小話 〜爆誕っ!同人即売会編〜
「先生、進捗状況はどんな感じですか?」
揉み手で後ろから話しかけると、クルッとこちらを振り返り、ニヤリと笑うマリーベル。
「いいわよ、印刷所に持っていってちょうだい」
「せ〜んせ〜いっ!」
私は感動のあまり、マリーベルに抱きついた。
マリーベル・デオール。
母方の従姉妹で、デオール伯爵令嬢。
クリームイエローのくりくりの瞳に、サンディブロンドの髪。
癖っ毛を気にしているけど、そこが私には可愛いくて仕方ない、彼女のチャームポイントだと思っている。
年は私の一つ年下。
マリーは子供の頃からお絵描きが得意だった。
ってか、お絵描きレベルが人とちょっと違う。
そこに目をつけた私が、前世オタの知識をフル稼働させて、マリーに漫画を描かせてみたら、これが大当たり!
マリーはすっかりハマってしまい、描きに描きまくり、異世界系の有名どころの漫画を全てトレースしてこの世界に爆誕させてしまった天才。
もちろん全て1冊しか無いので、世の中に流通はしていないが。
印刷技術はあるけど、流石に後ろめたいし心苦しい。
あと、世界観が理解されないと思うし。
マリーは自他共に認める変人なので、その辺の理解は早かった。
あくまで異世界物として、受け入れている。
似ている世界観の物を選んだつもりだけど、やはりこの世界の人間から見たら、ファンタジーなのだろう。
いや、前世でもファンタジーなのだが。
そしてやはり、マリーは腐に走った。
素養はあるなと思っていたが、ここまで爆進するとは……。
しかし、マリーは飢えていたのだ。
自分がトレースした作品の2次創作というカオスな状況に……。
虹とは人から与えられてこそナンボっ!(某伯爵令嬢談)
って事らしい。
そんなマリーも〈うる魔女〉に出会い、今ではすっかり〈うる魔女〉の2次創作の虜になっている。
机に齧り付いて、誰の目にも触れない〈うる魔女〉の同人誌を描いて描いて描きまくる!
その姿は鬼神の如きっ!
その絵の才能をもっと他の事に〜っと嘆く両親を薙ぎ払い、世間一般の令嬢の嗜みには目もくれず、腐、虹、同人っ!な日々。
立派な貴腐人に成長していた。
もちろん、諸悪の根源の私とはとっても仲良し!
〈うる魔女〉作者と並行して、マリーの編集も務めさせて頂いています。
ふっふ〜〜っ!
たぁのしぃぃぃぃっ!
「おや?先生っ、今回は主人公総受け物ですね……大変に鬼畜で素敵です」
ニヤリと笑うと、マリーは黒〜い笑顔でドゥフフと笑い返してくる。
「どんな淑女が手に取るか、楽しみですなぁ〜」
ああっ!先生!悪い顔ですっ!素敵っ!
「ねぇ、シシリィ、その情報に本当に間違いはないの?」
今は誰も使っていない、学園の端にある旧校舎の廊下を歩きながら、キティはゴクリと唾を飲み込み、私に聞いてきた。
「ええ、確かな情報筋からのネタだから、間違いないわ」
私は力強くキティに頷く。
だって、私が企画したんだもん!
これほど確かな情報筋もなかろう。
だぁっはっはっはっ!
私の持つ招待状がほのかに赤く光り出す。
目的の場所が近付いているという事だ……。
ん?もちろん私の魔法でやってる、ただの演出だよ?
やがて、一つの教室の前で招待状のカードが真っ赤に光った。
「ここね……」
私はキティを背に隠しながら、慎重にそのカードを教室の扉にかざす。
すると、その扉がひとりでに開いた。
じ、自動ドアっ?カード認識付きっ!
ってキティは驚いているけど、だから私の演出だって。
恐る恐るキティが中に入ると、中はまだ昼間だというのに、薄暗い。
「ようこそおいで下さいました……同志よ」
いきなり目の前に現れた女の子に、キティはビクッと飛び跳ねた。
あっ、もちろん、これマリー。
私が魔法でマリーの気配を消しただけ。
マリーは、占い師の様な真っ黒な布を頭から被り、顔も体型も隠していた。
とはいえ、その布にあしらわれた宝石はかなり上等な物だったので、貴族だってバレているかもしれないけど。
まぁ、貴族令嬢のお遊びって事にしておかないと、淑女の皆さんは不安がるからね。
そして、ここでのルールはただ一つ。
お互いの身分は明かさない。探らない。
招待状に書いてあった項目を律儀に守り、キティは静かに頷くだけだった。
えらいぞっ!
