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EP.73



「な、な、な、なんか、お、お、お前って、危なっかしくて、ほ、ほ、放っとけ、け、け、ねーな」


「カット、カットーーーッ!

ジャーーンッ!ぜんっぜんっ!駄目っ!

まるっきりっ、駄目っ!」


メガホン片手に大声を出す私を、ジャンが嫌そうに見る。


「だからっ!俺には無理だっつったろ!」


負けじと吠えるジャンをビシィッと指差し、私は目を吊り上げた。


「無理とかそんな事、知らないわよっ!

やるったらやるのよっ!

いつまでもグダグダ言ってないでっ!

さっ、もう一回!」


私の気迫に何も言えなくなったジャンは、膨れっ面で台本に目を落とす。



「な、な、何かっ!お前って!危なっかしくてっ!放っとけねーなぁっ!」


「カットッ!カァァァット!

喧嘩売ってんじゃないわよっ!

このあほーーーーーうっ!」


アロンテン家の小ホールに、私の怒声が響き渡った………。









遡る事、数日前。

3学期目前の私達は、いつものエリオットの執務室に大集合していた。


「へーー面白いね」


エリオットは私の計画の為の台本を読みながら、感心したようにそう言った。


「特に、この衆目の前でフィーネに魔族の力を使わせるところが特に」


ニヤッと悪い顔をするエリオットの後ろで、台本を覗き込んでいたニースさんも黒い笑顔を浮かべている。


あ、あの人、笑えるんだ………。



「冗談じゃねーよっ!何で俺らがこんな事しなきゃいけねーんだよっ!」


事前にこの計画を話してあったにも関わらず、ジャンが怒鳴り声を上げる。


何だよ?往生際が悪いな。

まだそんな事言ってんのか?


ジャンをギラリと睨み付けると、向こうも負けじと睨み返してきた。


涙目になってんじゃねーよ。

どんだけ嫌なんだよ。



「ですが、本当にここまでする必要があるんですか?」


ミゲルの問いに、私はハッと鼻で笑う。


「あるわよ、フィーネを確実に捕らえるにはこれくらいしなきゃ。

いい?この計画のポイントは2つ。

まず、フィーネに操られている、更に操られていた貴族子息の救済措置。

フィーネの魔族の力を皆の前で使わせて暴く事で、アイツらが準魔族に操られていた、との認識を広める。

キティにあれだけの事をした奴らが、帝国のアルカトラズ行きだけで済む理由さえ皆に伝われば、キティや王家が今後舐められる事もない」


私の説明に、ミゲルはなるほど、と頷く。

ジャンはまだ納得のいかない顔で、ブスッと不機嫌に口を開いた。


「で、もう一つは?」


そのジャンに、私はやれやれと肩を上げる。

察しの悪い奴め。


「2つ目は、フィーネに操られた奴らのリストを見れば分かるわよ」


私にそう言われて、そのリストを眺めるが、ジャンにはピンとこないらしい。

しきりに首を捻っている。


「なるほど、見事に貴族派の貴族ばかりだ」


ジャンの持つリストを横から覗き込んで、レオネルが答えた。


「そう、つまり、アイツらの言う高貴なお貴族様、ともあろう者がまんまと準魔族を取り込み、良いように操られた、ってのを衆目の前に晒す!

そこのリストにある家は今後、宮廷でも社交界でも発言権を失うわ。

つまり、一気にゴルタールの力を削げるって事よっ!」


バババーンと効果音が欲しいくらい胸を反らす私に、エリオットだけがパチパチパチと手を叩いて讃えてくれた。



「う〜ん、だけどそんなにうまくいくかなぁ?」


気弱な発言をするノワールに、私はバシッと台本を見せつける。


「その為の、これよ!

