表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

60/248

EP.59



ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべて、私達を取り囲み、近づいてくる阿保ども……。


この私にお前らをブチのめす正当な理由を与えたな?

そんなにこの拳を味わいたいなら、存分に食らわせてやるよ……。



キティは隣から放たれる私の殺気にカタカタ震え始めた。


人死が出る事を心配しているようだが、まぁ、大丈夫だって。

最大限、努力はするからさ。

努力は、な。


拳をバキボキ鳴らしながらニヤ〜リと笑った瞬間、誰かが大きな声で阿保どもを制止する様に声を上げた。


「いい加減にしなさいよっ!

嘘でしょっ!信じられないっ!!」


そう言いながら、何人かの生徒が、フィーネのファンクラブを掻き分け乱入してきた。


「これがお貴族様のやり方って訳っ!

なんて低俗で、下品なのっ!」


そう言う女生徒と、私達を守る様に何人かの男子生徒が、ファンクラブと私達の間に立ちはだかる。


「私達、庶民だからお貴族様の問題に口出し出来ないと思って、黙って見てたけど……。

あんた達、最低よっ!寄ってたかって女性を囲んで、明後日な事を言いたい放題、それを正論で返されたら、なにっ?服をひん剥くっ?

最低最悪っ!しかも、犯罪だからっ!それっ!」


その女生徒に犯罪と言われ、ファンクラブの面々はハッとした顔をして、慌てて私達から離れた。


ちっ!

もう少しでブチのめしてやれたのに。


それにしても随分と勇気のある子だな。

制服からして一般生徒に間違いないのに、貴族に対して声を上げるとは……。


まぁ、意図せず自分が目の前のクズどもの命を助けた事には気付いてはいないみたいだけど。



その女生徒はビシッとフィーネを指差して、強い口調で切り出す。


「それから、そこのフィーネ・ヤドヴィカっ!

何が非力な男爵令嬢よっ!何が弱い者虐めよっ!

いつも弱い者虐めしているのは、貴女の方じゃないっ!

私達、庶民を毎日バカにして、物を壊したり、盗んだり、貴族だからと偉そうにしてっ!

手を出された事だってあるわっ!

私の友達は、貴女に階段から突き落とされて、骨折してまだ学園に戻れずにいるっ!

彼女が成績優秀だから気に入らないって、ただの八つ当たりじゃないっ!」


その内容に、キティは驚きで目を見開いた。



「それなのに、あんたの家は、学園関係者を金の力で黙らせて、たかが庶民だからと、自己責任の事故で終わらせたのよ……」


それまでの強い口調から一転、肩を落として弱々しく溢した彼女の言葉に、私とキティは目を合わせた。


お互いの瞳の奥に、怒りの炎がゆらめいている。


ほう?金の力で黙った学園関係者?

実に興味深い。

フィーネと愉快な仲間達をブチのめしたら、是非その辺を詳しくこの女生徒からお聞きしたいものだ。



そしてその女生徒は、キティを守るようにバッと両手を広げた。


「それに、キティ様はあんたら低俗な貴族と違って、本物よっ!

キティ様は、私達の孤児院に多額の寄付をして下さり、度々ご訪問して下さった。

小さな子供達に絵本を読んでくれたり、一緒に遊んでくれたり、お世話をしてくれたり。

高貴なご身分なのに、それをちっとも表に出されず、チビ達の本当の姉の様に接してくれたのよっ!」


女生徒の言葉に、顔には出さないがキティが動揺しまくっている事が伝わってくる。


バレちゃったね?

トップシークレットだったのにね?


大丈夫大丈夫。

皆とっくに知ってるから。


たまの空いた時間に何してんのかな〜って思ったら、孤児院に寄付に訪問。


皆、それを知ってほっこりですよ、もうほっこり。


子供達と一緒にお絵描きしたり、追いかけっこしたり、食事の手伝いとか、お昼寝の寝かしつけとか、随分楽しそうだったね。


幼児のほっぺプニプニして幸せそうに破顔している姿もバッチリ見られてますよ?



まぁ、皆ノブレス・オブリージュとか言って、寄付したり訪問したりはするが、孤児院の子供達とあんなに全力で遊んだり、進んで世話する人間などいない。

お陰でキティは市井で聖女様とか呼ばれてる。

ぷくくっ、本人知らないんだけどねっ!



