EP.48
エリオットの口を塞いだまま、身動きも出来ない私。
ダラダラとガマ油が止まらない……。
対してエリオットは何故かご機嫌の様子だ。
口元は見えないが、ニヤニヤしているのが雰囲気で伝わってくる。
まるで私が日和っているみたいで悔しいけど、もうここからどうしたらいいか分からないっ!
どうする?とりあえず片手だけ外して顎にアッパーカットかます?
などとグルグル考えていると、エリオットがペロっと私の手を舌で舐めた。
「ぎ、ぎぃやぁぁぁぁぁぁっ!」
咄嗟に手を引いてゴシゴシ服で拭くと、エリオットが死んだ魚の目で見てくる。
おまっ!テメッ!
な、な、な、舐めっ!
手、舐めたっ!コイツッ!
「傷つくなぁ……リアったら……」
恨みがましいエリオットの声が聞こえるが、それどころじゃ無いっ!
ふっざけんなっ!テメッ!
エリオットはぎゅうっと私の腰を抱きしめて、肩に頭を乗せてスリスリし始めた。
「あ〜あ、この様子じゃまだまだ先になりそうだなぁ……」
そこで一旦言葉を切ると、上目遣いで見上げてくる。
「他にも色々、舌を這わせたい場所はあるんだけどなぁ」
ユラリとその瞳の奥が熱を帯び、私は背筋をゾクッと震わせた。
事案……。
もうこれは事案だ……。
王太子とか関係無い。
今すぐ近衛騎士に捕縛させて牢にぶち込もう。
そうしよう。
決めたが早いか、エリオットの膝から立ち上がろとするが、巻き付いた腕がビクともしない。
仕方なく身体強化魔法を使おうとしても、何故か魔法が使えない……。
ちっ、またコイツの厄介なスキルか……。
私は歯軋りしながら噛み付く様にエリオットに向かって吠えた。
「離してよっ!この犯罪者っ!!」
言ってグググっとその厚い胸板を押せども、やはりビクともしない。
「やだもんっ!」
ますますぎゅう〜っと私に抱き付いて、エリオットが言い返してきた。
やだもん……?
何だよ、やだもんって。
お前はアレか?
移動式不思議モンスターの一種か?
キャラデザ失敗してるが大丈夫か?
しないぞ?
私は絶対お前みたいなのはゲットしないぞ?
エリオットは駄々をこねる様に私の肩に自分の顔をスリスリスリスリしている。
「抱っこさせてくれないなら、言っちゃうからねっ!
……さっきの、続き……」
顔を上げてニヤ〜っと笑うエリオット……。
ひ、ひ、ヒィィィィィィィッ!
私は真っ青になってイヤイヤと頭を振った。
こ、コイツっ!
モンスターのくせに人を脅してきたっ!
かわっ、可愛くねぇーーっ!
もう絶対!ゲットしてやんないからなっ!
非常に不本意ではあるが、もう仕方無い。
そもそもガッチリ捕まえられていて動けないし。
この強行に関しては後日キッチリやり返すとして、取り敢えずはコイツのしたい様にさせておこう。
これ以上何かしてきたら迷いなく滅するけど。
ハァっと溜息を吐くと、エリオットは私が観念したと悟り、再びニコニコご機嫌になる。
そのエリオットを横目で見ながら、この腕が離れたら絶対に消し炭にしてやる、と心に誓った。
「……まぁ、いいわ。
それより、フィーネの動きについて、アンタも何か掴んでるんでしょ」
仕方無くその体勢のまま話を切り出した。
ついにフィーネが動き出したと、エリクエリーから報告があった。
アーバンとはあれ以来、特に接触は無いようだったが。
まぁ、伯爵家の娘がそう頻繁に男爵家を訪れる訳にもいかないだろう。
逆に、ロートシルト伯爵とヤドヴィカ男爵は、サロンやパーティーで親しげにしている姿が度々目撃されているので、ヤドヴィカ男爵が魔法優勢位派に組みした事は明白だ。
だがあのフィーネが大人しくアーバンの下につくとは思えない。
相手が伯爵令嬢だろうがなんだろうが、自分がこの世界の主役だと思い込んでいるのだから、あからさまに下に見た態度を取ったに違いない。
