EP.69
「実は少し困った事になってね」
今日はエリオットの王宮の執務室に呼び出された私達いつものメンバー。
自分の執務机に座っているエリオットは、本当に困り顔だ。
「それは、我が領についてですか?」
ノワールの言葉に皆が驚いてそちらを見る。
「ローズ辺境伯の守る土地に、何か起こるとかあんのか?」
ジャンが不思議そうにそう聞くと、ノワールは困惑顔で答えた。
「……それが、まだよく分からないんだ。
お祖父様は調査の為に師匠に連絡したらしいんだけど」
「調査?」
すぐさま疑問の声を上げるレオネルに、ノワールは頷く。
「詳しくは分からないんだけど、ローズ侯爵領で何かが起きているみたいなんだ」
ノワールの言葉に、エリオットが真剣な顔で頷く。
「そう、ローズ侯爵領は北の大国と隣接した雪深い辺境。
常に北の脅威にさらされたその場所を、代々ローズ侯爵家が守り辺境伯の称号を戴いている。
もちろんローズ侯爵家の強固な守りで、北の侵略からこの国は守られてきたが、師匠がもっとその土地を有効活用しようと言い出してね、北との国境に巨大な結界を張ったんだよ。
今やローズ侯爵領は師匠の結界に覆われて、何ならこの国で1番安全な場所になったって訳」
エリオットの話に皆が頷く。
そう、ローズ侯爵領はこの王国では珍しく、山間の雪に閉ざされた場所。
隣国の北の大国に燐した場所だけあって、そこは本来なら寒さ厳しい閉ざされた土地……の筈なんだけど。
そこにあろう事か、ローズ侯爵と王家共同で冬の一大リゾート地を立ち上げ、スキーやスノボ、スケートやスノーモービル等、冬のレジャーを取り揃えた、本当に一大リゾート地を作ってしまった。
随所に細かく魔法で快適に過ごせるアイデアが盛り込まれていて、毎年冬になると大盛況。
北の大国と燐した、本来なら緊張感漂う土地の筈なのに、この土地は王国随一の武を誇るローズ家の守りと、師匠の強力な結界のお陰で、今や平和そのもの。
沢山の人で賑わう、活気的な土地に生まれ変わっている。
新しい物好きな貴族達がこぞって別荘を建て、土地の値段も爆上がり、侯爵家は更に潤った。
「そこにどんな問題があるって訳?」
私の疑問に、エリオットが眉に皺を寄せる。
「まだハッキリとしないんだが、もしかしたら師匠の結界が破られたかも知れないんだ……」
エリオットの言葉に、皆が一斉に息を呑んだ。
魔法は何でもそうなのだが、自分より強い者の魔法は破れない。
それなのに、この国、いやこの世界で一番強いであろう師匠の張った結界が、破られた……!
そんな事、あり得ない。
もしそれがあり得たとしたならそれは。
師匠の力を凌ぐ者が現れた、という事………。
その場に居る全員が、真っ青になって、その場に縫い付けられたように動けなかった。
「……そんな事……あり得るの?」
自分でも驚くほどの掠れた声が出た。
私の呟きのようなそれに、エリオットは難しい顔で首を振る。
「……分からない。ローズ侯爵私兵団の魔道士は、結界に損傷は見られないと言うが、侯爵領には明らかに北の魔獣や魔物が侵入した形跡があるんだ。
どれも随分弱っていて、侵入と同時に事切れ瘴気に戻ったようなんだが、中には人里まで降りて、家畜を荒らした形跡のあるものまでいる。
ローズ侯爵領の魔道士に見破れないなら、もう師匠本人に頼むしかないからね。
忙しい人だからすぐには無理だが、君達の冬季休暇の頃には侯爵領に来てくれる事になっている。
そこで君達にも、冬季休暇に入ったら、辺境伯の所に来てほしいんだ。
万が一に備えたいのは山々なんだけど、まだ事を大事に出来なくてね。
今は少数精鋭で望みたい」
エリオットの話に、クラウスが真っ先に口を開いた。
「無理だ。今はキティから離れるべきじゃない」
確かに、いくら王宮の警備が強固なものとはいえ、クラウスや私達に勝りはしない。
冬季休暇中だから何も起こらない、とは言い切れないのだから、キティから私達を離すべきではない。
クラウスの言葉にエリオットは兄ちゃんの顔になり、優しく笑った。
「もちろん、キティちゃんも連れて行けばいい。
申し訳ないけどこれは陛下からの勅命でね、誰かがキティちゃんの為に残る事は出来ないんだ。
でも、キティちゃんは自分の家の領地にも訪れた事が無いから、喜ぶんじゃないかな?
