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EP.67



冬祝祭は、この王国の伝統的な行事だ。

もともとは帝国の行事だったものを、帝国の皇子だった初代国王がこの国にも根付かせた。


雪に閉ざされ、春まで家で過ごす事が増えるので、その前に皆んで集まって楽しんでおこう、というお祭りだ。


とはいえ、この国は帝国より穏やかな気候で、雪に閉ざされる事はほとんどない。

冬の間、雪はめったに降らず、多くて5回程度。


師匠の数々の発明品のお陰で、魔法の発展していないこの国でも、冬でも暖かく過ごせているので、人の動きは何も変わらない。


それでも、建国当時からある年中行事として、12月の第二日曜日に冬祝祭は行われる。


王都では、巨大な氷のオブジェが並び、屋台が出て、それはそれは大きなお祭りを行う。


お祭りとはいえ、元々は共に冬に閉ざされた家の中で過ごす事になる、家族の絆を深める意味もこもっているので、基本、その日は家族で出かける。


が、庶民の間では恋人同士のイベントとしても人気なのだ。

前世でいうところの、クリスマスみたいなもの。

家族でプレゼントを交換しあったり、恋人同士でロマンチックディナーを楽しんだり。


貴族の間ではやはり家族と過ごす行事と認識されているのだが、クラウスがどこからその庶民の感覚を取り入れたのかは謎だ。


恋人同士、などのワードに広くアンテナを張っているのだろう。

本当に、キティに関する事にだけ、涙ぐましい努力が出来る男、クラウス。


キティに関する事にだけ、な。

ここ大事だから、テストに必ず出るからな〜。

覚えておけよ!





冬祝祭当日。

私達は気配を消して、コソコソとキティとクラウスの後を追った。


ちなみにエリオットはぐるぐる巻にしてニースさんのとこに放り込んでおいたが、アイツがそれで大人しくしていられるかは、定かではない。



店々のウィンドウに雪の結晶や雪だるまの飾りが飾り付けられている。


それを眺めながら、キティはクラウスの隣ですごく楽しそうにしていた。


社交界デビューまで邸に引きこもり、学園に入学してからはなんやかんやでゴタゴタして、街に降りるのはこれが初めてなんだから、はしゃいでも仕方ないと思う。


氷の彫刻を口をあんぐり開けて見上げているキティは、まさに天使っ!


私はエリーに頼んで、密かに盗撮しまくってもらっていた。

これで対クラウス用ミニアルバムを作ってもよし、法外な値段で売り付けてもよし。


もちろん私用のキティコレクションにも加えるが。




やがてキティは大きな書店の店先に置かれた、氷彫刻の前に出来た人だかりが気になるのか、足を止めてそちらを眺め、瞬間、ピシャリと固まった。


そこにはクラウスがキティに見せたいと言っていた〈うる魔女〉の氷彫刻があったからだ。

ちなみに、登場人物オールスターね。


キティは人垣の後ろを、一生懸命ピョンコピョンコと飛び跳ねている。


耳なが系小動物にしか見えなくて、私はニヤける口元を押さえ、感動に咽び泣いた。

やっぱツインテ最高やないかっ!


見るとクラウスも、口元を押さえてプルプル震えている。

可愛さに身悶えてんだよな?分かるっ!


直ぐにクラウスは後ろからキティの両脇を持ち上げ、氷彫刻がよく見えるように抱き上げた。


そのクラウスにキティが何か言っているが、まぁ、普通に礼を言っているのだろう。


若干、いや、かなり、日曜日のキャラクターショーに来ている親子感が否めないが。

最高の推しcpシチュ過ぎて、尊みが大渋滞している。

もちろん隣でエリーが、盗撮しまくってくれている。


長い付き合いになると、私のツボまで理解してくれているので、大変にありがたい。




キティは氷彫刻に向かって両手を合わせ、何やら厳かに祈りを捧げていた。

いや、分かる。

拝んじゃう気持ち。

作品への愛が溢れて、もう拝んじゃうよね、これは。


それを見たクラウスがふふっと笑って何やらキティに言うと、キティは慌ててクラウスの口を押さえている。


たぶん、気に入ったなら購入しようか?とか言おうとして、キティに止められたな、アレは。

すぐにロイヤル発動しようとするからなぁ、アイツ。


ややしてキティはビクッと体を震わせ、ボンッと真っ赤になって、頭から湯気を出した。



……舐めたな……アイツ。

自分の口を押さえるキティの手を舐めやがった……。


分かるっ!