「私の事は、どうかウルスラとお呼び下さい。さぁ、奥に……」
マリーが名乗っているのは〈うる魔女〉に出てくる魔女の名前。
ぐっと世界観に浸れて、ナイスネーミングだと私は思う。
「さぁ、同志よ、ご覧下さい」
ウルスラことマリーの示す机の上に並んだ、至高の品々に、キティは全身を震わせた。
「あ、ああっ!此処こそ、天国っ!」
ボロボロと涙を流すキティ。
そこには〈うる魔女〉の薄い本が、丁重に並べられていたのだ。
「さぁ、同志よ、遠慮なくお手に取って下さい」
キティは目を見開き、震える手で一冊手に取った。
丁重に表紙を開く………。
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛〜〜〜っ!!
尊い……。』
心の声が全身からダダ漏れのキティ。
天を仰ぎ、ただただ静かに涙を零す……。
キティがまず手に取ったのは、魔道士×主人公の、言い包め本。
感動に咽び泣く、キティ。
「いかが致しますか?どれをご所望でしょう」
マリーにそう聞かれたキティは、興奮して鼻息荒く答えた。
「もちろんっ!全買いでっ!読む用、普及用、保存用で、各3冊ずつっ!」
フンガーッと鼻息の荒いキティに、マリーは申し訳無さそうに言った。
「申し訳ありません。ここでのロイヤル買いは禁止事項となっております。
ご購入頂けるのは、お一人様一冊までとなります」
ドガシャーーーーンッ!!!
っとショックを隠せないキティ。
真っ青な顔で、薄い本をアワアワ眺めている。
ごめんなぁ。
内容が内容だけに、まだ量産出来ないんだ……。
キティ、急転直下、天国から地獄に突き落とされたような顔をしていた……。
涙をボロボロ流すキティ。
「申し訳ありません、なにぶん、まだ作家が少なく、一冊一冊が貴重な物となりますので。
ご希望の方の手に充分行き渡るよう、このような措置をとらせて頂いております」
キティのあまりの落胆ぶりに、マリーが若干怯え気味で説明していた。
あのマリーが引くほどのキティの腐への執着。
流石、本場出身の人は違う。
ややして、キティは涙を拭い、笑顔でマリーを見上げた。
「申し訳ありません、情けない姿を見せてしまい……。
では、その、主人公総受け本でお願いします」
「んぐふぅっ!見た目に反して結構ハードッ!」
マリーが、動揺を隠せないっ!
1500のダメージッ!
隣で見ていた私ももちろんダメージを受けていた。
いや、そこいく?
他にもあるよ?
魔法騎士×白魔法使いの和やかまったり日常系とか。
魔道士×魔剣士の調教系とか。
魔法騎士×主人公の、本当は妹の方では無く貴方がっ!なヒロイン置き去り系とかさぁ。
それを、よりにもよって、貴重なたったの1冊に選ぶのが、主人公総受けで、全キャラ制覇とかっ!
んぶふぅっ!
コンプ勢のサガですかっ⁉︎
キティに見つからないように、肩を揺らせて内心バカ笑いが止まらない。
やっぱ本場の人は違うぜっ!
そこにシビれるっ!憧れるぅぅぅっ!
無事に主人公総受け本をゲットして、キティはルンルンで帰路についた。
これで、キティに薄い本を与える私の使命も果たされたというもの……。
長かった……。
長い道のりだったが、私はやり遂げたぜっ!
