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EP.53



「最高の避暑だったね、リア。

リアの水着姿に浴衣姿……。

正に眼福。大丈夫かな?僕の目、溶けてない?」


うっとりと頬を染め、何やら思い出し笑いをしながら、だらし無くニヤけているエリオット。


いや?溶けては無いが?

今からその目を潰してやろうか?



師匠の王国内での領地から帰ってきた私は、またしてもエリオットの王太子宮に来ている。


あんまここ、来たくないんだよな〜。

使用人達からキラキラした目で見られるんだよね〜。

凄い期待を込めた目で熱く見つめられ、本当に居心地が悪い。


今日の話は念には念を入れたかったので、私から王太子宮の執務室を指定したのだが。



「くだらない事はいいから。

さっさと話に移るわよ」


パチンっと指を鳴らすと、エリクエリーが何処からともなく現れた。


「エリク、昨日くれた報告の詳細を」


私の言葉にエリクは一礼して、報告書片手に口を開く。


「以前からシシリア様に依頼されていた、ヤドヴィカ夫人の死因が判明致しました。

時間が掛かってしまい、申し訳ありません。

ヤドヴィカ夫人は生家の方に埋葬されており、墓地を暴いて死因を再調査する許可をなかなか頂けず……」


スッとエリクの差し出した資料を、エリオットと2人で覗き込む。


ヤドヴィカ夫人の生家は、アルケミス伯爵家と明記してある。


えっ!

あのっ!


驚いてエリオットを見ると、エリオットも難しい顔をしている。


アルケミス伯爵家は生粋の騎士家系。

現在の息子3人も王国軍の要職に付いている。

確か、長兄が伯爵家を継いで、軍務大臣補佐についている筈……。


ヤドヴィカ夫人の生家がそんな家だったとは……。

これは話の展開によっては事は今以上に慎重に進めなければいけなくなる……。



エリクは私達の様子を見つつ、再び口を開いた。


「ヤドヴィカ夫人は、アルケミス家唯一の令嬢として産まれました。

旧姓は、レノア・アルケミス。

両親も3人の兄も、末っ子のレノアを溺愛していた様です。

そのレノアが、王立学園在学中に見染めたのが、ダン・ヤドヴィカ男爵令息。

現ヤドヴィカ男爵です。

レノアは身分の差の為父親から許しを得られず、かなり強引な手で2人の婚姻を認めさせたようですね。

家出をしてヤドヴィカ男爵家に押しかけたり、連れ戻されると断食によるストライキを決行したりです。

溺愛する娘の強固な態度に、伯爵も最終的には頷く他無かったとか。

そうして半ばレノアが強引に進めた婚姻は、ダンには不本意な婚姻だった様です。

ダンには将来を誓った相手が既にいました。

それがフィーネの実母、男爵家のメイドだったナンシー・ミラーです」


なるほど。

私はエリクの報告に深く頷いた。


伯爵家から男爵家に輿入れ。

通常ではあり得ない事だが、全てヤドヴィカ夫人、レノアの情熱ゆえだったのか。

対してダンはメイドとの婚姻を望んでいた。

こちらは身分的には特に問題は無い。

2人からしたら、急に割り込んできて恋人同士を引き裂いたのはレノアの方だろう。

ダンとナンシーは悲恋、と言えなくも無い。


とはいえヤドヴィカ男爵家だって貴族の端くれ。

家にとってより条件の良い婚姻の話が降って湧けば、当然そちらを優先させるのは当たり前の事だ。

相手はアルケミス伯爵家。

そもそもヤドヴィカ男爵家に選択の余地など無い。



私が目で続きを促すと、エリクは再び口を開いた。


「アルケミス伯爵家はヤドヴィカ男爵家に多額の資金提供を行い、レノアが婚家で苦労をしない様に邸も新しく立派に建て替え嫁がせました。

義理堅いアルケミス家は、レノア亡き後もヤドヴィカ男爵家に支援を続けています。

レノアとダンの婚姻により経済的に潤ったヤドヴィカ男爵家はレノアを女王の様に崇め大切に扱いました。

しかし、ダンはナンシーを諦めきれず、密かに関係を続けていた様で、ナンシーがフィーネを身籠ったと知ると、市井に家を借りナンシーをそこに住ませ、自分も足繁くそこに通っていたようです。

