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EP.78



晴れ渡る青空。

春の訪れを感じるよき日。

クラウス達3年生の卒業式が、厳かにつつがなく終えた。



そして、卒業を祝うパーティーでの席。

学園の大ホール。

半円形の階段が5段ほどあるステージの上から、クラウスが無表情にキティを見下ろしていた。

傍らに侍るフィーネは、クラウスの腕に自分の腕を絡ませ、愉悦の笑みを浮かべ頭をクラウスにもたせ掛けている。


2人の後ろには、ノワール、レオネル、ミゲル、ジャン。

皆、厳しい顔をして、キティを見下ろしていた。



キティは胸を張り、皆を真っ直ぐに見つめ返す。


そのすぐ後ろには私が立っている。

凛として立つキティの背中を、しっかりと見つめていた。




キティは皆がフィーネの謎の力に操られていると考えているようだ。


じっと、クラウスの腕に絡まるフィーネの腕を見つめていた。



たぶんフィーネの力を、直接触れなければ発動しない、ヒロイン補正か特有のスキルだとでも思っているのだろう。


皆のこの態度は本意ではないと、ちゃんと理解してくれているようだ。


まぁ、キティの予想は当たらずしも遠からず。

どちらにしてもフィーネの力は、対象に近付かなければ効果を発揮しない。


アイツらにどんな手を使って近付き、その力を使ったのか、キティは思案しているところだろう。



実際あれから、フィーネは皆に魔族の力を使ってきた。

私のお茶会に招待され、クラウスに近付く計画が上手くいかなかったからだ。


私のノリで一旦は確保してしまったフィーネだが、もちろんすぐに釈放した。


悪態吐きながら、次の日には皆に魔族の力を使う辺り、かなり焦っていたと見える。


もちろん、師匠の術式で全て跳ね返されたが、皆はその力に魅了された芝居まで追加され、日に日に消耗していっていたので、今日という日を1番待ち望んでいたのは、間違いなくアイツらだと思う。


で、問題のクラウスはと言えば。

実は1人だけ師匠の術式を埋め込んでいない。


簡単な術式じゃない為、どうしても現状5つしか間に合わなかったのだ。


もちろん私のを解除して渡そうとしたのだが、クラウスに断られた。


キティの側にいる事の多い私に、お守りがわりに持っていて欲しいんだと。


じゃ、自分はどうすんのかと思っていたら、あの程度の力など自力で跳ね返せる、とか言い出した……。


確かに、フィーネの力を跳ね返したネックレスを作ったのはコイツだが……。


うん、大丈夫だな。

クラウスだし。


何故か皆、そう納得してしまった。

いやだって、クラウスだし。



数日前、フィーネの力に操られているフリをしなければいけないレオネルが、とうとうクラウスとフィーネを引き合わせ、フィーネは即効クラウスにも力を使った。


結果………無。

クラウス………無。


力、余裕で跳ね返しやがった。



しかしフィーネは、クラウスの通常モードの無を、自分の力が効いたものと都合よく勘違いして今のあの感じです。


本当に頭の中平和だなぁ。



キティはフィーネがベタベタとクラウスに触れていても微動だにせず、凛とした姿勢を崩さない。


今、どうやったら皆を救えるのか考えているのだろう。



……分かりにくいが、クラウスの眉がほんの少し残念そうに下がっている……。


……アイツ、こんな時に、キティちょっとヤキモチとか妬かないかな〜とか考えてんじゃね〜よなっ!


馬鹿か?馬鹿なのかっ⁈

キティ今それどころじゃないんだわっ!