私には分かるぞっ!


私は忌まわしきトラウマを思い出し、1人身悶えた。

隣でジャンが何事かとビクッと体を震わせたが、お前には分かんない事だよっ!


くっそ〜っ!

兄弟揃ってロクな事しねーなっ!




それからクラウスがまたキティに何事か言って、クラウスはキティを抱えたまま、近くのカフェに入って行った。


私達も後を追いカフェに入ると、すかさず幻影魔法を展開した。

これでキティと周りに、私達とはバレないだろう。


キティは温かいチョコレートミルク(更にマショマロ入り)を飲んで、ほうっと息を吐いている。

なんだよ、あの可愛い生き物は。


ちっこい分冷えるのも早いのだろう。

それに気付いたクラウスが、キティを温める為にここに入ったみたいだ。


本当に、キティに関してだけ、異常に察しが良い、キティ専用気遣いの男、クラウス。


クラウスはコーヒーを飲みながら、そんなキティを嬉しそうに眺めていた。

ど〜せ、食べちゃいたいくらい可愛い、とか思っているのだろう。

私には大型の肉食獣が獲物を狙ってる図にしか見えんが、ここは微笑ましいcpの図に無理やり脳内で変換しておく。


それを察したエリーが隣で記録水晶を連写してくれる。

うちの侍女、優秀過ぎない?




「あの、クラウス様。今日は本当にありがとうございます。

私、街に来たのは初めてで、連れて来て頂けて、とても嬉しいです」


ペコっと頭を下げるキティに、クラウスは本当に嬉しそうに破顔していた。


「良かった、キティに喜んでもらえて。

俺はいつもキティを振り回してばかりだから、たまにはちゃんとした婚約者らしい事をしたかったんだ」



自覚、あったんだな……。

思わず皆を見回すと、皆私と同じ顔をしていた……。





「それにしてもよ〜、何であの男爵令嬢はクラウスなんて大物を狙ってる訳?」


ジャンの純粋な疑問に、皆が、確かに……って顔をする。


「いやさ、アーバンは何か分かるんだよ。

高位貴族の娘って、あんな感じじゃね?

妙に自信満々でさ〜、世界は自分を中心に回ってますって態度で。

男は皆、自分を口説いて当たり前って顔で、ダンスに誘われるのを待ち構えてるってあの感じ……お前らも分かるだろ?」


ジャンの話に、皆顔色が悪くなる。

社交界のフラワー5には、苦労がつきものらしい。

いや、一名最初から脱退してる奴もいるが。


「でもよ〜、あの、フィーネは違うよな?

男爵令嬢がどうしたらあんな強気に出れる訳?

クラウスが自分の物になるのが当たり前みたいなあの自信。

普通じゃないだろ」


続くジャンの言葉に、私は内心舌打ちをした。

コイツ、たまに妙に勘が良いんだよな〜。


「あの自信が、魔族の力を手に入れたゆえか、その自信があったから魔族の力を欲したのか……」


レオネルの呟きに、皆が神妙な顔で首を捻る。


「どっちにしても、フィーネには元々魔力がないよな?

その時点で、王族には嫁げないだろ?

その辺はまる無視なんだよな。

ってか、あるじゃん、決まり事とかルールとか。

そんなの全部関係ないってあの態度。

まるで全く違う世界から来た、異世界人みたいだよな」


そう言って、自分で自分の言った事にまさかな〜はははっと笑う、ジャン……。



お前っ!