しかし、フィーネが産まれた頃に全てレノアの知るところとなり、ダンには監視がつけられ、ナンシー母娘に会う事は叶わなくなりました。

ダンからの援助も打ち切られ、ナンシーとフィーネは厳しい経済状況の元、細々と暮らしていましたが、フィーネが8歳の頃母ナンシーが病に倒れ、そのまま亡くなります。

その後すぐにフィーネは単身男爵家に赴き、ダンに迎え入れられ、直ぐにレノアも亡くなりました。

レノアの死は突然死として処理され、アルケミス伯爵家の強い要望で、アルケミス家の墓所に納められています」


レノアはヤドヴィカ家の墓所では無く、アルケミス家の墓所で眠っているのか。

やはりアルケミス家は最後まで、レノアを嫁にやったつもりは無かったのだろう。

若い一時の熱情を満たしてやれば、レノアも直ぐに目を覚まし、アルケミス家に帰ってくると思っていたんだろうな。

それがまさか、亡骸になって帰ってくるとは思ってもいなかっただろう。



「つまり、そのアルケミス家からレノアの墓所を暴く許しがやっと下りたのね?」


私の言葉にエリクが深く頷く。


これは、エリクは良くやったと言わざるを得ない。

正直、随分時間が掛かっているなと思っていたけど、相手がアルケミス家だったなら、むしろ早い方だ。


高位貴族な上、厳格な騎士の家系であるアルケミス家が、亡くなった者を死後まで辱める行為に是という訳が無い。


更にエリクは相手が相手なだけに、この件にアロンテン家の娘である私が絡んでいるなど絶対に悟られる訳にはいかなかった。

知られれば、剛健で実直、猪突猛進なアルケミス家に我がアロンテン家は猛烈抗議を受け、全てがオシャカになっていた恐れがある。


エリクはその点に置いても、細心の注意を払いここまで事を運んでくれたのだ。

本当に優秀な従者に恵まれた事に感謝しかない。


感謝は形にしなければ。

今夜の夕食はいつもに増して贅沢なものにしよう。

エリクエリーはよく食べるからな。



「あのアルケミス家相手に良くやったわ、エリク」


素直に褒めるとエリクは若干頬を染め、照れたように俯いた。


「実は事が大きく進展したのは、アルケミス家の三男、近衛騎士団副団長、ブルメスター様の協力を得られたからです。

ブルメスター様は近衛騎士団副団長として、学園の警備騎士も統括されているのですが、フィーネの学園での振る舞いを耳にして、何か思うところがあったようで。

レノアの両親並びに、アルケミス伯爵と次兄様を説得して下さったのです。

ブルメスター様はこう言っていました。

〝あの娘には何かある〟と」


エリクの話に私はゾクリと体を震わせた。

伝え聞いたのみでフィーネの本質に気付くだなんて、やはりアルケミス家は侮れない。

味方にしておくにはこれ程心強い事は無いが、敵に回られたら厄介の何者でも無い。


アルケミス家は騎士らしく、頭が硬く一度決めた事はテコでも曲げない。

今だヤドヴィカ男爵家に支援している事からもそれは見て取れる。

馬鹿正直な程、義理堅いのだ。


さて、ヤドヴィカ男爵はそのアルケミス家に何を返せるだろうか。



「それで?調査の結果はどうだったの?

