EP.42
兎にも角にも、このキティの固定観念を崩せ無いものか、と私は首を捻った。
何気なさを装って会話を続ける。
「あれね〜、キティは賢くて真面目なアホな子なのね。
いや、残念、とゆ〜か……。
そういう所がクラウスの琴線に触れちゃったのかしら?
本当にご愁傷様」
んなっ!と、キティは分かりやすく衝撃を受けると、怒りを露わにプルプル震えている。
そして両手で髪を左右に持ち上げ、例の即席ツインテを作った。
途端に私は、はうっと目に星を浮かべて、涎を垂らさんばかりにフラフラとキティに近づいていった……所をすかさずキティはツインテを振り回してパシーン(実際はファッサー)!
右の頬を打たれれば、左の頬も差し出し、そっちもパシーン(実際はファッサー)!
くふぁっ、何これ何これっ!
たまら〜んっ!
肩でハァハァ息をしながら、涎を拭う。
「くっ、ありがとうございました」
「今後は言葉に気を付ける事ね」
フラフラの私に、キティは思いっきり顎を突き上げて忠告してくる。
画面越しじゃない最推しの威力、ハンパないっ!
あのふわふわツイテでワフワフされたいっ!と叶わない夢を見ていた時もあったが……叶っちゃったよっ!
「あの、キティたん……何故今ご褒美を頂けたのでしょうか……?」
課金もしていないのに、何故?
と素朴な疑問を投げかけると、キティはくわっと目を見開いて青筋を立てている。
あ、ああ……。
さっきのもしかして、怒ってらっしゃった?
えっ?今のがっ⁉︎
くっ、怒らせてみるもんだぜっ!
次からも、ふぁっさーしてもらえるギリギリを攻めようっ!
たぶん、キティの思いとは逆方向に爆走する私を、溜息を吐きつつジト目で睨むキティ。
「とにかく、私は王子妃にはなれないんだってば。
はい、この話は終わり」
ビシッと言い切られたが、うん、分からん。
だってこの世界はヒロインのものじゃ無いし。
「ん〜納得いかないわ〜。
何でそんなに頑なな訳?」
心底理解出来ない私に、キティはまた溜息を吐いて答えた。
「だって、仕方ないじゃ無い。
私は、死にたがり令嬢なのよ。
いつどうなるかも分からないのに、そんな人生に人を、ましてや、す、す、好き人を巻き込めないでしょ?」
おっ、頑張って好きな人とか言ってる。
めちゃどもってるけども。
キティの答えに、私はやっと納得して頷いた。
あっ、なるほど。
クラウスや皆を巻き込みたく無いのね。
自分の運命がゲーム通りに進む可能性を捨て切れ無いから。
確かに、ヒロインがアレだろうと、キティを襲う死の運命に変化があるかどうかは分からない。
ゲーム自体消滅したとしても、そこの可能性だけは依然謎のままだ。
「あ〜、キティが死んだりなんかしたら、この王国、いや、この世界が焦土と化すわね。
クラウスによって」
なんせアイツは歩くアルマゲドン。
恐怖の大王としていつ降ってきてもおかしくない。
いや、真面目に、キティがゲーム通りに死んだりしたら、この国終わる。
正にゲームオーバー。
「この世界の存続を賭けた戦いって訳ね。
ふふっ、血がたぎるわ……。
まかせて、キティ。私が貴女を絶対に死なせたりしないから!」
滾るッ!
滾るぜッ!
くっ、封印されし我が邪眼が疼くっ!
すっかり楽しくなった私に、キティはハイハイとヒラヒラ手を振った。
「次の授業始まるから、私もう行くねー」
闘志を燃やし、炎につつまれながら、やったるでーっと両拳を天に突き出す私を置いて、キティはスタスタ教室に戻った。
さて、冗談はさておき。
なるほど、キティがあれ程頑なにクラウスから逃げていたのは、そういう事か。
全て、愛ゆえ、ね。
了解了解。
まぁアイツがキティの死に巻き込まれておっ死ぬ事は100%無いが、キティを失ったこの国くらいは平気で消すだろう。
いや、これは冗談では無く、マジで。
って事は、キティの死に巻き込まれるのはこの国全てって事だ。
まぁ、当然そんな事に巻き込まれるつもりはさらさら無い。
キティは死なせないし、死なない。
これだけは絶対事項。
として、一体何がキティを死に至らしめるのか?
