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EP.76



ノワールに引き摺られ生徒会室に戻ると、皆死屍累々と魂が抜けかかっていた。


何だよ?あれくらいで。

情けない奴等め。

まぁ乙女ゲーの仕組みを知らなきゃ、こうなるのも無理ないが。


アレ、リアルだと本当に通用しない。

ここまでで完全に実証出来たな。


もし、タラレバ話が存在したとして。

フィーネの中身が転生者では無く全くのオリジナルだったとしても。

優秀な男爵令嬢がAクラスに在籍していたところで、ああはならないだろう。


出会いイベントなど起きようもない。

ここが本来の学園の姿を取り戻していれば、将来国を背負って立つ優秀なSクラスと、それを支える為に存在するA、Bクラスの交流は盛んにあっただろうし、それでお互いを認識する事もあり得ただろうけれど、所詮そこまで。


個人的に親しくなる事も、1人の男爵令嬢をコイツらで寄ってたかって口説くなんて事もあり得ない。


情けない事にクラウス以外婚約者もいないような奴らだが、それでもそれは無い。


全く現実的な話じゃないからこそ、乙女ゲーとして疑似体験するには楽しい訳で。

その世界に生まれ変わったからといって、リアルにそこを求めてくる辺り、フィーネの頭の悪さが伝わってくるってもんだ。


まぁそのお陰で御し易く、色々利用出来た訳だが、そういう人間をうまく乗せて扱う方も物凄く神経ダメージを受ける。


世の中優秀な人間ばかりとは限らないのだから、時にはそんな人間を御しつつやっていかなきゃいけない事もある。


コイツらにも良い勉強になったのではないか?

うんうん。


1人納得しつつ、私はパチンと指を鳴らした。

クラウスにかけた音遮断魔法が解ける。


クラウスは椅子ごとこちらに振り返り、やれやれといった感じで口を開いた。


「やっと終わったか?」


それに最初に反応したのはジャンだった。


「お前っ!本当に何もやんなかったなっ!くそっ!」


怒りの矛先をクラウスに向けるが、クラウスはニヤリと笑って答えた。


「監督の指示だからな」


皆が一気にこちらを向く。

怒りにメラメラと燃える瞳が私に集中するが、何だ、皆まだまだ元気じゃね〜か。


これならまだ使えそうだったな〜。


台本を見直せばよかった、と思案する私の様子に、皆が瞬時に身を引いた。


何だよ、随分私の思考に慣れてきてるじゃないか。



「しかし、あのフィーネの1番の標的はクラウスなのだろう?

