EP.83
私がその子に初めて会ったのは、中2になったばかりの春。
小・中・高一貫の女子校で、その時期に転入してくる子は珍しかったから、皆興味津々だったのを覚えている。
黒板の前でモジモジしているその子に、皆がある意味釘付けになった。
「東雲 希乃です。よろしくお願いします」
そう言ってペコリと頭を下げ、また顔を上げたその子を、皆呆然と見ていた。
その子は何故か、鼻の下まである長くて分厚い前髪で、完全に顔の半分以上を隠していたからだ。
今時、委員長でもしないようなギチギチ三つ編みに、ふくらはぎまであるスカート。
全体的にモサっとしているまごう事なき芋っ子だった。
その時クラスのお笑い担の子が、呆然としつつも立ち上がり、パチパチパチと拍手しながら叫んだ。
「凄いっ!天然記念物キターーーーッ!」
おいおい、見た目弄りかよ。
微妙な線つくなーー。
ギリギリを攻めたいお笑い魂は理解出来るが、マジでギリギリじゃねーか。
皆がえっ?どうする?と顔を見合わせた瞬間、その子が両手を上げて、嬉しそうに叫び返した。
「ありがとうございますっ!
私、幼少の頃より、ボサ子と呼ばれていますっ!
どうか皆さまもお気兼ねなく、ボサ子、とお呼び下さいっ!」
いや、ノリノリかよっ!
そのお陰で皆からドッと笑いが巻き起こり、クラスの雰囲気が一気に和んだ。
私の希乃の第一印象は、なんだコイツ、おもれーー、だった。
ボサ子はあっという間にクラスに馴染み、気付くとBでLな貴腐人方と仲良くなっていて、更に数日後にはボサ子会長と呼ばれていた。
何でも、BでLな考察が神ってるらしい。
ほほう、それは興味深い。
全体的にジャンル関係なく皆と仲の良い私は、この女子校において、当たり前のようにBで Lも嗜んでいる。
基本BでLにこだわりが無いからこそ、こだわり強めの考察を聞くのが大好きだった。
もうその頃には、もっとあの子と仲良くしたいな〜っと、ボサ子に興味しかなかった。
ある日、授業を抜け出しフラフラしていた私は、人気の無い階段の踊り場で堂々と授業をサボり、ゲームに興じるボサ子と遭遇した。
学校に平気でゲーム機を持ち込むその豪胆さに、思わず笑いを吹き出した。
それに気付いたボサ子がこちらを見た……と思う、厚い前髪でよく分からんが。
「いよう」
片手を上げて挨拶すると、ボサ子も同じように片手を上げた。
「いよう。王子じゃん」
女子校お約束のヅカ風男役アイドル、それが私の役回り。
背が高くて見た目も中身もボーイッシュなもんで、初等部の頃から王子と呼ばれている。
ちなみに上級生には、キングとかナイトとかもいる。
グランドデュークなんて強者もいるくらいだ。
確かに皆、背が高く美形でボーイッシュ。
本当の男子にも負けないくらい格好良い人もいた。
ちなみに私は見た目を気にする方じゃないから、近所の床屋でテキトーに短くカットしていたのを同級生に目撃され、何かオサレな床屋(美容院)で何かオサレな髪型にされ、更にキャーキャー言われる今日この頃。
それなりにすればそれなりに格好良いのかもしれん、いや、しらんけども。
「なぁにをやっとるんじゃ、チミは」
ヒョイッと階段を上がり、ボサ子の隣に座るとゲーム機の画面を覗き込む。
その私にボサ子はふっふっふと不気味に笑った。
「興味があるかい?
なら、寄ってらっしゃい、見てらっしゃいっ!
これこそ伝説の乙女ゲーム〈キラメキ⭐︎花の乙女と誓いのキス〉略して〈キラおと〉!
さぁとくと見よっ!この攻略対象達の超美麗ビジュアルをっ!」
フンガーッと鼻息荒いボサ子に、私はまた吹き出した。
前髪で見えない筈なのに、目がキラキラしているのが手に取るように分かる。
なるほどな〜。
最近貴腐人方とキャッキャうふふしてたのは、コレだったのか。
「ほぅ、乙女ゲームとな?」
ニヤリと笑うと、ボサ子の口元もニヤリと動く。
「さようで。王子は乙女ゲームは?嗜まれるか?」
そう聞かれて、私は首を振って答えた。
「嗜まんね、やった事ない」
その私の答えに、ボサ子は何故か憐れんだように言った。
「ああ……王子は攻略するより攻略される側って感じだもんね」
何だよっ!その可哀想に……って雰囲気はっ!