1人心の中でガッツポーズをする私も、ちゃっかり一冊の本を抱えている事に気付いたキティは、驚いた顔で立ち止まった。
「シシリィも買ってたの⁈
誰攻め?誰受け?」
ワクワクした顔でそう聞いてきたキティに、私は本の表紙をキティに向けて、うっとりした顔で答えた。
「主人公×ヒロインの、チビTカプういらぶ初めて本」
おっと、涎たれてた。
「そのジャンルもあったのね、後で貸してね」
「私も、主人公総受け、後で貸して。
腹抱えて笑いたいから」
もう読んだんだけどさ。
薄い本の貴重なこの世界で、やっぱり単純に貸し借り出来る相手はいた方が良かろう。
しかし、キティは私の持っている本の表紙をまじまじと見つめている。
ちなみに、ヒロインのモデルがキティで、主人公のモデルがクラウスね。
〈うる魔女〉の中では、この2人は同い年で身長もさほど変わらない設定。
社交界デビューがリアルと違って13歳って世界観だから、この2人の年齢は13。
に、しては低身長な2人……を見つめるキティ。
キティは恐る恐るといった感じで私に聞いてきた。
「ねぇ、担当編集者の趣味をお話に反映させるなんて事、ないよね?」
私は不思議そうな顔で、首を傾げた。
「提案はよくするけど、だいたい先生もノリノリで了承してるわよ?」
キティは、あ〜………って顔で冷や汗を流している。
なに?
悪いの。
私達がチビTカプ勢なのが、悪いっての?
旧校舎を出ると、外の明るさに目が眩んだようで、キティは目を細めている。
しかし足取りは以前軽やか、ふわふわと今にも空を飛んでいきそうだ。
「キティ、探したよ?」
フワフワお空を(幽体)漂っていたキティは、その声にギュンッと肉体に慌てて戻る。
「ク、クラウス様っ!どうしてこちらに?」
キティが咄嗟に、主人公総受け薄い本を背中に隠したので、私がキティのスカートのウエスト部分に差し込んであげた。
これで、ブレザーに隠れて見えないでしょ?
ナイスアシストじゃない?私。
まぁ、抱っこされたりしたらすぐにバレるけどね、ぷぷぷ。
「ちょっと執務室でお茶でもどうかな?って誘おうと探していたんだ」
爽やかな笑顔が腐な私達には一層眩しい。
キティ、イマ、オマエガモデルノソウウケボン、カッテタヨ……。
口元まで出かかった言葉を無理やり飲み込む。
キティは本人を前にして、罪悪感がヤバいのか、青白い顔をしている。
「ところで、こんな所で何をしていたの?」
地獄の質問っ!キタコレーーーッ!
どうするどうする?
何て答えるっ!キティッ!
っとワクワクしてしまったが、あまりに動揺するキティが可哀想で、仕方なく私が説明する事にした。
私は平気な顔で、クラウスに自分の本を手渡す。
「これを買いに来てたの」
これまた平気でケロッと教える。
「ああ、お前が言ってた、創作の創作とか言うやつか。
これは?〈麗しの令嬢と魔女の呪い〉のヒロインと主人公か?
2人をイメージした絵画集か何かか?」
「違う違う、主人公×ヒロインの、チビTカプういらぶ初めて本。
漫画といって、静止画だけど、ちゃんとセリフと文字付きで動きもある。
ここから、こんな感じの順番で読んでいくの」
私はクラウスの持っている本を平気で開いて、細かく説明していく。
キティはその様子を、信じられないといった感じで、目を見開いて見ていた。
あっ、ごめん。
私、オープンオタなんだよね。
キティは砂を吐きそうな顔でこちらを見ていた。
どんな本で説明してんだっ!とキティの心の声が聞こえてきそうだ。
クラウスは私の説明に、ふむふむと頷き、チビTカプういらぶ初めて本をしげしげと眺めている。
「なるほど、確かに動きがあるな。
これは興味深い。今度貸してくれ」
「いいけど、貴重な本だから、汚さないでよ」
私は、ちょっと嫌そうに更に続ける。
「ページとページがバリバリに引っ付いてたりしたら、この国滅ぼすわよ?」
「ふむ、一国が滅ぶほどの貴重な本なのか……。
分かった、慎重に取り扱おう」
キティがもはや、私を宇宙人かっ?て目で見ているが、何でだ?
諸注意は大事でしょ?
薄い本の貴重性の分からない初心者のやりがちな事じゃないか。
泣くぞ?
マリーの貴重な一冊が袋とじ状態になったら、私はこの国を滅ぼす勢いで泣くぞ?
