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EP.68



その時、キティの震える声が聞こえて、皆がそちらに意識を集中させた。

所謂、好奇心からの盗み聞きってやつだ。



「……あの、クラウス様は本当に私が婚約者で宜しいのでしょうか?」


キティの問いにクラウスの眉がピクっと動いた。


「どうしたの?誰かに何か言われた……?」



あ〜………。

怖い怖い怖いっ!笑顔が怖いっ!

お前、婚約者の前でよくそんな顔出来るなっ!

その笑顔でキティを脅迫してきたんじゃねーだろうなっ⁉︎



その真っ黒い笑顔に、キティは顔を引き攣らせて首をブンブン振っている。


「い、いえっ!誰かに何か言われた訳では決して無くっ!

……ただ何故私をお選びになって下さったのかと、ふと不思議に思いまして……。

私は幼い頃よりとても臆病で、いつもオドオドしていますし、身長も低く、クラウス様のお隣に立っても、バランスが悪いですし……。

他国との交渉術や、人身掌握術の授業の成績は、とても良いとは言えません。

それで、どうして私を王子妃にとお求めになられたのかと思って」



聞き耳を立てていた面々は、ノワール以外、ああ〜と肩を落とした。


「私は教会の教えを教示する為初等部にも訪れるのですが、高学年の子などはキティ様とあまり変わらない身長だな、と思ってしまっていました。

あのように気にされているなどとは知らずに……」


ミゲルが申し訳なさそうに言うのを、ジャンが慌ててフォローする。


「いや、それくらいの時って急に背が伸びるからさっ!

まぁ、そっから最低でもあと10センチは伸びるけど……」


フォロー出来ないならするなよっ!

ジャンを睨んでいると、レオネルが溜息を吐いた。


「問題はそこじゃない。分かっているなら何故もっと中身を何とか出来ないんだ」


レオネルの苛立ちももっともだが、いやアレの中身はボサ子だ。


無理を言ってやるなよ。


転生前からそうだったんだから、仕方ないだろ?



クラウスはキティの問いに、ふぅっと溜息を吐いた。


「まさか、これほど俺の気持ちが伝わっていないなんて……。

努力が足りなかったようだね。

もっと頑張らないといけないな……」


そう言うと、そっとキティの指に自分の指を絡ませ、その指先を口元に持っていくと、そこに軽く口づける。


瞬間、キティは顔をボッと赤くした。

人間湯沸かし器のようだ。



ガタタッ!


席を立ち上がろうとするノワールを必死で皆で押さえ付けた。


クラウスッ!あいつっ!

私らがここにいるって分かっててやってるなっ!




「い、いえ、お気持ちは、もう、もう充分頂いておりますっ!

これ、これ以上だなんて、そんな、恐れ多いっ!」


キティはワタワタしながら、クラウスにそう言った。



「いや、キティはまだ分かっていない」


だがクラウスは、更にキティの指先に口づける。


「俺がどれほど君を愛しているか……。

どれほど、君でなければいけないか……」


そして、指先をペロッと舐められ、キティはふぎゃっと身体を跳ねさせた。




ガタンッ!ガタガタッ!


もうこっちは怒り狂うノワールを押さえ付けるのに一杯一杯だ。


クラウスッ!あの野郎ーーっ!




「わ、私でなければいけないのですか?

あの、それは何故なのでしょう?」


キティは真っ赤になった頬を片手で押さえ、クラウスにそう聞く。


「……君に初めて会った時……。

風が吹いたんだ……」


クラウスは急に懐かしそうに、キティの瞳をじっと見つめた。


「……風、ですか?」


キティがそう聞き返すと、クラウスは小さく頷く。


「そう、風だよ。風が君の厚い前髪を巻き上げたんだ。

そして、垣間見たその美しいエメラルドグリーンの瞳を見た瞬間、思った」


クラウスは一旦そこで言葉を切ると、キティの手を愛おしそうに頬にあて、射抜くようにキティを見つめる。


「これは、俺のものだと」


狂気を孕んだその瞳の光に、キティはピクリとも動けない。



側で盗み見している私達もだ。

クラウスのキティへの執着は、そんな頃から、しかも狂気的に強いものだったのか。




「その瞳に宿る、強く正しく清らかな光に息を呑んだよ……。

だけど、もっと惹かれたのは、君の、全てを包み込むような光。

その瞳のずっと奥に、ありのままの俺を受け止めてくれるような、そんな慈愛を感じたんだ……。

思わず縋ってしまいたくなる程の、ね」


にっこり微笑むクラウスに、キティはホッと息を吐いたと同時に、ポロッと涙を流した。


「ど、どうしたのっ?キティ。

そんなに今の話が不快だった?」


オロオロと慌てるクラウスに、キティはフルフルと頭を振る。





キティは気付いたのかもしれない。

クラウスが選んだのは間違いなく自分なのだと。


ボサ子が転生した、キティ・ドゥ・ローズ。

他の何者でもない。

キティそのものを。


きっと気付いてくれたと思う。

〈キラおと〉の悪役令嬢、キティ・ドゥ・ローズの人生を生きているんじゃ無い。

キティはキティの人生を生きているんだと。


キティを縛っていた〈キラおと〉の呪縛が解けていくのが見えたような気がした。

キティの体から緊張が解けて、今まで背負ってきた重たい物が消えてゆくのを感じる。



……良かった。

お姫様の呪縛を解くのはやっぱり王子だったってところが癪に触るけど、まぁいいや。




キティはそっとクラウスの手に、自分の手を重ねる。


「クラウス様、もし私がこの世から消えても」


「君を消してしまうような、この世、なんていらないね?