冬のリゾート地だからね、ウィンタースポーツも充実しているよ?」
キティにウィンタースポーツ……。
かなり無理があるが、まぁ私達が不在の間、1人置いていくよりはマシだろう。
たまにしか会えない辺境伯(キティ祖父)にも会えるだろうし、案外その方がいいかも知れない。
クラウスは自分の顎を掴み、思案していたが、ややしてニースさんを見て口を開く。
「ニース、氷彫刻職人を王家の別荘に派遣してくれ。
作らせたい物がある」
何やら思い付いたようだが、絶対キティ関連だな。
〈うる魔女〉の氷彫刻、ロイヤルバージョンだな、これ絶対。
クラウスの切り替えの速さに皆口をあんぐり開けていたが、そのお陰で肩の力が抜けたので、まぁ良しとしよう。
夏に続いて、生徒会の冬合宿だと思えば、案外楽しいかも知れない。
密かにそんな事を思いつつ、正体の分からない不安を打ち消そうとした。
学園が冬季休暇に入ったと同時に、私達はすぐに動く事になった。
師匠が侯爵領に来る算段がついたからだ。
先発隊として、既にエリオットとニースさん、ルパートさんが現地入りしていた。
それを追うように、ノワールとレオネルも私達より先に出発している。
そして、その他のメンバーは今、キティの護衛の為、ゲレンデでスキーやスノボに興じている。
キティの護衛の為だから。
決して遊んでいるわけではない。
楽しんでもいない。
「ヒャッハーー!絶景なりっ!」
私は頂上から、一面の銀世界を眺め、両手を振り上げた。
イエーーーイッ!
やっぱ冬は雪山に来なきゃ始まらないぜっ!
遠くに豆粒みたいなキティ達が見える。
超初心者コースで、何やらわちゃわちゃしているようだ。
風魔法を使って会話を盗み聞いてみた。
「そうそう、キティ、上手だよ。
板を履けたね、凄いよっ!」
クラウスの声だ。
どうやらキティには、ハードル低めから徹底的に褒めるスタイルの専属コーチ(クラウス)がついているようだな。
「ふふ、キティ、今日はより一層産まれたてみたいだね」
ぶふーーーっ!
おまっ!クラウスッ!上手いこと言うなよ。
思わず吹き出しちゃったじゃねーか。
確かにキティは常にプルプル震えて、産まれたて感が出てるけどもっ!
主にお前が原因なんだが?
「おい、だから違うって、それじゃ横滑りするだけだから、馬鹿っ!体重をこっちにかけるなっ!」
次はジャンの厳しい声が聞こえる。
ふむふむ、ミゲルに教えてるのはジャンか。
随分スパルタだな。
感覚で体を動かしているジャンはこういった指導に向かないんだけどな〜。
「すみませんっ、このような板に足を固定されては、思うように出来なくて……。
皆、本当にこんな事を楽しんでいるのですか?」
ミゲルの情けない声。
途端に、私のBでLなレーダーが、ピコーンピコーンと鳴った。
ほう、アイツら。
サッとエリーが差し出した望遠レンズを覗くと、必死にジャンに抱きつくミゲルが見える。
こうしちゃいられねーぜっ!
私は一気にスキーで下まで滑り降りる。
待て待て待て。
昼間は強気で生意気なこの子(受け)も、夜は私の愛欲に溺れていますよ?
だよな?それ。
いつも頼りないアイツ(攻め)が、夜になると豹変、ちょっ!掴まれた腕が振りほどけないっ⁈
コイツのどっからこんな馬鹿力がっ⁈
に発展するやつだな、見逃さねーよっ!
