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EP.55



大盛況に終わった新キティファンクラブ決起集会を終え、私はホルテスをお茶に誘い、カフェテラスで向かい合っていた。


夏季休暇中でも、いつでも生徒が使用出来る様に、学園が常に稼働しているお陰だ。


ホルテスはSクラス専用席に座り、所在の無い様子でソワソワしている。



「本日は急な話で驚かれたでしょう?

貴方に事前の断りも無く話を進めて、申し訳ありませんでしたわ」


真剣に謝罪の言葉を口にすると、ホルテスは慌てた様に両手を振った。


「いやいや、私は元はと言えば前会長失脚の折、副会長からそのまま会長に就任したまででして。

アロンテン会長の様な人心を掴む人柄も手立ても無く、ましてやファンクラブを公式にする様な力など皆無でしたし。

皆のキラキラしいあの笑顔を見れて、私はそれだけで胸が一杯であります。

どうか今後とも、我々をお導き下さい、会長っ!」


謙虚なホルテスに、私はにっこりと微笑んだ。


あの人数を的確に統率し、シャックルフォードの様な不埒者をあれ以降出さなかった手腕は賞賛に値すると思うが、本人は無自覚らしい。

まぁ、ソルが影からサポートしてはいたと思うが、確かにホルテスにはある特定の人間を従える事の出来るカリスマ性がある事は間違い無い。


実はホルテスとは長い付き合いを続けたいと密かに思っている私は、どう彼を繋ぎ止めようかと思案していたが、あの髪飾りに感服してくれたホルテスはすっかり私を信頼してくれている様で、これならここからの話も進めやすいな、と密かにほくそ笑んだ。



「その様に言って頂き光栄ですわ。

実は、ホルテスさんにキティの事でお願いがありますの」


私の言葉にホルテスは目を見開き前のめりになる。


「キ、キティたんの事で、私にお願い、ですかっ⁉︎」


くっくっく。

食い付いてきたな。

いいぞ、これなら上手くいきそうだ。


「ええ、貴方にしか出来ない事です。

その前に確認ですが、これは間違い無く貴方が書いたものですよね?」


私は最新号のキティファンクラブ会報誌をテーブルの上に置いた。


「ええ、私が毎号一人で作成しております」


ホルテスの答えに、私はニッコリ笑った。


ホルテスは会発足時より、この会報誌を手掛けている。

初回から最新まで全て読んだが、ホルテスの文章力は並外れている事が分かった。


正に探し求めていた人材にうってつけだ。


「この、最近始められた連載小説ですが、これは素晴らしい出来ですね。

モデルはキティとクラウス殿下、それと生徒会メンバーですね?」


私の問いに、ホルテスはギクッとした様に体を震わせた。


「も、申し訳ありません!不敬である事は重々承知致しております!

あくまでファンクラブ内だけの読み物のつもりだったのですが……。

こうして公になった以上、処罰される事は覚悟の上です!

ご処分は如何様にも!」


真っ青になって頭を何度も下げるホルテスに、私は安心させるようにゆるく頭を振った。


「いいえ、まったく不敬には値致しません。

この事は殿下にも生徒会メンバーにも確認済みですから、ご安心下さい。

私が言いたかったのは、この小説を本にして出版しませんか、という事だったのです」


私の言葉にホルテスは驚きの表情で私をマジマジと見つめた。


「私は貴方のこの小説を、キティのイメージ向上に利用させて頂きたいのです」


真剣な表情の私に、ホルテスがゴクリと唾を飲み込んだ。


「キティちゃんの……」


ホルテスの呟きに私は静かに頷く。


「貴方も耳にした事があるでしょう?

キティに対する謂れの無い誹謗中傷を。

良識のある方々は耳も貸さない様なとんでも無い虚言ではありますが、中には面白おかしく広めている様な嘆かわしい者達もいます。

彼らはキティの人となりを知らないからその様な虚言に踊らされてしまうのでしょう。

ですから貴方に、あくまでフィクションのお話という体で、キティをモデルにした小説を書いて頂き、キティの人となりを広く広めて頂きたいと思っているのですが。

如何かしら?」


私の問いに、ホルテスは興奮した様にテーブルの上に更に身を乗り出した。


「何とっ!そういう事であればこのエドワード・ホルテス、一肌もふた肌も脱ぎましょうぞっ!

皆が、キティちゃんへの荒唐無稽な噂話に、はらわたが煮え繰り返る思いをしております。

私がその噂話を少しでも否定するお手伝いが出来るならっ!

