EP.65
人気のない教室から、男子生徒が2人、ほくそ笑みながらコソコソと出てくる。
そこを警備兵が取り囲み、2人は焦ったように飛び上がった。
「な、なんだよ!お前らっ!」
生意気にも兵士相手に噛み付かんばかりの2人に、警備兵は冷静ににじり寄る。
「失礼ながら、ご自分の物ではない品をお持ちではないですか?」
警備兵の問いに、2人は分かりやすく顔色を変えて、汗をダラダラ流した。
「なっ、し、失礼だぞっ!僕らは貴族なんだっ!学園の警備兵如きが、何を言うっ!」
怒鳴り声を上げる男子生徒達。
そろそろ頃合いかと、私はゆっくり警備兵の後ろからそちらに歩いてゆく。
警備兵が一礼して、頭を下げた。
「あら?でしたら、私ならどうかしら?
あなた方にそれを聞く権利はあるかしら?」
その2人は、私の姿を確認すると、ゴクッと唾を飲み込み、後ろにジリジリ下がる。
警備兵に目で合図をすると、素早く片方の男子生徒の、後ろに隠していた手をねじり上げた。
カラーンッ……。
男子生徒の持っていた物が床に落ちて、コロコロ転がり、私の足元で止まった。
「あら?おかしいですわね」
私はそれをゆっくり拾うと、男子生徒に見えるようにわざと顔の前でしげしげと眺める。
「これはクラウス殿下がキティ様に贈られた、特注品のペンですわね。
ほら、ここに、クラウス殿下の刻印が」
にっこり微笑むと、目の前の男子生徒は怒気をはらんだ目で私を睨み付けてくる。
「フィーネちゃんを馬鹿にする女の持ち物などっ!
あの女には分不相応なんだよっ!」
「そうだっ!嫌味ったらしく宝石の埋め込まれたペンなんか使いやがってっ!
それはフィーネちゃんにこそ相応しいんだっ!
フィーネちゃんが欲しがっているんだから、フィーネちゃんの物なんだよっ!返せっ!」
ほほぅ、盗人猛々しいとはこの事だな。
面白いくらいに全て自供してくれたから、まぁ、いいや。
記録水晶を持った警備兵に目を向けると、コクッと頷く。
よし、記録もバッチリ。
「窃盗と公務執行妨害、王族に連なる者への不敬罪でお前達を連行するっ!」
低く声色を変えた私に、2人はビクゥっと体を震わせた。
その2人をビシィッと指差し、私は厳しい声で命ずる。
「確保っ!」
「はっ!」
警備兵達が短く答え、その男子生徒2人を拘束して尋問部屋へ引き摺っていった。
はいよっ!
アルカトラズ行き、2名様ご案内〜〜。
あーーーっ!
スッキリーーッ!
むしゃくしゃする時は、フィーネのファンクラブ虐めに限るぜーーっ!
で、何にそんなにむしゃくしゃしているのかと言うと、当然エロ大魔神エリオットのせいだ。
あれ以来、私は常にエリオットバリア(エリクエリー)を張って過ごしている。
エリオットが私に近付こうとすると、エリクエリーが通せんぼしてくれる、という単純なものだが、エリオットには効果的めん。
私がエリオットを拒絶している事が伝われば良いのだから、これほど分かりやすいやり方も無いだろう。
エリオットは常にエリクエリーに通せんぼされて、しょんぼり肩を落としてトボトボ去って行く。
時折こちらをチラチラ振り返って、犬だったらくぅ〜んと悲しそうな鳴き声を出しそうな顔をするから、ちょっと良心が痛まないでも無いが……。
たかが、デコちゅーくらいと思われるかも知れないが、相手はあのエリオットなのだっ!
少しでも許せば、どんどん調子に乗って、あれよあれよと純潔を奪われかねんっ!
乙女じゃなくなったら、冒険者になった暁にはユニコーンを捕まえて乗り回してやるって野望が叶わなくなるじゃないかっ!
とにかく、エリオットには要注意だ。
これ以上は近付かせん!