考えられる事が無い訳じゃない。
もっとも可能性の高いのは、クラウスの子を欲しがる北の大国の陰謀……。
ゴルタールにしろロートシルトにしろ、欲しているのは所詮王子という肩書き。
それはエリオットもフリードも、狙われているという事に変わりは無い。
だが、北の大国だけは別だ。
北の大国はハッキリとクラウスだけに狙いを定めてきている。
キティを邪魔者と判断すれば、必ず何か害をなそうと事を起こすだろう。
ではどうやって、それを先に察知するか……。
うーん、これは流石に私だけじゃ無理。
どうせエリオットなら先に手を打っているだろう。
よし、アイツを締め上げて知っている事を吐かせよう。
そうと決まれば今日の放課後はエリオットを捕まえるところからだな〜っと、私はふんふん鼻歌を歌いながらキティを追って教室に向かった。
昼休み。
私とキティは生徒会室にて、王宮料理人によるフルコースを味わっていた。
「キティが来てくれるって聞いて、用意させたんだ。
どうかな?キティ。
気に入った?」
キティは頬をリスの様に頬張らせ、コクコク頷いる。
ほうっ…げっし類系小動物か……。
可愛いに決まっているっ!
しかし、学園の生徒会室でフルコースとか、クラウス分かりやすく浮かれてんな〜。
案外コイツにも可愛いところがあるもんだ。
クラウスとノワールは楽しそうにキティを見てニコニコしている。
……が、他の皆はゲッソリ疲れ果てている……。
そりゃそうだ。
フィーネとシャックルフォードの処分について、目の前の2人が荒れに荒れ、暴れに暴れたからな。
壁に空いたデッカい穴は既に修復済みだが、疲労感はハンパないだろう。
キティも、その修復された跡に気付き、あれ、まさか……って顔してる。
そうだが?
君の婚約者と兄ちゃんが空けた穴の修復跡に、間違いないのだが?
ややしてキティはツツツーとそこから目を逸らし、ないないとふっと笑った。
あっ、見なかった事にした。
気にしたら負けと気付いたか。
密かに頭をフルフル振ってるが、無かった事にはならないのだが?
早くキティにはクラウスの手綱を握れる様になってもらいたいもんだ。
ってか、キティにしか出来ない事だと早く気付いてくれよっ!
皆が食べ終わる頃を見計らって、レオネルがごほんと咳払いをしつつ、席を立った。
「さて、新しく生徒会に入ってもらうメンバーが揃った訳だが」
キティが、あれ?打診じゃ無かったの?って顔してるが、うん、ごめん。
決定事項なんだわ。
「初対面の人間もいる事だし、改めて紹介しよう。
まずは、私の妹、シシリア。
生徒会長補佐に回ってもらう。」
私は笑顔で皆にコクリと頷いた。
「そして、2年生のエリク・ペイルとエリー・ペイル。
2人は双子で、ペイル子爵家の令息令嬢だ。
エリクには副会長である私の補佐、エリーには書記のミゲルの補佐に回ってもらう」
エリクエリーが無表情のまま頷いた。
「それから、同じく2年生で、ゲオルグ・オルウェイ伯爵令息。
彼には、風紀のジャンの補佐に回ってもらう」
ゲオルグが静かに頷く。
どうよ、この完璧な布陣。
来年の生徒会に向けて、悪いが私の側近で固めさせてもらったぜ。
まぁ、エリクエリー、ゲオルグは私より1年早く卒業してしまうが、問題無い。
実は次も密かに手を打ってあるからね。
「最後に……」
レオネルの言葉を切る様に、クラウスが手で制して立ち上がった。
レオネルは、溜息を吐きつつ席に着く。
「キティ・ドゥ・ローズ侯爵令嬢。
もうすぐ、キティ・フォン・アインデルになる、俺の婚約者だ。
会計のノワールの補佐に回ってもらうが、基本キティは俺と行動を共にする事を覚えておいてくれ」
クラウスの言葉に、エリクエリー、ゲオルグが真面目な顔で頷く。
もちろん、私は声を殺して笑う。
レオネル、ジャン、ミゲルは白目になっているがな。
ノワールはちょっと既にブリザっている。
「さっ、キティ。
いつもの定位置においで」
両手を広げるクラウスに、涙目でイヤイヤするキティを、何無くヒョイっと抱き上げて、クラウスは自分の膝に座らせた。
「ああ、夢みたいだよ、キティ。
こうして学園でも君と居られる時間が増えるなんて……」
キティの髪に顔を埋めて、スリスリハムハムスンスンするクラウス。
キティは、むしろ夢であれっ!という絶望の顔をしていた。
キティにとっては初対面の人間もいるのに、容赦ないな〜クラウス。
んっ、ちょっと!
さり気なく尻揉んでないっ⁉︎
えっ、私の幻覚?
いやいや、揉んでる。
ガッツリ揉んでるっ!
あ、あ、アイツーーッ!
なんて破廉恥なっ!
ここはハレンチ学園かっ!
くっそーっ!
くっっそーーーっ!
うら山っ!
……あれ?ちょっと?ノワール?