アーバンもアーバンで、男爵令嬢如きと上から威圧的に接したのだろう。
お互い相いれず、仲は進展しなかったのかと思っていたが……。
「エリクエリーから、フィーネがE、Fクラスの男爵家や子爵家の令息に、片っ端から訪問していると報告があったわ。
皆とりあえず邸には招くらしいから、多分アーバンからの紹介状を持っているわね。
直ぐに追い出す家、一応はもてなす家と様々だけど、お茶するくらいなら1時間程度で出てくるのは分かるわ。
ただ……中には短くて3時間、長くて半日も滞在させている家もある……。
全てエリクエリーが記録してくれているけど。
これってつまり、アンタの目論み通りフィーネに堕ちた生徒が出始めているって事よね?」
私の言葉にエリオットはニヤリと笑う。
黒い、黒い。
笑顔が黒いなぁ……。
「そうだね。実に順調に事は進み始めた様だ。
フィーネを相手にしなかった家は、ほぼリアとキティちゃんのファンクラブに属している生徒だったよ。
入学後のあの一件で、フィーネに良い印象を持っていないのだろうね。
フィーネがアレはキティちゃんが悪い、自分は被害者だと言って回っている事も火に油を注いだみたいだ」
あ〜なるほどなぁ。
私のファンクラブの人間は、ブランド志向が強いから、まぁ男爵家の令嬢を相手にしないのも分かる。
そもそも、人口的には伯爵家子爵家の令嬢ばかり。
対してキティは貴族位関係無く、キティのロリッ子に魅せられた令息達ばかり。
令嬢方にはいまいち良さが伝わっていない。
もちろん、第二王子の婚約者という立場、k&cブランドの(勝手に)専属トップモデルという立場に憧れは抱いてはいるが、ファンクラブとなると話は別だ。
今現在、キティのファンクラブが男だらけで男臭い事も大きな要因だろう。
私が会長になった暁には、その辺の改革を推し進めるつもり。
私の方のファンクラブと統合しても良いな。
せっかくだから、キティと組んでデュオ売りしてやろう。
推しの違いはあれど、貴族令息令嬢の良い出会いの場になるかも知れない。
まぁ、何にしても、キティファンの野郎どもがフィーネに堕ちる事などまずあり得ない。
キティとフィーネでは人としてのチャンネルが全く違う。
女を利用して擦り寄るタイプには恐怖しか感じないのがキティファンの特徴なのだから。
「それにしても、随分長く滞在すんのね。
やっぱりまだ、魔族の力はうまく使えてないって事?」
教養も無く、勉学も出来ず、頼みの綱の魔族の力までうまく扱えないとしたら、フィーネのヤツ、何を根拠に自分がこの世界の主人公だと言い張っているのか。
まったく理解に苦しむ。
「みたいだね、時間も掛かるし、重ね掛けも必要みたいだから、堕とした生徒には次のアポも取りやすい様にオプションも付けているようだよ」
「オプション?」
エリオットの言葉に首を捻ると、エリオットは困った様に口を手で覆い、う〜んと天を仰いでしまった。
「何よ?なんで黙る訳?」
ますます首を捻る私をチラリと見て、エリオットは観念した様に口を開いた。
「まぁ、つまり、アレだね。
ご奉仕だよ。男女のね」
なっ!
アイツッ!
相変わらずそんな事してんのかよ……。
まぁ、価値観は人それぞれだけどさぁ。
ってか、知ったこっちゃないけどよぉ。
「フィーネの力ってサキュバスとか、それに近いの?
力を使う為に人の精が必要とか?」
単純な疑問をエリオットに投げかけると、何故か口と鼻を押さえてプルプル震え出した。
「リアの口から……サキュバスとか……精とか……ぐっ!めちゃくちゃクるっ!」
何か、王太子が吐き出しちゃ絶対いけないものを吐き出しそうなエリオット……。
その頬を思い切りつねり上げつつ、こめかみに青筋を立てながら下から睨み上げる。
セクハラが過ぎるなぁ……。
マジで今すぐ滅してやりたい。
「いひゃい、いひゃい、ごめんなさい!
