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EP.50



せっかくだから中庭から続く林の中を散歩しようと、二人で肩を並べて歩く。


夏の日差しを避けながら、私達は木々の木陰を歩いていった。


のんびりした時間。

至福の時ではあるが、やはり先程の憎々しげなフィーネの顔が脳裏にチラついて、私は密かに眉をひそめた。



あの女。

相変わらずこの世界は自分の物だと信じて疑っていなかったな。


何をもって自分がゲームのヒロインに生まれ変わったと妄信出来るのか。


そもそもが、ゲームではヒロインは男爵家の娘であるにも関わらず、光属性の魔力持ちって無理くり設定。


しかし、これは元々あり得ない。

ヤドヴィカ男爵家は歴史も浅く、帝国の血は流れていない。

これは調査済みなので、間違いない。

よしんばフィーネの母親に帝国の正しい血が流れていたとしても、ヤドヴィカ男爵は違うので、産まれてくる子に魔力など備わりようもないのだ。


現にフィーネは魔力無し。

ゲームとは違う設定に焦って魔族の力に手を出したのだろうが、その時点で何故この世界はゲームとは違うと疑わなかったのだろうか?


まぁ、これはキティにも言える事だが。


頑なにゲームの世界と信じて疑わない。

そこの殻を破かない限り、キティとてクラウスと真っ直ぐに向き合う事は出来ないだろう。


まぁ、クラウスはそんな事お構い無しだけどな。



そんな事を考えながら歩いていると、ふと、目の端に映った物に気を取られる。

日傘を少し上げて、その古そうな建物を指差した。


「あら?あんな所に建物が……」


私がそう言ったのとほぼ同時に、怪しい人影がその建物の中に入って行く。


私達は顔を見合わせ、頷き合った。


うん、怪しい。

これは非常に好奇心を擽られる。


フンスフンスと鼻息を荒くして、今にも駆け出しそうな私をキティがどーどーと手で制しているが、私は暴れ馬じゃないぞ?



私達はコソコソとその建物に近づいて行き、外側の窓から中を覗き込んだ。

ちなみにキティは私が土魔法で作った足台の上に立っている。


中を覗くと、中は薄暗く、そこに複数の人が居るのが見える。


長机が一つの楕円状になる様にいくつも並べてあり、そこにはギッシリ人が座っていた。



「諸君っ!この定例会によく来てくれたっ!」


よく通る声が楕円の前の席から響く。


「このっ、〈ロリッ子キティちゃんを見守る会〉改めっ、〈キティちゃんにツインテにしてもらう会〉によく来てくれたっ!」


それを聞いた途端、ピシッと固まるキティ。


あっ、そっかここ、エリクエリーから報告のあったキティのファンクラブの新しい集会場だ。

今までの空き教室では流石に手狭になり、最近新しい所に移ったと聞いていたわ。



「会長っ!自分は最近入会したばかりの者ですが、質問宜しいですかっ?」


ピシッと綺麗な挙手が上がり、会長と呼ばれた眼鏡の生徒がうむと頷いた。


記録映像で見たことある顔だ。

あれが現会長のエドワード・ホルテス子爵令息か。



「発言を許す」


「はい、ありがとうございます。

では、何故、会の名前が変わったのでしょうか?」


綺麗な挙手の生徒の言葉に、ホルテスはむむむっと苦い顔をする。


「うむ。隠していても仕方あるまい……。

それはキティちゃんが入学して早々暴走した、この会の前会長、テッド・シャックルフォード氏が原因だ」


ホルテスはバンッと机を叩いて立ち上がる。


「キティちゃんを見守るというこの会の趣旨を無視し、看過し難い暴挙を起こしたあの男は、この会自体を破滅に追い込んだっ!

だが、我々のキティちゃんへの愛はそんな事では失われないっ!

我々はもう一度原点に立ち返りっ!

我々の悲願を掲げ、不死鳥の如く蘇ったのだっ!