私はフンっと鼻息を吹きながら、ボサ子の持っているゲーム機をヒョイッと取り上げた。
あうあう言いながら取り返そうとするボサ子の頭を軽く押さえる。
悪いな、リーチが違うんだよ、リーチが。
見てみると、確かに絵が良い。
丁寧な仕事を感じる出来だ。
「あっ、その方はクラウス様。
アインデル王国の第二王子で、メインヒーローね」
ボサ子の指差したそのメインヒーローは、よく見る金髪碧眼の美形。
まさにメインって感じだ。
キャラ紹介画面を次に進めると、真紅の髪に深い緑の瞳の、女みたいな顔した奴が出てきた。
「その方はノワール様。
侯爵家令息で騎士を目指しているの」
この顔で騎士?
いや、道を極めるのに顔は関係ないか。
で、次は?
長い漆黒の髪に、金色の瞳。
角でもつけたら魔王っぽいな。
「その方はレオネル様。
公爵家令息で、お父様はこの国の宰相なの」
ふ〜ん、ありげ。
で、次。
背中の中ほどまである淡い水色の髪に、銀色の瞳の神秘的な優男。
「ミゲル様ね、大司教様のご子息」
あ〜、そんな感じ。
宗教っぽい。
で、コイツで最後か?
深い青の髪を短く刈り込み、瞳の色は燃えるような赤。
あ………コイツは何か分かるぞ。
絶対おバカキャラだな。
「ジャン様、伯爵家令息で、お父様は近衛騎士団長」
フンスフンスと興奮を抑えながら説明してくれるボサ子だが、私はそれより何故貴腐人方はこの手の世界観の話になると、急にそれっぽい話し方になるのかの方が気になっていた。
その方は〜、とか、〜〜様、とか言い出すんだよな。
貴族のご令嬢にならねばこの手の話をしてはいかんのか?
どいつもコイツもBでLが捗りそうなビジュアルしてんな〜とか思いつつ、何気なく次の画面に進んで、私はカッと目を見開く。
な、な、な、な、なんじゃこりゃーーーーーっ!!
ゲーム機を握った手をブルブル震わせる私に、ボサ子はにゃぁっと笑った。
「おやぁ?そこいっちゃいます?
旦那、お目が高いですね」
ボサ子のわっる〜い声色に、ヤバイ、これは開けちゃいけない扉だった!と気付くが、時すでに遅し。
私は見た。
見てしまったのだ。
ピンクローズのふわふわの髪に、少し吊り上がった、新緑を思わせるようなエメラルドグリーンの大きなくりくりの瞳。
透き通った白い肌に血色の良い頬と唇、どこから見ても完璧な美少女。
にゃんこ系激カワ美少女じゃね〜かっ!
モロタイプだわ!
めちゃちっこいのがまた良いっ!
ガクガクと震える私の耳元で、悪魔が囁く。
「その方は、キティ様。
侯爵家令嬢で、さっきのノワール様の妹ね。
可愛いでしょ〜。ビジュアルが神ってるよね?
でもキティ様、悪役令嬢なの。
悪役令嬢なのにヘッポコで、基本そのふわふわのツインテをワフワフさせてキャンキャン言ってるだけなの。
ファンが勝手につけた別名は、猫派が小ヌコ令嬢、犬派がチワワ令嬢。
どっちも派は小ヌコチワワ令嬢よ」
その別名がまた心に刺さるっ!
何だよっ!
可愛いよっ!
どっちも可愛いさっ!
小ヌコチワワ令嬢キティた〜ん!
