EP.63
「ところで、これはもう製本は終わっているのか?」
クラウスが原稿用紙を指差して聞いてきたので、私は素直に首を振った。
「……そうか、ではこの本に相応しい装丁になる様、俺も援助しよう」
クラウスの言葉に私はニッと笑った。
そりゃどうもまいど。
って、最初から当てにしてたけどね〜〜。
庶民も手にし易い価格に設定するつもりだけど、コイツが金を投入したら、その価格を上回る装丁になりそうだな〜。
まっ、いっか。
その方が皆大事にしてくれるでしょ。
あと、孤児院や図書館その他施設にはバンバン寄贈しまくって、広めに広めたるぜっ!
あ〜〜やる事いっぱいだけど、充実感がヤバいッ!
待ってろ、キティッ!
待ちに待った、あの計画の発動だっ!
さてさて、秋といえば、芸術に読書。
私はどっちかって〜と、食欲の秋なんだけども、お貴族様は高貴なご趣味がお好きでねぇ。
この時期になると、本を片手にティータイム、なんて風景をよく見るが……。
しかし、学園のあちこちのゴミ箱に投げ捨てられた大量の本、なんて、今年は随分趣向が変わっているな。
キティがそれを眺めて深い溜息を吐いている。
最近になって、2冊の本が学園内に出回っていた。
1冊は、さる高貴な令嬢が、王子妃へ、更には夫と協力して悪辣な王太子を倒し、ゆくゆくは王妃へと上り詰める、サクセスストーリ。
その本の中では、魔力量が高いにも関わらず、王家から軽んじられていた第二王子を、主人公の令嬢がひたむきに支え、卑劣な手で第二王子の婚約者の座に居座っていた醜い侯爵令嬢を数々の罪で断罪。
のちに自分が婚約者となり、王子と結婚。
王子を王太子に即位させる。
そして、王と王妃になった2人は、末永く幸せに暮らしましたとさ……。
なのだが、完全に不敬だわっ!
アーバンッ!
ちょっと変えてはいるものの、名前など、ほぼそのままだし、容姿も一緒。
本に出てくるコイツがアイツと、丸わかり。
もちろんこの本は、王家への反逆思想が強過ぎると判断され、発禁本となり、大量に出回っていたその本は全て回収。
出版元と印刷工場は共に処罰を受けた。
出版元はやはりロートシルトの息のかかったダミー会社だったのだが、陛下にお願いしてこの件でロートシルトを裁くのは待ってもらっている。
まだまだ、こんなもんじゃ無いもんなぁ?
アーバンさんよ?
すごい金をかけて制作されただろうに、一瞬で世の中から消えた。
ある意味幻の一冊。
王都中のあらゆる書店に無料で置いてあった上に、学園ではご丁寧に生徒一人一人のロッカーに仕込んであったが、フリーペーパーにしては厚すぎた様だ。
生徒達は進んで国の回収に協力していた。
そりゃ誰も発禁本なんざ好んで手元になど置かないだろう。
しかし、アーバンの本の中に出てきた悪辣な王太子だが……。
ここは別にあれだな。
強く否定出来ないところが悩ましい。
見る人間から見れば、アイツは立派に悪辣な人間だからなぁ。
で、もう一冊の方は、もう、なんて言うか……。
〈キラおと〉とタイトルもシナリオもそのまんま……。
薄幸の超絶美少女が王立学園に入学後、王子様や高位貴族の令息に求婚されまくり、どうしよう⭐︎私、困っちゃう(テヘペロ)状態になる、というもの。
意地悪で醜い、王子様の婚約者である悪役令嬢に、様々な嫌がらせや虐めを受けるけど、グスン、私、負けないもんっ!