それが、このキティちゃんファンクラブっ!〈キティちゃんにツインテにしてもらう会〉なのだっ!」


拳を握り、天に掲げるホルテスに、割れんばかりの拍手が巻き起こった。  


そのホルテスの隣で、のんびり穏やかそうな生徒が、優しい口調で口を開く。

いや、モブっぽくうまく雰囲気を変えているが、あれはクラウスお抱えの間者のソルだな。



「まぁつまり、シャックルフォード氏が尋問の際、前の会の事をゲロっちゃって。

殿下が鬼神の如き勢いで僕らを薙ぎ払って行ったんだけど、性懲りも無くまた会を立ち上げたって事だよ」


穏やかな口調で語られた内容に、新規入会したばかりっぽい何人かが、震え上がっている。


「我々は、もちろんっ!キティちゃんの婚約者殿である、第二王子殿下の事も敬愛しているっ!

彼は、夢の身長差30㎝カップルとして、我らを胸キュンさせてくれる大事な存在であるっ!

彼に再び薙ぎ払われるなら、むしろ本望っ!」


ホルテスの言葉に、ソルがのんびりと訂正を入れる。


「29㎝差です、会長」


「誤差であるっ!副会長っ!」


そういや、副会長になったって言ってたな。



「はいっ!私は身長差カプも大好物ですが、ちびっ子×ちびっ子のちびT(TL)カプにも興奮を隠せませんっ!」


先程の綺麗な挙手の生徒が立ち上がり発言する。


「ふむ、なるほど……ちびTカプか……ふむ、なるほどなるほど……良い」


ポッと頬を染めるホルテス。


「なるほど……盲点でしたが……良い」


右に習えで頬を染める、ソル。

いや、お前は何を言っとんじゃ。

溶け込むのうまいなっ!



そこから、ちびTカプは有りか無しかで紛糾し出す会場。


会場が白熱する中、ホルテスがパンパンと手を叩き、その場を鎮めた。


「さて、ちびTカプ有り無し問題は、今後じっくり精査する事にして。

本日諸君らに集まってもらったのは、緊急を要する議題が2つも持ち上がった為だっ!

副会長、頼む」


そう言ってホルテスは椅子に座り、苦々しい顔をして、組んだ両手に額を乗せた。


代わりにソルが書類を手に立ち上がり、穏やかに口を開く。


「えー、中にはもう耳にした者も居るかも知れないが、最近、キティ様についての根拠の無い誹謗中傷が出回っている。

具体的には、キティ様がある令嬢に暴言を吐いたり、物を壊したり盗んだり、権力を盾に脅したり、噴水に突き飛ばしたり……等々である。

もちろん、まったくの事実無根である事は明白。

キティ様は才女であるがゆえ、学園のトップクラスであるSクラスにご在籍である。

対して、件の令嬢はFクラス。

SクラスとFクラスでは校舎からして違うのは、皆知っている事だろう。

入学してから、キティ様がFクラスのある校舎に足を踏み入れた事は、一度も無い。

それでどうやって、件の令嬢に暴言、器物破損、窃盗、脅し、暴力行為を行えると言うのか……。

全くもって馬鹿馬鹿しい話だが、Cクラス以下の生徒達の中で、こんな荒唐無稽な話が何故か光の速さで広まり、中には真実と信じている生徒までいる。

我々はこれを看過せず、迅速に事態の収束に取り掛かりたいと思う」


ソルの言葉に、あちらこちらで憤懣やるかたない声が上がる。


「副会長、その件の令嬢には伯爵家の後ろ盾があるとか。

それは本当ですか?」


1人の生徒が立ち上がって言った言葉に、会場がどよめいた。


「伯爵家……」


「マジかよ、ヤバくね?」


「そんなの、敵対しようがないよ……」


「確かに、伯爵家に逆らうなんて、無理だ」


騒めく集まった生徒達。

そんな彼らを諌める様に、ホルテスが再びバンッと机を叩き立ち上がる。


「諸君っ!なんと情けないっ!

伯爵家如きに恐れを抱くなどっ!

諸君らはそれでもキティちゃんのファンクラブ会員なのか?

いいか。今一度、キティちゃんのあの奇跡そのものの如く美しいお姿を思い描くんだ」


そうしてホルテスは机の周りをゆっくりコツコツと歩き出す。


「日に透けて輝くピンクローズのわふわふの髪。

小さな顔、透ける様に白い肌。

エメラルドグリーンの大きな瞳。

桃色の頬。ふっくらと瑞々しい唇。

そして何より、奇跡の低身長っ!