鬼が出たかな?それとも蛇かな?」


エリオットがソファーに深く身を沈めながら、長い足を組み直す。

笑顔が既に黒い。

ヤドヴィカ男爵家がレノアに何かしていたとしたら、事を全て終えるまでの間アルケミス家をどう抑えるか……。


考えることは山積みなのだから、無理も無い事だ。



「端的に言って、鬼、ですね」


そう言いながらエリクが渡してきた資料を覗き込み、私もエリオットも瞬時に息を飲んだ。


資料に書かれていたレノアの死因は、ポイズンフロッグの亜種の瘴気毒による中毒死。

つまり……他殺の可能性……。



「そちらに絵で再現しています通り、大型魔物であるポイズンフロッグの亜種、名も無い小さな魔物です。

アマガエル程の大きさで痩せ型、赤黒い色をしています。

この魔物の特徴は、毒を放出すると小さな瘴気になって、やがて消えるという事ですね。

更に毒の痕跡も発見出来ません。

自然界には無い種類の毒ですから、通常の医師の検分では発見出来ないからです。

正に、証拠を残さない。

暗殺にはうってつけの道具です」


淡々と語るエリクの言葉に、私は首を捻った。


「そんな毒を今回どうやって発見したの?」


私の問いに、エリクはチラッとエリオットを見てから口を開いた。


「はい、まず最初に、学園内を彷徨いていたエリオット殿下のコピーを捕まえて、その鑑定スキルを使いました」


淡々としたエリクの報告に、エリオットが慌てて、もたれていたソファーから身を起こした。


「ちょっ、ちょっとっ!僕そんなの知らないよっ?」


焦るエリオットに、エリクはやはり淡々と答える。


「まだシシリア様からエリオット殿下と情報を共有すると指示される前でしたから、コピーには共有感覚を遮断させました。

シシリア様の午前中お使いになっていたハンカチを渡すと、心良く快諾して下さいましたよ?」


エリオットは目に見えて分かる程ブルブル震えている。


「……コピーがオリジナルを欺くなんて……。

そりゃ、ある程度単独で行動出来る様に自由思考を許してはあるけど……。

まさか、そこまで……」


ショックを受けているところ悪いが、オリジナルがオリジナルなんだから、コピーだって人を食ったふざけた性格になるのは仕方ないんじゃないか?



「それにしても、コピーとはいえ変装スキルも重ね掛けしてあるのに、よく見つけたわね」


呆れた様子の私に、エリクはなんて事ないといった感じで答えた。


「コピーとはいえ殿下ですから。

不埒な目で常にシシリア様を見ている者がいれば、ソレがソレです」


あ、なるほどぉ。

納得はしたくないけど、なるほどぉ。


本当にうちの従者は優秀だなぁ。

アハハーと乾いた笑いを上げる私の隣で、エリオットはまだショックを受けた顔で真っ青になっている。



「それで?どうだったの?

そのエリオットのコピーは役に立った?」


その私の問いに、エリクが少し顔を曇らせる。


「それが、やはりコピーでは鑑定スキルのレベルが低く、既に亡くなってから時間の経ったレノアを鑑定する事は出来ませんでした。

時間が勿体無いからといっても、やはり手頃な道具では駄目ですね」


ちっと忌々しそうに舌打ちするエリク。

エリオットを純粋に便利な道具扱いしているな。

うん、いいぞ。

私が許す。

もっとやれ。


エリオットは膝の服を掴んで情け無くプルプル震えている。


ハッハッハッ!

複数のスキル持ち?

そんな物、私の従者にかかればただの便利な道具だ!

しかも今回役に立ってないしなぁ!


クフフっと小気味よくなってエリオットをわざとチラチラ見てやれば、目尻に涙を溜めてコチラを恨めしそうに見ている。

うひゃっひゃっひゃっ!

愉快愉快。



「役に立ちませんでしたので、報酬に渡したシシリア様の使用済みハンカチは速やかに回収致しました」


丁寧に頭を下げるエリクに、エリオットはガーンッ!と分かりやすくショックを受けている。


なぁはっはっはっ!

うちの従者サイコーーーッ!



「それで、仕方無く、ご多忙な赤髪の魔女様にご足労頂き、鑑定眼で鑑定して頂き、この名も無き魔物の存在に行き着いたのです」


あっ、結局師匠頼みか。

しかしエリクエリーの頼みで師匠が動くとは、いつの間にそんなに親しくなったんだ?