カシャーカシャーカシャーカシャー。
近くまで来ると、既にキティの秘技、脳内スクショが炸裂していた。
「また何か撮ってんじゃねーよっ!」
ジャンの怒鳴り声に、キティはニマニマ笑っている。
よしっ!
解釈違いは無さそうだ。
逆cpの悲劇、解釈違いの確執なんてゴメンだからな。
私はすかさずそこへ、ジャッとシュプールを描きながら到着した。
「あら……良い格好ね」
懐から小型記録魔法を取り出すと、無言でカシャカシャカシャカシャッ!と連写する。
「だから、撮ってんじゃねーよっ!!」
雪崩を起こしそうなジャンの雄叫びに、私とキティはニマニマと笑い続けた。
「昼間は悪い子でしたね、ジャン。
分かっていますね……。
さぁ、脱いで?
ですね?シシリィ殿」
「俺、そんなつもりじゃ……。
ごめんなさい、酷くしないで……。
ですなぁ、キティ氏」
意見一致。
めっちゃ分かりみが深い……。
「嫌だ、コイツらの頭の中が、心底嫌だっ……!」
ジャンは寒気に襲われた様に、両腕をさすっていた……。
「くちゅんっ」
キティがくしゃみと共にずーっと鼻水を垂らす。
それをクラウスがハンカチで拭いながら、口を開いた。
「冷えちゃったね、キティ。
キティは薄いから」
クラウスの言った薄いを、胸の事と勘違いしたらしいキティは、青筋を立てながら、クラウスを下から睨んでいる。
「えっ?どうしたの?キティ。
え〜……ふふっ、可愛い」
そのキティのオデコにキスをして、クラウスは頬を染めている。
そりゃ可愛いわ。
そんな小動物に下から睨まれても、ぎゅってしてすりすりハムハムして終わりだわ。
しかし、なんかキティが生意気な事をしたり、言ったりした時、よく頬を染めて幸せそうにするのは何なんだ?
ヘキか?
そういうヘキなのか?
「早めに別荘に戻ろうか」
クラウスはキティを抱き上げ、さっさと歩き始める。
相変わらず即決断即行動だな。
キティの事に関してだけ。
「あの、その事ですが……」
キティがおずおずと口を開いた。
「お兄様が、こちらの城に戻るように、と」
おっと、ノワールの先制攻撃。
やはり先に手を打っていたか。
だが、キティの言葉にクラウスはニッコリ微笑んで答えた。
「その必要は無いよ。
ノワールには、近隣に被害を出している魔獣討伐を頼んでいるからね。
この辺は本来なら平和だけど、最近、北の大国からの魔獣流出が問題になりつつあるんだ。
まぁ、まだ大きな被害は出ていないけど。
大事な家畜を荒らされている村があるらしくてね。
ノワールとレオネルに向かってもらったんだよ」
キティは驚いて目を見開いた。
「そんな……お兄様とレオネル様は、ご無事でしょうか……」
心配で堪らないといったキティに、わたしは笑って手をヒラヒラさせた。
「大丈夫大丈夫、あの2人なら秒殺レベルの魔獣だから。
ただのアイスドラゴンだし。
既に討伐完了の一報はきてるのよ」
私の言葉にキティがアワアワしている。
ん?どうした?どうかしたか?
続けてクラウスが考え込む様に言った。
「ただ、ここは領全体に赤髪の魔女の結界が張ってある筈なのに……。
一体どこから入り込んで来ているのか……」
クラウスの言葉に、私が肩を上げる。
「だからあの2人に向かってもらったんじゃ無い。
あの2人なら必ず原因を突き止めて帰って来るわよ」
キティは私達2人を交互に見つめ、凄いな〜と感心していた。
もちろん全てクラウスとの小芝居。
キティにどれだけの情報を流すかは、事前に打ち合わせ済みだ。
何も知らないままでは、もしもの時に咄嗟に対処出来ないし、万が一、危険な場所に近寄られても困る。
まぁ、キティに限ってはどれもあり得ないが、念には念をいれて。
師匠の結界を破るほどの脅威が、もしかしたら本当に存在するのかも知れない状況なのだから。
ノワールには悪いが、キティはこのままクラウスにお持ち帰りされるのが1番安全なのだ。
「だから、キティはうちの別荘に帰るんだよ」
だからって何が?