あと、何か、エリオットとそういう雰囲気になる度に不整脈が起こるし。
体も熱くなって、顔も赤くなるし。
確実に血圧が上がっている。
つまり体が拒否するくらい、私はエリオットとのそういうのが嫌だっ、て事だと思う。
うん、間違いない。
さて、エリオットの事などどうでも良い。
問題はフィーネとアーバンがどうキティに仕掛けてくるか、なのだ。
【銀月の牙】にきたキティの暗殺依頼は着実に実行中だ。
【銀月の牙】の殺し屋はキティを狙うフリを。
私達や、王宮の護衛騎士と学園の警備兵は、それを防いだフリ。
更にアーバンに伝わる様に、派手に確保したフリまでしている。
とんだ茶番だが、アーバンはもっと凄腕をよこしてあの女をさっさっと殺しなさいよっ!
と大いに騒ぎまくって、たんまり、暗殺を依頼した証拠を残していってくれているので、結果は上々だ。
で、フィーネの方。
こっちは相変わらずやる事がセコい。
残った自分のファンクラブを使って、時には自分自ら、キティの持ち物を隠したり。
(すぐに取り返してキティに返却)
壊したり。
(すぐに直すか、新しい物と交換して返却)
キティはその度に、あれ?物が無くなってる……?
えっ!すぐに出てきた!
あれ?物が壊れてる?
あれ!何か直ってるっ!
と、小騒ぎした後、チラッと私をジト目で見てくる。
知らん知らん、直ってるどころかグレードアップしているのは私の仕業ではない。
他にも、キティが中庭を歩いていると、校舎の上の階から水とバケツが降ってきたり、鉢植えが落下してきたり……。
どちらも私の魔法防壁で弾いたけど。
更に、キティが噴水の前を歩いていたら、フィーネのファンクラブの奴が走ってきて、思いきりキティを噴水に向かって突き飛ばそうとしたり。
私で充分対処出来たが(何なら身体強化魔法付きの鉄拳で空の彼方までぶっ飛ばそうとしていた)クラウスが3階からたまたま見かけて、飛び降りてきて、キティを抱き上げ、件の生徒を風魔法で吹き飛ばしてしまった。
遠くの方で確保〜って聞こえてきたけど、どんだけ吹っ飛ばしたんだよ。
そんなこんなで、クラウスは以前にも増してキティにべったり。
それ以外は私がべったり引っ付いてるし、どうしても私達が側に居られない時は生徒会の他の人間が必ず側にいる様にしている。
気がつくと生徒会メンバー勢揃いしている時もある。
……なんか、絵面がっ!
キティが私達を従えてるみたいになってて、非常にオモロいっ!
本人は居た堪れないって顔で小さくなってるけどね!
さて、そんな日々を送っていれば、いくらフニャはにゃしてるキティとて、何やら気付くことがあったようで……。
「シシリィさんや」
授業中、教室の机に横並びに座る私に、キティがコソッと話しかけてきた。
すかさずいつものやつを展開する。
これでどこから見ても、私達は真面目に授業を受けているようにしか見えないだろう。
「なんぞ?キティさんや」
応える私をキティはジト目で見つめつつ、聞いてきた。
「私を囮にしてないかね?」
あっ。
取り敢えず、横目で舌ペロ顔しときますね。
私のぺ○ちゃん顔に、キティはまんまとイラッとしながら、更に聞いてくる。
「私を使って、何を捕まえようとしてんのよ〜?」
私は両手の人差し指をキティに向けて、星を飛ばしながらウィンクした。
「優秀っ!キミっ!ホイホイとして、もう優勝っ!」
私の答えに、キティはやっぱりか〜といった風に頭を抱えた。
それから何やら思案するようにう〜んと首を捻っている。
「たぶん、バケツや鉢植えや噴水に突き落とされかけたのは、フィーネさんのファンクラブの仕業かしら?
でも、それくらいなら、超一級戦闘民族1人で充分事足りるし……」
キティは無意識にだろう、ぶつぶつと独り言を呟き始めた。
私はそこに出てきた素敵パワーワードにすかさず食い付く。
「んっ?超一級戦闘民族?」
が、キティはそれには気付かなかったのか、独り言を続ける。
「それにしたって、最近の生徒会メンバーの対応はやけに物々しいわ……。
もしかして……私、命を狙われている?」
ハッとして、キティがやっと私に振り向いたので、私は嬉しそうにニマニマして、自分を指差した。
「超一級戦闘民族って、もしかして、私の事?」
期待いっぱいのキラキラした瞳に、キティは呆れ顔で答えた。
「あんた以外、誰がいんのよ」
よっしゃっ!