そのクラウスとあの程度の交流で、今後フィーネは納得するのか?」


レオネルの疑問に、私はニヤリと笑う。


「アレでいいのよ。クラウスを無駄に使えばフィーネを滅しかねないし。

それにお預けを食らわして焦らせる事が目的だからね」


私の答えに、レオネルは納得したように頷く。


「なるほど、焦らせて魔族の力をクラウスに使わせるつもりか」


ご明察。

まさに狙うはそこ。

大好物を目の前にぶら下げておけば、良いように走ってくれるだろう。



「じゃあクラウスはこのままで良いとして、私達はこれからどうすればいいのですか?」


若干震えながらミゲルが聞いてくる。

これで終わりにならないかな〜という期待の目を向けてきているが、いや、ならん。



「アンタ達はラストステージまで適当にフィーネの相手をしてて。

だけど決して一対一にはならないように、バディを組んでね。

そうね、もしもの時のために、浄化魔法の使えるミゲルはジャンと組んで。

それから常に私かエリオットが姿を隠して見守るから、安心して」


ミゲルとジャンは互いの両手を握りカタカタ震えている。


このヘッポコ2人組では不安しかないのだが、仕方ない。

ジャンには守りが必要だ。


レオネルとノワールは、なんやかんやとフィーネを満足させられるだろう。


「とにかく、フィーネと2人きりにはならない!これは絶対よ。

あんなでも一応魔族の力の取り扱いには、フィーネも気をつけているから。

だいたい使う時は、男と2人きりの密室に限っているのよ」


私の言葉にジャンは首を捻る。


「だったら最初から、皆の前で力を使わすのは無理なんじゃねぇ?」


そのジャンに、私はニヤリと笑い返す。


「そんな事ないわよ。実際に私とキティのいる前で使った事あるもの。

ダンスパーティで、皆がいる前でエリオットに使った事もあるけど、あの時はまだ力がほとんど無かった頃よね。

それとは違う。私はハッキリ、使われた男子生徒が自分の醜い欲望を強制的に暴かれ増幅されたのを見たわ。

人の理性のリミッターが切れる瞬間を」



皆がゾッとした顔でこちらを見る。


「あの、大量に退学者を出した時の事だな。

まさか目の前で堂々と力を使っていたとは……」


レオネルが眉間を押さえながら険しい声を出す。



そう、あの時フィーネは1人の男子生徒に私達の前で力を使った。

それは間違いない。

その男子生徒が最初に私達を手篭めにしてしまえと声を上げたのだから。

常識、理性、価値観、それを根こそぎ焼き切る。

おぞましいあの力は、まさに魔族の力に他ならない。



「つまり、窮地に陥らせ焦らせれば力を使うと?」


ノワールの問いに、私は頷く。


「そう。でも相手がクラウスなら、そんなに苦労はいらないはずよ。

少し焦らせてやれば、すぐに使ってくるわ。

しかも持てる力を出し惜しみせず、自分の持てる最大の力を出してくるはず。

クラウスという最上の獲物を取りっぱぐれない為にね。

必ず魔族の力を検知出来るわ」


なるほどと頷く皆の傍で、当の本人はまったくの無関心だ。

いやもう、ここまでくると逆に感心してしまいそうだわ。


「アンタ達は2人1組でフィーネの相手をしながら、フィーネがクラウスに会いたがったら上手く交わして焦らすのよ。

焦らしに焦らせて、フィーネの思考力を奪う。

それから私が指示を出したら、私の主催するお茶会にクラウスが来ると情報を流して」


レオネルが私の話に、眉間に皺を寄せて口を開いた。


「何故そんな事を?」


レオネルの問いに私はなんて事なく答える。


「もう少しで、師匠と共同開発している魔族の力を跳ね返す術式が完成するのよ。

流石に本物の魔族には通用しないけど、低級な準魔族には十分効果があるらしいわ。

それを私で試すから。

フィーネは自分をお茶会に招待するように、必ず私に接触してきて、魔族の力を使ってくる。

それで術式が有効か試せるって訳」


私の言葉に、皆驚愕を浮かべた顔でこちらを見た。



「何を考えているんだっ!