……なのである。
こちらは名前はそのまま使用されていた……。
自費出版らしく、流石に王都では配られていなかったが、学園内では、ロッカーや鞄などにいつの間にか仕込まれていた。
⭐︎や♡が乱立した、とても目に優しく、読みやすい書籍となっている。
具体的には、こんな感じである。
【あたしは、かわいそうな男しゃく令じょうT^T
おうちでは、毎日まま母にいぢめられてるの。エ〜ン⭐︎
でも、がんばって、王立学えんに入学したよ⭐︎
〜〜〜中略〜〜〜
キャッ♡ステキな王子さま⭐︎となかよくなっちゃった♡
ほかのエライきぞくのむすこたち⭐︎も、わたしのこと、スキになっちゃったみたい♡】
ーー書籍〈キラメキ⭐︎ 花の乙女と誓いのキス〉より一部抜粋ーー
作者は不明だが、主人公の名前はフィーネ・ヤドヴィカ。
男爵令嬢である。
皆が顔を真っ赤にして読んでいたフィーネの本だ。
もちろん私も、最初に読んだ時は顔から火を吹くかと思った……。
くっ、覚えがあるっ!
小学生くらいの時の妄想小説ってこんなもんだよなっ!
その時は、私って天才っ!
とかって自画自賛が止まらず、一気に書き上げてご満悦なのだが、時が経ってから読み返して悶絶するやつっ!
なっ?誰しも経験するよなっ?なっ?
でもまさかそれを、16にもなって書いちゃう奴がいるなんて思わないじゃん?
しかもここじゃ成人済みなんだぜ?
とっくに忘れていた過去がジェット噴射付きで追いかけきた恐怖……。
怖すぎだろ……。
打撃を受けたのは私だけじゃ無い様で、一定の女生徒が、顔を真っ赤にして、鼻息荒くゴミ箱に投げ捨てていた。
涙目になっている子もいる……。
ごめ、ごめんなぁ。
掘り起こしちゃいけないものを掘り起こして、ごめんなぁ。
私が書いたんじゃ無いけど、知ってて止めなかったという罪悪感で、別の意味で悶絶しそうだった。
そんな訳で、生徒会が何もしなくても、日に日にゴミ箱に投げ入れられる、書籍版〈キラおと〉。
あっ、ほら、今も。
「何だよ、これ〜〜、うちの妹でももっとマシなの書けるぜ」
ゴミ箱にバサッ。
「まったくだよな。意味不明すぎっ」
バサッ、バサッ。
くっ、こっちにまで衝撃がっ!
HPが抉られるっ!
周りを見渡すと私と同じ様に、胸を押さえ息も絶え絶えな女生徒がチラホラ……。
間違いなく、皆、家に帰ったら自室の掃除だな。
黒歴史を供養してあげなきゃいけないもんな。
もちろん私の隣でキティも胸を押さえて悶絶している。
だよなぁ?
キティなんか、黒歴史供養する前に死んじゃったもんな?
絶対に親に見られてるよな。
死んだ娘の大事な遺品として、今頃何度も読み返されてるぜ?
あの子ったら、こんな物書いてたのねって、微笑ましく読まれてるよ?
死ねる?(もう死んでる)
急にキティが、あははははははっ、あー…笑うしかない、あーはっはっはっはっはっはっ!
とかって壊れ始めた。
うおっ!
何だよっ?急にっ!
ダメージ受けすぎだろっ⁈
「何でそんなにボロボロになってんのよ?」
隣で悶え苦しむキティにそう聞くと、キティは震える指でゴミ箱を指差した。
ゴミ箱から溢れるほどのフィーネの本。
私は素知らぬ顔で、ハイハイと口を開いた。
「あー、アレね。アレはキッツイわよね。
何人もアレにはやられてるわよ。
私にも身に覚えがあるから、全身の痒みに身悶えたわ」
キティはパァッと笑って私に抱きついてきた。
そうそう、私は同志。
「まぁ、でも。私のは王子とか、偉い貴族の息子だかは出てこないわよ?」
キティは、えっ?という顔で不思議そうに小首を傾げた。
「じゃあ、何が出てくるのよ?」
「ドラゴンと勇者と魔王っ!」
素早く答えると、キティはやれやれと肩を上げたあと、凄くツッコミたそうな顔でコチラを見上げてきた。
小5男子かよっ!
