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EP.5



「では、2人とも向き合って、構え!」


将軍の掛け声に、ジャンがスッと木刀を構える。

剣をこちらに向けたまま、グッと自分の腰に引き同時に腰も落とす、この世界ではポピュラーな構え方だ。


対して私は、中段の構えをとった。

剣先を相手に向けて真っ直ぐに構える。

背筋も真っ直ぐ、ピシッと相手と対峙する。

正眼の構えとも言うが、攻防どちらにも速やかに移行できる、剣道では1番よく見る構えだ。


この世界では珍しい構え方に、一瞬辺りが騒ついたが、それも直ぐに収まった。


私から漂う覇気に、皆口を噤んだからだ。


ジャンも気圧されているのか、こちらの間合いに打ち込んで来ない。


ジリジリと横にズレていくジャンの動きを

最小限の足捌きだけで追う。

どれだけ動いても私の間合いが崩れない事を悟ったジャンは、ゴクリと唾を飲み込んだ。


悪いな、少年よ。

こちとら『鬼夜叉』と異名を取る程の剣狂いだったもんでね。

格が違うのさぁ、格がねぇっ。

のほほほほほほっ!


と、一瞬の私の気の緩みを見逃さず、ジャンが素早く動いた。


あっヤベっ!


『お前のそーゆーところじゃ〜』


天国の爺ちゃん、いやこの場合は私が天国に行っちゃった側だが……。

まぁ、とにかく爺ちゃんの嘆きが聞こえた様な気がした。



流石に近衛騎士団団長の息子。

子供とはいえ馬鹿には出来ない速さと動きで一気に間合いを縮め、私の目の前でザッと飛び、そのままの勢いで斬り込んできた。


おいおーい、手加減云々はどうした〜。

まぁ、そんな余裕など無い相手と嗅ぎ分けただけ、戦闘のセンスはあると認めよう……。


が、甘いっ!

まだまだ小童よのうっ!


私はスッと剣先を変え、勢い良く斬りかかってくるジャンの手と木刀の柄をコンっと払った。


それだけの動きでジャンの手から木刀が弾かれ、クルクルと円を描いて飛んでゆく。


続け様に、何が起こったのか分からず呆気にとられているジャンの腹を、勢い良く木刀の剣先でドゴっと突き打った。


ガフッと呻き声を上げ、ジャンが後ろに弾き飛び、そのまま地面に尻餅を付く。

すかさず、騎士団専属の治癒師が駆け寄り、ジャンに治癒魔法を施した。


チラッとみると、光魔法持ちのミゲルは目を見開いて固まっているだけで、1ミリも動かない。

咄嗟に体が動かなかった、まだそこまでの力を持たない、どっちにしてもアウト。

こいつの能力の底上げも課題だな〜。


まだ、何が起きたのか分からない、といった間抜けヅラをしているジャンに向かって、ニヤリと笑い、木刀を脇に差す仕草をしてから、真っ直ぐ姿勢を正し礼をする。



途端、鍛錬場から歓声が上がった。


「すげーっ!あの子、年上の男の子を倒しちまったぜっ!」


「あんな構え初めて見たが、あんな最小の動きであっさり勝っちまったっ!

どうなってんだっ?」


「魔法を使ったんじゃ無いか?」


「いやいや、そんな痕跡無かったぞっ!

それにここは武術、剣術を極めるため魔法の使用はご法度だぜ」


「ええ〜、普通にカッコよかったっ!

本当に女の子かよ?」



騒めく騎士達に、私は口元をニヤニヤさせた。


いやいやいや〜、まぁまぁまぁ。

それほどでもないですよ〜っ!

ガーハッハッハッハッ!

あー楽しいっ!

やっぱり打ち合う相手がいると、全然違うな〜。


記憶が戻る前から何となくその辺の棒を毎日振ってた甲斐があった。

自己の鍛錬も大事だけど、やっぱり試合が最高っ!

しかもこっちはスポーツじゃなく、実戦ありきの鍛錬。

これからそれを教えてもらえるなんて、マジ楽しみっ!滾るしかないっ!


私はギラギラした目で将軍を振り返った。


将軍はパカッと口を開けて、顎を外している。

その驚愕した様子に、ハハーンっと全てを悟った。


将軍め、適当にジャンに私の相手をさせて、早々に諦めさせるつもりだったな。


まぁ、10歳の令嬢が王国騎士団に混じって鍛錬を積みたいなんて言ったところで本気にされない事など分かりきっていた事だか。

最初から追い払って、鍛錬場への立ち入りを禁止するつもりだったとか、ちょっと気に入らないなぁ……。



私はビッと木刀の切っ先を将軍の喉仏に当て、ギラリと睨みつけながら、口元だけ笑った。


「おじ様、約束は約束……。

きちんと守って下さいましね?」


私の黒い笑顔に、将軍は冷や汗を流しながら両手で降参のポーズをとった。


「……はい。かしこまりました……」


ハハハと乾いた笑いを浮かべる将軍に、私は大変満足してニッコリ笑った。



よしっ!これでキティたんを守る為に物理的に強くなろう計画はうまくいきそうだっ!


ホクホク顔でご機嫌の私に、将軍がボソッと呟く。


「シシリアちゃん……なんかエリオットに似てきたね……」


あ゛んっ⁉︎

なんだと?ゴルァっ!


眉根に皺を寄せて突き刺す様に下から睨むと、将軍は降参ポーズのまま、ツツツーと私から視線を逸らした。



んでっ!私とこのストーカーが似てるって発想になるんだよっ!