何なりとっ!何なりと致したい所存でございますっ!」


フンガーッと鼻息荒いホルテスをどーどーと手で制しながら、事があっさりと進みすぎて内心ニヤニヤが止まらない。


「ホルテスさん、ありがとう。

貴方の協力を得られる事は、必ずやキティのイメージアップに繋がりますわ。

つきましては、こちらにほんの少し手直しさせてもらった貴方の原稿がございます。

こちらを参考に早速第一原稿を仕上げて頂ければ幸いでございますわ」


バサッとテーブルに置いた赤い修正だらけの原稿を見て、ホルテスは乾いた笑いを上げながら、冷や汗を流した。


「ア、ハハハ………す、少し?」


もはやタイトルにまで赤文字で修正が入っている事に気付き、ガクッと肩を落とす。


いや、気持ちは分かるが『麗しの令嬢、K』ってタイトルはちょっと……すまんな。


「いや、しかし、確かにこちらのタイトルの方がしっくりきますな。

ふむふむ、なるほど。

素晴らしい修正です。

冒険色を全面に出す展開ですね。

これなら年齢、性別関係無く万人に受けいられやすい。

流石です、会長」


少しは抵抗されると思ったが、意外にすんなり受け入れるホルテス。

やはり、キティの為という大義名分が効いているようだ。


「いえ、貴方の元原稿が素晴らしいがゆえです。

特に主人公二人を同い年にして、低年齢の状態でお話を作ってらっしゃるところなど、賞賛に値致しますわ。

チビッ子×チビッ子の、夢のチビTカプを実現なさるだなんて……。

正に天才の発想!

主人公二人のういラブな描写に私は何度、身悶えしました事かっ!」


サイコー!

サイコーだよっ!

設定が神っ!


思わず鼻息を荒くしてこちらも身を乗り出すと、ホルテスは照れた様に頭を掻いた。


「いやいや、それは会員達の要望に応えただけですので。

その設定も会員から着想を得た次第で……」


うん、知ってる。

君らの会合を盗み見た故のあのサクランボの髪飾りだもん。

むしろコッチは堂々とパクってるから気にすんな。


私はニッコリ微笑み、更に畳み掛けた。


「そうだとしても、ホルテスさんの素晴らしい発想と文章力が有るからこその作品ですわ。

製本、販売などは全て私に任せて下さい。

ホルテスさんは良い作品を仕上げる事だけに集中なさって下さいね」


私の言葉にホルテスは目を輝かせ、ガタンッと席を立った。


「それでは私は早速こちらを仕上げてみせましょう。

必ずやご期待に添ってみせますので、楽しみにしていて下さいっ!」


鼻息荒く一礼すると、瞬く間に走り去ってしまった。


まるで書きたい事が溢れ出て居ても立っても居られないといった風だった。


あの勢いなら、二学期中には販売までに漕ぎ着けそうだ。

なかなかに良いペース。

いや、物凄く良いタイミングで出版出来るかも知れない。




本当に思い描く通りに事が進みそうで、何だか神ががってるなぁと空を仰いだ。


瞬間、私の上に影が出来て、目を見開くとエリオットがこちらを覗き込んできていた。



「良い話が纏まった様だね」


ニコニコ笑うエリオットの顔をグイッと手で押し退けながら、私は顔を正面に向けた。


「アンタ、遂にコピーと入れ替わったわね?

