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EP.80



薄暗く湿った石畳みの階段を、ゆっくりと降りてゆく。

壁に等間隔にかけられた蝋燭の灯りが、フードを目深に被った私の影を揺らめかせた。


カツーン、カツーン、と私の足音だけが、静寂の中に響く。





「ちょっとっ!誰か来たのっ!誰っ⁉︎

誰でもいいわっ!早く私をここから出しなさいよっ!

私はフィーネ・ヤドヴィカ男爵令嬢、この乙女ゲーム〈キラおと〉のヒロインなのっ!

分かってんのっ⁉︎ヒロインよ?ヒロインッ!

それなのに、何で牢屋なんかに入れるのよっ!

頭おかしいんじゃないっ!!」



……私の、足音だけが、静寂の中に………。



「出せーっ!こっから出せーっ!

こんな薄暗くて陰気な場所に、よくもヒロインである私をぶち込んだわねっ!

私が王子妃になったら、速攻全員殺すっ!

ぶっ殺すからっ!!」



……静寂の、中に………。





静寂って、何だっけ?




私は静かにフィーネの入っている牢の前に立った。


ハァハァと肩で息をついているフィーネは、私を見上げてゴクリと唾を呑み込んだ。


「あ、アンタ……」


ゆっくりと目深に被ったフードを外すと、フィーネは目を見開いて、私を見つめる。


「……シシリア・フォン・アロンテン……」


私を認識した途端、フィーネはその顔をどす黒く染めた。


「アンタぁ……、何で2の悪役令嬢がこっちにしゃしゃってくんのよっ!

全部アンタのせいなんでしょっ⁉︎

アンタが裏で何かやったんだわっ!

だから、こんなメチャクチャになったんでしょっ!」


鉄格子に飛び付いて、こちらに怒鳴り散らしてくるフィーネに、私は感心したように口を開いた。


「随分お綺麗なお言葉遣いでしてね、凄いわ」


にっこり笑って心から誉めると、フィーネは顔を醜く歪めて吠えるように叫ぶ。


「ふざけんじゃないわよっ!

わざわざそんな嫌味言いにきた訳?

テメー、なめてんじゃねーぞっ!」


謙虚な態度のフィーネに、私は鉄格子に近付き、間近でその顔を見下ろしながら、ニヤリと笑った。


「いや、ふざけてねぇよ?

お前凄いじゃん。令嬢が板についてきてんじゃねぇか?

なぁ、ニアニア……」


フィーネ……いや、ニアニアは、私の瞳の奥の昏い光を茫然と見つめながら、ツーッと冷や汗を流した。


「……そ、その、呼び方……。

あ、アンタ、王子っ!王子なのっ⁈」


鉄格子をガンガン鳴らしながら私に少しでも近づこうとするニアニアに、私は悠然と微笑む。


「ほらそれ、〜〜なのとか、〜〜わよとか。

完全にお嬢じゃん、スゲーな、ニアニア」


ふっと笑うとニアニアは、安堵したようにズルズルとその場に跪いた。


「なぁんだ……シシリアって王子だったんだ。

良かったぁ……、マジで。

ねっ、王子、早く私をここから出してよっ、早くっ!」


嬉しそうに笑うニアニアに、私は自分の顎を掴み、不思議そうにコテンと首を傾げた。


「えっ?どうやって?」


私の疑問に、ニアニアは、はっ?と呆けた顔をする。


「……いや、どうやってって……。

牢屋番とかから鍵を貰って開けてくれりゃいいじゃん」


ハハッと笑うニアニアに、私は驚いて、顔の前で手を左右に振った。


「はっ?開けんの?私が?

いや、無理無理、そんな事したら今度は私が捕まっちゃうじゃんっ!

やだよ、そんなの」


アッサリと断わると、ニアニアは、はぁっ?て顔でちょっと私を睨んできた。


「アンタ、馬鹿なの?アンタは公爵令嬢でしょ?

公爵って言ったらこの国で王家の次に偉いんだよ!

だから何しても大丈夫なんだって!