やけに大人しくフィーネに触らせていると思ったら……。

今この場でお前が1番碌でもねぇよ……。





「キティ・ドゥ・ローズ侯爵令嬢。

ここにいる女生徒から貴女に対して陳述が上がっている」


クラウスの感情の無い、冷たい声にも、キティは威儀を崩さず、真っ直ぐとクラウスを見つめた。



クラウスの初台詞だ。

幼稚園の初発表会を見守る先生くらい緊張した……。


皆が見ている前で、クラウスより先に誰かが発言する訳にはいかないからな。


この舞台の台詞については、めちゃめちゃ入念に練習してある。


クラウスが協力的なのは、もちろん、キティとの仲が進展すると言ってあるからだ。

それが無ければ、アイツがこんな茶番に付き合う訳がない。




クラウスがレオネルをチラッと見ると、レオネルが小さく頷き、一歩前に出て手に持っていた書類を読み上げる。


「ここにいる、フィーネ・ヤドヴィカ男爵令嬢からの、キティ・ドゥ・ローズ侯爵令嬢に対しての陳述を読み上げる。


入学以来、フィーネ・ヤドヴィカ男爵令嬢は、キティ・ドゥ・ローズ侯爵令嬢からの数々の行き過ぎた虐め行為を受けてきたとの事。

暴言、恐喝、器物破損、窃盗、暴力行為。

これらの行為は、自分のファンクラブを利用して、日々執拗に行われた。

そして先日、学園のカフェテラスにて。

数々の行為に対し、異議を申し立てに行ったフィーネ・ヤドヴィカ男爵令嬢に対し、何らかの魔法攻撃を放ち、傷を負わせた。

この王立学園では、魔法や魔術、魔道具による他者への攻撃は全て禁止されている。

この事が事実であれば、厳しい処置が下される」


淡々と述べるレオネル。


固唾を飲んで見守っていた会場の生徒達が、ザワザワと騒つき始めた。




「キティ様に限ってそのような事、あり得ませんわ」


「あの方、まだそのような世迷いごとを……」


「キティ様のファンクラブの名誉会長は殿下ではありませんか」


「前生徒会の皆様は、一体何をお考えなのかしら?」



騒つく会場を、クラウスはゆっくりと見回している。


その会場のステージ近くから、一つの小さな集団が声を上げた。



「やはり、キティ・ドゥ・ローズ侯爵令嬢は殿下の婚約者に相応しく無いっ!」


「数々の蛮行を許すなっ!」


「高位貴族の笠を着た、悪女めっ!」



皆、フィーネのファンクラブの会員として調べの入っている貴族令息達だった。



そしてその隣から、また別の集団が声を上げる。


「そうですわっ!王子妃に相応しいのは、こちらにいらっしゃる、アーバン・ロートシルト伯爵令嬢様の他にいません」


「そうだっ!アーバン様こそ、未来の王妃に相応しいっ!」


「とっとと退けっ!悪辣な侯爵令嬢っ!」



こちらは、アーバンを中心にした、魔法優勢位派の奴らだ。

エリオットを飛び越えて、既にクラウスが王になる発言も混じっていたが、それは国家転覆罪になるんだが、いいのか?



キティはその二つの集団を横目で見て、直ぐにレオネルに向き直った。


クラウスが今だ騒ぎ続けるその二つの集団をギラリと睨み付けただけで、奴らは息を飲み、直ぐに静かになった。



いや、何がしたかったんだよ……。



小さく咳払いをして、レオネルが続ける。


「キティ・ドゥ・ローズ侯爵令嬢。

こちらの陳述に心当たりはあるか?」


キティは堂々と胸を張り、レオネルに向かって敢然と言い切った。


「その全ての陳述に、一切の心当たりはございません」


キティの言葉に、会場からおおっと感嘆の声が漏れた。



そしてキティは、毅然とクラウスを見つめる。


クラウスはそのキティの姿に頬を染めると、照れたように笑ってから口を開いた。



「もちろん、分かっているよ、キティ」



台本ーーーーっ!!

アイツ諸々すっ飛ばしやがったっ!

チキショーーーッ!


だよなっ!

お前には無理だよなっ!

分かってたよっ!

分かってたけど、皆、絶望の顔してんべ、バカッ!


コイツらがここまで頑張ってきた事が、ぜ〜んぶ無になったらどうしてくれるんだよーーーっ!




キティも淑女モードを忘れて、ポカンとクラウスを見ている。



クラウスの隣でフィーネが慌てたように身じろぎし、グイッとクラウスの顔を覗き込んだ。


その目が怪しく金色に光り、瞳孔が獣の様に縦に伸びた……。

そして、背伸びして、クラウスの耳元に何事か囁く……。



それを見て、キティは慌てて声を上げた。


「クラウス様っ!その者の言葉に耳を傾けてはなりませんっ!」


キティの声に、フィーネがニヤァッと笑ってキティを見た。



が、クラウスは、優しくキティに向かって微笑む。


「俺がキティ以外の言葉などに、耳を傾ける訳がないよ」


そう言って、自分の腕に絡まるフィーネの腕を、一振りで振り払う。


何が起きているのか分からないといったように、フィーネはよろめいて尻もちをついた。



よ、よ、良かったぁっ!

本当はもっと乙女ゲーっぽい断罪劇になる筈だったんだけど、そんなん必要なかった。

フィーネの単細胞に感謝する日が来ようとはっ!