そうそう、フィーネの力は元はそれに近いものだと思うよ。
大した力は無くても、睦言の最中に力を使われればイチコロかもね」
つねり上げた頬を一気に引っ張り上げてから、バチンッと離すと、エリオットは声にならない悲鳴をあげていた。
ふーむ。
やはり、フィーネに力を与えたあの魔族はサキュバスの類いか。
能力が魅了に追随した何かなら、私なら跳ね除けられるかもしれない。
何せ私は魅了スキル持ち。
レベルは15だけどさぁ……。
でも、レベルは低くても同じ魅了系ならお互い通用しないってクリシロが言ってたもんな。
それも、スキルならって話で、魔族の力にはどうなのかは分からないけど。
……だけど、そうだな。
これを応用した魔法術式って構築出来ないかな?
同じスキル同士なら、レベルに関係無くお互いのスキル発動を相殺出来るなら、この原理を魔法で応用出来ないだろうか?
それが出来ればもうフィーネの力など恐れる必要も無い。
でもなぁ、スキルは本当に解明されていない事だらけだから……。
う〜ん、これは一度師匠に相談してみないとだな。
むむむと眉間に皺を寄せて思い悩む私の髪を、エリオットが手持ち無沙汰な様子でサワサワしているが、よし、過度のセクハラにより滅する確定。
必ず滅してやるから、ちょっと待ってろ。
「ところで、いつまで私を膝の上に乗せてんのよ。
そろそろ離してくれない?」
なるべく刺激しない様に、冷静に淡々とそう言うと、エリオットは目に涙を浮かべた。
「うう……小さな頃は僕の膝に座って絵本を読んでっておねだりしてくれたのに。
リアがねだるから、勇者とか魔王とかドラゴンの出てくるお話を沢山読んであげたんだよ?
忘れちゃったの?
リアは凄く僕に懐いていたじゃないか」
グスグス鼻を鳴らすエリオット。
いや?覚えているが?
転生覚醒前の記憶もバッチリだが?
お前が頻繁にうちに来て、なんやかんやと私に付き纏っていた記憶がバッチリあるが?
何故か私の好みドンピシャの絵本やらを持って来ては、自分の膝に座らなきゃ読ませないよって理不尽な要求をされていた事もガッチリ覚えているが?
それが何で私がお前に懐いていた事になっているのか、納得出来る様に説明してみろよ、ゴルァ!
脳内お花畑マジックで都合の良い記憶改竄しやがって。
いいか?
お前が付き纏っていた間中、こっちはチベットスナギツネ顔だったわっ!
感情死んでたわっ!
なんなら父上もレオネルも同じ顔してたわっ!
王太子の立場を笠に着て我が邸で好き勝手しおってからにっ!
罪状にパワハラも絶対に加えるから、覚えてろよっ!
ギリギリギリィッとエリオットを睨み上げると、何故か頬を染められ、懐かしむ様な目で見つめられる。
「本当に、リアったら小さな頃から可愛くて可愛くて……。
地上に舞い降りた天女かと思ったよ……。
今でもこんなに可愛い上に、立派に育っちゃって……。
小さな頃から見てきたリアをそんな目で見てしまう背徳感に苛まれつつ、それを抑えら切れないっ!
背徳感を遥かに上回るエロ………美しさっ!
どれだけ僕を魅了すれば気が済むんだっ!」
……おい。
熱弁しているところ、悪いが……。
お前、今、エロ……って言いかけなかった?
ハッキリ言ったよな?
エロ……って……。
いいか?
エロってのはな、見てる側の問題なんだわ。
そ〜ゆ〜目で見るからそう見えんだわ。
つまり、お前の問題。
お前の過失。
お前の事案なんだわーーッ!
ぶっ飛ばすぞっ!オリャーーーーッ!
もう滅するっ!
誰に何と言われようとっ、もう私は決めたっ!
コイツをこの世から滅して、ノンセクハラ、ノンストレスで生きるっ!
それくらいの権利っ!私には有るっ!
兎にも角にもエリオットから逃れようと、その膝の上で滅茶苦茶暴れるが、何でビクともしないんだよっ!
コンチキショーーーーーッ!
ギリギリと歯軋りしていると、エリオットの指が私の顎をツツツと撫でた。
途端に真っ青になる私。
いやいやいやっ!
ヤバイヤバイヤバイッ!
クるっ!
いつものヤツだっ!
超弩級セクハラだっ!
触らせんっ!
これ以上は触らせんぞっ!
キッとエリオットを睨み付け、怒鳴り上げる。
「こっのっ!セクハラ野郎っ!