ねっ、早く私をここから出して、アンタんちに連れて帰ってよ!」


ニアニアの言う事が、心底分からないって顔で、ますます私は首を捻る。


「いやいや、アンタ準魔族じゃん。

そんなもん牢から逃して自分ちに匿ったりしたら、いくら私でも一発で捕まるわ。

無理無理無理無理」


高速で顔の前で手を振る私に、ニアニアはイラついたような声を上げた。


「大丈夫なんだって!私はこの世界のヒロインなんだからっ!

何とかなんのっ!いいから連れて帰ってよ!

アンタんちにレオネルがいんでしょっ!

レオネルからクラウスに言ってもらうからっ!

そしたら私もアンタも大丈夫だからっ!」


ギャーギャー吠えるニアニアに、私はとぼけた顔でまた首を捻る。


「えっ?何でレオネルがわざわざクラウスにアンタの事を頼む訳?

何を?んで、何でそれで大丈夫?

アンタ速攻でまた捕まって牢屋に戻されるだけだけど?」


分かんないな〜ってとぼけ続ける私に、ニアニアは我慢の限界だったのか、ガンッと鉄格子を蹴った。

どうでもいいが、蹴った自分の足の方が痛そうだな、それ。



「だから何で分かんない訳っ!

ここは〈キラおと〉の世界なんだから、ヒロインの私が泣きつけば、攻略対象達が何とかしてくれんだよっ!

レオネルもクラウスも私に夢中なんだからっ!

いいからアンタは黙って私をここから出せばいいのっ!」


私に向かって怒鳴り散らすニアニアに、ふ〜む、どうしたもんかと少し思案して、すぐに考えるのをやめた。


いいや、揶揄うのも何か飽きたし。



私はガンッと鉄格子をひと蹴りする。

鉄格子がミシッと音を立て、小さな亀裂が入った。


あっやべ。

壊しちゃったらマジで脱走補助じゃん。

ヤベーヤベー。



「お前さぁ、さっきから誰にもの言ってんだよ?」


ギラリと刺すように睨むと、ニアニアは腰を抜かしてこちらを見上げた。


「あっ、ひぃっ、ちが、違くて……。

ご、ごめん、王子……私はただ昔のよしみでちょっと助けて欲しいな〜とかって……」


媚びるようにこちらを伺うニアニアに、ああコイツ、何も変わってないな〜っと思った。

()()()()()()()良かった、とも。



「あのさぁ、まず、アンタがさっきから言ってるヒロインって、何?」


片手を腰に当てそう聞くと、ニアニアはアホみたいな、はっ?て顔をする。


「いや、だから〈キラおと〉のヒロインじゃん。乙女ゲームの。

王子もよくキャーキャー言ってやってたじゃん、あの子と」


ピクっと私の眉が動いたのを見て、ニアニアは面白いくらいに体を震わせた。


「やっ、今はそんな事いっか……。

だからつまり、私達はその乙女ゲームの中に転生した訳よ。

で、私はそのゲームのヒロイン。

つまりこの世界は私の為に作られた物って事」


こちらの顔色を伺いながら、ニアニアは媚びた笑いを浮かべる。


私はそれを嘲るように見下した。


「アンタのどこがヒロインな訳?」


そう聞くと、ニアニアは焦ったようにペラペラと喋り出した。


「いやだってほら、名前が一緒だし。

それに見た目も〈キラおと〉のヒロインそのまんまじゃん?

あと、境遇とか、親の名前とか」


ねっ、ねっ、とこちらに同意を求めるニアニアに、私はハァ〜ッと深い溜息を吐いた。


「名前に見た目に親の名前ね……。

それに、境遇?

で?肝心の聖なる力は?ヒロインだっつーんならあるんだろ?

光属性の聖なる力」


そう、ヒロインは光属性の持ち主。

ゲームを順調に進めれば、終盤に聖なる力が発現して、この王国に聖女が誕生する。

ちなみに、聖なる力の発現がクラウスルートのハッピーエンドの必須条件。


私の問いに、ニアニアは後ろめたそうに目を泳がせる。


「いや〜、何か、手違いでそれは無いんだよね。

その代わりに魔族の力で代替えしたって言うか、なんていうか………」



……魔族の力で代替えねぇ……。

なる訳ないだろ、バァーカ。


と言う代わりに、私はまた深い溜息を吐く。


「あと、境遇?も違うじゃん。

ヒロインは14歳でヤドヴィカ家に引き取られるんだぜ?

