EP.75
クラウスの破壊力に呆気なく昏倒したフィーネだが、すぐに目を覚まし、ノワールの誘導でソファーに座らされた。
まだボーッとしているようだか、無理もない。
思いっきり頭打ってたからな。
準魔族だからミゲルの治癒魔法も使えない。
うっかり浄化されたり、ドロドロに溶けたりしたら困るからだ。
後の掃除が面倒だし。
「フィーネ嬢、大丈夫?」
分かってて体を支えてやらなかったノワールが、心配そうにその顔を覗き込む。
我が劇団の看板役者が、もう、一周半くらい回って、ちょっとだけ恐ろしい。
ここまでくると狂気を感じる。
「あ……はい、お見苦しいところをお見せして、すみません」
「そう、良かった」
上目遣いでねっとり見つめられても動じないノワールッ!
あ、アイツ本当に凄いかもしれんっ!
フィーネに見えないところで、皆それぞれ目を見開いたり、口元を押さえたりして、そのノワールに驚愕を隠せない様子だ。
……クラウスはというと、執務机の椅子に悠然と座って窓の外を眺めている。
自分の出番さえ終われば、音遮断の魔法を使って、キティの事でも考えてろ、と指示した通り、脳内でキティフォトライブラリーでも開いているのかと思っていたが……その肩が僅かだが震えていた………。
おい、盗み聞きしてんじゃねー。
あと、今回のMVP、ノワールを笑ってんじゃねぇ。
私は静かにクラウスに近付き、その耳に音遮断の魔法をかけた。
クラウスは耳をほんの少しピクリと動かしたが、相変わらず彫刻のような横顔で窓の外を眺めている。
そうそう。
いっそもう本物の彫刻にでもなっていてくれ。
こっからどうせエグいから。
お前が聞いていたら、それこそフィーネなぞ一瞬で塵に還されちまう。
「それで?何か困り事があって訪ねてきてくれたのかな?フィーネ嬢」
優しく問いかけるノワールに、フィーネは待ってましたとばかりに両手を組み、訴えるようにその目を潤ませた。
「まず、皆様の私への誤解を解きたくて参りました」
フィーネの震える声に、私はホレキタと内心ほくそ笑んだ。
もちろんそこも、抜かりなく打ち合わせ済みだ。
「誤解?」
ノワールが首を捻り、皆を振り向く。
レオネル、ミゲル、ジャンもそれに調子を合わせ、不思議そうな顔を返した。
その皆の反応に、フィーネは拍子抜けしたような顔をしながら、恐る恐るといった感じでまた口を開く。
「わ、私は、私が悪いんじゃないんですっ!
今までの事全部っ、私は罪をなすりつけられただけで……だから……?」
皆がやっぱり不思議そうな顔で自分を見ている事に気付き、フィーネは次の言葉を失ったようだ。
「ちょ、ちょっと待って、フィーネ嬢。
今までの事って?罪をなすりつけられたって何があったの?」
迫真の演技で迫るノワールに、フィーネはポカンと口を開けた。
「あっ……えっと、誤解が……それで、皆も私を取り調べて………?」
「僕達が?君を?何の為に?」
空とぼけるノワール。
もちろん、私の指示。
フィーネはボケっとアホ面をしていたが、やがて自分なりの答えを導き出したのか、俯き肩を震わせ始めた。
笑ってるな、ありゃ。
姿が見えないのをいい事に、フィーネに近付き、その俯いた顔を下から見上げる。
ニヤァッとわっる〜い顔でやっぱり笑ってやがった。
よしよし。
納得したようだ。
そうだよ、ゲームの修正力が発動したんだよ。
って、んな訳ないけどな。
もちろん、ここの指示には皆懐疑的だった。
有った事を無かった事には出来ない。
いくらフィーネだって、自分達からの取り調べを無かった事に、なんて態度には納得する訳がない、ってね。
が、私は言ったね。
いいから無かった事として会話を進めろって。
絶対大丈夫だからっ!てさ。
なっ?
大丈夫だったろ?
いいか?転生者組の〈キラおと〉中(毒)ならこの流れをすんなり受け入れる。
まず間違いない。
なぜならご都合主義のゲーム強制力やら修正力やら、ヒロイン補正やら、本気で信じているからだ。
はっはっはっはっ、どうだ?凄いだろっ!
