表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

84/248

EP.82



「そうだ、それで私は、あの子に……ニーナ、いや、朱夏に………」


取り憑かれたように独り言を続けるニアニアを、私は黙って見つめていた。

小さくて不明瞭なその言葉を一言も聞き漏らさないように、神経を研ぎ澄まさせて。



「朱夏に……言われたんだった……。

それって、その義母を消せば良いだけじゃない?って………。

ヒロインってやつなら何しても許されるんじゃないの?って………。

それで、私……あっ、そっか、って思っちゃって………。

昔からそうだった、朱夏に言われると、何でもそうなんだって思っちゃって、言われるがままどんな事も平気でやれるようになる。

それに、出来ないって朱夏に思われるのが凄く怖かった……。

それで朱夏の側に居られなくなったらって、考えただけで勝手に体が震えて、息が苦しくなって……」


そこでニアニアは言葉を切ると、色んな感情が混ざり合ったような、異常な表情をした。


「……えっ?あれ?ちょっと待って……?

私、あの子と関わると碌な事ないのに……なんで?

何であの子から離れられないの……何で?

何でこんな言いなりになってるの……?

言われるがまま、人を2人も殺して……」


その瞬間、私は鉄格子をガンッと叩いた。

またミシミシと小さな亀裂が入る。


「2人ってどうゆう事だよっ!

1人はヤドヴィカ夫人だとして、じゃあもう1人は誰だよっ!

……希乃か……?希乃もシャカシャカに言われて殺したのかっ!」


鉄格子の間から手を入れて、ニアニアの胸ぐらを掴むと感情のままに激しく揺さぶる。


ニアニアは呆然としたまま、私にされるがままだった。


「あ……うん、そう………。

あの子も、朱夏に、言われて……。

面白いから、殺しちゃってよ、って………」




………シャカシャカ……あの野郎……。

アイツが、アイツが、アイツがあぁぁぁっ!



私は振り返り、思い切り石壁を殴った。


ドガァッ!と音を立て、そこが激しく損壊する。

パラパラと破片が落ちるのを、ニアニアが驚愕の顔で目を見開いて見ていた。



「お、王子って、そんな人間離れしてたっけ……?」


また違う意味で呆然としているニアニアだが、先程までの異常な様子ではない。

私の一撃で目が覚めたようだ。



「……別に、この世界に来て、鍛錬重ねただけ」


無愛想に答えると、ニアニアは冷や汗を流しながら、公爵令嬢が強くなる必要ある?とかなんとかぶつぶつ言っている。



「アンタは、本来なら処刑されるところだけど、帝国の教会本部に送られる事になったから。

そこに魔族の研究所があって、アンタの事引き取りたいんだってよ。

明日の朝には出発するから」


もうコイツから聞く事は無い。

淡々と、フィーネ・ヤドヴィカ男爵令嬢に対しての決定事項を伝える。


ニアニアは私の言葉にパッと嬉しそうに笑ったり。


「マジでっ!私、処刑にならないんだっ!

やった!良かった〜〜っ!

今度は絶対に罪を償って、次こそ真っ当に生きるから、約束する!