お前、8歳の時に自力で邸に行ったらしいじゃねーか。

あと、意地悪な義母もいねーし」


仕方なく懇切丁寧に訂正してやると、ニアニアはニャァッと笑った。


「だから、そこが転生した奴の強みじゃん?

8歳で母親が死んで、ガキ1人であんなとこで何ができるんだっつーの。

自分は男爵家の娘だって知ってるんだから、サッサッと貴族の家の令嬢になればいいだけじゃん?

それに自分を虐めるって分かってる人間なんて、先に消しとくに決まってるっしょ」


そこまで言って、それまで得意げだったニアニアは、しまったと言う顔で青くなって自分の口を押さえる。



「へぇ……消したんだ?義母」


私の蔑みきった声色に、ニアニアは焦ったように首を振った。


「やっ、今のは冗談、言葉のあやだから。

8歳のガキにそんな事出来る訳ないじゃん。

ってか、ラッキーだったんだよねぇ。

義母勝手に死んでくれてさぁ」


アハハッと笑うニアニア。

そのニアニアをとことん見下げた目で見つめながら、私は空間魔法を展開し、そこから例の小瓶を取り出した。


「8歳のガキでも魔族と通じてたんなら簡単だったんじゃねーか?

例えば、こんなもん使えば」


そう言って、私はその小瓶をニアニアに放り投げた。

反射的に受け取ったニアニアは、薄暗い牢の灯りの中、目を細めてそれを確認し、例の名もなき蛙型の魔物だと気付くと、悲鳴を上げて上に放り投げ、瞬時にそれが床に落ちて瓶が割れたら自分が死ぬと気付き、また慌ててそれをキャッチした。


「な……何でこれを……王子が……?

いや、やっぱ知らないっ!

私何にも知らないし、こんなの見た事ないっ!

気持ち悪いから返すっ!」


その小瓶を鉄格子から手を伸ばし、なるべく自分から遠くにゆっくり慎重に置くと、ズリズリと牢の奥へと後ずさって行った。


知らねー割には扱いよく分かってんな。

私はそれを拾うと自分の顔の前に持ち上げて、冷ややかに笑った。


「いや?お前はよく知ってるだろ?

お前のお得意のやつだよ。

これでヤドヴィカ男爵に商売させて、甘い汁吸ってたんじゃないか。

男爵家とは思えないくらい贅沢な暮らしぶりだったらしいじゃねーの。

なぁ、ニアニア?

お前これで、ヤドヴィカ夫人を殺したな?」


そう言って薄笑いする私に、ニアニアは顔面蒼白になって頭を振っていた。


「いや、違う……私、私は………。

だって、あの女が悪いんじゃないっ!

私を虐めてこき使って、召使いみたいに扱ってっ!

あのままじゃ、社交界デビューのパーティにも行けなかったし、勉強しなきゃ学園にも入学出来なかったっ!

そしたら攻略対象に会えないじゃんっ!

だから先に始末したんだって!

それの何が悪い訳?だって私はヒロインなんだから、ヒロインの邪魔する奴は消していいじゃんっ!

どーせただのゲームのキャラなんだしっ!」



その醜い顔に反吐が出そうになる。

お前は本当に何も変わらない。

自分本位で勘違いした卑劣な人間だよ。



「アンタが、虐められた訳?ヤドヴィカ夫人に。

召使いみたいに扱われた事あんの?」


そう聞くと、ニアニアは狂ったように笑い出した。


「アハハハハハハッ!バカじゃん?

そんなの、そうなる前に手を打つに決まってんじゃん。

何で黙ってやられてなきゃいけない訳?

だから、転生した奴の強みなんだって!

ストーリーを知ってるんだから、先に手を打てるんだよっ!」


勝ち誇ったようなニアニアの笑いに、救いようのない阿保だと、今更ながらに改めて思い知る。



「つまり、アンタがやった事は、魔族と関わり、魔物を使ってヤドヴィカ夫人を殺害。

その後正式に準魔族に堕ち、学園での迷惑行為に、高位貴族への不敬、魔族の力を使って貴族を操り、暴行、恐喝、器物破損、窃盗。

それから高位貴族の殺人未遂」


改めて名もなき魔族の入った小瓶を、自分の顔の前でカラカラと振ると、ニアニアはヒッと小さな悲鳴を上げた。


「さ、殺人未遂って、アレの事?