この通りにやれば、フィーネは必ず人前で魔族の力を使うわ」


自信満々な私を懐疑的な目で見るノワール。

ふんっ!分からないだろうな。

なんたってこれは、対フィーネ用の私にしか考え出せない計画だからな。



「しかし……これは、フィーネが配布していた稚拙な文章を羅列した謎の怪文書を元にした物じゃないのか?」


レオネルが心底嫌そうな顔で私が作った台本を指で摘んでいる。


「そうよ、これはフィーネの妄想と妄執の詰まったあの書籍〈キラメキ⭐︎ 花の乙女と誓いのキス〉を元に作った台本よ」


ニヤリと笑うと、レオネルは瞬時にその顔を怒りで赤くした。


「あれを書籍などと呼ぶなっ!」


読書家のレオネルには耐えられないらしい。

私はクックっと肩を揺らして笑う。


「それで、あの怪文書を元にした台本で、どうして上手くいくと?」


こちらも本の虫であるミゲルが、サラッと毒を吐く。


「まずね、何故こんな面倒くさい事をするかと言うと、第一にアンタらの安全の為よ」


私の言葉に皆して首を捻る。

揃いも揃って察しの悪い奴らめ。



「まず、この国の第二王子」


私はビシッとクラウスを指さす。


「次に、王家に連なるアロンテン公爵家嫡男」


次にレオネルを指さす。


「更に、教会本部、大司教の息子」


続いてミゲルを指さす。


「そんでもって、国軍の要、ローズ侯爵家嫡男」


更にノワールを指さす。


「最後に、近衛騎士を統括するギクソット伯爵家子息」


止めにジャンを指さす。


「しかも全員、クラウスの側近。

そんな人間を万が一にも魔族の力で操られる訳にはいかないでしょ?」


ふ〜やれやれと両手を上げると、ミゲルが不満げな声を上げた。


「しかし、フィーネの力は人の醜い欲望を駆り立て操るもの。

我々にそのような力など、通用しませんよ」


おっ?流石、清廉潔白が売りの教会人。

そこまで言い切れるとは天晴れ。


「あのね、ミゲル。フィーネは学園でやりたい放題力を使ってきたのよ。

あれから万が一にも力が強くなっていたらどうするの?

例えば、醜いだけじゃない、その人間が内に秘めた欲望を炙り出し増大し操れるまでになっていたら?

欲望よ?誰しもあるでしょ?欲望くらい。

ただの欲する望みなのよ?」


優しく言い包めると、ミゲルはギクリと冷や汗を掻きながら、ツツツと私から目を逸らした。


ゆっくり一人一人と目を合わせていくと、皆、ツツツと私から顔を逸らす。


ガッツリ目があったのはクラウスとエリオットくらいだ。


……コイツらは欲望に忠実だからな。

秘するって意味さえ理解出来ていないだろう。



「まぁ、そんな訳で。

あのフィーネの事だから、そこまで力を増強出来ているとは思えないけれど、それがまったく無いとも言えない現状、万が一に備えて動くしかないのよ。

それに、他の生徒から興味を逸らして、アンタ達に集中させる狙いもあるの。

流石にこれ以上の被害者は必要ないでしょ」


私の言葉にやっとミゲルが納得したように頷いた。


「しかし、こんな荒唐無稽な台本で、本当に上手くいくのか?」


やはり嫌そうに台本を指でつまんでいるレオネル。

おい、それは私が書いたやつだぞ。

ええ加減にせんかいっ!


「いくわよ、フィーネは絶対に食い付く。

そしてアンタ達に魔族の力など使う必要はないって判断するはずよ。

まず間違いないわ。

アンタ達はフィーネに魔族の力を使われないように、その台本通りにしっかりやればいいの。

いい?分かった?」


腰に手を当てぐるりと皆を見渡す。

皆は嫌で仕方ないって顔で、諦めたように溜息を吐いていた。



「なぁ、それで何でクラウスの出番が一度きりなんだよ?

俺らみたいに小っ恥ずかしい台詞もなく、なんだよ、これ。

微笑んで頷く?これだけかっ⁉︎」


ジャンが苛つきながら地団駄を踏むが、何故そこが分からないのか、私には分からない。


「ジャンく〜ん、無茶言わないでよ。

うちの子にそんな事させられないでしょ?」


エリオットの呑気な声に、ジャンはますます地団駄を踏んだ。


「何でだよっ!クラウスだけ明らかに贔屓だろっ!

コイツにもやらせろよっ!

