EP.70
誤字報告ありがとうございます!
本当に本当に助かります!
「しかし大きくなったな、シシリア。
立派な淑女になって……爺は誇らしいぞ」
好々爺然とニコニコ笑うローズの爺様の腕にぶら下がりながら、私もニコニコ笑う。
「ありがとう、爺様。
私ももう社交界デビューを終えた一人前の淑女だからね」
2人で顔を見合わせニコニコしていると、後ろから深い深い溜息が聞こえた。
「とてもでは無いが、その姿が一人前の淑女だと、私は認めたくないが」
首だけで振り返ると、そこに頭を抱えるレオネルと困り顔のノワールが立っていた。
私はピョンと爺様の腕から降りると、2人に向かって首を傾げた。
「何言ってるのよ、私はキティと並んで若き淑女界のエースって言われてるのよ?
お手本に使われてるくらいなんだから」
私の言葉にレオネルはますます深く溜息を吐き、ノワールは気まずそうに明後日の方向に目を逸らせた。
むっ、何だよ、その態度は?
私が2人をむすっと睨み付けていると、ローズの爺様が弾んだ声を上げる。
「それで?ワシの可愛いキティちゃんはどこじゃ?んっ?」
デカい図体でソワソワキョロキョロする爺様。
ノワールもキティを探してキョロキョロしている。
「あ〜…キティならクラウスが自分の別荘に連れて帰ったわよ。
ゲレンデで遊んでいたら、キティの体が冷えちゃって。
急いで温める為にってゆ〜か、まぁ、今日はそっちで過ごすと思うわ」
とにかく2人と目を合わせないように説明すると、やはり2人から殺気が漂ってくる……。
「ほぅ、あの小僧……ワシからキティちゃんを掻っ攫っていくとは……いい度胸だな…」
「ええ、キティにはこちらの邸に戻るよう言っておいたのですが……どうやらクラウスが無理に攫って行ったようですね……」
目だけ異様に光らせて、ビリビリと空気を震わせる2人に、私とミゲル、目を覚ましたジャンは固まって、あわあわガクガクと震えた。
「まぁまぁ、2人共、落ち着いて。
どちらにしても今から話す事はキティちゃんには聞かせられないでしょ?
うちの別荘にクラウスと居てくれた方が都合が良かったくらいだと思うけどね」
間伸びした声が聞こえて、エリオットと師匠が現れた。
「師匠〜〜〜っ!」
助かった!とばかりに師匠に縋り付くと、師匠は私の頭を撫でながら呆れたようにローズの爺様を見た。
「……レジスよ、孫と同じ歳の娘を怯えさせるでない。
そもそもお前の孫とて既に成人して婚約者のある身、いつまでもジジィが付き纏える訳ではないぞ」
師匠の鋭い眼光に、ローズの爺様はシュンと大きな体を縮こませた。
見た目的にはその孫と変わらない師匠に、馬鹿でかい爺様が説教されて落ち込んでいるっていうカオスなのだが、そこを気にしていては師匠とは付き合えない。
そもそも年より大人っぽい見た目の私など、とっくに師匠と逆転しているのだから。
身長だって、今やちょっと屈まないと師匠に抱きつけない。
「いや、しかし……ワシだって久し振りにキティちゃんに会えると楽しみにしておったのに……。
キティちゃんは邸から出たがらんかったから、ワシが王都に行かねばキティちゃんに会えんのじゃぞ。
それなのに北がちょこちょことちょっかいをかけてくるもんじゃから、ワシはなかなかここを離れられんし……。
……北、もう流石に鬱陶しいの……。
滅ぼすか?魔女どの」
孫会いたさに大国を滅ぼすつもりの爺様に、師匠も深く頷いた。
「そうじゃな、やるか?」
こっちもアッサリ乗っかっちゃったよっ!
アンタら何なんだよっ!