小さく華奢なのに、しっかり主張しているバストっ!

しかも社交界デビューを果たした今っ!

合法であるっ!奇跡の合法ロリッ!

こんな夢の様な存在が実在している事に、感謝せざるを得ないっ!

そしてっ!今っ!そのキティちゃんにピンチが訪れようとしているっ!

キティちゃんを女神と崇める我々が立ち上がらずしてっ、誰が立ち上がるというのだっ!

皆っ!我々に日々の幸福を授けてくれるキティちゃんを、一丸となって守り切ろうでは無いかっ!!」


ぐるっと一周して、再び元の席に帰ってきたホルテス。

そのスピーチに会場から割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。

皆んなスタンディングオベーションして、感涙の涙を流している。


当のホルテス自身も涙を流していた。


隣でソルだけが穏やかな笑みを浮かべている。


「会長、そろそろもう一つの議題に移りましょう」


頃合いをみて、ソルがホルテスに声を掛けると、ホルテスはハッと我に返って、またまたバンッと机を叩いた。


「そうだっ!諸君っ!

いよいよ我々は、悲願に向かって突き進むのだっ!

すなわち、キティちゃんにツインテにしてもらうべくっ!

可愛いヘアゴムを贈ろうと思うっ!

今日の2つ目の議題は正に、そのヘアゴムのデザインについて、だっ!」


わあああああぁっ!と再び歓声が起こり、皆んな口々にヘアゴムのデザインについて口にし始める。


「はい、お花のデザインだと思います」


「それならば、ピンクの薔薇が良いかと」


「いや、蝶々はどうだ」


「ここはキティちゃんの大好きなマカロンで」


「ロリッ子と言えば、ニコちゃんマーク」


「発想が古い!逆にゴツめのドクロはどうでしょう?」


「正統派のリボンでっ!」


白熱する乙男達……。

野太い声で、ヘアゴムのデザインの意見が飛び交う。


その時、またあの綺麗な挙手の生徒が手を挙げて立ち上がった。


「はい、私は、サクランボだと思いますっ!」



サクランボ……?おおっ!サクランボっ!


うおおおおおぉっ!と野太い歓声が上がる。


「サクランボっ!実にキティちゃんらしいっ!

君は天才だっ!」


ホルテスにビシッと指差された彼は、嬉しそうに頭を掻いた。


そこから、色はど〜だ、形はど〜だ、宝石はど〜だとワイワイキャッキャッする乙男達……。



キティは頭を抱えて、その場に蹲ってしまった。


まぁ、キティから見れば……カオス……だよなぁ。

控え目に言って、カオス……なんだよなぁ。


だが、キティ沼住人からすれば、至って健全。

至って平常運行だがなっ!



……しかし。

コイツらなかなかやるな……。

ふむ、ふむふむふむ。

なかなか有益な議論をしている……。


キティが縋る様に私を見上げているが、すまん、今それどころでは無い。

私はうっとりとした顔で、ぶつぶつと呟いた。


「ちびTカプ……確かに盲点だったわ……。

ちびっ子×ちびっ子……。

ちびっ子によるちびっ子の為のちびっ子だらけのイチャラブ……。

くっ、…良いっ……と言わざるおえない」


やかましわっっ!!

キティの心の声が聞こえ、ハッと我に返る。


キティはグイッと私の肩を掴み、血走った目でじっと見つめてきた。


いやいやいや、怖い怖い。


「や、ごめん。もちろん身長差カプ推奨だから。

ちょっと、ちょっとだけ一瞬ちびTカプに想いを馳せちゃったけど……。

一瞬だけだから、ね。

キティとクラウスの事、全力で応援してるぞっ」


バチンとウィンクして、指で鼻の頭をチョンチョンしておく。


やかましわっ!(2回目)


ハッ!やっぱりキティの心の声が……いや、表情とオーラでそう言われている気がしただけだが。



「そんな事より、私への誹謗中傷って。

最近の私の噂話って、その事だったのね」


キティは鼻の頭をチョンチョンする私の手をパチンと払い退け、じとりっと睨みつけてくる。


「あ〜ね、全部説明してくれてたわね」


ははは〜と遠い目をする。


「あれって、ヒロインがない事ない事風聴して回ってるって事?」


キティの問いに、私は肩をすくめ、観念して口を開いた。


「まぁ、見た目だけはあんな感じだし、謹慎が解けて注目を浴びたのを逆手に取ったのね。

涙ながらに色々と訴えまくってるらしいけど、あの子が学園に来てたのなんて謹慎前の数日と謹慎解けてのここ数日だけよ?

