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EP.45



週明け、キティが何事も無く学園に現れて、私は安堵の息を吐いた。


どうやらキティはうまく危機を脱したらしい。

って本人無自覚だろうけど。


クラウスが随分ご機嫌なところを見ると、自分の置かれている厄介な状況のせいで、キティにフラれる事は無いと確信出来る何かがあった様だ。


もちろん、詳しく聞く気など無い。

イチャラブ話など、砂を吐かずに聞く自信無いからな。


まぁ、兎にも角にも、キティが無事で良かった。


クラウスがキティに対してまさかの実力行使まで考えているとは思っていなかったので、多少ビビっていたから、本当に良かった。



何だかんだと云っても、クラウスはキティにそこまでしないと思っていたんだが……。


認識が甘かったな。

エリオットは気付いていたみたいだけど。


やっぱり、愛や恋による執着心など、私には到底理解出来ない。

クラウス程では無いにしろ、皆それぞれ相手を逃したく無い、縛りたいという気持ちになるものなのだろうか……?


ふむ、分からん。

やっぱり私には考えるだけ不毛の様だ。








「そう言えばキティって」


いつもの学園のカフェテラス。

Sクラスにだけ許された、他から離れた席で、いつもの結界を張りいつものティータイム中。


私の声に、キティは夢中になっていたマカロンから顔を上げた。


その口の横についたカケラを取りながら、私は話を続ける。


「前世を思い出す前の事は、どれくらい覚えているの?」


私の問いに、キティは首を傾げう〜んと頭を捻った。


「最初は、キティの頭の中、それも表面くらいしか感じ取れなかったのよ。

覚醒したのは7歳の誕生日前。

キティが邸に戻されて3年経とうとしていたけど、まだキティの思考は混沌としていたわね」


キティの話に、今度は私が首を捻った。


「邸に戻されたって?どこかに預けられていたの?」


私の問いにキティはハッとして、慌てて人差し指を口に当てた。


「お兄様が知らない話もあるの、それにクラウス様も。

秘密にして欲しいんだけど」


真剣なその眼差しに、私も真剣に頷いた。

キティは安堵の息を吐き、再び口を開いた。


「キティが産まれて直ぐにお母様が体調を崩されてね。

ベッドから起き上がれない体になったのよ。

それをいい事に、お母様の方のお祖母様が、赤ん坊のキティを自分の邸に半ば無理やり連れ帰っちゃって。

結局、4歳になるまでそこで育てられたって訳」


キティから語られたその内容に、私は目を見開いて驚きを隠せなかった。

だが、まだ衝撃的な話は続く。


「お祖母様はね、キティでやり直すつもりだったのよ。

お母様の事を失敗作だと言っていたわ。

お母様はお祖父様、つまり父親の気性を受け継いだみたいで、それがお祖母様とは相いれなかったのね。

お母様の穏やかでたおやかで無欲な性格を、愚鈍でノロマで、貴族の癖に庶民根性が染み付いた卑しい娘だとよく罵っていたわ」


はぁ〜と深い溜息を吐くキティに、私は唇を震わせて聞いた。


「じゃあキティは、母親の悪口を聞かされて育てられたの?」


あんまりな話に信じられない思いでいると、キティが残念そうに頷いた。


「それだけじゃ無いわ、もしお前があの娘の様になるならこの邸には要らない、何処ぞに捨ててやるって脅されていたのよ」


キティは持っていたマカロンを握り潰した。

そして、粉々に砕け散ったマカロンを、哀しそうに見つめる。


「お祖母様はキティに沢山の嘘を吐いた。

家族はお前を捨てたと教えられたし、誰もお前なんて愛していないと言われたわ」


いやいやいやっ!

あり得ないっ!

あのローズ一家がキティを捨てたとか、愛していないとかっ!

嘘にしてもお粗末過ぎるっ!


ブンブンと頭を振る私に、キティはふっと微笑んだ。


「もちろん、今は分かっているわよ。

全てお祖母様の狂言だったって。

でも、幼いキティにはそれは耐えようも無い心の傷になり、お祖母様にまで捨てられたら本当の終わりだと思わせるには充分だったの。

だからキティはお祖母様のクローンの様に育つしか無かったのよ。

傲慢で冷酷、そして何より貴族らしく振る舞う事。

キティはお祖母様の顔色を伺いながら、息を殺して生きていたの……」


ま、マジかっ!

そんな幼い子がそんな風に生きるしか無かったなんてっ!

チビキティ……可哀想過ぎるっ!

私がその頃のキティを救い出してあげたいっ!

てかっ!


「ローズ将軍とノワールは何してたのよっ!」


うがーーーっ!と天に向かって吠えると、キティはまぁまぁと私を手で制した。


「まだ幼かったお兄様はともかく、お父様は、ベッドから動けないお母様に代わって、何度も私を返す様にお祖母様に訴えたんだけど……。

お祖母様にその度に暴れられてね。

可愛い孫を私から取り上げるのかっ!