私は小さくガッツポーズを取った。
キティの中での私の認識がちょうカッコいい事になってる!
「かっけ!超一級戦闘民族めちゃかっけ!」
嬉しくてはしゃぐ私を、煩いよ?そこの小5男子って顔で見るキティ。
「そんな事はどうでもいいから、どうなのよ?
私、命を狙われてるの?」
キティの問いに、私は残念そうな顔をして、肩をすくめた。
「おかしいわね、私の予想では、あんたが気付くのは全ての事が済んでからだったのに……」
いや、本当に意外だ。
キティがこんなに早い段階でそれに気付くなんて。
ゲーム脳のキティなら、バケツやら鉢植えやら噴水の件も、これが悪役令嬢のサガっ!
ゲーム補正っ!キタコレーーーーーッ!
って勘違いして終わると思っていた。
正直、キティが明後日の方向に勘違いしている間に、全ての事を終わらすつもりだったんだけど……。
本当にキティは変わったんだな。
全てをゲームのシナリオと結び付けていた頃とは全然違う。
冷静に状況を見て、分析判断している。
あの、フィーネをヒロインとは認めない、と宣言してから、キティは確実に変わってきた。
ヒロインがこの世界の中心だと、信じて疑っていなかった頃のキティとは大違いだ。
今は、ちゃんとフィーネをヒロインでは無く、1人の人間として冷静に判断出来ているようだ。
保護施設に入っていた、一般生徒一人一人と向き合ったキティなら、もうフィーネが彼らに何をしたかを充分に理解している。
それに、一般生徒の置かれた立場も。
地方から努力してこの学園に入学した生徒もいる、国からの援助を頼りにここまで来たのだ。
そんな彼らを自分達のただの憂さ晴らしの為に傷付け、追い込んだ。
奴らには、分からないし、理解しようともしない。
いや、知ろうとも思わないのだろう。
平民である彼らがどれだけの努力をしてここまで来たのか、国からの支援金で家族を養っている事も、無事に卒業出来なければ家にも帰れない片道切符になってしまう事も。
親の金と爵位でぶくぶく肥え太ったその醜い精神では、そんな事見える訳がないのだ。
キティは絶対にフィーネ達を許さないだろう。
自分達の戯れや暇潰しに、傲慢で驕った考えの為に傷付け追い込んだフィーネ達を、キティは絶対に許さない。
あんな人間に、この世界の主人公を任せておくキティではないのだ。
だが、フィーネは自分のヒロイン補正に絶対の自信を持っている。
魔族の力を使いこなせるようになって、今やそれこそヒロインの力だと錯覚しているのだ。
いねーよ、そんなビッチなヒロインッ!
いてもいいけどお前は違うわっ!
自分で魔族の力を取り込んでおいて、これが私のヒロインの力っ!
とか、狂ってるとしか思えん。
とはいえ、馬鹿にばかりはしていられない。
フィーネに堕とされた者達。
前回、自分達の仲間があれだけ退学処分になったにも関わらず、危険を顧みないこの行動。
確実に冷静な判断能力を失っている。
奴らとて貴族の端くれ、爵位の違いは越えられない触れられないものと叩き込まれているはずだ。
それが一線を超えて、キティを傷付けようと動き出した。
これはやはり、フィーネの魔族の力が強くなった事の表れだろう。
本人の頭の中がアレだとしても、この力を見くびるべきでは無い。
更に、アーバン。
こっちは直接的にキティを消そうと、既に行動に出ている。
実は【銀月の牙】への依頼とは別に、自分でも、身分を振りかざし学園の生徒を使ってキティに色々仕掛けてはいるが、もちろん全て私達が事前に防いでいるので、キティには届いていない。
問題なのは、アーバンに加担している貴族達だ。
全員、家が魔法優勢位派に与している。
その筆頭のロートシルトの娘であるアーバンに逆らえないのは、分かる。
しかし、コイツらまでは庇えない。
魔族の力に操られている奴らとは違う。
いくらロートシルト伯爵家に逆らえなかったとはいえ、不敬罪には問われるだろう。
爵位取り上げの上、悪質な者は断罪もあり得る。