この小っ恥ずかしい小芝居をよ〜〜」


ガラ悪く王太子に絡むジャン。

お前、それ近衛騎士団長の父ちゃんに見られたら、ゲンコツじゃ済まないぞ?


ジャンにヤンキー絡みされながら、エリオットは困ったように眉を下げていたが、スッと真顔になって口を開いた。


「塵に還すと思うよ、うちの子、迷いなく」


そのエリオットの返事に、ジャンもスンッと真顔になって、スススとクラウスに近付き、その肩をポンと叩いた。


「……分かった、お前は何もするな」



やっと分かったか?

クラウスに何かやらせれば、今までの苦労が全て無に還るだけなんだぞ?

ただ、どこぞの男爵令嬢が行方不明になるだけだ。


そんな結果、ここまでやってきた私達の誰も、望んでないんだわ。



「むしろ、この、微笑んで頷くって事も難しいよね?」


ノワールが諦めの表情を浮かべている。

が、いやっ!そこを諦めるのはまだ早い。


私は唾をゴクリと飲み込み、クラウスをジッと見つめた。


「クラウス……いい?よく聞きなさい。

この台本を最後まで、つまりラストのステージまで演じきり、フィーネをキティの目の前で準魔族として捕らえる事が出来れば。

キティのアンタに対しての杞憂が、100%晴れるわ」


私の言葉に、今まで興味なさげにしていたクラウスが、カッと目を見開いた。


「シシリア、それは本当か?」



よし、食いついてきたな。


「ええ、間違いなく、アンタを悩ませてきたキティの枷は完全に外れる。

そしてアンタの気持ちを真正面から受け止められるようになるわ」


力強くそう断言すると、クラウスは信じられないといった顔で私をまじまじと見ている。


いや、理解は出来んだろうが、本当なんだよ。


既にキティは、腹を括ってフィーネと真っ向から戦うつもりでいる。

つまり、まだフィーネがクラウスのヒロインかもしれない、という可能性を否定出来ていないのだ。


あくまでもキティは、もしそうでも、自分もクラウスを諦めない、と決意しているだけだ。


そこを根底から覆すにも、やはりこの方法しかない。


キティの〈キラおと〉という枷を外す為にも、ここはきっちりクラウスにもやり遂げてもらわなきゃいけない。

フィーネに優しく微笑んで頷く、という、超難関な任務を。



ジッと私の目を見つめていたクラウスは、長い付き合いなりに、私から何か感じとったのか、顎を掴んで少し思案したのち、コクっと頷いた。


「分かった、やろう」


よしっ!

内心ガッツポーズを取る私と、それを信じられないといった顔で見ているノワール。


ややしてノワールも、溜息を吐きながら口を開いた。


「クラウスがそこまでやるというなら、僕もやるよ。

それが本当にキティの為になるというなら」


よしっ!よしっ!

二代巨塔がこっちに倒れたっ!


これで万事上手くいくはず!


私は拳を振り上げ、執務室に響く大声で叫んだ。



「よしっ!明日っから早速稽古に入るわよーーーっ!」









で、冒頭に戻る。


あれからうちの邸でそれぞれ役作りに勤しんでいるのだが、どうもジャンだけいくらやっても上手くいかない。


あのクラウスでさえ、エリオットからトレースした優雅な微笑みを完璧にこなしているというのに。


くそっ!ジャンめっ!情けなくて涙が出てくらぁっ!



「もういいわ、一旦休憩にしましょ」


盛大な溜息を吐きつつ、私がそう言うと、ジャンは膨れっ面のまま椅子にどかっと座り、ガシガシと頭を掻いている。


私はそのジャンに近付き、肩をポンポンと台本で叩いた。


「アンタさぁ、好きな子とかいない訳?」


私の言葉にジャンは目を見開き、座っている椅子をガタッと鳴らした。


「なっ、ばっ、い、いねーよっ!そんな奴っ!」



……何だよ、いないのかよ。


私は更に盛大に溜息を吐いた。


「じゃあ、もういいからさ、犬とか植物とか何でもいいわよ。

フィーネを自分が好きな物に見立てて台詞を言えばいいじゃない。

何でそんな難しく考える訳?」


私の言葉にジャンはふいっと顔を逸らし、口を尖らせた。


「俺は例え芝居でも、好きでもねー奴に優しくなんて出来ねーし、思ってもいない事なんて言えねー」


その頑なな態度に、いよいよこれは困ったな、と首を捻った。


ジャンの性格はよく分かっているつもりでいたが、ここまで拒否反応を示すとは……。


しかし、ジャンは大事な配役の1人。

欠けた状態では、今回の計画に支障をきたす。


ふ〜む、どうしたものか?


