんも一緒に出向いてくれたけど、既に終わった事だからと取り付く島もない。


私の他にも同じ目撃証言をした人がいたのに、それでも駄目だった。



ブチ切れた爺ちゃんが景光片手に警察に乗り込もうとして、皆で必死に止める騒ぎも起きたが、そんな事はお役人には関係ない事だろう。



握り潰されたな……。

そう思った。

希乃の事について、そうする理由があるのはあの2人だけだ。


どっちがどんな手を使ってそんな事が出来たのかは分からないが、アイツらが罪を償う気が無い事だけは、ハッキリと分かった。



アイツらを牢屋にぶち込んだところで、いや、そもそも未成年なのだから、それも出来ない。

更生施設だか何だかに入れたところで、誰の心も晴れない。


希乃が戻ってくる訳じゃないんだ……。


それでも、希乃を殺したアイツらが、何の罪も問われず、平気で罪から逃れ、のうのうと生きている事に、誰が納得出来る?


考えても詮無い事だとは思う。

それでもふとした時に、どうしても考えてしまう。


アイツらを希乃と同じ目に、いや、それ以上の苦しみを与えてぶっ殺してやりたいっ、て………。



希乃は最期に、そんな感情で私の心を消耗するなって、言ってくれた……言ってくれたのに……。



残された人間はどうしても、ありもしない、もしも、を考えてしまう。


もしも、あの時、もっと早く私が学校を出ていたら。

もしも、雨が降っていなかったら。

もしも、学校で待ち合わせていたら。

もしも、もしも、もしも………。


……もしも、希乃と仲良くなっていなかったら。


アイツはニアニアやシャカシャカに目をつけられず、まだ、生きていれたんじゃないか……。


考えちゃいけない。

希乃はそれだけは、嫌がっていた。

それでも……それでも……。




ずっと何だか来れなかった、希乃とタロと過ごした小さな公園。

私はそこのいつものベンチに座り、自分の髪をグシャグシャと掻き回した。


……バカっ!

そんな事考えるなっ!


希乃は最後に言っただろう?

楽しかったって。

仲良くなれて、良かったって。


私の為に、最後の力を振り絞ってそう言ってくれたじゃないか……。




「わんっわんっ」


急に目の前が真っ白になって、ふわふわした感触が顔を包む。


「ターロー……急に飛びつくなっていつもいってるだろっ!」


わしゃわしゃわしゃ〜っと撫で回すと、タロはキャッキャッしながら私の顔から剥がれ落ちた。


「久しぶりだな、うりゃうりゃっ、ういやつめ」


わしゃわしゃしてやると、タロは尻尾を千切れんばかりに振って、お腹を見せている。



「タロちゃ〜ん、もうまた1人で勝手にフラフラして〜」


タロの飼い主の美魔女さんが、タロを探しに来たみたいで、私に気付くとニッコリ笑った。


「あら、タロちゃんのお友達の、王子くんね」


いつもタロは一匹で遊びに来ていたから、美魔女さんが私の名前、いや名前では無いが、とにかく呼び名まで知っていてくれた事に驚いた。


タロはベンチの私の横に前足を乗せて、くぅ〜んと不思議そうに鳴いている。


……そこはいつも、希乃が座っていた場所だ。



「あら?今日はあの、可愛らしい子は?」


美魔女さんに聞かれて、私は俯いてボソッと答えた。


「……あの子は、もうここには来れないんです」


私の様子に何事かを感じた美魔女さんは、何故か目を細めて私の背後を見つめている。



「……本当ね……貴女の事、随分心配していたみたいだけど、もう居ないわ……。

安心して旅立ったのね」


えっ?

美魔女さんの言葉に、私はバッと顔を上げた。


その私の頬を両手で包んで、美魔女さんは優しく微笑んだ。


「ほらほら、そんな酷い顔してちゃダメよ。

今の貴女には仕方のない事だけど、貴女が思い悩んでる事は彼女の本意じゃない。

その事を貴女も十分分かっているはずよ」


美魔女さんの綺麗な瞳が、一瞬、銀色に光った気がして、私は胸をドキリとさせた。



まるで何もかもを見透かしているような、その不思議な雰囲気に息を呑んでいると、美魔女さんはふふっと笑って人差し指を口の前に立てた。


「あまり良い事にならないから、殆ど使わないんだけど、タロちゃんのお気に入りの貴女は特別ね」


その妖しい微笑みが言いようもなく色っぽくて、思わず鼻の下を伸ばしていると、隣でタロが不満げにわんっと吠えた。



何だよ、タロッ!

今良い雰囲気だったろっ!

空気を読みなさいよっ!



タロはぐりぐりと頭を私に押し付け、撫でろと強要してくる。

仕方ねーなぁとポフポフ頭を撫でてやると、犬のくせに幸せ〜って顔してわふ〜んとしている。



「タロちゃんは本当に貴女の事が好きみたいね。

良ければまた前みたいにタロちゃんに会いに来てもらえるかしら?