じゃあ今日執務を行ってるのはもしかして、いや、もしかしなくてもコピーの方よね?」


ジト目で見つめると、エリオットはヘラヘラ笑いながら私の正面の席に座った。


「大丈夫だよ。優秀な執務官が沢山いるからね。

僕がちょっと入れ替わったくらい問題無いさ」


ウィンクして星を飛ばすエリオットに、この国こんな王太子で本当に大丈夫か?と国の行く末を本気で憂えた。


「それで?クラウスに言われた通りにキティちゃんのファンクラブを掌握して管理下に置けた様だけど、リアの思惑は別にありそうだね。

彼らをどう使うつもり?」


エリーと同じ質問だが、エリオットの方は既にその答えを知っているかの様な口ぶりだ。

癪には触るが、そんな事でいちいちエリオットの相手をしていたらキリが無い。

私は呆れた様に溜息を吐きつつ、口を開いた。


「少し、勝負をフェアにしようと思ってね。

フィーネ率いる貴族令息達は、こちらがわざと泳がせているのを良い事にやりたい放題。

危害を加えられた一般生徒は転送先の施設に日に日に増えていくばかり。

いくらコピーと精神を分断されていても、奴らにされた事は記録の為に全て見る事が出来るのよ。

これでは貴族生徒への偏った偏見に繋がりかねないわ。

だから、キティのファンクラブ会員を使って、一般生徒へのフォローとケアをさせようと思っているの。

全ての事が終わって、彼らが再び学園に戻る際に、少しでも貴族生徒へのわだかまりが無ければ良いなって、それだけの事よ」


私の話をエリオットはふふふっと嬉しそうに笑って聞いている。


それが何だか無性にくすぐったく思えて、私は少し頬を染めてそっぽを向いた。


「本当にリアは頼りになるなぁ。

もちろんこちらでもフォローに回る貴族生徒を用意はしていたけれど、流石に全てを賄う事は出来ないからね。

キティちゃんのファンクラブなら人数は充分。

リアのお陰で悩みの種がまた一つ減ったよ」


ニコニコニコニコ笑うエリオットに、ますます頬が赤くなる。


べ、別に私はお前の為にやった訳じゃ無いのだが……。

一般生徒の為だし、それに、十把一絡げに嫌な貴族と思われる恐れのある貴族生徒の為だし。


だから、本当に別に、エリオットの為じゃ無い。

無いったら無い。


それなのにそんなに嬉しそうにされたら、まるで私がエリオットの為を思って策を練ったみたいになるじゃないかっ!


しかも何故か頬が赤くなるしっ!

これじゃまるで私がエリオットに認められて照れてるみたいじゃないかっ!


やめてくれっ!

断じて違うっ!

マジでそんなんじゃ無いっ!


ち、違うっ!

違う……事……。

そうだっ!

違う事を考えようっ!


そしたらこの訳の分からない頬の熱も治る筈だ。

うん、そうだそうだっ!


私は何か思考を変えられる物は無いかとチラッとエリオットを見て、急激にスンッと冷静さを取り戻した。

頬の熱も冷め、通常通りに戻る。


それは何故か……。

変装は解いてあるが、エリオットは用務員の着用する服のままだったからだ。


に、似合わね〜〜。

コイツ、壊滅的にツナギが似合わね〜〜。


どうしても醸し出されるロイヤル感に、ツナギ姿がアンバランス過ぎて、いっそ哀れに見える。


しかも、丈も合ってないし……。


エリオットはデカくて目立つから、変装時は体型も変えてあるのだろう。

そっちの姿に合わせた大きさだからか、変装を解いた元の姿では服の丈が全て短か過ぎる状態になっている。


中身はアレでも見た目で全面的にカバーしている奴なのに、その見た目もこのツナギ姿にかかれば憐れで残念な仕上がりにしかならない。


逆に見た目が良い分、憐れさも増し増しといったところだ。



「ふ……ふふっ、エリオット、その格好……。

アンタ、似合わないわね……」


思わずふき出しながら笑うと、エリオットは何故かより一層嬉しそうな顔で、うっとり私を眺めている。


何だよ?

人に失笑されて喜ぶとか、神経ぶっ壊れすぎじゃ無いか?

大丈夫か?


怪訝な顔でエリオットを見つめていると、急に私の体が浮き上がり、フヨフヨとエリオットの方に引き付けられて、その膝の上にストンと着地した。


すかさずエリオットが私の腰に腕を回してギュッと抱き着いてくる。


「なっ!ちょっ!は、離せっ!離せっ、このっ!」


エリオットの顔や肩をグイッと手で押したり、私の腰に巻き付いている腕をガンガン殴ったりするが、エリオットは石の様になって微動だにしない。


こ、コイツ〜〜っ!

また妙なスキルを使いおってからにっ!



「は〜な〜し〜な〜さ〜い〜よっ!」


グイグイ〜っと頭を押して叫ぶと、エリオットも負けじと大きな声を上げた。


「やだもんっ!」


出たなっ!クレモンッ!(クレイジーモンスター)


いくらしつこくしても、ゲットしないもんはゲットしないって言ってんだろーーがっ!


エリオットはハァハァ荒い息を吐きながら、私の顔をうっとり眺めている。


「ハァハァ……リアと念願の学園イチャラブ……。

学生時代は何とも思わなかったこのカフェテラスが、今や秘密の花園に思えてくる不思議……」


惚けた様に呟くエリオットに、私はゾゾゾッと背筋を凍らせた。


不思議なのはお前の頭の中だよっ!

