EP.46
「そもそもねっ!悪役令嬢キティのお兄様は攻略対象でしょ?
『優しい侯爵令息』『薔薇の騎士』のお兄様の妹があのキティだなんておかしいじゃない。
同じ家で育っていて、2人は似ても似つかない性格なのよ?
お兄様ルートでお母様もお父様も出てくるけど、2人とも凄く優しくて愛情深いの。
そんな2人から、普通にキティが育つ?
無理があるのよっ!
だから、ハイッ!ここでゲームの強制力ドーンッ!
ゲームの強制力による辻褄合わせ発動っ!
ゲームには出てこないけど、キティには悪役令嬢になった元凶のお祖母様と暗い過去がありますよって展開っ!
さぁ、どーよっ?」
フンスフンスと鼻息荒いとこ悪いけど、だから、ゲームの強制力など無いっ!
「そんな事より」
「そんな事っ⁈」
私にまったく響いていなかった事に気付いたキティは激しくショックを受けている。
「そのクソババ……お祖母様の旧姓は?」
キティは私の問いに、ちょっと拗ねた様子で答えた。
「お祖母様の生家はシュタイン侯爵家よ。
アマーリエ・ド・シュタイン、これがお祖母様の旧姓」
ぶすっと答えるキティに、私は記憶を探り手繰り寄せた。
シュタイン……シュタイン侯爵家……。
どっかで見た。
シュタイン侯爵家は古くからある格式ある家柄で、確か……。
そう、その家の令嬢は、何人も王族に嫁いでいた筈だ。
って事は……。
アマーリエ・ド・シュタイン、その名をどこで見たのか……年代的にも……。
あっ、そうっ!そうだっ!
私はその名前をどこで見たかを思い出し、一気に点と線が繋がった。
アマーリエ・ド・シュタイン侯爵令嬢。
そう、その名前は前国王の婚約者候補一覧の1番上にあった名だ。
曰く付きのパンドラの箱。
前国王の婚姻についての資料。
うちのお祖母様に聞いた時に、好奇心から一通り読んでみたんだった。
資料はもちろん王宮内の秘匿文書を収める場所にあったが、なんかエリオットに頼んだらすんなり入れた。
実は他にも気になる記録文書があったのだが、エリオットにニコニコ微笑まれて阻まれた。
ちっ。
まぁ、他にも気になる事があればだいたいエリオットに頼めば閲覧出来る。
駄目なものは駄目だけど。
つまりエリオット的に前国王の婚姻についてのアレコレはNG対象では無かった様だ。
前国王の婚姻については、今や知る者たちは口を閉ざし、すっかり腫れ物扱いになっている。
祖父祖母世代なら当然皆知っているし、親世代もほぼ知っているだろう。
だがそれを公然と口にする者はいない。
なぜなら、前国王の伴侶。
つまり前王妃は、平民出身の男爵令嬢だったのだから。
2人は学園で出会い、一目で恋に落ちた。
成績優秀な上に、下位貴族には珍しく魔力を持っていた前王妃はAクラス。
Sクラスだった前国王とも親交があったのだろう。
うちのお祖母様の話では、前王妃はある男爵の庶子で市井で暮らしていたらしい。
男爵家に引き取られてからも、市井での振る舞いがなかなか抜けず、貴族令嬢とは思えない程、自由奔放な方だったそうだ。
そんな自由な彼女を愛した前国王が王太子の頃、強引に彼女を婚約者として定めた。
もちろん、そのままでは王妃になどなれないから、彼女は侯爵家の養子となり、2人は婚姻を果たした。
王道のシンデレラストーリー。
正にリアル乙女ゲー。
しかし2人の選んだ道は、茨の道だった……。
前王妃は、とてつもない努力をして王族に馴染もうとした。
しかし、元々市井で暮らしていたものだから、王族や貴族の平民への扱いや価値観に納得出来ず、度々王宮で彼らと衝突を繰り返した。
後ろ盾の無い彼女は、王宮内で四面楚歌の状態になっていき、徐々に心を病んでいったらしい。
王子を1人産んだ後彼女は更に心の病を悪化させ、最後は自害した……。
更に前国王は、王妃亡き後、後添えとなる女性を拒み、ずっと一人を貫いた。
王子1人では心許ないと心配する臣下の言葉を全て跳ね返し、頑なに亡くなった王妃以外は娶らなかった。
これが貴族達の反感を買い、王宮内では前国王の兄弟やその一族による暗躍が闊歩したのだ。
つまりは王位簒奪を目論む輩が現れた、という事……。
この辺は気になってお祖父様に教えてもらった事だが、その時王位簒奪を企てた兄弟の後ろ盾になっていたのが、ゴルタール公爵家だった。
マジで、よからぬ企てには必ずいるな、ゴルタール。