私の頭に浮かんだ疑問を察して、すぐさまエリーが答えた。


「私達はよく、ゲオルグ様率いるシシリア様私兵団と行動を共にしますから。

シシリア様の代わりに討伐依頼に行ったりとしている内に、皆様のお師匠様である魔女様とも親しくなりまして。

今では魔女様から〝茶飲み友達〟という称号を頂いております」


随分師匠オリジナルな称号だなぁ。

魔力の無いエリクエリーは師匠に師事していないが、そんなところで仲良くなっていたとは。


「魔女様は、皆様が学園に入学されてからあまり遊びに来なくなったとお嘆きでいらっしゃいます」


続くエリーの言葉に、孫が高校生になってから夏休みに帰って来ないと愚痴る田舎のお婆ちゃんを思い浮かべてしまった……。


師匠こそ多忙で、なかなか会えないのはお互い様なのだが。


「分かったわ、近いうちに顔を出すから、予定を組んでおいて」


ニッコリ笑ってそう言うと、エリーはホッとした様な表情を浮かべた。


すまん。

随分、婆ちゃんの愚痴に付き合わせていたようだ。

本当に、ごめん。



「それで?師匠の鑑定眼なら詳細も見えた筈よ。

その魔物をレノアに仕掛けたのは、誰?」


真剣な表情で問うと、エリクはハッキリと答えた。


「はい、フィーネです」



………やはりか。

やはりあの女、殺っていた。


原作を知っているあの女が、6年も早く男爵家に乗り込んだのも、自分を厭い虐め抜くレノアを何とかする算段があったからに他ならない。


魔族と繋がるフィーネなら、それくらいの魔物を手に入れるなど、造作も無い事だっただろう。



「ヤドヴィカ男爵はその事を知っているの?」


私の問いに、エリクは慎重に頷く。


「はい、恐らく。最低でも勘付いてはいると思います。

フィーネが男爵家に現れて以降、男爵家はアルケミス家からの支援意外にも莫大な利益を得ています。

表向きは、動植物の売買となっていますが、裏では先ほどの様な小型の魔物の売買を行なっているようです。

小型とはいえ魔物ですから、人の踏み入れられない濃い瘴気の発生しているような場所にしか存在していません。

通常であれば決して手に入らない小型の魔物や植物を、高値で取引し利益を得ているのです。

魔物の収集にはフィーネが絡んでいる事は間違いなく、その事を男爵も充分理解している筈です」


エリクの話に顎に手をやり思案に暮れる。


つまり、ヤドヴィカ男爵はフィーネが小型の魔物でレノアを殺害した事を知っているか、気付いている。

そればかりか、フィーネの持ち込む魔物や魔の植物を闇で高値で売り捌き益を得ているという事だ。


それなのに、アルケミス家からの援助も今だ受け取り続けているなんて……。


なるほど、確かにエリクの言う通り、鬼だな。



「レノア夫人の死因を知っている者は?」


エリオットの問いに、エリクは直ぐさま答えた。


「僕とエリー、魔女様、アルケミス家ではブルメスター様だけです」


「ブルメスターは何と言っているのかな?」


続くエリオットの問いに、エリクは少し顔を俯かせた。


「ブルメスター様は大変激昂されて、直ぐにでもフィーネを亡き者にしそうな勢いでしたが、我々の話を聞いて下さり、殿下の計画に協力すると言って下さいました。

殿下の計画が無事に成功するまで、この事は誰にも口外しないと誓いまで立てて下さいました」


エリクの返事に、流石にエリオットも息を呑んで言葉を失った。


いくら準魔族とはいえ、アルケミス家の人間であればフィーネ如き捻り潰すなど容易い事だろう。


それを、エリオットの、私達の計画の為に耐えてくれると言うのだ。


信じられない思いでエリクを見つめると、エリクも居た堪れない表情になる。


実際にブルメスターの嘆き悲しむ姿を見ているエリクエリーには、それがどれほどの事か痛い程に分かるのだろう。



「魔女様が……」


おずおずとエリーが声を発した。


「魔女様が嘆き悲しみ激昂するブルメスター様を鎮めて下さったのです。

今、心のままに行動してもアルケミス家に不名誉な結果になるだけ、だと。

焦らずとも、その時は必ず来るから堪えなさい、と。

〝今はその時では無い、たがしかし、その時は必ず来る〟そう言ってブルメスター様を落ち着かせて下さいました」


エリーから告げられた師匠の言葉に、私は胸を射抜かれた様な気がして、パチパチと静かに目を瞬いた。



〝今はその時では無い、たがしかし、その時は必ず来る〟



……分かりました、師匠。

貴女から頂いたその言葉、しかと胸に留め置き、何があっても焦燥に駆られ早まった行動に出ないと誓います。



ブルメスターは、末の溺愛していた妹を、その夫であるヤドヴィカ男爵の不義の子によって殺されたのだ。

その悔恨たるや、推し量りようもない。


その彼が、私達の計画の意義を認め、協力してくれると言っているのだ。


私が短慮を起こす訳にはいかない。



フィーネ……。

自分の欲望の為、人の命を奪う事も厭わない。

アンタの行き着く場所を、必ず私が指し示してやる。


罪なく消えていったレノアの為にも…………。


私が、必ず!






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