女生徒はキッとフィーネ達4人を睨んだ。


「あんた達にそんな事出来るっ?

出来ないわよね?庶民だからと私達を踏み付けにして高笑いしてるあんた達に、そんな事出来る訳ないっ!

キティ様こそが本物の貴族よっ!

あんた達偽物がいくら傷付けようとしたって、足元にも及ばない、本物の貴族様よっ!」


女生徒の言葉に、フィーネがどす黒い顔で、目を吊り上げた。


「うるさいっ!庶民の分際でっ!

私は貴族よっ!貴族はあんたら庶民に何をしたっていいのよっ!

私に偉そーにしないでよっ!

孤児院臭いんだよっ!

とっととこの学園から出て行きなっ!」


そう言って、彼女の体を思い切り突き飛ばした。


キティが咄嗟に彼女の身体を支えようと手を伸ばしたけど、一瞬早く、私が彼女の身体を抱いて支えた。


うん、まぁ、キティじゃ下敷きになって一緒に倒れちゃうだけだからな。

ほら、私はこういうの慣れてるから。




しかし、フィーネのこの行動が、キティの中に寝るブリザードを起こしてしまったらしい。


キティは女生徒の前に進み出て、絶対0度の眼差しで、フィーネ達を睨み付けた。


流石ブリザードの妹。

全てを凍てつかせる完璧な眼光。

側で見ている私でも、ゾクっと震える程だ。



「フィーネ・ヤドヴィカ、乱暴な振る舞いは許しませんよ。

貴女は大変な心得違いをなさっています。

民は国の宝です。彼等がいるから、国が有るのです。

貴族とて、民の1人。

人より多くの物を持つ物は、それだけの責任を果たさねばなりません。

貴族だから偉いのではありません。

人より重い責任を負い、それを全うするからこそ尊ばれるのです。

貴女は貴女に課せられた貴族という責任は放棄し、貴族という権威だけは行使する。

それはとても浅ましい行為です。

恥を知りなさい。

良いですか?ここは王立学園です。

何故この学園が生徒の自治に委ねられているか分かりますか?

ここは学園という名の政治の場なのです。

皆が正しき施政者となる事を、ここで学ばなければいけません。

ここに在籍する一人一人が将来この国を担い、この国の宝である民を守っていく役割があります。

この学園の生徒であるからには、国を支える支柱である事を自覚していなければなりません。

貴族も庶民も関係無く、共に国を担う仲間として、手を取り合い、支え合う。

ここはそんな大事なことを学ぶ為の学園です。

貴女のなさっている事は学園の理念を汚す行為だわ。

これ以上、この学園で恥を晒すなら、ヤドヴィカ男爵令嬢、学園を去るのは貴女の方ですっ!」


キッパリとキティが言い切ると、辺りがシンッと静まり返った。

誰も動かない。

ただ1人、私だけが、満足気に微笑んでいる。



ややして、ワァッと歓声が巻き起こり、拍手の音が響いた。


成り行きを見守っていた他の生徒達が皆、キティに向かって拍手を贈っている。



「キティ様ーっ!素敵っ!」


「感動しましたっ!貴女様こそ、未来の王子妃に相応しいっ!」


「なんて清廉潔白なお美しさっ!」


「高貴なる魂に祝福あれっ!」



皆んな口々にキティへの賛美の言葉を口にしている。


フィーネ達4人とファンクラブの生徒達は、面食らってオロオロと狼狽える事しか出来ない。



そこへ、私が扇の奥の口元をニヤリと歪めて、とどめを刺す。


「ところで、貴方達。

もちろん、この廊下にも記録魔法が設置されている事はご存じよね。

学園の生徒の安全を守る為だもの、当然の事ですわよね?