前国王の弟の1人であるうちのお祖父様と現陛下(当時は王太子)とその側近、つまり私達の親がそれを抑えて、現陛下を早々に即位させ、事が表立つ前に解決したから良かったものの、一歩間違えれば国は内から荒れて目も当てられない惨状になっていただろう。
これがシンデレラストーリーのその先、その結果がもたらしたものなのだ。
現陛下を今だに、庶民の子と陰口を叩く者がいる。
本人はまったく気にしていないが、壁にエリオットあり障子にエリオットありなので、そんな奴は直ぐに叩き潰されているけど。
とてもでは無いが、ハッピーエンドとは言えない結末。
それは、その嵐に巻き込まれた全ての人間に言える事。
たぶん、キティのお祖母様、アマーリエ・ド・シュタインもその1人だったのだろう……。
婚約者候補筆頭だった彼女は、学園で王太子と男爵令嬢が仲睦まじくしている様をどう思って見ていたのだろうか。
シュタイン侯爵家は何人も王族に嫁がせてきた様な名家だ。
王太子と同じ年頃だったアマーリエは必然的に王妃になる様、厳しく育てられてきた筈。
その今までの努力が、目の前の男爵令嬢のせいで粉々に砕け散る……。
うちのお祖母様は、確かこう言っていた。
当時、王太子の婚約者候補筆頭だった令嬢は、とても優秀で貴族令嬢の鑑と呼ばれ、とても美しい方だったと。
社交界の花とも謳われていたらしい。
王太子はその令嬢を選ぶものと、誰もが信じて疑わなかった。
対してその男爵令嬢は、優秀で優しく美しい心根の令嬢ではあったけど、それだけでは誰も納得しなかったそうだ。
だが結局は、王太子は男爵令嬢を選び、社交界の花と呼ばれた令嬢は、様々な嫌がらせを男爵令嬢に行い、それが全て王太子の知るところになり、婚約者候補から廃されてしまった……。
まぁ、この嫌がらせ云々の辺りは、うちのお祖母様は実際に目にした事は無いらしく、真実は分からない。
そもそも、高位貴族の令嬢がそこまで卑しい行いは出来ない、いや、思い付けないだろうから、せいぜいが王太子に苦言を呈したり、男爵令嬢に嫌味を言ったり、その程度だったのでは無いだろうか。
それを無理やり理由を付けて糾弾し、婚約者候補から廃したのは、たぶん見せしめの為だ。
自分達の邪魔をすれば、例えシュタイン侯爵家の令嬢であれどこうなるぞ……と。
王家への不敬罪を問われず、断罪されていないのがその証拠だ。
だが、その事でその令嬢には確実に傷が付いただろう……そう、家格が下の家に嫁がなければいけないくらいの……。
この令嬢が、キティのお祖母様、アマーリエでまず間違いないだろう。
侯爵家から伯爵家への嫁入り。
珍しい事では無いが、それがあのシュタイン侯爵家となると、まず有り得ない。
それほどの何かがあったという事になる。
つまり、王太子と男爵令嬢と社交界の
花と謳われていた令嬢は、ヒーローとヒロインと悪役令嬢の役だったという訳だ。
ヒーローとヒロインはまだしも、悪役令嬢の役を押し付けられたアマーリエが、その後心を病んで王族への執着と妄執に囚われていったとしても無理からん事だ。
いや、だからといって、幼いキティにした事は到底許される事では無いが。
アマーリエは王家への恨みを募らせ、まず娘を王家に嫁がせようと厳しく育てた。
腹を痛めて産んだ我が子を、自分の道具の様に扱ったのだ。
だが、うまくいかず娘はローズ将軍に嫁ぎ、ローズ侯爵夫人となった。
次に目を付けたのが、孫娘キティ。
そのまま放っておけばクラウスの婚約者候補上位でいられたものを、無理やりに介入してキティの心をズタズタに傷付け、自分と同じ様に精神を病ませた。
それによりキティの王家に嫁ぐ可能性を踏み潰したのだから、自業自得が過ぎる。
自分の欲望を果たそうと、孫娘の人生を滅茶苦茶にしたアマーリエに同情の余地は1ミリたりとも無いが、そもそもの原因である王家に何の咎も及ばないのも居た堪れない。
王族たるもの、私情で伴侶を選ぶという事は、その後に連なる危険をも選ぶという事。
どれだけヒロインが心優しく、人より優れた人物でも。
そして、どれだけヒーローと愛し合っていたとしても。
産まれと家格は覆せない。
それに巻き込まれ、人生を狂わされた人間は一体どうすれば良かったというのか。
本当にアマーリエが前王妃に嫌がらせを行ったのかは、分からない。
敗者となったアマーリエの話など、誰も聞かなかっただろうから。
結果、アマーリエは自分の幸せを見間違い、憎い王族へ我が子を、孫を嫁がせる事に人生を捧げてきた……。
ひょっとすると、そんな被害を受けたのは、アマーリエ1人だけでは無いのではないか……?