その、この世っていうものを、俺が消し炭にしてあげるよ」



キティに最後まで言わせず、被せるクラウス。

そりゃ被せるだろうっ!

何を言い出すんだっ!急にっ!



「キティ、君は消えたりしない。

ずっと俺の側にいるんだ。

どこにも行かせない……いいね?」



ほら、瞳孔が開いてちゃってるじゃんっ!

ほらぁ〜〜〜。



「ひゃい……」


キティはブルブル震えながら、反射的に答えていた……。



自分という存在をクラウスが認めて求めている事は理解出来ても、まだ自分を襲うかも知れない死を回避した訳ではない。

その辺の懸念が残っているのだろうが、目の前のソイツにそれを言っちゃダメッ!


魔王っちゃうから。

ソイツ、魔王み凄いから。


ほら、まだ瞳孔開いてるじゃんっ!

怖えってっ!



「あの、ずっと、ずーっと、クラウス様のお側にいます、ね」



キティはガクガク震えながら、最後少しだけ小首を傾げてそう言った。


凄いっ!

生存本能が奇跡のあざとさを生んでるっ!


クラウスはすぅっと瞳を元に戻すと、満足そうにニッコリ微笑んだ。



あ〜〜。

危なかった……。

私らまでこの世界と一緒に塵に還されちゃうじゃんかっ!

気をつけてくれよ。



ガタガタッ!ガターンッ!

遂に押さえきれずノワールが椅子を倒して立ち上がる。


それより先に、ジャンが2人の所に素早く近付いて、さり気なくノワールとの間の壁役になってくれた。


やるじゃんっ!

大事!

そのワンクッション大事!




「いや、怖えーよっ!」


クラウスの肩をガッシリ掴み、ブルブル震えるジャン。


もちろんクラウスは私達の存在に気付いていたので、特に警戒などしていない。


「どんだけ重いんだ、お前はっ!」


ジャンの言葉には、自分には理解出来ない未知のものへの恐怖も滲んでいた。


だよな〜〜。

怖いよなぁ、コイツ。



「キティ様、申し訳ありません、この世界の命運を貴女のその細い肩一つに背負わせて……」


そう言って胸の前で両手を組むミゲルに、キティはプルプルと頭を振っている。


おい、そこ。

更に恐ろしい事をキティに押し付けるな。



「キティ、今日は家族で過ごす日だからね。

迎えに来たよ」


春の日差しのように微笑むノワール。

さっきまで般若みたいな顔してなかった?



「護衛も付けず、軽率すぎるな、クラウス」


「嫌だ、お兄様、コイツがいるのに護衛なんか……もう、もうろくされましたの?」


眉間を押さえ、苦い顔のレオネルにニヤニヤ笑って横槍を入れる。



クラウスが本当に、王宮の護衛も付けずにキティと出歩くとは思っていなかったのだろう。

いや、護衛も何も、こんだけ揃ってりゃ誰も手出し出来ないからね。


なんせ、生徒会メンバー勢揃いよ?

密かにゲオルグもいたのよ?

ゲオルグなんか、護衛の護衛だからね?

1番ピリピリしてるから。



とっくに幻術魔法を解いていたから、カフェ中から、キャアキャアと黄色い声が上がる。


クラウスだけなら、恐れ多くて誰も声を上げられなかったようだが(めっちゃチラチラ見てたし、皆んな顔真っ赤にしてたけど)