本当にたまに核心つくよなっ!

何なんだよっ!

お前のその能力っ!



「まぁ、規格外の令嬢ならここにもいるからな。

何とも言えん」


レオネルがそう言うと、皆が一斉にこちらを見た。


よしっ!レオネルッ!よくやったっ!

こっちに気を逸らしてくれて、サンキュー!



「あの、この前から気になっていたんだけど……」


ノワールが思案顔でそう言ったので、今度は皆がそちらに注目する。


「以前読んだ資料には、フィーネは1人では迷いの森を抜けられない、って書いてあったんだよね。

なのにどうやってあの名もなき魔物を手に入れたんだろう。

今はあの資料にあった頃より安定しているかも知れないけれど、レノア夫人を害した時はどうやって?

それに、ヤドヴィカの闇の商売の為に安定的に魔物を捕まえてくる必要もあるのに、それだってフィーネには無理だったんじゃないかな?」


ノワールはあの時、これを考えていたのか。

レノアの死因とヤドヴィカ男爵の闇の商売の資料を読んでいた時の、ノワールの思案顔を思い出す。


「確かに、ノワールの言う通りだ。

フィーネ1人では、実行出来なかっただろう。

フィーネに手を貸す存在……ゴードンという名の魔族……またはフィーネと行動を共にしていたニーナという少女。

どちらかがフィーネに手を貸しているか、または別の存在が他にいるのか……?」


レオネルの疑問に、私はゆるく首を振った。


「それはあり得ないわ。フィーネにはずっと監視がついているもの。

他に接触している者がいれば、報告される筈。

……ただし、迷いの森の奥で出会った人間、はあり得ないわね、魔族かそれに近い者。

そんな者がいるなら、話は別だけど。

流石にそこまで監視もついて行けないから」


私の言葉にレオネルは頷き、再び口を開いた。


「どちらにしても、そのニーナという少女の存在が気になるな。

資料を読んだ限り、フィーネが魔族に力を与えられる為に、その住処に向かうには彼女が必要だった。

フィーネは彼女がいないと瘴気の中で人の姿を保てないと言っていたのだろう?

一体彼女は何者なんだ?

ミゲル、そんな事が出来る人間がいたとしたら、その存在はなんだ?」


レオネルに話を振られて、ミゲルは思案顔で眉を下げた。


「そうですね……それこそ、エリオット様のように、レベルの高いスキルを持ち、常時発動できる人間か、クラウスのように闇の力を所持する者、または、聖女、聖者と呼ばれる方達ですね」