ありがとうっ!王子っ!」


その満面の笑顔に、私はハァと溜息を吐いた。


「アンタがどう償うつもりなのかは知らないけど、レノアについての罪は、また別だと思っといた方がいいぜ」


一応、釘を刺しておくが、ニアニアは不思議そうに首を捻った。


「はっ?レノアって?誰?」



あ〜〜〜、マジかよ、コイツ………。


私はいよいよ蔑み切った目でニアニアを見つめ、仕方なく口を開く。


「レノア・ヤドヴィカ男爵夫人。

アンタが殺した義母だよ」


私の言葉にニアニアは、一瞬ヤベッて顔をしてから、取り繕ったような歪な笑みを浮かべる。


「あっ、ごめん……ゲームでは画面にも義母としか出てこなかったから……。

じゃあ、その、レノアさん?の分も必ず罪を償って、真っ当になって帰ってくるから、待っててよっ!」


いや、待たねーよ。

全くこれっぽっちも待たねーから。

お前を待ってる人間は1人も居ないから。

安心してどこぞにでも骨を埋めてこい。


腰に手を当て、ハーーーッと長い溜息を吐いてから、私は憐れむような目を向ける。


「明日のアンタの護衛はアルケミス伯爵家が担当する事になってっから。

由緒正しい騎士の一族で、今は長男が家督を継いでる。

そこの弟2人と、その部下がアンタの護衛に就くからな。

どうしても娘から離れたくないって言って聞かないヤドヴィカ男爵も一緒だってさ。

まぁ、アルケミス家の人間に粗相のないようにな」


それだけ言って立ち去ろうとする私を、ニアニアが引き止めるように声を上げた。


「あっ、ちょっと待ってよ。

そのアルケミス伯爵家の人って若いの?美形だったりする?」


ニヤァッといやらしい笑い方をするニアニアに、呆れて言葉も出ない。



「どっちもお前の父親くらいの歳だよ」


何とかそう答えると、ニアニアは自分の顎を掴み、あり得ない事を呟いた。


「いけなくもないわね……」



何か目眩を感じつつ、異質な物を見る目で見ていると、ニアニアは慌てて誤魔化すように手を振った。


「いや、だって、旅路は楽しい方がいいじゃん?

それに、伯爵家だし……」



そのニアニアに、救いようがないなと侮蔑の目を向け、私はなるべく淡々と告げた。


「どうでもいいけど、アルケミス家はレノアの生家だぜ?

レノアの旧姓は、レノア・アルケミス。

末っ子の一人娘で、両親だけじゃなく、兄3人もレノアを溺愛してたから、覚悟しとけよ?」


サラッとそう言うと、ニアニアは鉄格子を握る手を震わせ始めた。


「えっ?何でそんな人達が私の護衛に就くのよっ!

ねぇ、レノアを殺したの、私だってその人達にバレてないよねっ?」


必死の形相のニアニアに、私はやれやれと両手を上げる。



「あのさ〜、レノアの死亡の原因を探る為に、墓所を暴いたんだぜ?

溺愛していたレノアをせめて自分達のすぐ近くで眠らせたいって、墓はアルケミス家の墓所にあるんだわ。

その墓を暴くだけ暴いて、何も言わず帰る訳ないじゃん。

全部知ってるよ。魔物に殺された事も、それを仕掛けたのが誰なのかも」


そう言うと、ニアニアはみるみるうちに真っ青になって、ガタガタと震え出した。


「嫌っ!私その人達とは一緒に行かないからっ!

チェンジでお願い!違う護衛にしてっ!」


おい、護衛騎士にチェンジ制度は無いし、お前は何か言える立場じゃねーよ。



「無理無理、陛下からの直々の拝命だから。

まぁ、頑張れよ、じゃーな」


ヒラヒラと手を振って今度こそその場を立ち去ろうとする私に、ニアニアが耳を疑うような事をのたまった。



「いやっ!ちょっと待ってよ、王子っ!

私達、友達じゃんっ!」


「あっ?」


顔だけ振り返った私の目が殺意に光っている事に気付いて、ニアニアは焦って意味なく頭を下げる。


「ごめんっ、違うっ、そうじゃなくて、知り合い?

でもなくて、そうっ!顔見知りじゃんっ!

お願い、助けてっ!

王子だって、見知った人間が酷い目に合うかもしれないなんて、嫌じゃない?

良心が傷むとかあるよね、ねっ?」


媚びへつらうようにヘラヘラと笑うニアニアの元にゆっくりと戻って、私達を隔てた鉄格子をガンッと殴る。

またミシミシと小さな亀裂が入った。



「いいか?私がお前をこの場で殺さないのは、失った者が帰ってこない人達の為だ。

つまり、憎しみは同じでも、お前を殺すのは私じゃ駄目だからなんだよ。

他に理由なんか無い。

勘違いしてんじゃねーよ。

希乃を殺したお前に私の良心は1ミリも動かねぇ。

その事をよく覚えておくんだな……」


ギロリと睨み殺すような目つきで見下ろすと、ニアニアは泣きながら何度も小刻みに頷いた。



やっと黙ったニアニアを置いて、今度こそその場を立ち去る。


石畳の冷たい階段を上がっていると、我に返ったニアニアの懇願するような叫び声が聞こえた。




「ごめんなさいっ!王子っ!謝るから、謝るから助けてっ!