タロちゃん、ずっと寂しがっていたのよ。

貴女を自分から探しに行きたくても、タロちゃんは私から一定距離離れられないし。

私もいつものお散歩コースを変更して貴女を一緒に探したんだけど、見つけられなくて」


何だか不思議な言い回しだが、どうやらタロは私の事を探してくれていたようだ。



「何だよ、タロ〜、ちょっと会えなかっただけだろ?

そんなに寂しかったか〜?うりうり」


タロを再びわしゃわしゃすると、僕もう夢心地です〜って顔でうっとりしている。


可愛すぎだろっ!

チクショーッ!




「そうだ、これ、タロちゃんと食べて」


美魔女さんから渡された袋の中身を見て、私は驚いて美魔女さんを見上げた。


「えっ!これ、どうしたんですか?」


吃驚して聞くと、美魔女さんは私の反応に逆に驚いて、首を捻っている。


「どうって、近くのコンビニで買ってきたのよ」


美魔女さんの答えに私は愕然として辺りを見渡した。



周りの木々は、すっかり色を変え、赤々と茂っている……。



美魔女さんは私を思いやるように目尻を下げて、少し哀しそうに呟いた。


「大丈夫、皆、そんなものよ。

大事な人を失ったんだもの……。

日々を生きているようで、そこに心が定まっていないのは、よくある事なの……。

皆、そうなのよ……」


哀憫の表情を浮かべ、美魔女さんはタロちゃんを撫でてから、またにっこり笑った


「それじゃ、タロちゃんをよろしくね」


その後ろ姿を眺めながら、私はまだ呆然としていた。



タロが美魔女さんのくれた袋の中に顔を突っ込み、くんくん匂いを嗅いでいる。


私はちょっと苦笑して、そこから肉まんを取り出し、半分に分けてから、一つをタロに差し出した。


それをお行儀よく食べるタロを眺めながら、私も自分の分を頬張る。



……普通に暮らしている、つもりだった。

だけど、私はそこにいて息を吸っていただけで、そこに私の心は無かったんだ。



いつの間にか、季節が秋になっていた。

そんな事にも、今の今まで気付いていなかった……。


私の心は希乃を失ったあの春の日から、1秒たりとも動いていなかったんだ……。


タロにも半年以上会いに来ていなかった事になる。



やっと時間が動き出した私は、タロと肉まんを半分こにして頬張りながら、久しぶりに食べ物を美味しいと感じていた。


うん、美味いな。

ちゃんと味がする。

生きてるからだな。

私が、生きてるからだ。


希乃は安心して旅立ったって、美魔女さんは言っていた。


それなら、良いんだ。

私の空元気も少しは役に立ったじゃないか。



「悪かったな、タロ。

随分長い間会いに来ないで。

これからはなるべくここに来るから、な?」


タロを撫でながらそう言うと、タロは嬉しそうにくぅ〜んと鳴いてから、私の顔をペロペロ舐める。


「あはっ、くすぐったいってっ!

コラコラ、よしよ〜し、んっ?」


タロの口が私の唇にぷにゅっと押し付けられ、私はプハッと笑った。


「何だよ、タロ〜〜、ちゅーしてんじゃねーよ」


あははっと笑うと、タロは前足で顔をカシカシしながら、しきりに照れているみたいな動作をしていた。


「なんだ?照れてんのか?面白い奴だな〜」


頭をガシガシ撫でると、タロは物言いたそうにこちらを見て、くぅ〜んと切なそうに鳴いた。


「よしよし、お前喋れたら良かったのにな。

そしたらお前の言いたい事も分かってやれるのに」


ふふっと笑って顎の下を撫でてやると、タロは目を細めて心地よさそうにしている。



しかし私も犬相手に何言ってんだかな〜。

なんか笑えてきて、久しぶりに心が晴れていくのを感じた。



タロのお陰かもな〜、なんて思いながら、隣で嬉しそうにしているタロをムギュッと抱きしめた。


ふわふわに顔を埋め、その温もりを感じていると、生きている実感が湧いてくる。



そうだな、私は生きてる。

生きてるんだから、ちゃんと生きなきゃな。


そんな当たり前の事にやっと気付けた気がした。








それから私は、出来るだけタロに会いに来た。

タロはいつも希乃が座っていた場所にお座りして、私を待っている。


希乃の妹ちゃんも一緒に、私達はよく遊んだ。

何と妹ちゃん、タロに乗れるっ!

○ンッ!あの野生み溢れる姫状態じゃないかっ!