「まぁまぁまぁ、それも骨の折れる話ですから、今はまだ時期を待ちましょう」
2人の間に入り、ニコニコ笑うエリオットだが、こいつも言っている事はさほど変わらない。
「それより、今回の調査報告が先でしょう」
いよいよ溜息の吐きすぎで酸欠にでもなったのか、レオネルがこめかみを押さえながらそう言ったので、皆やっとソファーに座り話し合う体勢になった。
ローズ辺境伯の領主城は、邸というよりは強固な城砦だ。
そこの広い応接間のソファーに、私、レオネル、ミゲル、ジャン、ノワール。
それにゲオルグとエリクエリー。
更にエリオットとニースさん、ルパートさん。
それから師匠とローズの爺様。
不在のクラウスは後で報告だけ聞くと言っていたから、まぁ、いいとして。
これだけ集まれば既にただ事では無いのは明らか。
一体このローズ侯爵家の領地で、何が起こっているのか。
「結論から言って、私の張った結界は破られておらなんだよ」
師匠の言葉に、レオネルとノワール以外のキティ警護組がホッと息をつく。
「が、一箇所薄くなっていた場所があってな。
魔獣や小型のドラゴンはそこを無理やり抜けてきたのじゃろう。
じゃから傷だらけで、すぐに事切れておったんじゃな」
ずずずっとお茶を飲みながらそう言う師匠に、次は目を見開いてその顔を凝視する。
「師匠の結界が薄く……?それは誰かが人為的にやったの?」
そう言いながらも、そんな人間が存在する訳が無いという相反する思いで、私は顔を引き攣らせた。
「ま、そうじゃろうな。
自然に薄くなる訳がないから、誰かがやったと考えるのが妥当じゃ」
平気な顔でそう言う師匠に、皆がシンッと静まり返った。
「魔女殿がすぐに修復して、より強い結界を二重にかけてくれたからの、もう問題ないだろう」
ローズの爺様がそう言ったが、いや、問題は大ありだ。
この師匠の結界を、破れずとも薄くした人間がいる。
そんな人間がいる時点で、充分にこの国の脅威になり得るのだから。
「その人間の痕跡は?何か残ってなかったのですか?」
ミゲルの問いに、ノワールが困り顔で答える。
「隅々まで調査したんだけどね、北の人間がいた痕跡はあったんだけど、師匠の結界に何かした人間を特定する事は出来なかったよ」
残念そうなその顔に、皆が溜息を吐く。
「つまり、既にその人間の魔力の残骸すらも残っていなかったんですね?」
ミゲルの問いに、またもノワールが困り顔になり、レオネルも眉を寄せた。
「魔力の残骸どころか、その痕跡すらも無かった」
レオネルがそう答えて、私はハッとレオネルを見る。
「じゃあ、もしかして、それってスキルを使ったって事っ?」
私の驚愕の声に、レオネルはますます難しい顔をする。
「まぁ、今のところ、考えられるのはそんなところじゃの〜」
その場に似つかわしくない師匠の呑気な声に、私はゴクリと唾を飲み込んだ。
「じゃあさ、それがスキルだったとしたら、どうやってそのスキル持ちを探し出すんだ?」
ジャンの疑問に答えられる者などいない。
ジャンは焦って一人一人の顔を見ているが、そんな事出来る人間はいないからだ。
スキルを使ったところで、その痕跡など残らない。
そこから特定の人物を割り出すなど不可能なのだ。
「問題は、その人物が北側の人間だという事だ」
ニースさんの冷静な声に、皆がハッと顔を上げる。
「結界は外側から崩そうとされた痕跡がある。
つまり、内からではなく外から。
北側の国境の方からだ。
その人間の力は脅威的なものだと皆も分かるだろう。
そして、その力を現在所持しているのが北の大国だという事になる」
静まり返る応接室。
誰も声を出せない中、師匠とローズの爺様、エリオットだけ、なんて事ない顔でお茶を飲んでいる。
「まぁ、とは言ってもじゃ。
スキルは魔法と違って持って生まれたレベルから上がる事はないからの。
もし今回の事を仕出かしたのがどこぞの誰かのスキルだとしても、私の結界を薄くした程度。
そこまで問題はないじゃろう」
事もなげにそう言う師匠に、皆、納得がいかない顔だ。
師匠の結界に干渉出来る時点で規格外だ。
そのレベルのスキルを持っている人間が、あの北の大国にいるなど、本当なら考えたくもない。
「とはいえ、このまま放ってはおけないからね。
こちらの砦に王宮の調査団を派遣させてもらいますよ。
それからルパートの率いる特別部隊も。
良いですよね?閣下」
エリオットからの要請に、ローズの爺様は厳つい顔で頷く。
「まぁ、良いじゃろう。
ここは国防の要、人はいくら居ても困る事は無い。
もちろん客人扱いはせんから、そのつもりでな」
ギラリとした視線を受けたルパートさんは、背筋を伸ばしてローズの爺様に答える。
「はっ!我が部隊の者にも重々申し付けておきますので、ご心配無くっ!」
ルパートさんにしては良く喋るなぁと思っていると、その顔が珍しく高揚している。
チラッと見ると、ジャンがそのルパートさんを羨ましそうに眺めていた。
なるほど〜、騎士や兵士に神と崇められるローズの爺様の側にいられる事に、テンション爆上がりなんだな〜。
意外にルパートさんとジャンは気が合いそうだな〜っと思っていると、もう1人……ゲオルグも羨ましそうな顔をしていた……。
脳筋率高くない?
ちょっと暑苦しいんだけど。
「さてと、これで魔獣被害も収まるでしょ。
せっかくここまで来たんだから、明日はそれぞれローズ侯爵領の冬のリゾートを楽しもうよ」
最後まで呑気なエリオットのお陰で、皆拍子抜けした顔で解散する事になった。
……たが、やはりそれぞれ胸のモヤは晴れない。
師匠の結界に干渉出来る存在。
気にならない訳が無い。
もしそんな者が本当に居たとして、もし今回、全力を出していなかったとしたら……?