ボサ子はキティたんの画面に向かってハァハァいっている私に、ハイ、一丁上がりとでも言いたそうに、不敵に笑った。
「やっぱりキティ様はホイホイ役がお上手ね。
王子みたいなのを次々に吊り上げて〈キラおと〉を一躍スターダムにのし上げた立役者だもの。
なんて尊い存在なのっ!」
くっと涙を堪える白々しい演技をしているボサ子に、私はキチンと居住まいを正し、深々と頭を下げた。
「このゲーム、一緒に買いに行って下さい」
素直にお願いすると、ボサ子は余裕を漂わせ、慈悲深い声を出した。
「あらあら、1人じゃ恥ずかしいのね、かわい子ちゃん。
いいわ、一緒に行ってあげても宜しくてよ〜っ!」
オーホッホッホッホッと高笑いするボサ子に、私は奥歯をギリギリといわせた。
こ、コイツ………。
いい性格してやがるぜ。
羞恥に耐え、何とか〈キラおと〉をゲットした私は、ボサ子に教えてもらいながら、何とか攻略を進める日々を送っていた………が。
「おいっ!またキティたんが死んだぞっ!
どーなってんだよっ!このゲームッ!」
ガッデームと吠える私を見ないように、ボサ子は壁に向かってぶつぶつと呟いている。
「キティ様はヘッポコ悪役令嬢で、基本キャンキャン言ってるだけのストーリー進行に全く影響しない役立たずなんだけど、何故かどのエンドでも勝手に死にまくるのよ……。
そこだけは悪役令嬢の王道を行ってて、もうこれは制作側の悪役令嬢への悪しき風習としか言いようがなく、またそれこそがキティ沼住人を量産するシステマティックなのでは無いかとの考察をされる程の深い闇を感じざるおえない事象であり、製作側の意図が見えない以上、キティ沼住人はこの深い病みから抜け出せないシステムになっていて、あっ、私、今上手いこと言った、深い闇に深い病み………ぷぷっ!」
「うるせーよっ!」
めちゃ早口で誤魔化そうとしてんじゃねーよっ!
「……おい、どういう事か、説明してもらおーか?
これを知ってて私をキティ沼に突き落としたのか?」
ゆらりと目に怒りの炎を揺らめかせ、ボサ子の胸ぐらを掴むと、プルプルと震えながらまた早口でぶつぶつ呟く。
「落としたというか、勝手に落ちたというか、なんなら自分から飛び込みジャンプする勢いだったとゆ〜か。
そもそも何の説明も聞かずゲームを買っちゃったのは王子の方だし。
ってかこれくらいでギャーギャー言うくらいなら最初から悪役令嬢推しは難易度高すぎるというか………」
ボサ子のもっともな言い分に、私はクッと息を詰めると、わぁっと泣き伏した。
「だってっ!じゃあ何で悪役令嬢がこんなビジュアルしてんだよ〜〜!
こんなもんっ、メインじゃないかっ!
ちょっとツンデレなメインヒロインじゃないかっ!
こんな力入れて作画してあったら、実はキティたんがメインヒロイン的なサブストーリーくらい期待すんだろーがぁっ!
何で何にもないんだよ〜〜!」
ワァワァ泣く私の肩を、慰めるようにボサ子が叩く。
「まぁまぁ、そこは先人達も通った道……。
皆、そこに身悶え泣き暮らし、そして解脱の境地に達せられるのよ……。
先人達は新しくキティ沼の住人になった同胞の為にっ!虹の架け橋をかけて下さっているわっ!公式じゃないけど。
その虹の向こうには、夢の世界が無数に広がっているっ!公式じゃないけど。
人の数だけキティ様の幸せな未来が存在するのよっ!公式じゃないけど」
ボサ子の熱弁に、私はゆっくりと顔を起こし、涙に濡れた目でジッとボサ子を見つめた。
「ボサ子会長……自分も、虹を渡りたいです……」
「オッケー、レッツレインボーッ!」
そんなこんなで無事に虹を渡り、薄い本の中でキティたんの幸せを見つけた私は、毎日毎日飽きもせず、ボサ子とギャーギャー言いながら楽しい日々を過ごしていた。
ボサ子は自分の事を、隠キャの非リアで腐れオタだと言うが、まぁだいたい合っているが、隠キャってこんなに友達多かったっけ?って程、だいたい皆と仲良くしている。
貴腐人方は別としても、クラスのカースト上位の女子からも好意的な扱いを受けていた。