キティを階段から突き落とそうとした者までいるのだから。
先に魔法優勢位派から脱派したマリエッタとヴァイオレットの家が、密かに他の家にも脱派を勧めてくれ、我が家の力でロートシルトから逃れた家も多い。
つまり今残っているアーバンの取り巻き達は、本当にアーバンを王子妃に、果ては王妃に押し上げ、後にロートシルトから甘い汁を吸わせて貰おうと思っている者達なのだ。
既に魔法優勢位派は一線を超えている。
先の発禁本の件だけでも、内乱罪が充分に適応される罪だ。
これはいくらなんでも、誰も庇えない。
たとえ標的にされたキティ自身であろうとも。
それにキティだってとっくに気付いている。
アーバンが純粋にクラウスを慕っている訳ではない事を。
アーバンは父親と一緒で、クラウスの持つ権力を欲しているだけだ。
むしろ、自分が王妃になる道があるなら、相手はクラウスでなくても構わない。
要は、自分の野望を叶える為なら、王太子など誰でもいいのだ。
自分が王妃になり、父親とこの国を好きに出来るなら、王太子はクラウスだろうと誰でも良い。
例えば、もしもの話、エリオットが婚約者にアーバンを求めたら、親子揃って魔法優勢位など危険思考だ何だと、手の平を返すだろう。
それこそが、キティにしてみれば、アーバンを認められない最大の理由になる。
死んでも〇〇。
なんて台詞をよく聞くが。
キティは実際に死んでも、クラウス推しから抜けられなかった程のクラウス沼の住人だ。
アーバンが権力の妄執に取り憑かれていると言うなら、キティはクラウスへの恋に取り憑かれているレベル。
どっちがより沼ってるかなんて、結果は明白、勝負にもならない。
キティは今私達が誰を相手にしているのかを考え、自分の出来る事を模索している。
例え自分が囮になってでも、少しでも私達に協力するつもりだ。
キティはギュッと両手を握り、私に聞いてきた。
「で、首尾は?」
私は片眉を上げて、答える。
「そうね……あともう少しだけ、時間を稼ぎたいわ」
「分かった。その間、私はホイホイしてれば良いのね」
サクッと答え、あっさりそう言うキティに、私はあははっと声を出して笑った。
「あんたって昔から、腹が据わると本当に強いわよね」
私にそう言われて、キティはハテ?と首を傾げた。
「昔ってそんな親しくしてたっけ?」
おっと、しまった。
こっちは子供の頃からキティを追いかけているけど、あくまでこっそり、キティの知らないところでだったな。
とりあえず私は、ガーンッと分かりやすくショックな顔をしておく。
「あんたねぇっ!何回もうちや王宮でお茶した仲じゃないっ!」
っていっても数える程だけど、まぁ、そこは水かさしておこう。
どうせキティはあの頃、クラウスの相手でそれどころじゃ無かっただろうし。
……それは今もか。
「なんて薄情なのかしら……」
ブツブツぶーたれていた私だが、急に懐かしさにふふっと笑いが溢れた。
キティの前髪を一筋掬って、ふっと笑う。
「昔は頑なに、鬱陶しい前髪を切らなくてさ……、本当にあんたの信念には恐れ入ったわ」
そう言って流し目を送ると、キティは頬を染めてワタワタし始める。
ど〜だ、女子校時代に培った、ちょいワル王子スマイル。
危険な香りを醸し出すのがポイントよ?
キティは慌てて赤くなった頬を誤魔化すように、机をバンッと叩いた。
「とにかく、ホイホイは請け負うから、きっちり私の事を守ってよねっ!」
「もちろん、おはようからお休みまでしっかりお守りしますよ、お姫様」
私の大げさな言い方に、キティはプッと吹き出して、私を見た。
片手の拳を私に向けて上げるので、そこに自分の拳をコツンと当てる。
「頼りにしてるわよ、超一級戦闘民族っ!」
私は嬉しそうに頷いて言った。
「ちょうカッケー私の姿を楽しみにしといてよっ!」
私達は顔を見合わせて、お互い吹き出して笑った。
……まぁ、授業中に堂々と2大令嬢がサボっている訳なんですが。
前世の悪い癖、出ちゃってるな〜〜。