ちょっと教室にそれを置いといただけじゃない……。

あの女の机の中に入れといたけど、それが勝手に逃げ出して、皆無事だったんでしょ?

じゃあ、殺人未遂でも何でもなくない?

ってか、王子大袈裟だよね。

皆所詮ただのゲームのキャラだよ?

ほとんど名前も無いようなモブだし。

もし間違って誰か死んでてもさ、本当、大した事じゃ無いんだから、大丈夫だって」


ヘラヘラと笑うニアニアに、私はヘェっと侮蔑の笑みを浮かべ、その小瓶の蓋に手をかけた。


「じゃあ、アンタがこれで死んでも、大した事じゃないよな?

お前もゲームのキャラだもんな……?

大丈夫、なんだよな?」


キュッキュッとコルクを抜いていくと、ニアニアはガマ油のような汗をダラダラ流し、私に向かって手で制してきた。


「ちょっとっ!やめてよっ!

私はこのゲームのヒロインなんだから、そこらのモブと一緒にしないでっ!」


私の目が本気だと分かると、ニアニアはガタガタ震えだし、牢の壁にべったりと張り付いた。


「だから、ゲームなんだからコンティニューすれば良いじゃないか。

なっ、大丈夫大丈夫。

大した事ないって、一回死ぬくらい」


狂気を含んだ私の笑いに、ニアニアはガチガチと歯の根が合わない音を立てている。


「そ、そんな事したら、王子も死んじゃうじゃん……。

ね、危ないから、やめて……。

それ、早くしまってよ」


涙を流しながら懇願するニアニアに、私は自分の手首を見せた。

呪文を唱えると、そこに紋様が浮かぶ。


「これ、貴重な術式なんだけど、アンタくらいの準魔族の力や、これくらいの魔物の力なら跳ね返してくれるんだよね。

だから私の心配はいらないから。

心置きなく一回死んでよ」


にっこり笑うと私は一気に小瓶の蓋を開け、それをニアニアのいる牢の奥に投げ入れた。


コロコロと小瓶はニアニアの膝の近くに転がって行って止まると、中から蛙型の魔物がピョンと飛び出てニアニアの膝の上にちょこんと乗っかる。


「ケロッ」


その魔物が一回鳴いた瞬間、ニアニアは断末魔のような悲鳴を上げた。



「ギィヤァァァァァァァァァァッ!!」


悲鳴と共に後ろにひっくり返り、そのまま白目を剥いて気を失っている。

ブクブクと泡まで吹いている本格的な奴だ。


「うっせーなぁ……」


私は耳に指を突っ込んだまま、眉根を寄せた。

事前に遮音魔法でこの空間を包んでおいて本当に良かった。


さっきの声を聞いて誰かがここに来たら、邪魔でしょうがない。



……コイツにはまだまだ聞きたい事があるのだから……。



私がパチンと指を鳴らすと、蛙型の魔物と小瓶はパッと消え去った。


貴重な資料をお前なんかに使うかよ。

幻影魔法だっつの。


私は服に忍ばせておいた記録魔法用の水晶を取り出す。


殆どの箇所が使えないけれど、ヤドヴィカ夫人、レノアの殺害を本人が認めている記録は取れた。


確かに、8歳のガキがやったと言っても、ブルメスター以外のアルケミス家の人間は信じないだろう。


ブルメスターは1人でも正義を貫くと言っているらしいが、家族に理解されないままじゃ不憫すぎるからな。




なぁ、ニアニア。

お前、凄い勢いで、自分のやった事が追いかけてきてんだぞ?

ちょっとはお前の傷付けた人間の痛みを知れよ………。



まぁ、それが出来れば今こんな事になってないよな。


白目を剥いてひっくり返っているニアニアに、私は深い深い溜息を吐いた……。






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[一言] ニヤニヤ...あの子...気になる
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