EP.44
さて、あれからキティは勉学と生徒会の仕事の両立。
王宮に帰れば、王子妃教育とクラウスの相手(これが1番重要)と忙しい日々を送っている。
お陰でフィーネの事も気にしていられない様だ。
今のところ、アーバンも大人しくしているし、まぁ一応は平和という事だ。
そこで私はキティを誘って、今までキティがしてこなかった他の貴族令嬢達との交流にキティを連れ出した。
キティの人となりを広く知らしめるにはやはり、お喋り好きなご令嬢方に紹介するのが1番。
更に王妃様のお茶会に一緒に赴き、社交界での有力者であるご婦人方にも顔を繋ぐ。
あのグローバ夫人御墨付きのキティはどこに行っても好印象を持たれ、大変に上々な成果となった。
更に各種パーティにクラウスのパートナーとして出席する様になったキティは、本人の知らないところで一種のムーブメントを巻き起こしたていた。
キティのドレスはいつも胸などの隠れたデザイン。
お陰で、今の社交界では過度に肌を見せず、レースなどでうまく肌をギリギリ主張するデザインが流行し始めた。
所謂、チラ見せ、というやつだ。
これが意外に男性受けが大変宜しいらしく、社交界ではあちらこちらで良い縁談が進んでいるらしい。
もちろん全てクラウスからの贈り物だが。
驚く……いや、どん引く点は、全てクラウスがデザインした物だという事……。
キティへの贈り物を選んでいるうち、納得のいく物が無い、と自分でデザインし始めたのだ。
ちなみに、社交界デビューでのあのアレも全てクラウスデザイン……。
アレについてもの凄い数の問い合わせが起こり、クラウスは仕方なくオリジナルブランドを立ち上げた。
その名もk&c。
……な、アレだ。
詳しく言わないが、察してやってくれ……。
そんなk&cブランドは、破竹の勢いで王侯貴族御用達のハイブランドに上り詰めた。
帝国や他の国でも、飛ぶように売れている。
そんな訳でキティは知らない内に、k&cの歩く広告塔、流行の発信源、ファッションリーダーになってしまっている。
お母様が新しいもの好きで流行に敏感な為、勿論私も何着も持っているが、派手過ぎず下品じゃないので、ファッション音痴な私でも気に入っている。
あと、キティの名前が入っているブランド名がお気に入りだ。(あっ、言っちゃった)
そんな訳で、今日も今日とて2人してk&cブランドのドレスに身を包み、同級生のリィナ・メイベル伯爵令嬢のお茶会にお邪魔している。
リィナ嬢は同じSクラスで、学園でも仲良くしている。
今日はだいぶんくだけた雰囲気のお茶会だ。
楽しく皆んなでお茶をしていると、何だか出入り口の方が騒がしくなる。
何だよ?と様子を見ていると、3人のご令嬢が凄い勢いでこちらに向かってきた。
3人共、夜会でも無いのに胸がギリギリまで開いた豪華なドレスを着ている。
リィナ嬢が驚いた表情で立ち上がり、スッと私達の前に立ちはだかった。
「ご機嫌よう。アーバン・ロートシルト伯爵令嬢様。
それに、マリエッタ子爵令嬢にヴァイオレット子爵令嬢。
今日はどの様なご用件で?
皆さまをお呼びした覚えはございませんが?」
淡々と告げるリィナ嬢の後ろで、私は笑顔を引き攣らせた。
えっ?呼ばれても無いのに来たのかよ、こいつら。
「ご機嫌よう。リィナ様。
本日はこちらに第二王子殿下の婚約者候補様がいらっしゃっていると聞いて、同じく候補者としてご挨拶に参ったのですわ」
アーバンの言葉に、お茶会の席が一気に騒ついた。
それもそうだ、アーバンはキティをクラウスの婚約者とは認めず、また、自分も婚約者になる事を諦めていないぞ、と公言したのだから。
キティの隣で私は溜息を吐いて、扇で口元を隠した。
キティも慌てて私の真似をする。
「アーバン様、失礼ながら、お記憶違いをなさっているようですわ。
今日こちらにいらっしゃっているのは、第二王子殿下の婚約者様です。
キティ様は恐れ多くも陛下に認められた正式な婚約者様で、他の候補の方々は任を終えられました。
もちろん、アーバン様、貴女もそうですわ」
リィナ嬢が丁寧にアーバンの言葉を訂正していく。
アーバンは眉根をピクピクとさせて、持っている扇を震わせた。
「あら?そうでしたかしら?
