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EP.74



人気のない図書館。

窓辺にもたれ、読書に耽る1人の美青年。


そこに1人の少女が現れ、偶然にも彼と同じ本を手に取った。


人の気配に気付き顔を上げたその青年は、少女が手に持つ本をチラッと見る。


「キミもその本を?奇遇だな」


同じ本を持ち上げてほんの少し微笑む青年。

普段滅多に笑わない、その青年の微笑みに、少女は頬を染めて、頷いた。


「私はレオネル・フォン・アロンテン。

三年だ。君は?」


レオネルと名乗る青年の、穏やかな問いかけに、少女はビクリと体を震わせた。



「わ、わた、私は、フィーネ・ヤドヴィカ男爵令嬢ですっ!

一年生で……Aクラスですっ!」





………平気で嘘ついてんじゃねーよ。

お前はFクラスだろうが。

あと、自分で男爵令嬢とか言わねーよ。



アホすぎるフィーネの解答に、レオネルの眉間に皺が寄りそうになっているが、それをキツく目を瞑り、何とか耐えるレオネル。


頑張れ!兄ちゃんっ!

初っ端からコケたら承知しねーぞ。




「そ、そうか……フィーネ・ヤドヴィカ男爵令嬢。

覚えておこう。

私は生徒会にも在籍しているから、この学園で困り事があれば、遠慮なく尋ねて来なさい」


そう言って最後にもう一度フィーネに微笑み、レオネルは颯爽とその場を後にした。



よしよしよしっ!

良くやった!

大盤振る舞いだな、兄ちゃん!

涙ぐましい努力がこっちにも伝わって来たぜ。

ナイス演技っ!



何とかレオネルの出番が終わり、私はホッと息を吐いた。



で、私は何をしているかというと、姿を隠して自分の考えた計画の進行を見守っている。


万が一、フィーネが魔族の力を使おうとした時の引き剥がし役でもある。



もうお分かりだろうが、これは〈キラおと〉の、主人公と攻略対象者達との出会いイベントの再現だ。


皆にはフィーネの書いた怪文書を元に、フィーネの願望を叶える形で油断させるって体にしたが、実際私が書いた台本は、〈キラおと〉を元にしている。


悪役令嬢無しで出会いイベントを再現する為、多少はオリジナルと脚本が違うが、どうやらフィーネはその辺は気にならない様子だ。


レオネルが去ったのを確認してから、大きなガッツポーズを取った後、急に笑い始めた。


「ちょっと!何今のっ!あはははははっ!

やっぱり私、この世界の主人公じゃんっ!

私がヒロインで間違いないのよっ!

遅かったけど、やっと本来あるべき展開になってきたじゃんっ!

ほらねっ?やっぱりっ!今までがおかしかっただけだって!

魔族の力使わなくても、レオネルは私にもう夢中じゃんっ!」



……いや、挨拶程度の自己紹介しただけだが……。


あっさり食いついてきたフィーネに、計画通りではあるが、何だか微妙な気分になる。


うちの兄ちゃん、そんなチョロくないんだわ。


襟首掴んで窓からぶん投げたい衝動を、必死に抑える。


いかんいかん。

今日までの皆の血の滲むような努力を無駄にしては。



「よしっ!もうこれってゲームがやっと本来の姿に戻ったって事だよね?

次、次はノワールのイベントこなさなきゃっ!」


るんるんとスキップを踏みながら図書館を後にするフィーネの後を、姿を消したまま追いかける。


図書館を出る時に、キッチリ人払いの結界を解いておく。



万が一にもさっきのあのレオネルの醜態を、誰かに見られる訳にはいかなかったからな。


ちなみに、この先の各所にも同じような結界が張ってある。





次の舞台は裏庭の花壇。

フィーネがニヤニヤと花に水をやっていると、そこにノワールが偶然を装って現れた。


「やぁ、こんにちは。花に水をあげてくれているんですか?

学園の為に、どうもありがとう。

貴女は優しい人だね。

それに、花が喜んでいるようですね。

優しい貴女の心が花にも分かるのかな?」


満開の薔薇を背負って微笑む、ノワール。

その完璧な演技に、私は白目になって衝撃を受けた。


ノワールッ!恐ろしい子っ!