てね。
小5男子だよっ!
「それより、これ。昨日発売されたばかりで、もう話題になってるのよ、面白いって」
私に渡された一冊の本を、キティは小首を傾げて眺めている。
〈麗しの令嬢と魔女の呪い〜王子は聖なる力で王国を救う〜〉
ほれほれ、すごく懐かしい長いタイトルだろ?
タイトル見ただけでワクワクするこの感じ。
どうよ?
期待通りキティは表紙を開けると、どんどん読み進め、ページを捲る手が止まらなかった。
よしっ!
掴んだっ!
キティの心をガッチリ掴んだぜい!
夢中で読み耽るキティをカフェテラスまで誘導して、椅子に座らせる。
ここまでキティはまったく無意識で動いていた。
それくらいその本に夢中になってくれているという事だ。
本の内容は、幼い恋あり、謎あり、冒険あり、笑いありの秀逸ファンタジーッ!
あっ、この世界ではファンタジーでは無いのか。
だが、文章がうまく、構成も練られてて、何より登場人物が皆キティ好みっ!
物語のレビュー(ネタバレ)は、こうだ。
ある国に、少女がいました。
少女は高貴な貴族のお嬢様でしたが、産まれてすぐに、魔女の呪いを受けてしまいました。
呪いのせいで、額に小さな傷が出来てしまった少女は、その美しい顔を長くて厚い前髪で隠して暮らしていました。
ある日、その貴族の屋敷に王子様がやってきました。
少女を一目見た王子様は、その心の美しさに少女を愛してしまいました。
王子は少女に求婚しましたが、断られてしまいます。
少女の額の傷の事は、家族だけの秘密でした。
それから毎年、王子は少女に求婚しました。
少女はいつもそれを断り続けます。
そして、社交界デビューを迎えたその年、王子からの求婚に、少女は初めてその厚い前髪を掻き上げ、王子に真実を話しました。
少女から話を聞いた王子は、にっこりと微笑み言いました。
「そんな傷を気にしていたんだね。
僕には君の美しさしか見えないよ。
魔女の呪いも、君の心の美しさには届かなかったようだね」
そう言って、王子は少女の傷に口付けました。
すると、みるみる少女の傷は消えていき、魔女の呪いは解けてしまったのです。
王子は聖なる魔法の持ち主だったのです。
気になった方は、どうぞ続きは是非この本を買って読んでみて下さい。
(以下更にネタバレ)
でっ!この後っ!美しく成長するであろう少女に赤子の頃から、自分の器として目を付けていた魔女が激怒。
魔物を使って国中を荒らしていくっ!
それで2人は仲間と共に魔女を倒す旅に出る。
いつも冷静な天才魔道士、中世的な見た目の麗しき魔法騎士、和かで面倒見の良い白魔法使い、皮肉屋だけど本当は優しい魔剣士。
仲間達との旅はハラハラドキドキの連続。
そしてピンチに必ず現れる、謎の女剣士。
4属性を自在に操る最強の剣士っ!
魅惑的でミステリアスなのに、彼女が出てくると必ずギャグ回になるから、読者魂がすごく震えるっ!
物語は、魔女の脅威に晒された港町を救った所で終わる。
キティは感嘆の溜息を吐きながら、そっと本を閉じた。
「つ、続きはっ?シリーズ物だよねっ!
これ、続き出るよねっ!」
鼻息荒く詰め寄ってくるキティを、まぁまぁと両手で制し、ニヤッと笑う。
「もちろん、シリーズ物よ」
いやっふぅ〜〜っ!