でも、婚約式はまだ終えられてませんもの。
正式な婚約者様とは、言えませんわよね?」
確かに、婚約式には時間が掛かる。
本当なら。
それをクラウスが今、急ぎに急がせ、王宮はてんてこ舞いだ。
早急に用意を進めていて、婚約式はクラウスの卒業後直ぐ、と予定されている。(これ以上はクラウスが待てない)
アーバンの言葉に、私はチラッとアーバンを横目で見て、冷たい声で言った。
「アーバンさん?だったかしら。
貴女、随分と不敬な事を仰るのね。
先程のリィナさんのお言葉を聞いてらっしゃらなかったのかしら?
キティ様は正式な場で陛下がお認めになった方でしてよ。
それに加えて、常日頃から王子殿下が自分の婚約者だと公言されていらっしゃるわ。
王家の決め事に否と言えるなんて、貴女、ご自分を王家より上だと仰りたいのかしら?」
私の厳しい声に、アーバンはあからさまに狼狽えて、口篭った。
「シシリア様、私はそんなっ!
ただ、まだ決定してはいないのでは無いかと思っただけですわ」
「とっくに決定していますわ」
私はアーバンの言葉に被せる様にキッパリと言い切った。
「呼ばれてもいないお茶会に不躾にやって来て、仰る事は王家への不敬。
分かりました。
私、シシリア・フォン・アロンテンが王家の末席として承ります。
宜しいわね、アーバンさん、マリエッタさん、ヴァイオレットさん?」
ギラリと私に睨まれて、3人は飛び上がって逃げ出した。
マリエッタとヴァイオレットは縮み上がって、申し訳ありません申し訳ありませんっとペコペコ頭を下げている。
阿保め……。
よくものこのこと乗り込んできたものだ。
大方、なかなか自分とクラウスの婚約話が進まないものだから、痺れを切らして勝手に動いたのだろうが、そんな話は最初から無いと、何故理解しない?
「申し訳ありませんでした、キティ様、シシリア様。
私のお茶会であの様な不躾な方達に不快な思いをさせてしまって……。
本当に申し訳もございません」
リィナ嬢が深々と頭を下げるのを、キティが慌てて止めた。
「そんな、リィナ様が悪い訳じゃありません。
どうか、頭を上げて下さい。
私は気にしていませんわ。
さっ、お茶会を続けましょう?
リィナ様のご用意下さったお茶もお菓子もとっても美味しいわ。
皆さんとのお話もとても楽しいし。
ね、リィナ様、だから気になさらないで」
キティの言葉にリィナ嬢は頭を上げて、遠慮がちに微笑んだ。
キティはすっかり恐縮したリィナ嬢を席に座らせ、にっこり微笑む。
「キティ様……ご寛容なお心遣い、感謝致します。
……あの方々には、皆頭が痛い思いをしているのです」
申し訳無さそうにそう言うリィナ嬢の言葉に、他の令嬢達が次々に声を上げた。
「そうですわ。あの方々、アーバン様のお家を筆頭に、新興勢力をお作りになって魔法優勢位派とか名乗ってらっしゃるのよ」
「そうそう、全てにおいて魔力量が優先されるべきとかのお考えで、魔力量の多い第二王子殿下を王太子に据えるべきと掲げて活動してるとか」
「そして、その第二王子殿下の婚約者にアーバン様を迎えて、後々は王太子妃、王妃にと狙っている様ですわ」
「手当たり次第、自分達の派閥に誘ってらっしゃる様ですわよ。
私もお父様がしつこく誘われて困ってらっしゃたわ」
次々に出るわ出るわ、令嬢達からの情報にキティは目を丸くしている。
私はと云えば、余裕の表情でお茶を飲んでいた。
とっくに知っている情報ばかりだしね。
ややして、私は落ち着いた声で、優雅にその場を静めた。
「皆さま、ご安心なさって。
王家でも、件の新興勢力の事は把握していますわ。
常に動向も捉えていますので、心配ありません。
王太子殿下が代わるなんて事はあり得ませんので、皆さんも彼らの妄言等には惑わされませんよう、お願い申し上げます」
私がにっこり微笑んでキッパリそう言い切ると、あちらこちらから安堵の溜息が漏れる。
王太子が代わるなんて事になれば、情勢がひっくり返ってしまう。
あり得ない事だと分かっていても、まさかの事態が起きた時に乗り遅れてしまったら家の存続に関わるのだから、皆、内心戦々恐々としていたのだろう。