ノワールはまったく淀みもなく台詞を続ける。


「僕は三年の、ノワール・ドゥ・ローズ。

君の名前を知りたいな」


まるで〈キラおと〉から飛び出てきたような、リアルノワールに、フィーネは顔を真っ赤にして、すっかり興奮している。


「私は、フィーネ・ヤドヴィカ男爵令嬢です。

一年Aクラスですわ」



ああもう、その設定でいくんだな。

分かったよ、もう何も言わねーよっ!


ノワールはフィーネの自己紹介にもその表情を崩さず、ふわりと花が咲き綻ぶように笑った。


「僕は生徒会に入っているから、もし何かあれば遠慮なく生徒会室においで」


そう言って、優雅に退場するノワールを、その姿が見えなくなるまでポーっと見つめ続けるフィーネ。


やがてノワールの姿が完全に見えなくなると、鼻息荒く、ガッツポーズを取る。


ダンっと足を前に出した勢いで、さっきまでしおらしく水やりをしていた花を踏みつけにしているが、おい、花にも優しい男爵令嬢どこいった?



「やっぱりっ!出会いイベントは死んでなかった!

これよっ!これこれっ!

今までが間違いだったんじゃないっ!

ノワールも私にバッチリ一目惚れしてたしっ!

今までの遅れを取り戻す為に、ヒロイン補正とゲーム強制力がガッツリ効いてるじゃんっ!

何よっ、最初から魔族の力なんて要らなかったじゃないっ!」


そう言ってオーホッホッホッホッと高笑いするフィーネ。


やめろっ!

それは悪役令嬢の十八番だぞ!

お前如きが使っていい技じゃないっ!



「さっ、次はジャンね〜〜っ!」


るんるんと駆け出すフィーネを追いながら、奥歯をギリギリ噛み締めた。





ジャンの舞台は鍛錬場。

ここでは予め、幻影魔法で鍛錬中の生徒を映し出しておいた。


ここでの私の役目は、姿を隠したまま、幻影魔法の生徒の動きに合わせて木剣がフィーネの方に飛んでいくように投げる事なのだが……。


つい手が滑って、フィーネの眉間に向けて木剣を思い切り投げつけてしまった。


ギュンッと凄まじいスピードで飛んでくる木剣に、フィーネがはぁっ?と目を見開いた瞬間、ジャンが片手でそれを受け止める。


「おいっ!危ねーだろっ!」


幻影魔法で作り出した偽のモブ生徒に言っていると見せかけて、あれは私に怒鳴ったな。


悪い悪い、つい手が滑ちゃって、テヘペロ(真顔)



「お前、大丈夫か?

何でこんなとこウロウロしてんだよ」


私の豪速球木剣のせいでその場に腰を抜かしているフィーネに手を差し出しながら、ジャンはそう声をかけた。


おっ?アドリブじゃん。

やっる〜〜っ!



「ご、ごめんなさい。

私は一年Aクラスのフィーネ・ヤドヴィカ男爵令嬢。

貴方は?」


首を可愛らしく傾げながら、ジャンの手を取り立ち上がるフィーネ。


「俺は三年のジャン・クロード・ギクソット」


ぶっきらぼうに答えるジャンは、フィーネを見つめて……いや、微妙に視線をズラしてるっ!

アイツ、そんな卑怯な手をっ!


「何かお前って、危なかっしくて放っとけねーな。

俺は生徒会にいるから、何か困ったらいつでも生徒会室に来いよ」


ジャンの秘技視線逸らしには気付かなかったのか、フィーネはご機嫌でニヤニヤ笑っている。


それだけ言ってすごい速さで走り去るジャン。

普通ならただの不審人物なのだが、フィーネは満足そうに声を上げて笑った。


「アーハッハッハッ!はい、ジャンも攻略完了〜。

ちょうチョロい、ヤバいウケるっ!