映像だけで無く、しっかり音声も残りますから、ご安心なさって。

最近は顔認証も出来る様になりましたからね、皆さんの身元を取りこぼしたりしませんから、その辺も安心でしてよ?」


私の言葉に、ファンクラブの面々が悲鳴を上げて、それぞれ散り散りに逃げ出した。


いつの間にか、アーバンの姿も無くなっている。


残されたのは、呆然と辺りを見回すフィーネと、腰を抜かしてお互いを抱きしめ合うマリエッタとヴァイオレット。


キティはにっこり、淑女の笑みを浮かべ、フィーネに声を掛けた。


「それでは、フィーネさん。

私への誤解も解けた様ですし、これで失礼致しますね。

くれぐれも、今後はこの様な事の無きよう、お気をつけ下さいましね。

それから、一般入学の生徒にご迷惑をお掛けするのもやめて下さいね。

もし、まだ続ける様なら、こちらで貴女の退学手続きを進めさせて頂きますから、そのおつもりで」


フィーネは再び顔を赤黒くしてキティを睨んだが、プルプル震えているだけで、もう何も言い返してはこなかった。



クルッと踵を返しフィーネに背を向けたキティの、口元の端が若干上がるのを私は見逃さなかった。


何つってーー!

そんな権限、私には無いけどねーー!


とでも言いたそうだが……。



「あるわよ」


扇の中で私が小声で勝手に答える。


キティは、えっ!あんのっ⁈て顔で面食らっている。


「あんたはクラウスの婚約者なんだから、一部クラウスの決裁を代行出来るの。

学園の決裁であれば、ほぼほぼ可能よ?」


私の言葉に、淑女の笑みを浮かべたままキティの顔色がみるみる白くなっていく。


これで学園の独裁者への道が開けたな。

頑張れ!キティッ!


キティはカタカタと震えそうになるのを必死に抑えている様子だった。



私は私達を庇ってくれた女生徒に優しく声を掛けた。


「貴女には聞きたい事がありますので、放課後、生徒会室に来て頂くわ。

貴女のお友達の件を、金の力で黙認したという学園関係者にとても興味がありますの。

事情を知っているお友達も、何人連れて来ても構いません。

良いかしら?」


「はいっ!ありがとうございますっ!」


私の言葉に、女生徒と他にも何人かの一般生徒が力強く頷いた。


キティはその女生徒の手を両手で握り、親愛を込めて微笑む。


「先程は、危ないところを助けて頂き、本当に感謝致します。

貴女の勇気ある行動を、私一生忘れませんわ」


キティがじっと目を見つめそう言うと、女生徒は頬を染めてモジモジと答えた。


「いえっ、そんな……私なんかにはもったいないお言葉です。

キティ様のお役に立てて、私こそ光栄です」


本当に謙虚な生徒だな。

私からあの阿保どもを助け、何人もの人間の命を助けた、間違いなく英雄なのに。


本当に本当に、謙虚な子だ。



「では、後ほど、生徒会室でお待ちしていますわね」


最後にそう言ってキティがにっこり微笑むと、彼女はますます真っ赤に顔を染めた。



キティが振り返ると、廊下の左右に生徒達が分かれ、皆んな一斉に最上級の礼をする。


キティは皆に微笑んで、口を開いた。


「皆さん、急に訪問した上に、この様な騒ぎを起こして申し訳ありませんでした。

私はもう失礼致しますから、皆さんどうぞお楽になさって」


けれど、誰1人顔を上げない。


キティは私を見上げてくるけど、無理無理とばかりに首を振る。


そりゃ無理ってもんよ。

皆すっかりキティに心酔しちゃってんだからさ。

お楽になさって、は無理無理。


まぁ、こうなれば、私達がとっとと退場するしか無いんじゃない?


キティもそう考えたのか、優雅にしずしずと、しかし淑女に許された最高速度で歩き始めた。



生徒達の中を通り過ぎる時、皆んなが口々に同じ言葉を口にした。



「高貴なる魂に祝福あれ。

我らの王子妃キティ様に幸いあれ」




キティは密かに冷や汗を流しながら、淑女マッハ(遅い)でその場を後にした。






「もういいわよ」


私に言われて、キティはやっと肩の力が抜けた様だ。

途端に足が震え、いやもう暴れ出す。

サンバと阿波踊りミックスで、膝が笑っているキティ。


「シ、シシリィ、私もう歩けないかも……」


キティがそう弱音を吐いた瞬間ーー。



「キティたそっ!」


男の声がして、誰かがこちらに走り寄ってきた……。


あっ?誰だよ?

たそって何だよ?



私達の前に、例のテッド・シャックルフォード子爵令息が現れた。


シャックルフォードは、鼻息荒くキティに近付いてくる。


あっ?