王族に連なる私が王家が否定していると公言しておけば、この場にいるご令嬢達の家から私の言葉が広まっていく事だろう。
その後のお茶会は和やかな雰囲気に戻り、私達は心ゆくまでたくさんお喋りをして、時間はあっという間にすぎ、お開きの時間となった。
帰りの馬車の中で、やはりキティが私に聞いてきた。
「今日の話、あの、魔法優勢位派ってやつ。
本当に何の問題も無いの?」
私はハッと鼻で笑って答える。
「ま〜〜たくっ、何の問題も無いわよ。
あんなくだらない新興勢力なんて、誰も相手にしていないわ。
生まれつきの魔力量なんかで王位を決めていたら、国が荒れる原因になるわよ。
それこそ、王族の縁戚の中にだって王太子殿下より魔力量の多い人間がいるのに、そんな事になれば、王族同士で争えって言ってる様なものよ。
危険思考に繋がると当の本人達は気付いていないんだから、タチが悪いわよね」
くだらない、といった風に切り捨てたのち、溜息混じりに続ける。
「恐らく、あのアーバン嬢の父親、ロートシルト伯爵の行き過ぎた権力欲ゆえの暴走ね。
王太子殿下は5歳の時、今の婚約者様と早々に婚約なさったから付け入る隙が無かったけど、クラウスはずっと候補の中から正式には選ばなかったでしょ?
8歳の時にキティに出会うまで、まったく誰にも興味を示してなかった。
ロートシルト伯爵はクラウスが幼い頃から、魔法優勢位を認めろと騒いでいるから、魔力量の多いクラウスを王太子に据えて、自分の娘を王太子妃に、後々自分が裏から全ての権力を操る。
とか、あり得ない夢に取り憑かれてるのよね」
呆れてそう言ったが、それでもキティは不安で仕方ないといった様子だった。
まぁ、確かにクラウスの魔力量は本当に多くて、表向き、帝国の将軍クラスに匹敵するって事にはなってる。
本当はそれ以上なんだが……。
まぁ、そんなクラウスの周りに人が集まり始めれば、自然とロートシルトの思い描く様に動いていってしまうんじゃないかと危惧しているのだろうが……。
いや、悪い、キティ。
オタクの旦那、人望無いんだわ。
擦り寄ってくる貴族を片っ端から跳ね除けてるからね?
そのフォローにどれだけ側近4人と私とエリオットが苦労しているか、知ってる?
キティと一緒だと機嫌良く貴族の相手もしてるけど、実は目の奥が死んでるからね?
俺達の邪魔すんなって無言の圧力発してるからね?
「何考えてるかだいたい分かるから言っておくけど、無いわよ」
キッパリと断言する私に、キティは目をパチクリさせた。
「そもそもが、クラウスにその気はまったく無いの。
それに私達は王太子殿下、エリオット様こそ次代の王に相応しいと認めている。
あの、人に興味を持てないクラウスでさえ、エリオット様には一目置いているわ。
私達は次世代を担う者として、既にエリオット様の下、一枚岩が出来上がっている。
それを知らないのか、己の妄執の為、何も見ようとしていないのかは分からないけど、そもそも魔法優勢位派だが何だかが付け入る隙なんて、元から無いのよ」
前を見据えてキッパリそう言うと、キティは目を見開き衝撃を受けている。
ややして、シュンとして落ち込んでしまった。
同い年の私が既に施政に関わろうとしている事にショックを受けたのかも知れない。
でも、それも仕方のない事なのだ。
のほほんと好き勝手に生きてきた私とは違って、キティは自分の運命から逃れようと必死に生きてきたのだから。
邸に篭って下界と触れず生きていれば、知らない事ばかりなのは普通の事だ。
今まで苦労してきたキティに、急にアレコレ聞かせて全てに巻き込む事などしたく無い。
キティにはせめて、少しでも平和に過ごして欲しい。
自分を反省しているキティに、私は労わる様に優しく言った。
「あのね、キティ。
貴女はクラウスとノワールが関わらせない様にしてきたのよ?
あの2人は、キティに平穏な日々を送ってほしいと願っていたの。
私達は好きで色々動いてきたけど、貴女は違うでしょ?