私にそれ以上触るんじゃないっ!」
だがエリオットは私に怒鳴られてもキョトンとして首を傾げるだけだった。
「セクハラって、リア僕の事嫌いなの?」
はっ?
何を言ってんのよ。
今そんな事話してないんだけど。
「別に嫌いじゃないけど、それとこれは、って!ちょっ!」
エリオットに耳たぶをフニフニ揉まれて、くすぐったさに身悶える。
「僕のはセクハラじゃないよ。
リアも社交界デビューを終えて大人の仲間入りしたんだからね、少しは慣れてもらわないと。
僕に、そんな目で見られる事とか。
僕に、触れられる事とか。
僕に、あい………むぐっ!」
慌ててエリオットの口を両手で塞ぐ。
だからっ!言わせねーってっ!
エリオットはその目をニヤリとくねらせた。
あ……イヤ……やめっ……やめろぉぉぉぉぉっ!
エリオットの口を押さえた手をペロリと舐められて、私は絶叫した。
ヒギィヤァァァァァァァァァッ!
一度ならずも二度までもっ!
な、な、な、舐めっ!
舐めたーーーーーーーーっ!
もう嫌だーーーーーーーーっ!
「まだまだだね、リア。
時間はたっぷりあるから、ゆっくり慣れていってくれても構わないけど、あんまり焦らされたら僕も暴走しちゃうかもなぁ……。
何せリアは魅惑のエロ………美しさだから」
だぁかぁらぁっ!
エロってハッキリ聞こえてんだよっ!バカヤローーーーーっ!
私のイケナイGカップちゃんは、本来ならロリ犯罪者エリオット避けになる筈だったのにっ!
加速しているっ!
イケナくなったら、エリオットのセクハラが加速しやがったっ!
しかも、もう私も大人だからロリ犯罪者として糾弾も出来ないっ!
ぐぞぉぉぉぉぉっ!
コイツを誰か早く裁いてくれっ!
って言ってもコイツは私にしかこんな事しないから、他の罪で挙げる事も出来んっ!
何せ他では婚約者一筋の清廉潔白王太子だと思われているっ!
許すまじっ!
外面モンスターめっ!
私はゲットなどせんっ!
ぐぎぎぎっと怒りに顔を歪めていると、エリオットが楽しそうにクスクス笑っている。
「リア、君といると本当に安らぐよ。
君が僕の心の癒しなんだ。
ああ、でも。癒されたいのは心だけじゃないんだけどね、ふふ」
ふふ、じゃね〜よっ!
お前っ!マジでセクハラえげつないなっ!
お前のどこが清廉で潔白なんだよっ!
腐敗だらけじゃねーかっ!
真っ黒の既に容疑者だわっ!
私に嬉しそうに抱き付いてないでっ!
さっさとお縄につけっ!
自首しろっ!
このっ!性犯罪者ーーーーーーーーっ!
その後、何とかエリオットの腕から逃れ、プンスコ怒りながら邸に帰ろうとしていたら、どうしても王太子宮を案内したいと、使用人一同に深々頭を下げられてしまった。
まぁいいか、と宮を案内して貰う。
手入れが行き届いた宮はあまり余計な装飾も無く、至ってシンプルだった。
王太子の宮にしては少し寂しいくらいだが、私的には中々に好ましいインテリアだ。
最後に何故か王太子妃の部屋に案内されたが、これ見てもいいのか?と首を捻りつつ中を覗くと、かなり私好みのシックな内装に、思わず目を見開いた。
無駄な装飾の無い、最高級の家具たち。
思わず手を触れてみると、物凄くしっくりくる。
「全てオーダーメイドの特注品で御座います」
ニコニコと使用人に言われて、へーと感心してしまったが……。
おい、ちょっと待て。
この国の女性の平均身長よりデカい私にしっくりくる、特注品の家具……。
何の為に?
ギギギっと使用人達を振り返ると、皆ニコニコ大変に嬉しそうに笑ってらっしゃる……。
……おい、エリオット、てめーまで混ざってニコニコしてんじゃねーよ……。
な、ならないからなっ!
王太子妃とかっ!絶対にならないからっ!
私は、私は、私は冒険者になるんだーーーーーっ!
絶対になるんだよーーーーーっ!
心の中で絶叫しつつ、使用人一同に優雅に微笑み返した…………。