逆ハーなんか余裕じゃんっ!」


フィーネはもう楽しくって仕方ない様子だ。

いやぁ、良かった。

コイツに人並みに考える脳みそがなくて。

ゲーム脳って実に平和だ。


バカ笑いしながら次のポイントに向かうフィーネを、静かに追う。

やれやれ、やっと次で最後だぜ。







次の場所は、人気のない学園内の教会。

もちろん人払いの結界を張ってある。

万が一にも誰かに見られたら、ミゲルにとって不名誉極まりないからな。



「おや?迷える子羊ですか?」


噛みもせずスラっと言えちゃうあたり、コイツも油断ならねぇ。



「は、はい。礼拝に来たんですけど、誰もいないんですね?」


モジモジと体をくねらせ、ミゲルに近付くフィーネ。


「信仰はここでなくても神に示せますが、私としては少し寂しいですね。

私はミゲル・ロペス・アンヘル。三年です。

貴方は?」


慈愛に満ちた微笑みに、フィーネは頬を染めてジッとミゲルを見つめた。



……まさかここでも見ることになるとは……。

秘技、視線外し。


ミゲルはフィーネの眉間に上手いこと視線を合わせ、直接見つめ合う事を避けている……。


お前ら、どんだけ女が、いや、フィーネが苦手なんだよ……。



「私は一年Aクラスのフィーネ・ヤドヴィカ男爵令嬢です。

私のような者でも、神様は受け入れて下さいますでしょうか……」


自分を卑下してみせるフィーネだが、ミゲルは慈しみの微笑みを浮かべ、答える。


「もちろん、神はじゅっ……んんっ、十分に誰にでもその門戸を開いて下さいます」



……お前今、神は準魔族など受け入れたり致しません、とか言おうとしなかった?


えっ?ここにきてそのミス?

何で?ねぇ、何で?


姿は見えずとも、私の気迫が伝わったのか、ミゲルは微笑みながらも指先を少し震わせていた。



「私は生徒会に在籍しております。

お困り事があれば、いつでも生徒会室においで下さい」


そう言ってミゲルはフィーネに一礼し、早々に教会を後にした。





残されたフィーネはニヤニヤとその顔を歪ませ、また高笑いをする。


「ギャハハハハハッ!マジでチョロいっ!

ヒロイン最高っ!やっぱりこうでなくちゃっ!

これで逆ハーなんか余裕じゃんっ!

レオネルもノワールもジャンもミゲルも皆私の物よっ!

あ〜〜っ!やっぱり攻略対象者は全然違うっ!

ダンチで顔面レベル高っ!

もうファンクラブの奴らなんかどうでも良いわ。

攻略対象に比べたら、あんな不細工共、私には似合わないものっ!」


非常に楽しそうなフィーネだったが、だが直ぐにその顔から笑みを消し、不思議そうに首を捻った。


「でも、クラウスとは出会いイベントが起きなかったわね。

毎日出会いイベントポイントは欠かさず巡回してるけど、まぁそのお陰で今日やっとイベントが起きたんだけどさぁ。

何故かクラウスとは無かったな………」


そう、監視からの報告で、フィーネが必ず出会いイベントポイントを毎日回っている事を知っていたから、この計画を考えついたのだ。


あれやこれややらかしといて、まだ出会いイベントを諦めてないのかよ、と呆れていたが、逆に利用出来る日がこようとは。



首を捻っていたフィーネは、パッとその顔を明るくすると、ポンと手を打った。


「そうよ、皆、生徒会室に来いって言ってたわ。

きっとクラウスとの出会いイベントは生徒会室であるんだっ!

さっきのはそれのフラグだわ。

何だ、楽勝じゃん」



はい、ご苦労さん、正解正解。

皆がしつこく生徒会室に誘ってたのは、お前を誘導する為だよ。


いいからさっさっと行け行け。


姿は見えていないが、フィーネに向かってしっしっと手を振る。


フィーネは鼻歌を歌い出しそうな勢いで、スキップで生徒会室の方に向かった。



ちなみにこの学園の生徒会室は、新旧と2つある。


もちろん私達が使っているのは新しい方。

で、今回フィーネを誘導するのは古い方。


そもそもSクラスと生徒会室のある校舎には、許可が無ければ入れない。


が、今回は受付にエリオットが構えているから、もちろんフィーネはスルー。

そんでついでに今は使われていない古い方の生徒会室に誘導する手筈になっている。



私は余裕でフィーネの後を追い、自分の校舎に向かった。



丁度フィーネは受付で生徒会室の場所を聞いているところだったのだが……。


そこにいた金髪碧眼のナイスバディな美女に、目玉が飛び出しそうになる。


エ、エ、エリオット〜〜〜ッ!