だから、今、色々な事を急に知る事になって混乱しているかも知れないけど。
貴女は何も気にする必要は無いの」
そうは言ってもやはりキティは浮かない顔だ……。
やはり表舞台に上がるとどうしてもくだらない話にも巻き込まれてしまう。
キティには徐々に慣れて、もっと自分に自信をつけていってもらいたい。
クラウスの、この国の第二王子の婚約者として、胸を張っていていいのだと思ってほしい。
それは、あの、まだキティがヒロインと信じ込んでいる偽ヒロインなどでは無く、本当にキティにしか出来ない事なのだから……。
その後、今日あった事を皆に情報共有したが、クラウスはやはり自分のゴタゴタにキティを巻き込んだ事に激昂していた。
そりゃそうだ。
コイツだって好きでゴタゴタしている訳じゃない。
エリオットのスキルと違い、魔力量は産まれた時に測られてしまうから、回避しようがないのだ。
対してスキルは本人が口外しない限り、誰にも悟られる事が無い。
この辺もチートな所が、スキルがあまり人に知られていない所以だ。
スキルについては未だ謎が多い。
本人が隠蔽していたり、あまり知られていないからこそ、本人も自覚していないパターンもある。
見破る方法も無い。
下手すると、自分にスキルがある事も知らず、生涯を終えた人間もいるかも知れないのだ。
エリオットは人外な程のスキル持ちだが、魔力量は少ない。
お陰で王太子であるにも関わらず、悪目立ちもせず過ごせているが、クラウスはそうはいかない。
その膨大な魔力量は既に知れ渡っているし、更に師匠の元での修行の結果、人類超えてきてるんじゃ無いかという疑いもある。
まぁこの辺は身内ないでの話に留めてはいるが。
そうなってくると、帝国とは違い、魔力や魔法に特別な意味を求める王国では、必然クラウスは悪目立ちしてしまうのだ。
王族派の中でさえ、クラウスを王太子に推したいと考える者がいる。
まぁ、どこの派閥も一枚岩とは言えない。
本人達の意思など関係無く、無責任に勃発してしまうのが、後継者争いの厄介なところでもある。
発端が自分の魔力量の多さだとなれば、そのイザコザにキティを巻き込む事は、クラウスにはとてもでは無いが看過出来ない事だろう。
クラウスは激怒しつつも、顔色を悪くしていた。
キティに自分のせいで迷惑をかけた事、それに、今回の件で自分の置かれた厄介な状況をキティに知られてしまった事。
それをどうキティが受け取ったのか、気になって仕方ない様子だった。
キティに呆れられ、見放される事を恐れているのだろう……。
ああ〜、まったく。
キティにしても、クラウスにしても。
どうしてお互いの事になるとこうも自信を失くすのか。
それとも、世の恋人達って皆こうなの?
相手の考えている事を勝手に想像して、勝手に恐れて……。
ふむ、私に分かる筈が無い。
考えるだけ不毛だな。
私はポンポンとクラウスの肩を叩いて、親切にも教えてあげる。
「キティは、心配してたわよ、アンタの事」
私の言葉に振り返ったクラウスは真っ青な顔をほんの少しだけ緩ませた。
「それは、本当か?」
自信の無さそうな声に思わず目を見開いてしまった。
本当に恐ろしいな、愛や恋ってやつは。
あのクラウスをこんな腑抜けにしてしまうとは。
「本当よ。後はキティ本人に聞いてみなさい。
その頭の中でグルグル考えている事より、よっぽど健全な話が出来ると思うわよ」
ニッコリ微笑むと、クラウスは静かに頷き、その目にやっと自信を取り戻した。
「そうだな……。キティと話をしてみる。
閉じ込めて監禁するのは、その後でもいいだろう……」
そう言うと、クラウスはさっさっと足早に去って行ってしまった。
………ちょっと待てぇーーーーーーいっ!!
アイツ今何つったっ!
監禁っ!監禁って言わなかったっ⁉︎
えっ?
あれ?
アイツ、もしキティが自分を拒否ったら、どっかに閉じ込めて監禁するつもりなのっ⁉︎
いやいやいやいやっ!
いやいやいやいやいやいやいやいやっ!
病んでるーーーーーーーーッ!
絶対にあかんやつやんっ!それっ!
ガクガク震えながら、クラウスが去った方角を指差しエリオットを振り返ると、エリオットは非常に残念な顔で、申し訳無さそうに項垂れた。
「……もしもの時は、僕のスキルを総動員してでもキティちゃんを見つけ出して、いち早く救出するから……」
エリオットの言葉に、そこはいつもの様にヘラヘラ笑っていて欲しかったと、心の中で涙を流した……。
……キティッ!頼むからっ!うまくやってくれっ!
健闘を心の底から、祈るっ!