お願いっ!お願いしますっ!

王子っ!王子っ!王子ぃぃぃぃぃぃっ!!」






あ〜あ、アイツ、やっぱ最後までうるせーー。








地下牢に続く王宮の廊下に出た私は、カビ臭くない新鮮な空気に、少しホッとした。


何だか眩暈がして、壁に背を持たせかける。




「リア、酷い顔色だ、大丈夫かい?」


気遣わしげなエリオットの顔のドアップに、何でお前がここにいんだよ、とツッコむ元気もない。


その顔を見たら、何だか泣けそうなほど安心して、その胸に額を押し付けた。



「可哀想に、寒かったでしょ?

僕の自室で温かいお茶でも飲んで、少しゆっくりしていきなよ」


その言葉が妙に暖かく胸に沁みて、私は無言で頷いた。







エリオットに体を支えられながら部屋に通され、ソファーに座らされる。


すぐに温かいお茶が出てきて、私はそれをひと口飲んで、ホッと息をついた。


無意識に緊張して強張っていた体が、温かいお茶で解されていく心地がした。



「実は珍しいワインがっ!」


隣ではしゃいでそう言うエリオットをひと睨みすると、すぐにシュンとなって縮こまった。


「って、今はそんな気分じゃないよね、ごめん」


私の為におどけて見せたのは分かっているが、悪いけど今は本当に勘弁してくれ。


フーーーと長い息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。



……何だか、長かったな。

凄く長い間、薄ぼんやりした闇の中を歩いていた気がする。


大事な人を理不尽に失って、時間と共に気持ちの整理が出来ていると思っていたけど、そんなの本当は、全然出来てなかった。



………希乃………。


本当は私、前世で生きていた頃、こうしたかった。

アイツを牢屋にぶち込んで、口汚く蔑んで心ゆくまで痛めつけて……。


いや、分かってるよ。

アンタがそんな子じゃないって事くらい。

そんな事を望む子じゃないって。


アンタは最後に言ってくれた。

私のせいじゃない。

だから、自分を責めたり、誰かを責めたり、そんな事で心を消耗するなって。

そんなの、私らしくないって。



だから私、前世では楽しく過ごした。

アンタがいなくても、自分らしく生きたよ。


無理してでも、そうした………。



だけど本当は、いつも心は血まみれで、知らずに自分を責めていたんだ。


何で、守れなかった!

何で、仲良くなんかなったんだ!

………って。



ごめん、希乃。

アンタが絶対に、私にそう思って欲しくないって想っていてくれた事なのに……。



転生して、ニアニアの存在に気付いた時は、嬉しくて仕方なかったよ。


ああ、これで希乃の仇がやっと取れるって。

狂おしいほどにそう歓喜した。


エリーから受け取った報告書で、あの2人の会話を知った時には、腹黒く醜い怒りと憎しみに支配されて、自分でも止められない程だった。


アイツらは前世の話をよくしていたみたいだ。

その中に、希乃の話も出てきていた。


ニアニアが希乃を歩道橋から突き落とした事、シャカシャカはそれを何もせずただ見ていた事。


2人で懐かしい思い出話みたいに話していた。

こんな事もあったね、くらいのノリで。



……お前らを私の手で殺す。

そう思った。


その為に準備だって始めていた。



すぐに無駄になったけどな。




思い直したのは何もアイツらの為じゃない。

これ以上希乃を苦しめたくなかったからだ。

だってそんな事をしたら、希乃は私を許さないだろう?

でも、自分の為に手を汚した私を、許したいと苦しむだろ?