大興奮で写メ連写したのは言うまでもない。




そんな風に希乃のいない世界で私は生きていた。


やはり寂しくなったり、急に悔しさが込み上げたり、感情の揺れはあったけど、それでも色々なものを何とか呑み込んで生きていた。







……まぁ、私も翌年の夏に、クリシロのペットにプチッと踏まれて呆気なくこの世を去った訳だが。



自分も味わったあの地獄を、父ちゃん母ちゃんや皆に、今度は自分が……って思うと、やるせない気持ちになる。



私の場合は、犯人(神様)の首根っこ押さえて好条件で生まれた変わった訳だが。


しかし生まれ変わった先が〈キラおと〉の世界だった時は、マジあの白い奴ぶん殴ると思ったもんだ。


もちろん今でも思っているが。

いや、決定事項だが。



とりあえず俺tueee!な世界に転生出来なかった事で、やる気も気力も無かった私だが、前世最推しだったキティたんのお陰で何とか息を吹き返し、乙女ゲーの世界で俺tueee!を成すべく暴れ回っていた訳だ。


キティたんの為、エリクエリーにヒロインについて探らせ、アイツら2人、ニアニアとシャカシャカもこっちに生まれ変わっていると気が付いた。


タチが悪い事に、その時既に師匠の元で力をつけていた私は、迷いなく2人をこの手で殺そうと考えた。


性懲りも無いな、と我ながら情けなくなるが、その時は、自分の復讐心で頭がいっぱいで、希乃の最後の言葉さえ思い出す事が出来なかった。


ずっと、納得なんていってなかったんだ。

理由なんてもうどうでも良かった。

希乃を殺したアイツらを。

その罪から逃げ仰せ、のうのうと生きていたアイツらを。

この手で消せるなら、もう何でも良かった……。



だけど……。



あれは、迷いの森から帰ってきて、エリオットにあの二人の調査書のコピーを渡しに、王宮に行った日のことだ。


キティたんが王宮に来ていると聞いて、推し会いたさにかっ飛んでいった。


お茶会に混ぜてもらって、初めてキティたんの隣に座ったんだ。


間近で見るキティたんは、あの頃はまだ長く厚い前髪で、顔の半分を隠していて……。



って、その時点で最初から気づけよって話だよな。

全く、自分のマヌケさに笑っちゃったよ。



とにかく、その時、初めてキティたんとまともに会話したんだ。



私は、キティたんのあの宝石のようなエメラルドグリーンの瞳がどうしても見たくなって、こう言った。



「キティ様は、その前髪をお切りになろうとは思いませんの?」


そうしたら、キティたんはワタワタと前髪を両手で押さえ、申し訳無さそうにシュンとしたんだ。


「も、申し訳ありません……この様な不恰好な姿で……」


いやいやいやっ!

違う違うと首をブンブン横に振って、私は慌てて返した。


「いえっ、とても素敵ですわ。

キティ様はどの様にされていてもお可愛らしいですもの。

ただちょっと、視界が遮られては危ないのでは、と思いまして」


そしたら、キティたんは、口元をフワッと微笑ませ、こう答えた……。


「ご心配頂き、ありがとうございます。

実は意外と、この前髪越しだからこそ見えるものもあるんですよ。

私は、この前髪越しに見る世界が好きなんです」




その瞬間、風がブワッと吹いてキティたんの前髪を巻き上げた。

優しく真っ直ぐ光るエメラルドグリーンの瞳は、まるで彼女の魂の輝きのように、美しかった。





………いや、お前………。


希乃だな?




希乃だよなっ⁈

いや、希乃じゃんっ!

魂レベルですぐに見破ってやったわっ!


お前っ!希乃だろっ!




沼根性ーーーーーーーーッ!


マジでクラウスのとこに転生してやがったっ!

お前っ!マジかっ!

どんだけ気合い入ってんだよっ!


そんで王子に溺愛される悪役令嬢って何だよっ!

特殊すぎて対処しきれんわっ!


くそっ!ニッチなとこに嵌まりやがってっ!

あ〜も〜!仕方ねぇなぁっ!




私はバカみたい笑い出したいのを必死に堪えて、優雅に微笑んだ。


溢れ出しそうな全ての幸せを噛み締めて。



「ええ、キティ様の言う通り。

キティ様にしか見えない世界がありますものね」


「ありがとうございます、シシリア様。

その様に言って頂けたのは……ふふ、シシリア様で2人目ですわ」


思い出し笑いをするキティに、私もふふっと笑った。




ごめ〜ん、それ同一人物っ!





腹の底から叫びたいほどの幸せに、笑いたいのを必死に我慢する。


風が少し肌寒くなってきたけど、そんな事気にならない程、私の胸の中は満たされていた。




ありがとう、希乃。

ここにいてくれて。

ありがとう、また会えた。



また、会えたな、希乃。




次こそは必ずお前を守る。

お前を二度と失わない。


絶対に、何があろうと。







あの2人を殺すのをやめたのは、そういう理由だった。


目の前の希乃を悲しませる訳にはいかないからだ。


あの2人がまた希乃に何かしてくるようなら、今度は躊躇などしないだろうけど。

だけど、全て事前に捻り潰すつもりだ。

やっぱり、希乃はどんな理由でも、人が傷付く事は耐えられないと思うから。




希乃、今度こそ、生きて。

悔いの無い人生を。

2人で一緒に、生きようっ、なっ!







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[一言] やっぱり気付きますよね いや、でも気づいてよかったです
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