冷静に考えれば、その間で誰が嫌がらせを仕掛けられるってのよ。

本当、貴族連中は頭が弱いわよね。

面白おかしく話して回れるネタなら、何でもいいんだから」


呆れ切った私の言葉に、キティはダラダラと冷や汗を流し始めた。


大方、ゲームの強制力が〜〜っ!とか、ヒロイン補正で〜〜っ!とかいって、勝手に、私、ピンチッ!超ピンチッ!とか思っているのだろう。


確かに、乙女ゲーの様式美では、このままいけば断罪&断頭コース待った無しっ!てとこだ。


原作のラストイベント、クラウス達3年生の卒業パーティで断罪、そして婚約破棄。


数々の悪行を捏造されて、市中引き回しの後、斬首刑。

は流石にないけどね。


キティならそこまで考えそうだなと思っていると案の定、アワアワと歯の根も合わず震えている。



やれやれ、どうしてそうも乙女ゲー脳なのか。

やはり私には理解出来ん。



それはそうと、アイツら他にも超有益な事言ってたなぁ……。

そう思いながら、ジーーっとキティを見つめる。


ジーーーッ。


キティは今それどころじゃない、とばかりに睨んでくるが。


ジーーーーッ。


ジーーーーーーッ。


ジーーーーーーー、ジュルッ。


あっ、ヤベまた涎出た。



「サクランボ、ねぇ………(ボソッ)」


私の呟きに、キティは真っ青になって更にカタカタ震え始めた。



私がパチンと指を鳴らすと、ザッと木の上からエリクエリーが降りてくる。


「エリク、エリー。今すぐ最高級のレッドダイヤモンドかレッドベリル、それとエメラルドを用意して。

加工、デザインは私が後で指示するわ。

必ず最高級の、国宝級の宝石を探して来なさい」


「はっ、畏まりました。マイロード」


そして再びザッと木々に姿を隠し、あっという間に消える。



「シシリィ、さっきの、生徒会で一緒のエリク・ペイルさんとエリー・ペイルさんじゃ無かった?」


ガクガクと震えながらキティが私に聞いてくる。


「そうよ、あの2人は私専属の従者と侍女なの」


事もな気に答えると、キティは顎が外れそうなくらい、あんぐり口を開いた。


ややして、イヤイヤと首を振り始める。


何よ?従者と侍女が木の上から降りて来て、また木の上に戻っていくのがそんなに珍しい?



肩でゼーゼー息をしていたキティは、ふと急に冷静になったのか、難しい顔をして首を捻る。

そしてぶつぶつと、先程私がエリクエリーにオーダーした宝石の名を口にし……ハッと何か思い付くと、真っ青を通り越して、真っ白な顔でブワッと全身から再びダラダラ汗を流し始めた。


そうそう、アレはつまり赤い宝石と緑の宝石をオーダーした訳よ。

その二つの色を合わせた一つの果物なんて、もうアレじゃん?

アレしかないじゃん?



「シ、シシリィさん?さっきのアレ、自分用に頼んだんだよね?そうだよね?」


キティの懇願に似た言葉に、私はニヤ〜ッと笑い返した。

キティを見つめて、またジュルッと涎を垂らす……。


涎を手の甲で拭く私を見つめながら、キティは意識が遠のきそうなのか、フラフラとしている。



そうだよっ!

最高級の国宝クラスの宝石で、作っちゃうよっ!


アイツらには負けてらんないからなっ!

ヘヘッ!


へっ?常識?

何それ?美味しいの?



キティは空に向かって両手を組み、救いを乞う様な仕草をしているが、ハテ?何故?



そのまま止め処なく涙を流しながら、キティは夏の青空を朧げに眺めた……。



ハテ?何故?




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