まぁ、私と常に一緒に居るからってのもあるが、本人の人柄が無くてはこうはならない。
だから、王子的ポジションの私と一緒にいても、誰も文句は言わなかった。
それどころか、王子の姫って認識されつつある。
私的にはどーのこーの言われなくてホッとしたが、本人はあまりその辺を分かってないらしく、たまに王子である私が王子を求められている時など、黙って離れていってしまう時がある。
姫〜〜そんな隅っこで何やってんの〜?とかって言われても、キョロキョロ辺りを見渡したりして、自分の事って認識がない。
……だが、この辺りからだろうか、ボサ子にアイツらが妙に絡み出したのは。
ニアニアにシャカシャカ。
どっちも私がつけた悪意あるあだ名だが、まぁ的を得ている、と誰もが私を咎めない。
流石に2人をこう呼ぶのは私だけだが。
腐ってもお嬢様校。
皆それなりに根はお上品だから、本名をもじったあだ名なんかは使わない。
私が2人をこう呼び始めたのは去年くらいからだ。
私は初等部から剣道をやっている関係で上にも下にも顔が広い。
去年の今頃、私を特に可愛がってくれていた先輩が階段を踏み外して落ちて怪我をした。
大会前だったのに、その怪我のせいで出られなかった。
先輩が私にだけ話してくれた事だが、実は誰かに突き飛ばされたらしい。
それが、ニアニアだ。
先輩は下級生に突き飛ばされて怪我したなんて情けない事誰にも言えないわ〜って言って、問題にはしないつもりでいた。
でもあの子ちょっと危険だから、貴女気をつけるのよ、と警告の為に私にだけ話してくれたのだ。
先輩は前々から気付いていたらしい。
私と仲良くしていると、遠くから必ずニアニアが凄い目で睨んでいた事を。
その側にはシャカシャカが必ずいて、ニアニアの耳元で何かを囁くと、ニアニアが殺気立つらしい。
あんな目が出来る子なんてそうそういないから、いつも気になってたのよね、と先輩は言った。
ニアニアは初等部から一緒だが、いつもシャカシャカにへばり付いて、ニヤニヤ人を見下した笑いを浮かべている。
だから、ニアニア。
シャカシャカは常にイヤホンを耳につけて、シャカシャカ音漏れしてるから、シャカシャカ。
何となく名前で呼ぶのも嫌になり、そう呼び始めたのだが、ニアニアは、も〜ちゃんとミアって呼んでよ〜って甘ったるい声で非難してきてキモい。
シャカシャカは我関せずで気にもしていないみたいだ。
全く関わる気もないし、名前を呼ぶ機会も無ければ無い方がいいくらいなのだが、ニアニアがシャカシャカを引き連れて私に絡んでくるもんで、そうもいかない。
それがボサ子に絡み出したもんだから、私の苛立ちは日々増していった。
最初は廊下ですれ違う時などに、わざと肩をぶつけてきたり、とかだった。
「おいっ!」
私が注意すると、決まってニヤニヤ笑ってボサ子を見下す目をする。
「あっ、ごっめ〜ん。暗くて見えなかったぁ。
隠キャって視界に入らないんだよね〜」
そう言ってクスクス笑う。
顔面ぶん殴ってやろうかと思うが、当の本人が全く気にしてないもんで、やろうにもやれない。
ボサ子曰く、ニアニアは乙女ゲームやそれ系の書籍類に出てくるヒロイン役を疑似体験させてくれる貴重な存在らしい。
「いい?今時あんな分かりやすいヴィラン的行動、誰にでも出来るもんじゃないわ!
何故私にそんな待遇してくれるのかは分からないけど。
肩をぶつけて、あら?ごめん遊ばせ、見窄らし過ぎて見えませんでしたわぁ。
をリアルで体験出来るなんてっ!
その瞬間、私はヒロインになれるのっ!
凄くないっ?凄いよねっ?」
っと鼻息荒く熱弁されてはもうどうしょうもなかった。
私と一緒に居る時は、向こうからニアニアが来たらサッとボサ子を壁側に移動して、すれ違えなく出来るが、他の子と居る時や1人の時を狙われたらどうしようも無かった。
くそっ!
ムカつくな〜とか思っていたが、意外とその嫌がらせは直ぐに無くなった。
ある意外な方法によって……。