イライラしていると、エリオットが私と自分を交互に指差しながら、両手の指でハートマークを作っている。


調子にのんなよっ!ゴルァっ!


額に青筋を立ててエリオットの胸倉を掴むと、エリオットは何故か嬉しそうに笑っていた。


何なんだっ!このストーカー野郎ッ!


私とエリオットがわちゃわちゃしていると、それまで顎に手をやり全てのやり取りを見ていたクラウスが、ユラリと動いた。



「面白そうだから、俺とも打ち合ってみないか?」


クラウスがそう言うと、辺りがシンッと静寂に包まれた。


皆驚いた顔で、固まっている。


ノワール、レオネル、ミゲル、ジャンが顔を真っ青にしていた。


将軍は意外そうな顔をして、ほう、と楽しそうに口角を上げる。


私はクラウスに向かって恭しくカーテシーで返した。


売られた喧嘩はもちろん買う主義ですが、何か?


「クラウス様、お言葉頂きありがとうございます。

未熟者ですが、恐れ多くもその申し出、お受けしたいと思います」


ピリピリとした空気が鍛錬場に張り詰めた……。


クラウスは私の正面に立ち、片手に持った木刀を構える事もせず、ダラリと地面に向けたままだ。


そういや、ジャンの手から飛んでった木刀をこいつが受け取ってたな、と思いながら、木刀を構える。


今度は木刀を頭上に構える、上段の構え。

天の構えとも言うが、これはあらゆる攻撃に特化した攻めの構えで、逆に防御性は無い。


覇気で相手を威圧して、まずは怯ませる私が、最も得意とした構えだ。


つまり、お前なんかノーガードで秒殺ですよ?という、私特有のディスりっすわ。


クラウスは私が木刀を構えても、自分は構えもせず、その場にユラリと立っている。


私の覇気にも気圧される様子も無く、生気の無い目でこちらを見ていた。


対して私はクラウスから放たれる異様な空気に汗が噴き出し、頬を伝って顎からポタポタと地面に落ちた。



何だっ?何だアイツ……。

放たれる空気は覇気では無く、こちらを威圧する類のものでは無い。


それはもっと、動物的なものだった。


アイツは完全なる捕食者だ。

覇気など必要ない。

威圧する必要も、相手を怯ませる時間も要らない。

ただただ制圧して捕食する。

絶対的な力の差があるからだ。


クソッ!

クラウスは私の間合いを見定めている様だが、こちらはあっちの間合いさえ掴めない。

いや、アイツに間合いなど無い。


今、私がピクリとでも動けば、一瞬で狩られる。


こっちは構えを崩さない様、真っ直ぐ立っているだけで精一杯の状態だった。



周りにも緊張が走り、誰も動く事が出来ない。

皆、少しでも動けばクラウスに狩られる事を理解しているからだ。



初めての体験に、ギリっと奥歯を噛み締めた。

父ちゃん爺ちゃんにしばき倒された時でも、こんな悔しい想いを経験した事は無い。

圧倒的敗北感……。


ギリギリィ……と歯を磨り潰し、私は決断した。


こうなったら、出せるだけの速さで距離を詰め、ありったけの力で叩くっ!


もちろん、そんなもの通用しない程の力の差がある事くらい、自分でも理解している。


しかし、このまま何もせず見合って敗北するなど、私には出来なかった。

自分の矜持がそれを許さないっ!


青臭い衝動に駆られ、ぐっと足に力を込めたその瞬間、ヒョイっとエリオットが私達の間に割って入り、パンッと大きく手を打った。


私はもちろん、クラウスまでも呆気に取られて目を見開いている。


あれだけの極限の状態で、ヒョイと現れたエリオットに咄嗟に反応する事が出来なかった。

体が勝手に反応して、エリオットに切り付けていてもおかしく無い状態だったのに……。


それはクラウスも同様だった様で、目を丸くして首を傾げている。



「はいは〜い、そこまで。

クラウスもシシリアの力が気に入った様で良かった良かった」


ヘラヘラ笑いながらエリオットは私に近づいて来ると、ぶにぃっと両頬を抓った。


「ひゃにふるっ!ひゃにゃせっ!」


その手をガリガリ引っ掻く私の顔を覗き込んで、エリオットは珍しくその目を真剣に見開いた。


「シシリア、今のは愚策だったね。

圧倒的な力の差を感じた時、自分の感情だけで突っ込んでいくのは大変宜しくない。

愚者の選択だ」


確かに言われた通りだったので、悔しかったが、素直に頷く。


エリオットは頬を摘んでいた手を離し、優しく笑って頭をポンポンと撫でた。


いや……馴れ馴れしく触るな、このストーカー野郎。



……しかし。

さっきのあの場面で悠々と私達の間に立ち、どちらからも斬りかかられなかった……。


それどころか、私も、クラウスでさえも、エリオットに反応出来なかったのだ……。


コイツ……本当は何者だ?


特に害の無いただのストーカーだと思っていたが、認識を改めなければいけないかも知れない。


警戒心を強めてエリオットをジッと見ていると、その視線を察したエリオットが、掌を口元に付け、それをチュッとこちらに向けて投げる様な仕草をした。


持っていた木刀で、飛んで来た投げキッスを一刀両断に真っ二つに切り裂き、そのままエリオットに向かって木刀を投げ付けた。


クルクルと回って木刀がスコーンとエリオットの脳天に直撃して、エリオットはその場にドサッと倒れた。


目をクルクル回して倒れたこの国の王太子に、周りが慌てて騒ぎ出すが、私は知らん顔でそっぽを向く。



いやもうコイツっ!どっちだよっ!




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