なら私はもうこの場で自害してやるってね」


いやいや……。

私は残念そうに緩く頭を振った。

そんな事言う人間に限って、絶対にやんないんだよね。


「で、スパって切っちゃうのよ、手首」


って!本当にやんのかよっ!


吃驚慄いていると、キティが分かる分かるといった感じにコクコク頷いた。


「もう、そんなのお父様じゃお手上げよ。

お祖母様の手首ってリスカ痕だらけなのよね。

中には随分古い物もあったわ。

常套手段なのかもね」


そこで私とキティはじっと見つめ合い、同時にガクッと肩を落とした。


メンヘラかよぉ……。

そりゃ、あの脳筋将軍じゃ太刀打ち出来ないわ……。


「それに、家族だって何もしなかった訳じゃ無いわ。

毎週末には必ず会いに来てくれたし、お母様だって少し体調の良い日は無理してでも来てくれた。

ただそれがね、キティには悲しくて辛くて寂しかったの。

だって、決して自分は一緒に連れて帰っては貰えなかったんだもの。

お祖母様のメンヘラ攻撃なんて、知らないからね。

キティには、産まれて直ぐに自分を捨てた家族が、自分の知らない幸せを見せびらかしに来る様に見えていたみたい」


ぐおぉぉっ!マジかよっ!

きっつーーーーっ!

そんな小さな子が親にも素直に甘えられないとか、メンヘラ婆許すまじっ!


再び、ぐおぉぉぉぉっ!と雄叫びを上げる私を、キティがハイハイと諌める。


「しかし、そのババ……お祖母様は、娘や孫を自分のクローンに育て上げて、何がしたかった訳?」


私の疑問に、キティはああ〜とガクリと肩を落とした。


「お祖母様はキティにこうも言い続けたわ。

『お前は必ず王家に嫁ぐのですよ』

つまり、お祖母様は自分の分身を王家に嫁がせる事で、自分の中の何かを満たしたかったんじゃないかと思うの。

実際キティが家に帰されたのは、お兄様がクラウス様の側近に選ばれたからよ。

お兄様の側に居た方が、クラウス様との接触が図れるだろうと判断したんでしょうね」


おいおいおい……。

孫は自分の妄執を叶える道具かよ……。

随分、好き勝手してくれたなぁ…婆ぁ……。


ピキピキと青筋を立てる私。

ちなみにキティもこめかみに青筋が立っている。


「それに、いつまでも小さいままのキティを内心気味悪がっていたのもあったみたい。

キティは小さい頃から低身長だったから」


バギィッ!

私が怒りに任せて掴んでいたテーブルの端が、遂に破壊される。

キティはアワアワしているが、いや、大丈夫。

端っこだし。


「で?そのババァは今はどうしてる訳?」


ズズズって私から放たれる黒いオーラに怯えながら、キティがハキハキと答えた。


「い、今はそりゃもうご機嫌で。

私がクラウス様の婚約者に決まったから。

うちに擦り寄ってきてるみたいだけど、お母様が全てシャットアウトしてるわ。

そりゃもう、凄い剣幕で。

いくら親子と言えど、お母様の方が貴族位が高いから、向こうももう無理は出来ないみたい」


それを聞いて、私はやっと安堵の息を吐いた。

ローズ夫人がガッツリ阻止してくれているなら、まず間違い無く安心だろう。

あの人、ローズ家の影の支配者だからな。



「で、ここからは私の推測なんだけどね。

ゲームのキティの事なんだけど」


神妙な顔で切り出すキティに、私も同じ様に真剣な眼差しを返した。



「どうやらキティは幼い頃から物事に聡く、繊細な性格だったみたい。

それに、お祖父様がね、実はお祖母様に隠れてコッソリ、キティに物事の善悪は教え込んでいたから、完全にお祖母様を盲信していた訳でも無いのよ。

だから家に戻された時、余計に混乱したんでしょーね。

自分を捨てた筈の家族は無償の愛情を向けてくる。

優しく温かな家庭。穏やかな日常。

どれもキティの知らない事ばかり。

愚鈍な筈の母親は優しく聡明で、父親はどこまでもキティに甘い。

優しく美しい兄も、キティを甘やかしてくれる。

今まで自分が信じてきたものが、音を立てて崩れていく恐怖。

繊細なキティには、耐えられなかったのね。

ここからキティは、どんどん心のバランスを崩していくの」


キティの表情が悲痛なものに変わっていくのを、私はただ見ている事しか出来なかった。


「私はお祖母様に預けられていた頃を思い出すと同時に、キティの痛いほどの思いを追体験もしたのね。

キティは、本当にこれが私を産まれて直ぐに捨てた家族なのか?

と疑問を抱いていたわ。

それもお祖父様のお陰だったかも知れない。

でもそのせいで、ますますキティは混乱した。

幼い心はアンバランスな気持ちをコントロールしきれず、癇癪という形で表に現し始めたの。

いっそお祖母様に染まりきっていた方が、幼い心は傷付かずに済んだかも知れないわね。

愚鈍な母親、その愚鈍さを愛する愚かな父親。

何も知らず、穏やかな家庭でぬくぬく育てられてきた憎い兄。

キティは自分の心を守る為、そう思い込もうとしたけど、お祖父様に教えられた善良さがそれを許してくれなかった。

ますます心のコントロールを失い癇癪に拍車がかかる。

早く家族に見限られたい。

いや、もう二度と捨てられたく無い。

そんな相反する思いを持て余していたわ。

幼すぎる心にはとてもではないけど耐えられない苦痛を抱えていた」



うがーーーーーーーーっ!