例えば……まだ力を隠していて、本当は師匠の結界を破れたのに、わざと破かなかったのなら……。
この世界に、師匠を超える力を持った者が居る、という事に……。
「リア、どうしたの?随分顔色が悪いね」
応接間から帰りの馬車に向かっていると、いつの間にかエリオットが隣にいて、わたしの顔色を伺っていた。
見るとエリクエリーがエリオットの服を掴んで一生懸命に引っ張っている。
が、ビクともしていない。
まぁ、エリクエリーバリアはエリオットにとっては簡単に破れるものだし、今までは私の近寄るなオーラに恐れをなしていただけだろう。
「いいわ、エリク、エリー。離してよし」
私の指示に、エリクエリーはパッと手を離し、反動でエリオットが廊下に顔から派手に倒れた。
「酷いよ〜。エリクくんとエリーちゃんはどんどんリアに似てくるね。
その、僕に容赦のないとことか」
ぶつぶつ言いながら起き上がるエリオットに、エリクエリーはちょっと嬉しそうに頬を染める。
「あ、嬉しいんだ……」
エリオットは自分で言っておいて、2人の反応に戸惑っている。
何だよ、当たり前だろ。
私に似てきて何が悪い。
ジトっと横目で睨めば、エリオットは頭を掻きながら、改めて私の隣に並ぶ。
「それで?リアは何がそんなに不安なの?」
私も淑女の端くれ、感情を表に出さない訓練は受けてきたし、実際得意な方なんだが……。
エリオットには通じないらしい。
1人で悶々と考えていても仕方無い事だし、私は素直に考えていた事を話す。
「あの、師匠の結界を破った者が、全ての力を出し切っていなかったら、って考えていたの」
私の言葉にエリオットは片眉を上げた。
「なるほど、それは確かに懸念すべき事だが、もし相手の使っている力がスキルであれば、それは心配ないよ」
エリオットの答えに私は目を見開いた。
「何でよ?」
興味深げに聞くと、エリオットは軽く肩を上げた。
「スキルっていうのは天からの祝福とも言われているけれど、その実とても一方的なものなんだ。
好きなスキルをもちろん選べないし、実はあまり応用もきかない。
魔法みたいに属性を掛け合わせる事も出来ない。
そして、生まれ持ったレベルは一生そのまま、上がる事は無い、つまり、下がる事も無い。
魔法のように自分の努力でレベルを上げる事は出来ないんだよ。
伸びしろも縮みしろもないっていうか。
つまり、不変の力なんだ。
これは使用する時も同条件で、例えば力をわざと弱めて使う、とか、コントロール出来るものじゃ無いんだよ。
つまり、レベル50のスキルなら、使用時もレベル50のまま。
調整なんて出来ないんだ。
だから、リアの懸念は今のところそんなに必要ないかもね」
エリオットの説明を聞いて、私はホッと胸を撫で下ろした。
師匠だけでなくコイツまで平然としていたのは、そういう事か。
「アンタは流石にスキルについて詳しいわね。
そんな知識持っているのは師匠とアンタくらいでしょ?
ねぇ、もっとスキルについて教えて欲しいんだけど、頼める?」
首を傾げてお願いすると、エリオットはすぐに分かりやすい惚け顔になる。
「もちろん、良いよ。
僕はこの領主城に滞在しているから、良ければ今から僕の部屋でどうかな?
丁度珍しいワインなんかもあるし」
すっかり鼻の下を伸ばしたエリオットの顎を、ツツツと指でなぞって、その耳元で囁く。
「嬉しい……それじゃ、後でアンタの部屋で、ね」
少し艶っぽく囁くと、エリオットは蕩けきった顔で、ふにゃふにゃと力なくその場に膝をついて天を仰いでいる……。
そのエリオットを一旦そのままに、私は改めて後ほど、エリオットに用意された部屋を訪れた。
コンコンッ。
扉を叩くと、すぐに扉が開き、ニヤけ顔のエリオットが飛び出してきた。
「リアッ!いらっしゃいっ!待ってたよー………って、あれ……」
私の後ろに控えるいつもの顔ぶれに、エリオットは惚けた顔で固まっている。
そのエリオットを押し退けて、ズカズカと部屋に押し入る私達。
そう、私、達。
誰が2人きりって言った?
あんな事しといて、私と2人きりになどなれる訳無いだろ。
バーカバーカ。
「スキルについての講義を受けられると聞いたのですが、本当ですか?」
キラキラした目でミゲルに詰め寄られ、まだ呆然としているエリオットは、一気に人口の増えた部屋を見渡している。
「大変貴重なご講義、感謝致します、殿下」
頭を下げるレオネル。
「キティがいないと寂しくて……」
ハラハラと涙を流すノワール。
「なぁっ!ここにある果物食っていい?」
言いながら既にバナナを頬張る猿……違った、ジャン。
「ちょっと!珍しいワインどこよっ?
珍しいワインーーーーッ!」
ガチャガチャと家探しする私とエリクエリー、……と、その後を、私達が荒らした物を元に戻しながら着いてくるゲオルグ。
「……わぁ、カオス……」
呆然としたまま、エリオットはそれだけ呟いて、涙を流した。
で?珍しいワインは?