「どうだ?」


クラウスが声を掛けると、ミゲルが魔族の力を検知出来る特別な装置をじっと見つめて、答える。


「はい、確かに魔族の魔力を検知しました」




ミゲルの言葉に、会場中が騒ついた。


キティも目を見開き、手で口元を覆っている。



「フィーネ・ヤドヴィカ男爵令嬢を、準魔族と認定。

速やかにその力を拘束するっ!」


クラウスの声に、王宮の魔術師達が現れ、フィーネを取り囲んだ。


皆がフィーネに両手を掲げ、そこから蒼白い光が放たれる。


その魔術師達の後ろに、ミゲルを筆頭に教会の治癒師達が控え、魔術師達を守る様に祈りを捧げ、白い光が全体を覆った。


ノワールとレオネル、ジャンは、何が起きても良い様に、呪文の詠唱を終え、構えていた。




「ギャアーーーーッ!ぐぐぐっ!あ、んたら、こんな事して、只じゃ済まさないわよっ!」


人の円の中心で、フィーネがその形相を歪め、憎々しげに周りを睨んだ。


その目は金色に光り、瞳孔は獣の様に縦に細長く伸びている。


髪を逆立て、醜く顔を歪めたその姿に、ヒロインの面影は既に微塵も無い。


「ギィィィィッ!ぐあぁぁぁぁっ!」


苦しそうにフィーネはのたうち回り、ますますその形相を醜く歪める。


「ギギャアアアアアアアアッ!!!」


断末魔の様な声を上げたフィーネの胸元から、禍々しい色をした大きな植物の種のようなものが浮かび上がった。


魔術師達が、それを魔法の結界で囲む。

やがて結界は四角い透明なケースに姿を変え、それをクラウスが手に取った。



「間違いなく、魔族の持つ魔力の種だな。

これを埋め込まれた生き物は、魔獣や魔物に。

人なら、異形に成り果てるか、運が良ければ準魔族となる」


クラウスはそう言って、その魔族の種を眺めていたが、やがて興味を失ったようにポイっと放り投げた。


それを慌ててジャンがキャッチする。


魔術師達や治癒師達が、呆然とした顔でそれを見ていた。


そりゃそうだろ。

苦労して取り出した魔族の種を、ポイっ、じゃね〜よ。


気持ちは分かるがな。

フィーネの体内から出た物なんか、触りたくないわな。


サッサとハンカチで手を拭っているクラウスに、密かにうんうんと頷く。



クラウスはキティを振り返り、両手を広げた。


「キティ、もう大丈夫だよ。

さ、おいで」


キティはそう言われて、ゆっくりとクラウスに向かって歩いた。


クラウスの目の前まで来ると、カーテシーで礼をとる。


「殿下、お呼びにより参じました」


綺麗に頭を下げるキティを、ヒョイっと抱き上げて、クラウスがニコニコと笑う。


あ〜、キティの淑女としての矜持を一瞬にして台無しにしちゃって。


本当は駆け出して抱きつくくらいしたかったと思うよ?

それをグッと耐えて頑張ったんだと思うよ?


キティはクラウスを恨めしそうに睨んでいる。

クラウスは何故か頬を染めて照れていた。


くっ、分からないでもない。

ロリッ子に睨まれるとか、ご褒美ですありがとうございます。




私はコソッとステージに上がり、ジャンから例の四角いケースを奪い取った。


「ふ〜ん、これが魔族の種ですの?」


カラカラと振ってみたが、特に動きはない。

まるで本当のただの植物の種のようだ。


ふ〜ん。


なんかキティがこっちを真っ青な顔で見ているが、んっ?どうした?



私は蹲るフィーネに話しかける。


「お前、これは埋め込まれたんじゃなくて、自分から望んで身の内に取り込んだわね?」



「……は、はぁ?な、何の事よ……」


肩で息を吐きながら、フィーネは苦しそうに答えた。

ここまで暴かれて、まだ誤魔化せるとでも思っているのだろうか?

阿保め。



「……まぁ、いいわ。

フィーネ・ヤドヴィカ男爵令嬢。

お前には、数々の罪状が課せられている。

恐喝、窃盗、器物破損、傷害、殺人未遂。

そして、魔族の力で貴族を洗脳した罪。

更に王族とそれに連なる高位貴族を洗脳しようとした罪。

もちろん、貴女1人の身で償えるものではないわね。

どうするつもりかしら?

魔族の力を失った、ただの男爵令嬢さん?」


悠然と微笑む私に、フィーネは顔を真っ青にして、ブルブルと震えていた。


「ち、ちが、違うっ!

そ、そうよっ!私は魔族に操られていたのっ!

私は被害者なのよっ!