あのキティだって未だにその辺を警戒し続けているのだから。
まぁキティは、いつゲームの強制力によって自分が悪役令嬢として扱われようと、真っ向から立ち向かうと腹を括っているけど。
一方フィーネは、それが当たり前の事と、何の努力もなしにそれを享受する気満々だ。
方向性は違えど、どちらもまだここをゲームの世界と信じているのは一緒。
目の前の事を信じられず、ゲームのシナリオばかり追いかけている。
キティはあれだけクラウスに溺愛……いや、執着されているというのに、未だそれにはっきり答えられないのは、やはりゲームのヒロインの存在を完全に排除出来ないからだ。
フィーネをヒロインとして否定する一方で、どんなヒロインでもゲームの強制力が起きればクラウスは夢中になるのでは、とどこかで疑っている。
そして、それこそがクラウスの幸せであったら……と怯えているのだ。
普通にクラウスを見ていれば、誰だってキティに夢中なのは一目瞭然だと気付くだろう。
クラウスの幸せはキティと共にある事だとも。
そんな事さえ分からなくさせてしまう、ゲーム脳。
悲しいかな、そこはフィーネと一致する。
フィーネなど、あれだけ散々取り調べ中、自分を塵を見るような目で見ていたノワールを、今やぼうっと熱い目で見つめているのだから。
都合の悪い事はこの瞬間、ゲームの修正力で無かった事になったと信じ込んでいる。
有った事は無くならない、起こした事も覆せない、そんな当たり前の事さえ、分からないのだ。
このままフィーネはゲーム通りに事が進むと信じて疑わないだろう。
もはやご都合主義の化け物だ。
そんな、ゲーム通りに事を進めたりしたら、キティがワタワタオロオロして泣いて逃げ出すんじゃないかって?
ところがどっこい、キティはあれで肝が据わってるんだ、いや、マジで。
基本、ビクビクオドオドしているが、間違っている事には一歩も引かない。
フィーネのように、人を傷つけて平気な人間には尚更。
絶対に引かない。
それは確信出来る。
出来るからこその、今回の計画なのだ。
ラストステージはキティの為に用意した。
これで必ずキティを〈キラおと〉の鎖から解放してみせる。
全てその為の前準備。
フィーネには思う存分、舞台で踊ってもらう。
私の操る舞台でな……。
クックックックック………。
んっ?めちゃ悪役っぽいな、今。
まぁいっか、元々悪役令嬢って設定だもんな。
「フィーネ嬢?大丈夫かい?」
下を向いて肩を揺らすフィーネを、ノワールが心配そうに覗き込む。
顔を醜く歪ませて、声を出さずに笑っていたフィーネは、パッと顔を上げると、縋るように皆を見た。
儚げな表情に涙を浮かべ、悲しそうに顔を曇らせる……。
あ〜あ〜。
っぽい。
凄くヒロインっぽい。
すげー変わり身の速さだけど。
いよいよ本領発揮か?
その顔で信者を増やしてきたんだろ?
「ノワール様……ありがとうございます。
わ、私、こんな事、誰にも相談出来なくて……。
それに、ノワール様は、あの、キティ様のお兄さんだし……」
流石にノワールの眉がピクリと動いた。
「……キティが、どうかしたのかな?」
それでも眉を下げ、心配そうな表情を瞬時で作る、頼れる看板役者。
「あの……実は、私……入学してからずっとキティ様に、嫌がらせを……」
ピクピクとノワールの眉が引き攣る。
流石に、ヤバいか……?
私がそう思った瞬間、レオネルが素早くノワールと場所を入れ替わり、フィーネの隣に座った。
「それは、一体どういう事だ?
詳しく教えてくれないか?」
レオネルに問われて、フィーネはその顔に優越感を浮かべた。
フィーネの頭の中ではノワールに嫉妬したレオネルが、無理やりフィーネの隣をノワールから奪った、って事になってるのだろう。
口を両手で隠しているが、目がニヤニヤ笑っているので何も隠せていない。
フィーネは甘えるようにレオネルを潤んだ瞳で見つめ、口をちょっとだけ尖らせた。
ああ、アレね。
アヒル口。
猫も杓子もやってたね、アレ。
あざと可愛いってやつか?
この世界でやると、完璧に頭がアレな人だけどな。
「レオネル様、キティ様は私が男爵令嬢で貴族の位が低いのにAクラスに在籍しているのが気に入らないのです。
それから、私にお友達が多くて皆に慕われている事も……。
最初は嫌味を言われたり、暴言を浴びせられたりしていました。
それでも私はめげませんでした。
そうしたらキティ様は、次は私の物を盗んだり壊したり……学園を辞めないともっと酷い目に遭わせると脅された事もありました……。
それでも屈しない私に……キティ様は、ついに実力行使を……。
中庭の噴水に突き落とされたり……階段から突き落とされたり……。
私、それで怪我もしたんです。
相手は侯爵令嬢だし、私にはどうする事も出来なくて。
レオネル様っ!皆様っ!どうか、か弱い私をお助け下さいっ!」
ツラツラと馬鹿の一つ覚えみたいにまたそれかよ……。
流石に飽きるわ。
そもそもオリジナルのキティだってヒロインにそんな事してない。
キャンキャン吠えるだけのめちゃ可愛ヘッポコ悪役令嬢なのに。
何が何でも酷い目にあった被害者ヒロインポジになりたい訳な?