このメンバーが揃うと、なんか一気にアイドルステージ感が出て、今まで我慢していた淑女の皆さまから堪え切れない熱気が……。


ちなみに、キティもそのキャアキャア言われている側に含まれているのだが、本人はまったく気づいていない。



「あらあら、騒がしちゃったわね。

祭り会場に戻りましょうか」


私は困った様にふふっと笑いながら、淑女達にヒラヒラと手を振った。


……途端に上がる黄色い声。


これこれ。

前世でも散々聞いてきたけど、本当可愛いよな、女の子の黄色い声。

推し活してる時のキラキラした顔。

いいよね。


……男も混じってるが……。

まぁ、性差別は良くない。

流石に男を可愛いとは思えんが。



これ以上は店に迷惑を掛けてしまうので、私達は早々にカフェから撤収した。



外はもう日が暮れかかっている。


氷彫刻がライトアップされ、幻想的な景色に様変わりしていた。


皆んなでもう一度〈うる魔女〉の氷彫刻を見に行く。


ライトアップされた〈うる魔女〉は、先程見た様子とは変わって、一段とファンタジー色が強くなっていて、私とキティのオタ魂が震える。



「ねぇ、モデルになったキャラの彫刻の前に、皆んなそれぞれ並んでくれない?」


私に言われて、皆んな訳が分からないといった顔で、それぞれの彫刻の前に並ぶ。


エリーが持つ小型記録魔法を指差して、私ははしゃいだ声を上げた。


「せっかくだから、皆んなで記念写真といきましょーよ」


皆呆れつつも、私の望み通りに自分のキャラと同じポーズを取ってくれた。



私が謎の女剣士の前に立ち、同じポーズを取るのを見て、キティは驚愕して目を見開いている。


「な、な、なんで?」


震えながら私を指差すので、不思議に思いながら首を傾げた。


「なんでって、なんで?

このキャラのモデルは私だからじゃない」


そう言うとキティは、ハッとした顔をする。



なんだよ?全体的に似てるだろ?

女剣士は髪がショートカットなだけで、瓜二つじゃん。

キリッとした涼やかな目元、スラっとした体躯、魅惑的なナイスバディ、そして、悠然と佇む、Gカップお胸大明神様っ!


なっ!


へへっと笑うと、キティは自分がモデルになったヒロインの彫刻と女剣士の彫刻を何度も交互に見比べて、何故か頬をパンパンに膨らませて拗ねている。


なんだよぅ。

キャラデザに文句でもあんのか?

ヒロインが低身長で胸がペッタンコなのが気に入らないとか?

まだ子供なんだから仕方ないだろ?

伸びしろ信じて、伸びしろ。



すっかり拗ねてしまったキティの頭を、クラウスが優しく撫でた。


「キティ、君がモデルになったヒロインの方がずっと魅力的だよ。

ほら、見てごらん、主人公もヒロインに夢中だ」


そうして2人が振り返った先には、手を繋いで笑い合う初々しい2人の姿。


キティとクラウスも彫刻と同じように手を繋いで、顔を見合わせて笑い合った。


これからも、2人があんな風に笑い合って生きていけるように、2人の幸せを守りきる。

キティが今度こそ幸せになれるように。

私は改めて心からそう誓った。



「撮りますよー」


エリーの声に、キティは慌てて前を向いた。

エリーが小型記録魔法を使う瞬間、ふいにクラウスがキティの頬にキスをした。


カシャっ。


その瞬間をバッチリ、小型記録魔法に収める。

よっしゃ、良くやった!クラウスッ!

エリーもナイスタイミングッ!



「もう、クラウス様っ!」


キティが膨れて睨むと、クラウスは楽しそうに笑う。




その後皆で、日が沈むまで祭りを楽しんだ。

生徒会メンバーで過ごす時間は、やっぱり楽しくて、あっという間に過ぎていく。



「なんか良いね、こうやって皆んなで過ごす時間……」


独り言のようなキティの言葉に、隣を歩きながら私がニッと笑った。


「まぁね、私達はファミリーだから」


何だか心もとない風情のキティを元気づけるように、私はアハハと笑った。


「なに黄昏てんのよっ!

これからもっともっと、楽しい時間を皆んなで過ごすんだから、ねっ」


私の馬鹿笑いに、キティもつられて笑ってくれる。



心配しなくても、これからも沢山笑って皆と過ごせるよ。


少しでもそれがキティに伝わるように、私は能天気に笑い続けた……。








後日。



「シシリア様……」


エリーから手渡された記録写真を見て、私達は無言で見つめあった。


私がモデルになった女剣士の足にしがみ付き、うっとり顔で下から乳を眺める……エリオットがバッチリ写っている……。


やっぱり、いたか。



「皆に配る分は、この心霊部分だけ修正しておいて……」


私の指示に、エリーが無言で頷いた。



「その、シシリア様の分はいかが致しましょう?」


自分の持つ写真を指差すエリーに、私はう〜んと小さく唸る。


写真を改めて見て、溜息混じりに答えた。


「これはいいわ、このままで。

皆の分はお願いね」


エリーはまた頷くと、そっと部屋から出ていった。



自室に1人になった私は、写真をヒラヒラ振りながら、独り言を呟く。


「まぁ、アイツだけ除け者じゃ可哀想だしね。

私くらい持ってってあげてもいいでしょ」


机の上に置いて眺めていると、何となく笑いが込み上げてきた。



アイツ本当に、寂しがりだよな。

すぐに私らの仲間に入りたがるんだから。

ニースさんとルパートさんは忙しくて遊んでもらえないもんね。


仕方ねぇなぁ。


クスクス笑いながら、エリオットの情けない顔を思い浮かべ、しまいには爆笑してしまった。


何だかんだとアイツがいると退屈しないし。

反省しているようなら、そろそろ許してやるか。


そう思いつつも、写真をまじまじと見つめ、氷彫刻の下乳をだらしない顔で見上げるエリオットに、いや、これ反省してね〜な、と思い直す。



まだ当分は、エリクエリーバリアが必要そうだ。


窓の外の満点の星を眺めながら、私は1人溜息を吐いた。







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