そんな危険な事を、お前にやらせられる訳がないだろうっ!」


レオネルの怒鳴り声に、耳をツーンとさせながら、私はまぁまぁと両手で制す。


「まぁまぁじゃねーよっ!お前は馬鹿かっ!」


次はジャンが怒鳴ってきたので流石にムカっとして至近距離で睨み付けた。

お互いヤンキー絡みしていると、エリオットが私をジャンからベリッと引き剥がす。



「皆が心配するのはもっともだけど、どうせ誰かが効果を試さなきゃいけないんだ。

シシリアは言い出したら聞かないし、僕が姿を消して側についているから」


ニコニコ笑うエリオットに、皆それでも納得しかねる顔をしていた。


ややしてクラウスが溜息を吐きながら口を開く。


「仕方ない、その時は必ずキティと一緒にいろ。

キティのネックレスが、万が一お前に魔族の力が流れ込めば不純物として浄化するだろう。

アレは本人と近しい者も守護するように出来ている」


流石SSGR級アイテム。

最強かよ。


私はクラウスに向かって頷いた。


「分かったわ、そうさせてもらう。

師匠の術式に万が一もないと思うけどね」



それで皆がやっと納得してくれたので、計画は私が思うように継続される事になった。







その後の皆の努力は、もう涙なしでは語れない。

あのフィーネの相手をほぼ毎日、代わる代わるする事になったのだから。


幸い生徒会は三年メンバーは実質引退、新メンバーで運用しているから、その辺は問題ないのだが。


キティは毎日目まぐるしく生徒会の仕事に走り回っているから、皆の怪しい動きには気付いていない。


クラウスは相変わらずキティにべったりだし。


卒業式の準備に、卒業を祝うパーティの準備、ノワールから引き継いだ経理諸々、更にクラウスの相手と、目が回る忙しさだ。


まさか他のメンバーが、準魔族相手に乙女ゲーごっこなどやっているとは思いもしないだろう。


しかも自分の兄ちゃんがその看板役者とか。

キティが知ったら私なんか、ツイテビンタじゃ済まない……。

おおう、どんな怒られ方するのかちょっと興味のある自分が恐ろしい。




さて、あの旧生徒会室に日参するようになったフィーネは、日に日に増長してくるようになってきた。


うちの奴らに物を強請ったり、やれパーティに連れて行け、別荘に連れて行け、ディナーだデートだと、お前は何様だ?

ヒロイン様か。


それをいなし適当にかわしながら、フィーネの機嫌を取るメンバー。


本当に見るに耐えないっ!

自分が考えた計画なんだけどもっ!


そしてやはり、フィーネの要望で1番多いのは、コレ。





「ねぇ、ノワール。

いつになったらクラウスにまた会えるの?」


いつの間にか呼び捨て、敬語無しが通常化したフィーネは、ノワールを上目遣いで見て甘えた声を出すが、だいぶ苛ついてきているようだ。

焦りがその声に滲む。


「クラウスもここを卒業したら、国の政務に関わる事になるからね、色々と忙しいんだ」


申し訳なさそうにそう言うノワールに、フィーネは自分の髪を弄りながら興味無さそうに返事した。


「ふぅ〜ん、政務とか訳分かんない。

私と結婚するのに関係ないじゃん」


そうだよ?関係ないよ?

お前とは天地がひっくり返っても結婚なんかしねーから。


それより人にものを聞いておいて、さっきから何だその態度は。


つい空間魔法からカゲミツを取り出しそうになり、ギリギリで耐える。


いかんいかん、うっかり斬り捨てるところだった……。

私の姿は見えてないんだから、自重せねば。



「ねぇ、レオネル、それであの女はいつ婚約破棄されるの?」


キャハッと楽しそうなフィーネの声に、既に悟りの境地に達したレオネルが、口元だけで微笑んで答えた。


「君に聞いた情報を元に、今王家にかけあっている。

卒業パーティには間に合うだろう。

あとは衆目の前で彼女に問い詰め、逃げ出せない状況を作るだけだ」


レオネルを、すっかり自分の参謀扱いしているフィーネは、満足そうに笑った。


「断罪からの婚約破棄って訳ね!

あ〜楽しみ!早くあの女の絶望する顔が見た〜い」


ウキウキした様子のフィーネを、ニコニコ笑いながらもその目に殺気を宿らせるノワール。


レオネルなどは精神修行と割り切ってしまっているが、ノワールはそうもいかない。


ここにきて看板役者交代のお知らせとは。

どうなるか分からないものだ。


「さぁ、今日ももう遅くなってしまった、入り口まで送ろう」


2人を両側に侍らせてご機嫌有頂天のフィーネは、レオネルの言葉に口を尖らせる。


「ええ〜、いっつもそれね。

遅いといってもまだ夕方じゃない。

私は全然平気なのに。

なんならこのまま3人で、ね?」


2人の手を取り、あろう事か自分の胸に近付けていくフィーネ。

その手をやんわり振り解いて、ノワールが花を背負って微笑む。


「いけないな、フィーネ。

君の大事なものは、まずはクラウスに捧げるべきだよ。

違うかい?」


コイツに大事なものなどとっくに無い事を知っていながら、平気な顔で言ってのけるノワール。


良かった!うちの看板役者、まだまだ現役だったぁ!