私はとうとう耐えられなくなり、ボタボタと涙を流した。


その私に静かにハンカチを渡しながら、キティがピッと顔の前で指を立てる。


「で、よ。そんな時に、お兄様の紹介でクラウス様に会ったらどうなると思う?

まるで絵本の世界から飛び出してきた様な、完璧な王子様。

お祖母様の言っていた、キティが嫁ぐべき相手。

そして、間接的ではあるけど、キティをあのお祖母様から救い出してくれた人、に」


キティの瞳の奥がキラリと光り、私はゴクリと唾を飲み込んだ。


「そりゃ、盲目的に執着しちゃうんじゃない?あっ!」


私はブルブルと震える手で口を覆った。


「そう、ゲームでのキティは本当に心からクラウス様を愛していた、と同時にそれはお祖母様の呪いでもあったの。

それまでは、自分の中にある葛藤を我儘や癇癪で誤魔化していたキティは、きっとここでその感情を捨て去ったのね。

何も考えず、ただクラウス様に纏わり付く。

愛や恋と云うより執着に近かったのかも知れない。

それでも、どこかでお祖母様への反発心は燻り続けていたのよ。

無意識にでも、お祖母様の言うなりになる事を良しとしなかったからキティは、わざと学ぶ事を放棄した。

学力も教養も気品も一切身に付けず、自ら王族に嫁ぐ可能性を投げ出した。

お祖母様に言われるがまま、王族であるクラウス王子に執着し、お祖母様への反発で、大好きなクラウス王子に嫁ぐ可能性を踏み潰した。

結局キティはずっと相反する思いと行動から逃れられなかった。

そんなキティは、クラウス様と自分以外の女性との結婚式をどんな想いで見ていたのか?

これが、クラウス様ルートのキティの自殺の真相なんじゃ無いかと私は思っているの」



私はいよいよ、滝の様に流れる涙を止められ無くなった。


マジかっ!

あのおバカ可愛いキティに、そんな真相があったなんてっ!

何も知らず、キティが自殺する訳が無い、地団駄踏んですっ転んで大理石の床に頭ぶつけてって方が納得いくなんて思ってて、ごめんなぁ……。


そんな辛い暗い過去を幼いうちに経験していたら、そりゃ歪むよなぁ。

それでもあんなに可愛かったのは、持って生まれた聡明さのせいだったのかもなぁ。


何事も無くあの家で育っていれば、利発で聡明な文句の付け所の無いご令嬢に育ってたんだろうなぁ……。



そこまで考えて、私はハッと目の前のキティを見た。

キティは冷や汗を流しながら、ふぅっと溜息を吐く。


「……キティは本来なら、生まれながらにして聡明で利発なの。

人の機微にも聡く、繊細で、鋭い。

私もおかしいと思ったのよ。

学べば学ぶだけ頭に入るし、どんどん身につくし。

転生に気付いてからは、お母様の愛情も、お父様のもお兄様のも素直に受け取れる様になって、そんな複雑に歪む必要も無かったし……」


ハハハと乾いた笑いを零すキティ……。


つまり、何の問題も無くすくすく育っちゃったのね、君の方は。

正に王家に嫁ぐに申し分ないご令嬢に。


私たちは顔を見合わせ、一緒にハ、ハハ、ハハハと乾いた笑い声を上げた……。



と、云う事は、つまりだ。

そのクソババ……キティのお祖母様の一件が無ければ、元々キティは賢く、もちろん教養も身に付け、高位貴族らしく育っていたって訳だ。


身分的にも放っておいても婚約者候補上位に入っていた……。


キティをチラッと見ると、私の考えを肯定する様に静かに頷いた。


「だからね、私はお祖母様の存在はゲームの強制力なんじゃ無いかと思うの。

元々は何の問題も無く育つ筈だったキティに呪いを掛けて、悪役令嬢に変えてしまった。

これがゲームの強制力じゃ無ければどう説明出来るって言うのよっ!

間違い無くここは〈キラおと〉というゲームの世界で、私は悪役令嬢キティなのよっ!」


フンスッ!とドヤ顔するキティ。

……には悪いが、この世界にゲームの強制力など無い。

それは数々の事柄が証明してくれている。


そもそも、では何故今、そのゲームの強制力から逸れて、悪役令嬢から外れたキティは見逃されているのか?

ヒロインにしたってそうだ。

まったくゲーム通りに進んでいないじゃ無いか。


……それに、キティの身の上に起こった出来事は、もしかしたら説明出来るかも知れない。


そう、もしかしたら……。


私は思い当たる一つの可能性を頭の中に思い描き、ゴクリと唾を飲み込んだ。





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