と思わないでもないが、キティが納得したように頷いていたので、それは黙っておいた……。
今頃キティはあの巨大オブジェをクラウスと眺めているのだろう。
クラウスがキティの為に、王家の別荘の庭に作らせた、巨大な氷のオブジェ……。
〈うる魔女〉の主人公とヒロインが手を繋いで空を見上げているやつだ。
丁度キティの部屋から見たら、一番ベストポジションになるように作られている。
更に夜にはライトアップされるという代物。
クラウスあいつ、この前の冬祝祭の時のオブジェが、オールスターズだったのが密かに気に入らなかったんだろうなぁ。
主人公とヒロイン2人だけの氷彫刻をわざわざ作らせるとは、小癪な。
……あれ見て今頃キティ、どんな顔してるんだろ?
多分顔を引き攣らせてるな。
クラウスの浪費癖に頭悩ませてたもんな〜。
しかも全て自分に対しての浪費だから、頭痛いだろうな〜。
まぁ全てクラウスの私財なのだから、本当は何の問題も無いが。
アイツにはこれからも、キティの為に馬車馬のように働いてもらいたい。
フヒヒッと笑っていると、ジャンに肘を突っつかれる。
何だよ?痛いじゃんか。
ヤンキー睨みで返すと、ジャンは何か顔色が悪かった。
「お前、これからあのローズ辺境伯閣下と対面するってのに、よくそんなふざけてられんな……」
唇が真っ青なジャンに、私は、はは〜んと口角を上げる。
何だよ?
お前緊張してんの?
まぁローズ辺境伯といえば数々の武勇伝のある傑物で、騎士を目指す者の神的存在ではあるが。
ジャンも例に漏れずローズの爺……いや、ローズ閣下を崇拝してるって訳か。
憧れの天上人に会えるってんで、こんなに緊張しているなんて、ジャンも可愛いとこあんだな。
クククッと笑うと、ジャンが顔を赤くしてこちらを睨んでくる。
さっきまでの青白い顔より、そっちの方がマシだぜ?
ジャンに向かって揶揄うように片眉を上げていると、部屋の扉の外から声が聞こえた。
「ローズ辺境伯閣下のお戻りです」
そう声がけされたと同時に、扉が勢いよく開いて、そこから巨漢の大男が姿を現した。
ボサボサの髪に、顔の半分は髭で覆われ、屈強な体躯の持ち主。
ローズ辺境伯、その人だ。
鋭い眼光で一睨みされたジャンは、背筋をビシッと伸ばし、そのまま石のように固まってしまった。
私はそのローズ辺境伯ににっこり微笑むと、ゆっくり頭を下げた。
「ローズ辺境伯閣下、邸へのご招待ありがとうございます。
お久しぶりでございます、シシリアでございます」
淑女らしく挨拶を述べると、ローズ辺境伯はゆっくり私にその視線を止め、はにゃっとその顔を緩ませると、体に似合わぬ優しい声を放つ。
「シシリア、久しいの。元気にしておったか?
爺にそんなに畏まらずともよい。
昔のように呼んでおくれ」
そう言ってこちらに向かって両手を広げるローズ辺境伯に、私は迷いなく駆け寄り、その太い片腕にジャンプしてぶら下がる。
「ローズの爺様っ!お久しぶりっ!」
そう言って爺様の腕にプラーンプラーンとぶら下がる私を、ジャンが信じられないものを見る目で見て、プルプル震える指で指差す。
「なっ、おまっ、じ……さま…?」
顎が外れるくらいに驚いているジャンに向かって、私は口を尖らせた。
「何よ?私と爺様は仲良しなんだから、いいじゃない」
ねーっ、と爺様と顔を見合わせ同時に首を傾げると、私を指差したまま、ジャンがブクブクと泡を吹きながら後ろにバターンッと倒れた。
白目を向いているジャンに、私は盛大な溜息を吐く。
ジャン………お前は、カニか?