ミゲルの話に、皆まさかな、と首を捻る。


「エリオット様のような存在が、他にいるとは考えられないし、クラウスも同様だよね。

じゃあ、ニーナは聖女?」


ノワールの疑問に、すぐにミゲルが首を振る。


「それはあり得ません。聖女であればすでに教会に登録され、保護されているはずです。

皆さんご存知のように、この国では産まれてすぐにその魔力量と属性を調べられます。

ニーナという少女が聖女と呼ぶに相応しい魔力量と光属性の持ち主なら、赤子のうちに教会に預けられている筈です。

ですが今、この国に聖女はいません。

ニーナという少女が聖女である筈がないのです」


ミゲルの話に皆が息を呑み、困惑顔になる。


「じゃあ、そのニーナってのは何者なんだよ……」


ジャンの呟きに、皆が目に見えないドロリとした恐怖を感じた。


何者か分からない、謎の少女。

あの濃い瘴気の中を、フィーネを連れて平気で歩いていた。

そんな存在がこの国にいる事自体、あってはならない事なのだ。



息を呑んだまま凍りつくようにその場に固まる面々。

もちろん私も、ニーナの見えない力は脅威だ。

事前に知っておきたいのは山々だが、現状まだその手立てがない。


フィーネを捕らえたのちニーナについて口を割らさせるか、ヤドヴィカ男爵の線からその力の謎を探るか。


どちらにしても、ロクな存在ではない事は確かだ。



……が、正体、いや、この場合正体と言っていいのか……。

とにかく、元は何者であったのかを私は既に知っている。


もちろんそれは、ここに居る人間、いや誰にも話す気はない。


フィーネとニーナが幼い頃から親しい理由も、2人きりでどんな会話をしていたかも、私は全て知っている。


フィーネについては、もう既に詰みだ。

アイツにこの先待ち受けているものなど、自分が招いた自業自得しかない。


……しかし、ニーナは。


アイツは本当に来年、学園に編入してくるかも怪しい。


来年の春までに予定通り計画が進んでいれば、

学園への入学は高度な試験に受からねば叶わない手筈になっている筈だ。


つまり、今まで庶民が受けていたのと同じ試験を全ての人間に適応する。

もちろん、それが貴族であっても。


今までのような形だけの試験では無いし、家庭教師からの偽造された推薦状も受け付けない。


シンプルに己の力量のみで学園への入学をもぎ取ってもらうのだ。


もちろんそれは、今までのように金の力で何とか出来る類のものでは無い。


そして、その頃に既に在籍している生徒達は仕方ないとして、編入してくる者もそうだ。


やはりその高度な試験に合格しなければ、2のヒロインとて学園に入れない。



……アイツ、よく分かんねーんだよな。

出来る方だったような気もするけど、どうなんだ?


で、もし来年編入出来たとしても、まず間違いなくゲームのシナリオなど知ったこっちゃないだろうな。


フィーネに事前にシナリオは聞いているだろうが、そんなタイプじゃ無いはずだ。


どんな力を持っていて、何をするつもりなのか、何もするつもりは無いのか。


フィーネに加担している時点で、多少なりともこの現状を面白がってはいるようだが……。


アイツがフィーネを助ける為に動く事は無いだろうと思っていたが、それも分からなくなってきた。


ノワールの言う通り、ニーナがヤドヴィカ家を潤す為に手助けしているとしたら、何か目的がある筈だ。


それがフィーネが居なければ成立しない事だとしたら?


事が終わった後、フィーネを救出に向かってきたら?


こちらはニーナの力さえ把握していないのだ、その時に防ぎきれるだろうか。


ニーナの事は懸念材料として今後も付き纏ってきそうだ。


早めに何とかしておきたいが、現状その方法が無い。

フィーネのように派手に動き回るタイプとも思えないし……。


考えれば考えるほど、どうする事も出来ないというこの現状が、私は大変面白くない。

ニーナにも監視は付けてあるが、アイツは偶にフィーネと迷いの森に入るだけで、後は何もしないのだ。


本当に、何もしない。

ただただ怠惰に過ごしているだけ。

そもそも2年ほど前から迷いの森にも行かなくなっている。


フィーネ1人で行けるようになったからだろう。


ニーナはフィーネ以外に親しくしている人間はいないし、パーティやお茶会にも行かない。

家の為に働く事もなく、親にさえ無関心だ。


ヤドヴィカ家からある程度の金を受け取っているのだろう、金策にあちこち走っている親を尻目に、自分1人だけ優雅に過ごしている。



……相変わらず何を考えているのか分からないヤツだ。

私は少し苛つきながら、指でコツコツとテーブルを叩いた。


いつどこで何の為に動き出すか分からない、謎の力を持つニーナという存在。


この先どこで障害として立ちはだかるか分からない……。



とにかくフィーネを仕留めてニーナの事を聞き出すしかないのだから、フィーネについても事は慎重に進めなければ……。


考えれば考える程苛立ちが増すので、私は一旦この事を考えるのをやめた。



今日は冬祝祭だ。

お祭りなのだから。


キティとクラウスが楽しく過ごせるように、一番近くで見守っていよう。



運命の時は、もうすぐそこまで来ているのだから………。






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