貴様〜〜〜!

それは反則だろっ!


めっちゃ理想の受付嬢じゃねーーかっ!

皆が夢見る受付嬢を生み出してんじゃねーよっ!

なんかでもありがとうございます。



美女を前にフィーネはムスッとして、場所だけ聞くと礼も言わずエリオットから顔を逸らし歩き出した。


そんなフィーネの態度にもニコニコとしたままのエリオットの前を通り過ぎる時、エリオットは姿の見えないはずの私に普通に話しかけてくる。


「女性の姿だと、フィーネの相手も楽だね」


妖艶美女エリオットは、艶っぽい流し目をよこしてくるが、中身がな〜〜。

ロリッ子じゃなくて、お姉様も悪くないんだけど、中身がな〜〜。


ここまで心から残念な美女も珍しい。


「アンタその姿であんまりウロウロしないでよ」


一応忠告しておくが、エリオットはヒラヒラと手を振って小首を傾げた。


「はぁ〜〜い」


語尾にハートマークがつきそうな色っぽい返事してんじゃね〜よっ!


くそっ!

アイツ一生あのままの姿でいてくんねーかな。




若干ナイスバディに後ろ髪を引かれつつ、フィーネの後を追う。


フィーネはまんまと旧生徒会室の扉の前に立ち、ニンマリ笑っていた。



いや〜〜。

その顔、皆に見せてやりたいわ。

ネギ背負った鴨も高速で逃げ出すレベルだぞ、それ。



フィーネはコンコンと生徒会室の扉を叩く。


ややして中から扉が開いた。

応対したのはノワールだった。


うちの看板俳優じゃないですか。

まずは安全牌から出てきて良かった良かった。



「やぁ、早速来てくれたんだね。

さぁ、遠慮なく入って」


ブワッと花を咲かせて微笑むノワールに、鼻の下を伸ばすフィーネ。


いつもより多めに咲かせてるけど、おい、黒薔薇も混じってるぞ!

しまえしまえっ!

頼むからしまってくれ!


フィーネが中に入ると同時に私もそれに続く。

扉を開けて私達が入るのを待っているノワールの足を、強めに踏むと、ノワールはその笑顔は崩さず、若干痛みに顔をしかめた。


しおしおと花が萎んでいくのを確かめてから、中の様子を見る。


正面の執務机の後ろ、大きな窓の前に立っていたクラウスがゆっくりとこちらを振り返った。


彫刻のように美しいその姿に、フィーネがヘナヘナとその場に座り込む。



……腰砕けとか、どんだけ破壊力強いんだよ、クラウス。


頼むから、その見た目だけでフィーネを再起不能にしてくれるなよ。


姿の見えないはずの私から漏れる殺気に、クラウスは眉をピクリと動かした。


一瞬、私に向かって嫌そうな顔をするが、すぐにいつもの恐ろしいほど美しい無表情に戻る。



「大丈夫?フィーネ嬢」


ノワールの差し出した手を、震える手で掴みながら、フィーネは立ち上がった。


足がブルブル震えてるけどな。

頼むから漏らすなよ?



「クラウス、こちらはフィーネ・ヤドヴィカ男爵令嬢。

フィーネ嬢、彼はこの国の第二王子、クラウス・フォン・アインデル殿下だよ」


ノワールに紹介されたフィーネは、カーテシーも出来ず、赤べこのようにペコペコ頭を下げた。



そのフィーネに、クラウスは優雅に微笑み、ゆっくりと頷く。


途端、フィーネはフッと意識を失うと、ドターンッと勢い良く後ろに倒れた。



……そこは、支えてはやらないんだな、ノワール。




気持ちは分かるので、それについては暗黙の了解で、皆が一致団結、スルーしておいた……。






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