「そ、そうね。分かってるわよ」


ギクっとしながら、フィーネは適当な事を言って誤魔化しているが、自分がまだ乙女設定だって忘れてたな、ありゃ。

色情魔め。



すっかり大人しくなったフィーネを入り口まで見送る2人。



私は姿を隠したまま、フィーネの後を追った。



「あ〜あ、あんな良い男侍らせといて、即喰い出来ないとか、何の拷問だよ、ちっ。

まぁ、クラウスを完全に攻略したらやり放題だから、それまで我慢するのも悪く無いかも。

それにしても、原作に無かった悪役令嬢の断罪からの婚約破棄とか、マジさいこー!

やっぱ乙女ゲーはこうでなくちゃね。

悪役令嬢にザマァ出来るのが最高に楽しいんじゃんっ!

あの女、原作では訳分かんない理由でコロコロ死んでたけど、アレじゃあこっちがスッキリしないっての。

私に男を取られて、しかも自分は断罪される。

あの女が無様に喚き散らす姿が早く見た〜い!

ちょう楽しみっ!」


るんるんとご機嫌でスキップしているフィーネに、後ろから蹴りを入れたくなる衝動を必死に耐える。


くっ、我慢だ……耐えろっ!シシリアッ!

ノワールのっ!レオネルのっ!ミゲルのっ!ジャンのっ!ついでにちょっぴりクラウスのっ!

アイツらの努力と犠牲を無にする訳にはいかんっ!


今はっ!今はっ!

耐えるんだっ!


小石投げるくらいで我慢だっ!


私は素早くその辺の小石を拾い、豪速球でフィーネの後ろ頭に投げる。


後ろ頭にそれが直撃したフィーネは、衝撃に耐えきれず前のめり、その場で派手に転けた。



うひゃっひゃっひゃっひゃっ!

パンツ丸見え、バーカバーカッ!


青っぱな垂らしたガキ大将の如き所業だが、後悔はしていないっ!


じゃあな、アバヨッ!



スタコラサッサッとその場から走り去る私の肩に、白い小さな小鳥が止まった。


識別は帝国から。

アランさんからの伝達魔法だっ!


立ち止まってその小鳥型伝達魔法を指にとまらせ、その口ばしに耳を近付ける。


アランさんからの伝達を聞いて、私はニヤリと笑った。



よし、やっと全てを片付けられる。

これで皆の安全が確保出来れば、後は仕上げにかかるだけ。


私はグッと拳に力を込め、天に振り上げた。








フィーネ、お前の正体を知ってから、今まで自由に泳がせていたのは、何も私の親切心なんかじゃねぇよ。


……ただ、思い直しただけだ。

お前を利用してキティを解放しようってな。

お前の事は私がどうこうする事じゃない。

生まれ変わった今、もうその権利もないんだ。

お前の事はお前の行いが決める。

私じゃない。



こんな風に思えるようになったのも、キティのお陰………と、まぁ、エリオットと、この世界で出会った皆のお陰だ。


私には私の人生がある。

シシリア・フォン・アロンテン。

それが今の私だ。

諸事情により、前世の記憶のあるただの転生者。


それだけだ。


痩せ我慢でもなんでもない。

本当にそう思える。


それはきっと今が最高に楽しいからだな。

前世に未練がない訳ではないが、昔も今も私は楽しく生きたし、生きてる。


いいんだ、それで。

もう終わりにしよう。


魔族の力に暴かれてもおかしくない程の、私の底で燻る醜い欲望は、捨ててしまおうと決めたのだから………。







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[一言] ノワールよく耐えたえらいぞ。アカデミー賞主演男優賞受賞はやっぱり君のものだ連続受賞おめでとうww
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