反対側に首を捻ると、私の髪を留めている髪どめがキラリと光った。


それを眩しそうに眺めながら、ジャンがポツリと呟いた。


「お前、そんなの持ってたっけ?

それ宝石じゃないだろ?珍しいな」


ジャンが指さす髪どめに触れ、私は不思議に思いながらも答えた。


「ああ、これ?この前、エリオットが買ってくれたの。

ローズ侯爵領にある街の露店で」


女の装飾品に興味を示すなんて珍しいな、と思っていると、ジャンがその顔を急に険しくさせた。


「何だよ、お前ら2人だけで出掛けたのか?」


その低い声に若干怯みつつ、私は頷いた。


そりゃ、近衛騎士団長の息子だもんな。

王太子と公爵令嬢がお供もつけず、街ブラしました、なんて話、捨ておけないわな。


ちょっと後ろめたく感じてジャンから目を逸らすと、ジャンがボソッと呟いた。



「……も……ろよ」


「はっ?」


不明瞭な呟きに、咄嗟に聞き返すと、ジャンが俯いていた頭をガバッと上げて、ジッとこちらを見つめてきた。


「俺とも、出掛けろよ、だったら」


何が、だったら、なんだか分からん。

と一瞬思ったが、その真剣な眼差しにそうは言えず、私はただ頷いた。


「いいけど、別に」


そう答えると、何故かジャンは小さくガッツポーズして、勢いよく立ち上がった。


「じゃ、やってやるよ。

日頃は無愛想だけど、ヒロインにはツンデレな近衛騎士団長子息?だっけ?

訳分からんが、この台本通りにやればいいんだろ?」


「お、おう……」


急にご機嫌になってやる気になったジャンに、私は面食らいながらも頷いた。


何なんだよ、コイツ。

訳分からん。


ってかやるなら最初からやれよ。


あと何でアイツは柱の陰でハンカチ噛んで引っ張りながらコッチを睨んでるんだ?

ってか泣いてねーー?


私はチラッと柱の陰に隠れているつもりでいるエリオットを横目で見た。


アイツ、デカイなりで本気であそこに隠れられてるつもりだろーか?


かなりガッツリ見えてるけどな。



そんで、何でジャンはそのエリオットを睨みつけてる訳?

何2人でバチバチしてんの?



……バトル?

バトルかっ?

バトルなんだなっ⁉︎


よしっ!じゃあ今すぐバトルフィールドを展開してっ!


楽しそうな事が始まるっ!とワクワクしている私の肩を、ノワールがポンポンと叩く。



「駄目だよ、シシリア。

そういうんじゃないから、やめなさい。

あの2人はちょっと放っておいてあげて。

特にジャンは………。

ジャンにだって区切りが必要なんだよ。

サッパリした奴だからね、その機会さえ与えてあげれば、引き摺ったりしないと思うよ」


そう言って優しく微笑むノワールに、私は首を捻った。


「何の事よ?」


全く意味が理解出来ない私に、ノワールは意味深に笑って、小さな溜息を吐いた。


「僕はちょっとジャンが羨ましいな……。

断ち切る機会がある事が……」


ますます訳の分からん事を言っているノワールに、私は首が痛くなるくらいに捻った。



どうした?大丈夫か?

そういやコイツ、未だに初恋拗らせてんだっけ。

上手くいってないのかなぁ?


色々落ち着いたら、コイツのその、事情があって会えないとかいう令嬢の事をゆっくり聞いてやるかな……。



まだバチバチやっているエリオットとジャンを眺めつつ、何となくそんな事を考えていた………。






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