原作キティは、そんな悪役令嬢の負の連鎖に絡め取られ、無学で無教養な事で、そして最後は自分の死をもって、その負の連鎖を断ち切ったのかも知れない。
夢のシンデレラストーリーのその先……。
誰もそんな事は気にしないし、望まない。
しかし今現在、私達は現実として、そこに生きている。
その先に起こった哀しい現実の、更にその先で、生きている。
やはり、王族は別格なのだ。
事が貴族程度であれば、社交界の噂話程度で済むかも知れないが、人々の頂点に立つ王族に、やはりそれは許されていなかった。
ある意味、前国王と前王妃は身をもってそれを示したと言えるのかも知れない。
事は二人だけでは済まず、様々な人間に影響し、今もなお負の連鎖を紡ぎ続けている……。
ふと、ある疑問が頭に浮かび、まだ納得のいかない顔で今度はクッキーを頬張っているキティを見た。
口の端についたカケラを取りながら聞く。
「お祖母様には兄弟は?例えば、姉妹とか?」
キティは私の問いに頭を捻らせながら答えた。
「う〜ん、確かお兄様がお一人。
それから、そうそうっ!何とっ!妹が前国王様に嫁がれてね!
お祖母様の妹は前王妃様なのよっ!
って私はその方の事をよくは知らないけど。
確か養子で、お祖母様とは血が繋がってないのよね」
キティの答えた内容に、自分の思い付いた考えが間違いでは無かった事を知り、ゾッと背中に冷たい汗が流れた……。
……やはり……。
おかしいと思った。
娘を、引いては家をコケにされた形のシュタイン侯爵家は今だ王族派に属している。
怒り狂って貴族派に鞍替えしていてもおかしく無いのに。
つまり、前国王はその男爵令嬢をシュタイン侯爵家の養子にして娶る事で、これを抑えた。
シュタイン侯爵家も、自分の家から王家に、ましてや王妃を輩出するとなれば、全ての事に目を瞑るだろう……。
アマーリエの事など、誰も微塵も気にかけなかったのか……。
……反吐が出る……。
何が、乙女ゲーだ。
何がシンデレラストーリーだ。
隅から隅までクソじゃねーか。
ドンッ!
怒りに任せてテーブルを叩くと、神妙に考え続ける私の様子を窺っていたキティがビクっと椅子から跳ね上がった。
「どどど、ど〜したの?シシリィ?」
カタカタ震えるキティにハッとして、頭をボリボリ掻きながらニヘラッと笑い返す。
「ごめん。あんまりに胸糞な話だったから、つい」
それでもまだビクビクと私に怯えた様子のキティは、はぁっと深い溜息を吐いた。
「いいのよ、これも悪役令嬢の逃れられない定めなんだから」
アンニュイにフッと息を吐くキティだが、もういい加減そのゲーム脳をなんとかしろ。
いや、前世廃〈キラおと〉ゲーマーにそれは酷というものか……。
青春全て捧げて〈キラおと〉ってかクラウスだもんな〜。
産まれ変わっても結局クラウスに青春全て捧げちゃってるし。
筋金入りだわ〜〜。
はぁぁぁっと脱力する私に、キティは目をパチクリさせている。
「どうかした?」
いや、どうかした?では無く、どうかしているのはアンタの方なんだが……。
いや……言うまい。
キティの人生はキティの物だ。
いつか自分でそのゲーム脳から脱するまで、生暖かく見守っていよう。
どうせクラウスの溺愛からは逃れられないのだから、その内流石に気付くだろう。
だがこれで、キティの自殺はこの先絶対に無いとハッキリした。
目の前のキティは祖母から受けた呪いを完全に跳ね返した無双状態。
転生者だったからこそなせる技だ。
正常な愛情を知っていたからこそ、転生に気付いた時点で家族からの愛情を素直に受け取る事が出来た。
もうその時点で悪役令嬢にはなり得なかったという訳だ。
祖母、アマーリエの呪縛さえ無ければ本来歩む筈だったキティの人生。
それが目の前のキティなのだ。
しかしそうなると今度は別の問題が浮上する。
第二王子の婚約者、引いては王子妃となる身分。
しかも相手は北の大国から狙われているクラウス。
いくら今は北の大国の重鎮達がキティの愛らしさにメロメロになっていようと、それもいつまでも保つとは思えない。
というより、今時点でも命以外は確実に狙われている。
我が家の嫁に、我が嫁に、陛下の愛妾に……と、その身を狙われている事に変わりは無い。
昔師匠に言われた事が的中してしまった。
ゲーム云々では無く、キティ自身が狙われるのでは無いかという、アレだ。
全く……傾国の美女とはよく言ったものだ。
可愛すぎるのも問題なんだな〜。
はぁと溜息を吐きながら、目の前でお菓子を頬張るキティを見つめた。
くそぅっ!この小動物系女子めっ!
あざとくも無いのに、ただただ可愛いってもうありがとうございます!
取り敢えずその頬袋に詰めてるお菓子を一旦ゴックンしなさいっ!
あまりの可愛さにテーブルに突っ伏してプルプル震える私を、頬袋を膨らませたままキティが首を傾げて見ていた………。