魔族に無理やり操られていた、哀れな被害者なのよっ!」


目を見開いてそう言うフィーネを、愚物を見るような目で見て、私は手に持っていた魔族の種を魔術師に向かって放り投げた。


「だ、そうよ。いかがかしら?」


慌ててそれを受け取った魔術師は、受け取った手を申し訳ないくらいに震わせている。

ドッと汗をかきながら、震えた声で答えた。


「それはあり得ません。

これが、無理やり埋め込まれた物であれば、私達の術では取り出せなかったでしょう。

それこそ物理的に討伐したのち、核を取り出さなければ、種は現れませんし、現れたとしても直ぐに自然に消滅します。

これはそういった類のものではありません。

殿下とアロンテン公爵令嬢のお見立て通り、自らその身に取り込んで、その力を使っていたのでしょう。

大変珍しい、いや、この王国では今まで一度も存在しなかった大変な事例です。

私達もお二人に今回の事を依頼されて今日まで、信じられない気持ちでした。

とにかく、そこの女性は意識を奪われていた訳では無く、全て自分の意志で、この力を使っていた事に間違いはありません」


フィーネは魔術師を射殺さんばかりに睨み付けている。


魔術師の言葉に、私は満足して頷き、フィーネに向かってニヤリと笑った。


「そういう事ですから、もう醜い言い訳などおやめなさい。

エリク、エリー、この者を準魔族として拘束、王宮の地下牢に連行なさい」


私の指示に、エリクエリーと護衛騎士がフィーネを囲み、フィーネはそのまま両手を拘束された。



「ちょっとっ!待ちなさいよっ!

私はこの世界を統べる存在なのよっ!

この世界は私の為に存在しているのっ!

あんた達っ!私にこんな事して、後悔するわよっ!

離せっ!離せよっ!クソがっ!

クラウス、助けてっ!

私が貴女の本物のヒロインなのよっ!

そこにいるのは、偽物なのっ!

そいつは、悪役令嬢なのよっ!

クラウスッ!レオネルッ!ノワールッ!

ミゲル、ジャーンッ!

誰でもいいから、私を助けてっ!」


暴れて喚き散らすフィーネを、無表情で引き摺って連行していくエリクエリー。


こら、無表情に見せかけて、汚物を見る目で見るのはやめなさい。



残されたフィーネのファンクラブの会員達は、跪きブルブルと震えていた。


「ぼ、僕は殿下の婚約者様に、な、なんて事を……」


「今まで、何故あんな恐ろしい事を平気でやってしまっていたんだ……」


「う、うう……どうして……」



フィーネの洗脳から解けたのだろう、皆涙を流して、肩を震わせていた。


そんな奴らを護衛騎士が引っ立ててゆく。

力無くされるがまま、抵抗する者は誰もいなかった。


大丈夫、お前達には受け入れ先があるから。

後悔出来てるなら見込みはあるぞ。

早く立派なひとかどの紳士になって、出所してこいよ。




いや〜、しかし、あんな力うちの連中にもし効いていたら、大変な事になっていたな。


この国の第二王子と主要貴族の令息達……。


それがあのフィーネの意のままに操られたとしたら……。



キティも同じ事を考えていたのか、身震いをしている。

そんなキティを、クラウスがギュッと抱いて、優しく微笑えんだ。


「大丈夫、キティ。もう二度と君を害そうとする者など現れないよう、徹底的に踏み潰してあげるから」


そう言って、キティを下に降ろすと、その背の後ろにキティを庇う。


そのキティの周りを守るように、ノワール、レオネル、ミゲル、ジャン、そして私が更に囲った。



「さて、アーバン・ロートシルト。

次はお前の番なのだが」


アーバン達は既に、護衛騎士と警備兵に囲まれていた。



「準備はいいかな?」


悠然と微笑むクラウスに、キティはこんな時なのに、自分のスクショ機能を抑える事が出来なかったようだ。


カシャーカシャーカシャーと音(幻聴)がする。


この機能にすっかり敏感になっているジャンが、ジト目でキティを見ているが……。


腐れオタのキティには、だが、効かないっ!



「逞しすぎて、一周回ってむしろ頼もしいわ……」


私の呆れ声に、キティはサムズアップで答えてきた。


うんっ!ありがとうっ!

ってその顔に書いてあるし。



「褒めてはいないんだけど……」


私の呟きに、レオネル、ミゲル、ジャンが一斉に頷いた。



付き合い長いと考える事も似てくるらしい。


そんな私達を、キティは微笑ましそうに見つめている。


仲良しね〜っとその顔に書いてある……。


一斉に溜息を吐く、私達だった………。






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