だから、やめたんだ。


アイツらを殺したって、それは全部自分の為だ。

私から希乃を奪ったアイツらへのただの復讐なんだから。


私は、希乃の為になる事がしたい。

希乃を苦しめたい訳じゃない。


前世の憎しみも苦しみも、本当なら人生の終わったあの時、全てそこで一緒に終わっていたものだから。


アイツらが前世で犯した罪だってそうだ。

今世でまで、私に裁く権利はない。


アイツらを裁くのは、今世でアイツらが犯した罪によって傷付き、大事な人を失った者達……。


そうであるべきなんだ。


ニアニア、アイツは自分が犯した罪をこれから償う事になるだろう。


シャカシャカ、私は必ずお前の全てを暴く。

野放しにしておけば、何をしでかすか分からないからな。


お前が何を狙ってくるかまだ検討もつかないけれど、前世でもお前は何かを探して求めていた。


今世でもお前は何も変わっていない。

自分の満たされない何かを、ニアニアみたいな人間を暇つぶしに使って誤魔化そうとしている。


お前は全く訳の分からない気味悪い存在だけど、前世のように、関わらない事で何とかなる存在じゃない、って事だけハッキリしたよ。


私は今度はお前を見逃さない。

同じ失敗は二度と繰り返さない。


次こそ、絶対に………。






「リ〜〜ア」


人差し指で眉間をグリグリしてくるエリオットに、シンプルにイラッとして睨みつける。


「貴様……何のつもりだ……?」


お前の目ん玉も人差し指でグリグリしてやろうか?

殺気立つ私にエリオットはヘラヘラして笑った。


「だって〜、さっきから怖い顔しちゃって、せっかくの可愛い顔が台無しになってたんだもん」


お前はいい歳してまだ、もんとか言ってんのか……。

いい加減にやめんかっ!


そこへ直れからの長説教の為に息を整えていると、急にエリオットがその胸の中に私をギュッと抱きしめた。


ほう?説教では足りんか?

手打ちを所望か?


さて、空間魔法からカゲミツを……と考えていると、エリオットの温かい手が優しく私の髪を撫でた。



「よく頑張ったね、いい子いい子」


まるで子供をあやすようなその声色に、はっ?ふざけんなよ?と突っぱねる筈が、何故か涙が次から次に溢れてきた。


ボロボロと流れる涙がエリオットの服に染みていく。

それを気にもせず、エリオットは私の頭を優しく優しく撫でた。


「ふっ………うっ、うっ、うわぁぁぁっ、うわぁぁぁぁんっ!」


子供みたいに泣き声を上げて、エリオットの胸の中でぐちゃぐちゃに泣き喚いた。

まるで駄々をこねるような私を笑ったりせず、エリオットはギュッと抱きしめてただ頭を撫でて、優しく囁く。


「よしよし、頑張ったね、いい子いい子」


その暖かさに余計に涙が溢れて止まらない。

泣きじゃくる私をエリオットはいつまでもその胸に優しく包んでくれていた………。










泣き疲れてスンスンと鼻を鳴らしながら、エリオットの膝枕でソファーに横になっていると、抗えない睡魔が襲ってきた。


エリオットがいつまでも髪を優しく撫でているのも原因だと思う。



「眠いの?リア。夜も遅いからね、後の事は気にしないで、眠っていいよ。

大丈夫だからね、大丈夫」


そう優しく言われて、ウトウトとしていた瞼が完全に閉じてしまった。



「……アンタ、なんか懐かしい匂いがする………」


微睡の中に入る寸前、私は夢うつつでそう呟いた………。



「……僕の事、少しは覚えてくれていたのかな?」



エリオットが何か言ったような気がしたけど、夢の中に落ちていく私には、もう聞こえてはいない。







それから、長い長い夢をみた。

楽しくて優しくて、宝物みたいに大切な、残酷な夢を…………。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 涙なしでは見られない回でした。エリオットがシシリアを支えてくれてよかった。涙が止まらない…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