飛び上がらんばかりに喜ぶキティに、わたしは更に続けた。
「ちなみに、作者はエドワード・ホルテス子爵令息よ」
「彼っ!天才かよっ!」
「ちなみにちなみに、彼を発掘したのは、私よ?」
「敏腕かよっ!」
……んっ?
そこでやっとキティが何かを察した。
私はすぐさまそれに答える。
「察しがいいわね。
そう、キティのファンクラブの前会長。
今は名誉会員のエドワード・ホルテス子爵よ」
私の言葉にキティはえっ?という顔をして、ややして震える指で自分を指した。
「はいっ!正解っ!
キティにしては気付くのが早かったわね?」
私はパチパチと拍手しながら言った。
そうだよっ!
この話に出てくるヒロインのモデルは、君だよっ!
キティは途端に悶絶し始め、頭を抱えた。
面白いし続きも気になるけど、ヒロイン自分〜〜〜っ!
ってところだろう。
まぁ、複雑だよね。
私でも悩むわ。
悩ましさに身悶えるキティを、私はお腹抱えて指差しながら笑った。
その反応っ!
正直、期待してたぜ!
キティは悶絶状態からはたと我に返り〈うる魔女〉(略)の豪華な背表紙をそっと撫でた。
するだろ?
例のあの馴染みの香り。
ロイヤルな香りがそこはかとなく漂っているだろ!
いるよ!
関係者の中に、あの、名前を言ってはいけない、クなんとかさんっ!
「どう?キティ、気に入ってくれた?」
穏やかな声が聞こえ、キティは声の方を振り仰いだ。
椅子に座るキティを覆う様に、クラウスがテーブルに手をついて、キティを見下ろしている。
私はもう、ニヤニヤしっぱなしだ。
キターーーーーーーーッ!
疑惑のご本人キターーーーーーーーッ!
「はい、あの、すごく楽しく読ませて頂きました……」
クラウスは、キティの髪を一筋すくい、そこにキスをして、エロ、いや、色っぽい流し目で見つめている。
やめろよ?キティ。
鼻血噴きそうなデレ顔になってるけど、いま鼻血噴いたら本が汚れるからな?
「続き、早く読みたい?」
クラウスの問いに、キティは首がもげそうなほど頷いた。
「シシリア、作家に急がせろ」
クラウスに言われて、私はボキボキっと自分の拳の関節を鳴らす。
「オッケーィ。ちょっと休ませてあげてたけど、それも終わりね」
キティがしまった!って顔で私を見るけど、もう遅いよ?
「じゃ、キティ、これお願い」
私はキティのイメージで選んでおいた、可愛らしいメッセージカードをキティに差し出した。キティはそれを見て小首を傾げている。
「作家に一筆お願い」
続く私の言葉に、キティはフンガーッと鼻息を荒くした。
作者に直にメッセージを送れる事に興奮した様だ。
よしよし。
ハマってるハマってる。
キティはサラサラサラ〜ッとメッセージを書いてくれたが、少し物足りない顔をしている。
チラッとそのメッセージカードを覗くと、小さな字でビッチリ書き込んである。
熱量っ!
既に〈うる魔女〉への熱量が半端無いっ!
私はキティが書いたメッセージカードをササッと奪うと立ち上がる。
「ありがとっ!これで3日は寝ずに書くわね。
半日寝たら、また3日寝ずに書かせるわ、じゃっ!」
そう言って早々にその場を去った。
後ろからキティの、ちょっ!作者様を酷使しないでーーーーーーーーっ!みたいな幻聴が聞こえたような気がしない様な気がするけど、たぶん、気のせいっ!
よ〜〜〜しっ!
このメッセージカードがあればヨレヨレのホルテスも息を吹き返す筈っ!
思ってたより早く2巻が出せそうだ!
そろそろ虹の制作にも着手しなきゃっ!
ウオォォォォォォォォォォォォッ!!
滾るっ!
滾りまくるっ!
待ってろっ!キティーーーーーーーーッ!