何だテメー。

馴れ馴れしいぞ。


即座に防御魔法を展開して、シャックルフォードがそれ以上近付けない様にする。


私の魔法の壁を叩きながら、シャックルフォードは目を血走らせ、ニヘラッと笑った。


「ねぇ、キティたそ、おかしいよ……。

君はそんなキャラ設定じゃないんだ。

君はもっとおバカで我儘で何も分からない愚かな人間なんだよ?

だから僕が側にいてあげなきゃ、いけないんだ。

だって、そうでしょ?

君はバカだから、直ぐに死んじゃう。

それを防げるのは、僕だけなんだよ?

だから君は僕から離れちゃいけないんだ……」


シャックルフォードはそう言うと、焦点の合っていない目でキティを見つめる。

キティはゾッと鳥肌が立てていた。


私の強固な魔法壁に何度も打ち付けられたシャックルフォードの拳から血が飛び散った。


「キティたそっ!キティたそっ!

これを退けて、僕の所に来てよっ!

君は、賢そうに喋ったりしないっ!

君は、他の女みたいに取り澄ましたりしないっ!

君は、どこまでもおバカで、非力じゃないといけないっ!

間違いはっ!正さなきゃいけないっ!」


キティはシャックルフォードの言葉にピクっと眉の端を上げた。


また、この言葉だ。

コイツら転生者が繰り返し口にする言葉。


『間違えている。

間違いは正さなきゃいけない』


フィーネも、前回の騒ぎの時に聞き取り調査で同じ事を口にしていた。


『自分こそがクラウスの恋人に、そして婚約者になるべきだ。

間違いは正すべき』



……何が間違いなのか?


キティが原作のキティらしく無い事?

クラウスがキティを婚約者に選んだ事?

キティがSクラスに在籍している事?

キティが皆んなから嫌われていない事?

兄妹仲が良い事?

次作の悪役令嬢の私と親友な事?


何が間違いだと、何故お前らが決める?


キティは、この世界で生きている。

ゲームのキャラクターなんかじゃ無く、生きている一己の人間だ。


お前達はどうだ?

それでちゃんと生きていると言えるのか?

ここをゲームの世界と信じ、相手をゲームのキャラクターと決め付け、全てを知っている気でいる。


それで?

自分の知っているシナリオから外れれば、それは間違いだと、正さねばいけないと騒ぎ立てる。


何故お前達がキティの事を決めるのか。

そんな権利が自分にあると、本気で思ってんのかよっ!



キティもシャックルフォードの言葉に、嫌悪感を抑える様に腹の底から冷たい声を出した。


「……お黙りなさい」


キティの気迫に、シャックルフォードはヒュッと息を呑む。


「貴方に発言を許した覚えはなくてよ……。

そこの者……お控えなさい」


キティの冷たい視線に、シャックルフォードはズルズルと膝を突き、何やらぶつぶつと聞き取れない言葉を呟き始めた。


キティはそんなシャックルフォードに背を向け、スタスタと歩き去る。


振り返る事は無かった……。









私はシャックルフォードの異常な気配に、片眉を上げた。


「エリク」


私が呼ぶと、何処からともなくエリクが現れる。


「書き記しておきなさい」


「はっ」



後はエリクに任せて、私はキティの後を追い、その場を去った。





シャックルフォードの異常性は前々から気になっていた。


フィーネにしてもシャックルフォードにしても、前世から何かしら良く無いものを持ち込んで来ている様に思う。


そして、それが向かう所がキティである事が問題なのだ。



アイツら転生者に貴族の理屈は通用しない。

ここを自分達の都合の良いシナリオの中だと本気で思っている。


そして、まるで前世の鬱憤を晴らすかの様にやりたい放題だ。


何故、違うと気付けないのか。

何故、自分はこの世界に普通に産まれてきただけだと思い至らない?


お前達をそこまで育ててきた親は?どうなる?

それさえもゲーム内のキャラクターなのか?


フィーネにしろ、シャックルフォードにしろ、このままでは自分達ばかりか、家族まで破滅の道に突き落とす事になるっていうのに。

自分の欲望を捨て去る気は無いようだ。



こちらも一切手加減をするつもりは無いが、破滅へと道連れにする家族の事くらいは、キャラクターでは無く人なのだと、気付けたらいいな……。


まぁ、無理なんだろーけどな、お前らじゃ……。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