それならよその乙女ゲーの子になりなさいよ。
「むむ……それが真実だとしたらそれは由々しき事態だ。
侯爵令嬢としても、殿下の婚約者としても失格だな」
ありがとう、兄ちゃん。
見事な棒読みだ。
「そうですね。こんな可憐な令嬢にそんな酷い事を、許せません」
サンキュー、ミゲル。
天晴れな棒読みだぜ。
「俺、陰でコソコソそんなことする奴、許せないゼ」
グラシアス、ジャン。
お前が棒読みキングだ。
「僕の妹が、そんな事を……。
今まで気付かず君に辛い思いをさせたね、フィーネ嬢……」
皆の棒読みに我に返ったノワールが1人奮闘する。
メルシー、ノワール。
アンタは最高のアクターだっ!
「そんなっ、ノワール様は気にしないで下さい。
悪いのは全部キティ様なんですから。
お兄さんだからって、そんな事まで貴方が背負う事ないんですよ」
ニコッと健気を装って微笑むフィーネ。
ヒロインお得意の、甘やかし系ダメ人間製造技な。
もしこれが本当の話なら、侯爵家の嫡男が、自分の家族のやらかした事を、俺知らねーじゃ通らねーわっ!
そのフィーネからノワールを庇うように、ミゲルが前に出た。
ナイスッ!
今のはヤバかったもんな。
「では、フィーネ嬢。貴女とキティ様の事は、必ず私達が解決します。
キティ様にはもうこれ以上貴女に何も出来ないように、厳しい監視をつけておきますから。
それから今までの事も、必ず貴女に詫びる機会を設けます。
いくら侯爵令嬢といえど、神の前では犯した罪は等しく裁かれるべきです。
もう安心して下さい」
カクカクと腹話術の人形のように一気に喋るミゲル。
目がぐるぐると焦点が合っていない。
人ってやけっぱちになるとこんななるんだな。
覚えておこう。
「ありがとうございます!ミゲル様っ!」
フィーネがドサクサに紛れてミゲルに抱きつこうとしたところを、レオネルがスッとミゲルの体をズラして庇う。
抱きつく勢いのまま、フィーネの両腕は空をかき、そのままソファーに倒れ込んだ。
頭にハテナマークを飛ばしながら起き上がるフィーネに、ノワールが手を差し出した。
「さぁ、今日はもう遅い。玄関まで送るよ」
最後の、皆が本当にやりたがらない所まで、ノワールがきっちり請け負ってくれる。
何かもう、アイツの背中に天使の羽が見える……。
ぼ〜っと頬を染めて、フィーネはノワールの手を取り、生徒会室を出て行った。
最後にクラウスを振り返る。
が、クラウスは窓の外を眺めたまま、フィーネの事など気にもしていない。
無駄だ、奴はキティフォトライブラリー(脳内)に夢中だからな。
そっとしておいてやってくれ。
そこだけは不満げに、しかし皆に笑顔で見送られて、フィーネはご機嫌で帰って行く。
もちろん私は、そのフィーネとノワールの後を追った。
入口でまた、妖艶美女エリオットが待ち構えていたが、フィーネはフンっとそっぽを向いて、受付に挨拶もせずに通り過ぎた。
「ノワール様、今日はありがとうございました。
あの、また相談に乗って頂けますか?」
甘えるように、上目遣いでそう言うフィーネに、ノワールはふわりと優雅に微笑んだ。
「うん、いつでもまたおいで」
その美しさにフィーネはクラクラと軽く目眩を起こしながら、ふらふらと千鳥足で帰って行く。
その後ろ姿をニコニコ眺めていたノワールは、フィーネの姿が完全に見えなくなると、スッとその顔から笑みを消しさり、地を這うような低い声を出した。
「エリオット様……お願いします」
「はいよ〜〜」
エリオットは自分の豊満バストに手を突っ込み、そこからズルっとデッカい丸太を取り出した。
いや、どうやって入ってたんだよっ!それっ!
ノワールはそれをエリオットから受け取ると、片手で持ち、ミシミシッと握りしめた。
つぎの瞬間、そのバカでっかい丸太がバキィッと音を立てて真っ二つに砕ける………!
いやぁ。
怒ってらっしゃる……。
めちゃ怒ってはるわぁ……。
思わず抜き足差し足でソロ〜リとその場を立ち去ろうとする私。
「シシリア」
地獄のそこから響くような声で呼び止められ、立ち去れなかった私。
「さぁ、説明してもらうよ?」
大輪の黒薔薇を背負い、ニッゴリ微笑むノワールに首根っこを掴まれ、ズルズル連行されていく私。
くそっ!
姿は見えないはずなのにっ!
こうなったら背に腹はかえられぬ。
妖艶美女に助けを求めようっ!
バッと顔を上げると、ノワールの反対の手で首根っこを掴まれ、私と同じようにズルズルと引き摺られている金髪碧眼ナイスバディな妖艶美女とバッチリ目が合った………。
いやっ!お前もか〜〜〜〜いっ!