「さぁ、キティ。お茶に行こう」
酸欠気味のキティは、もう何も言えず、クラウスに素直に頷いていた。
にこにことご機嫌なクラウスに抱えられ、キティはあれ?って顔をする。
主人公総受け本を制服の下に隠すより、そのまま私が預かった方が安全だったんじゃないかという事に、やっと気付いたらしい。
私を真っ青な顔で振り返るキティ……。
を、お腹を抱えながら指差して、更に涙を流しながら爆笑する私。
にゃ〜はっはっはっはっ!
今頃気付いたっ!
ス、ス、スカートの中に隠すとか、隠せてないからっ!
アーハッハッハッ!
私への怒りに顔を真っ赤にして頬を膨らませ、プルプル震えながらクラウスに抱えられ去って行くキティ。
アーディオスッ!
達者でな〜〜っ!
「この後のお二人の展開を想像しただけで滾るのは私だけ………?」
いつの間にやら隣に立っていたマリーが、ボソッと呟く。
「いや、もちろん、私もよ……」
2人が去って行った方角を見つめながら、ニヤリと笑う。
隣でマリーもドゥフフと笑っている。
「成長魔法をかけられた2人の、大人の体でアレコレ本………」
ボソッと呟いたマリーの言葉に、私はパッと目を輝かせ、マリーを振り向いた。
「せ〜んせ〜いっ!貴女が神かっ!」
流石この世界に降臨した貴腐神様っ!
発想が神ってるぅ!
「そうと決まれば、早速っ!さぁさぁ、先生っ!」
マリーを急かしながら邸に送り届ける私。
この世界に同人即売会が生まれた、この日は記念すべき日になった。
ちなみに、残りの本も即完売。
その後マリーにはアシスタントも出来て、更にそのアシスタント達も同人活動を始め、この国に密かに新しい文化が生まれつつある。
それと並行して〈うる魔女〉のモデル勢は、今までとは違う熱い視線に悩まされる事になるのだが…………知らねっ!
ジャンは寝てる時も、ドゥフフって笑い声に悩まされ、ゲッソリ痩せこけてしまったが………知らねーーーーっ!
なぁっはっはっはっはっはっはっ!
〜後日、生徒会室にて〜
「クラウス……何の真似ですか、これは?」
ノワールがブリザードを纏い、クラウスを睨みつける。
そのノワール(魔法騎士、場合によっては攻め)の腰をガッチリと抱いて、顎を掴み、上向かせるクラウス。
「……すまん、少しキティを怒らせた……」
唇が触れそうな距離でクラウスが辛そうに呟いた。
カシャーカシャーカシャーカシャー。
キティの脳内のスクショは炸裂しっぱなしだ。
カシャカシャカシャカシャッ!
こっちの連写音はもちろん私だ。
跪いたジャン(魔剣士、受け)の顎を掴み、悠然と微笑むレオネル(魔道士、攻め)……。
「俺達は何をやらされてるんだっ!何をっ!
おい、レオネルっ!何言う通りにしてんだよっ!
今すぐお前の妹を止めろっ!」
「くっ、すまん、ジャン。
あいつ、魔道具を何処からか手に入れてきて……。
身体が勝手にっ!」
「分かってるよっ!俺もだよっ!
おいっ!シシリア、いい加減にしろっ!
その小型記録魔法でさっきから何を撮ってんだよっ!
あっ、キティ嬢、たすけ……って、こっちは何も持ってないのに、何か撮られてる気がするっ!!
やめろっ!2人共っ!撮るなっ!撮るなぁぁぁぁぁっ!」
ジャンの絶叫が生徒会室にこだまする。
キティと私は、気付かれないように逃亡を図っていたミゲル(白魔法使い、場合によっては受け)にギギギッと首だけで振り返った……。
「あっ……、わた、私は神の使徒ですので、そういった事は、神がお許しにならな……っ!
こ、来ないで下さいっ!あっ、身体の自由がッ!
シ、シシリア、冗談ですよね?
や、やめてっ……。
シシリアーーッ!キティ様ーーっ!
やめて下さいーーっ!」
悪りぃな。
なんか知らんが、クラウスがあの後キティに何やらやらかしたらしく、キティ様大暴走中なんだわ。
私もマリー先生に資料を頼まれてるからさぁ。
悪いがっ!……全コンプいかせてもらうっ!
骨は拾ってやるから、安心しろやっ!
リアル薄い本の餌食となってくれっ!