強制的に膝に抱いて抱き着いてきておいて、何がイチャラブだっ!

どこがどうイチャラブだってんだよっ!


震えるわっ!

もう、キティ並みに震えるわっ!


クレモン状態のエリオットはヤバいと本能が警告を鳴らしてくる。



非常に、ひっじょ〜〜っに不本意ではあるが、ここはとにかく大人しく様子をみる意外に手立てが無い……。


かくして私はキティばりに、エリオットの膝の上でプルプル震えるしか無い状態だった。



「リア、はい、あ〜ん」


いつの間にやら手にしていた煎餅を、楽しそうに私の口に持ってくるエリオット。


要らんわっ!

いや、煎餅はいるけども、貴様の手から食べる訳ないだろっ!


ギリリッと睨み付けると、エリオットは拗ねた様に口を尖らせた。


……一見おどけた表情だが、その目の奥がギラっと光り、私は再びゾゾゾッと背中を凍らせ、反射的にパカッと口を開いた。


そこにすかさず煎餅を放り込まれ、屈辱と共にバリバリ咀嚼する……。


く、くそ〜〜〜っ!

コイツは一体何がやりたいんだよ〜〜っ!


半ばヤケでエリオットが次々に差し出す煎餅にバリンバリン噛み付いていると、エリオットが私の口の端に付いた煎餅の欠片を摘み、自分の口に入れた。


「ふふっ、甘いね」


「そんな訳無いでしょ、これ塩煎餅よ」


最早、感情の消えた目でジトっと見つめると、エリオットは頬を膨らませて拗ねる様に身を捩った。


「ここはそう言ってイチャコラするところなんだよ〜〜っ。

この前の夏祭りでクラウスとキティちゃんがリンゴ飴でやってたもん。

りんご飴を食べているキティちゃんの口の端をクラウスがちょっと舐めてね。

『すごく甘い』

って、そしたらキティちゃんが真っ赤になっちゃってね〜〜っ!

2人共可愛かったな〜〜」


おい、お前どれだけあの2人に張り付いてんだよっ!

そこは2人だけの世界なんだよっ!

拗らせてないで、空気読めよっ!

いい加減通報されんぞっ!



思い切り蔑む目で見ていると、尚もご機嫌なエリオットは悦にいった表情でベラベラと喋り続けている。


「良いよねっ!イチャラブの王道って感じで。

彼女の口についたクリームとかを、彼氏がペロって舐めて、んっ、甘い……とか言っちゃうやつ。

やば〜いっ、キュンキュンしちゃうっ。

あ〜〜僕もリアにやりたいな〜〜……。

………やっちゃおうかな〜〜………」


急に不穏な空気が漂い始め、私は反射的に身を引いた。

その私の腰をまるで逃がさないとでも言うかのように、エリオットがグッと引き寄せる。


「………リア…」


少し掠れた声で、呟く様に名前を呼んでエリオットの顔が近付いてくる。


バ、馬鹿っ!やめろっ!

塩煎餅だって言ってるだろっ!

甘くね〜〜って!

そ、それ以上顔を近付けるなっ!


うわ〜〜んっ!

この青春イチャラブ拗らせ野郎っ!

バカバカバカバカバカーーッ!



その瞬間ーーーーーー。



ズビシッ!



エリクの手刀が見事にエリオットの脳天を直撃して、エリオットはキュウッと白目を剥いて脳震盪を起こし、イスの背もたれに倒れ掛かった。


私を拘束していた腕が緩み、私はエリーに体を支えられながらエリオットの膝の上から救出される。



「あ、ありがとう、エリク、エリー……」


膝がまだガクガクと震え、エリーに支えられていないとまともに立っていられない。


「滅しますか?」


無表情のまま問うエリクに、力無く頭を振る。


「そのまま放っておきましょう。

その内、ニースさんかルパートさんが回収に来るわ」


チッと舌打ちする2人を宥めつつ、私は足速にその場から逃げ去った。



くそうっ、エリオットめ……。

あの歩く公然わいせつ男……。

会うたびにわいせつの度合いが増してきやがる。


何か打つ手を考えなければ、その内決定的な何かが起こりそうで、私は寒気に身を震わせた。


アイツの要望は私には叶えられないと、どう言ったら理解してくれるのか……。


いや、そもそも理解などする気はさらさら無さそうだ……。


何故これだけ厄介な事案を抱えているのに、1番厄介なのがアイツなのか。


私とエリクエリーは互いの気持ちを慮る様に、感情の死んだ目で空を見上げた……。






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