そのブリザードの量はヤバくない?
この部屋吹き飛ぶ勢い無いかな?それ?
ちょっ!ノワールッ!テメーこの野郎っ!
それはちょっとヤバいってっ!おいっ!
あっ、ノワールッ!やめっ!
ノワールさんっ!ノワールさーーーんっ!
「………酷い目にあったわ……」
私はエリオットの執務室のソファーにぐったりと体を投げ出した。
「おやおや、シシリア。
お行儀が悪いね」
エリオットがくすくす笑っている。
くそぅ、他人事だと思いやがって。
「それで、どうかな?生徒会の方は。
上手くやっていけそうかな?」
優雅にお茶を飲んでいるエリオットをジト目で見上げる。
「何の問題も無いわよ。そもそも私の優秀な側近で固めているし、キティは元から優秀だしね。
だから、アイツらなんか、今すぐっ!いなくなっても、まったく問題無いっ!」
昼間のノワールによるブリザード被害を思い出し、ブルブルと拳を握る。
「まぁまぁ、落ち着いて。
さっ、シシリアの好きなお茶とお菓子を用意したから、ね」
目の前に、煎茶と煎餅を出されて私は仕方なく起き上がった。
流石に寝そべって頂くのはよろしくない。
しかし……アポ無し突撃かましたのに、随分用意がいいな。
煎餅をバリボリ食べていると、エリオットがスススと隣に座ってきた。
何だよ?さっきまで座ってた1人掛けに戻れ、このヤロー。
「聞いたよ?シシリア。
キティちゃんにシシリィって呼ばれてるらしいじゃないか」
おうおう、誰に聞いた?
ギラリと横目で睨み付けると、エリオットは頬を染めてモジモジとしている。
そのうち、私の二の腕に人差し指でのの字を書き始め、背中にゾワゾワゾワ〜っと寒気が走った。
「何すんのよっ!」
エリオットのその人差し指を掴んでボキっと脱臼させておく。
ノオォォォォォッ!とか言って転げ回ってるけど、知るかッ!
「ひ、酷いよ、シシリア。
僕はちょっとお願いがあっただけなのに」
じゃあ人の腕にのの字書いてないでさっさと言えよっ!
エリオットはまたスススと隣に座って、甘える様な声を出した。
「僕も呼びたいな〜、シシリィって」
「却下」
被せ気味に拒否られ、エリオットは分かりやすくショック顔になる。
「シシリィって呼んで良いのはキティだけよ」
再びギラリと睨むと、エリオットはショボンと眉を下げたが、直ぐに何か思い付いたのか、パァッと笑った。
「じゃあ、僕にも僕だけの呼び方ちょ〜だい」
小首を傾げるエリオットに、私はまた面倒臭い事言い出したな〜と顔を歪めた。
「良いけど、あんまり奇抜なのはやめてよ」
ハァと溜息を吐きながらそう言うと、エリオットは嬉しそうに破顔した。
何がそんなに嬉しいのか知らないが、さっさとしてくれ。
私はアンタに聞きたい事があってここに来ただけなんだから。
「分かったよ、じゃあ、う〜ん、そうだな。
シシリアだから、シシリ、リリ……。
リリーっていうのはどうかな?」
瞬間、私の脳裏にある光景が浮かんだ。
むせ返る独特の匂い。
脳裏に焼き付く残酷な白。
霞んでいく視界。
幼く無邪気な声……。
「駄目、絶対に嫌」
エリオットは青白くなった私の顔を見て、少し目を見開くと、私をギュッと抱きしめた。
「分かった。その呼び方はしない。
じゃあ、そうだな、代わりにリアっていうのはどうかな?
シシリアのリア」
まぁ、それくらいなら好きにすれば。
私は溜息を吐きつつ頷いた。
「やったね!僕だけの呼び方だからね。
他の誰にもそう呼ばせては駄目だよ。
ふふっ、可愛い、リア」
キャッキャッ言いながら私の鼻の頭を人差し指でチョンチョンするエリオット。
よし、今すぐギャーギャー(悲鳴)言わされたいらしいな。
静かにその人差し指を捕まえようと手を伸ばした時、エリオットがご機嫌でにっこり笑い、私の顔を覗き込んだ。
「リアも僕の事、特別な呼び方で呼んでも良いよ。
ダーリンとか、ハニーとか」
何故私が貴様をダーリン呼びせなあかんのじゃ。
呼ぶわけないだろ。
エリオットは次はニヤリと楽しそうに笑う。
「エリク、とかエリーとか、ね」
何を言っとんじゃ、コイツは。
訳が分からずポカンとしてエリオットを見ると、クスクス笑い始めた。
「僕からのプレゼントに、僕に似た名前をつけるとか本当に可愛い」
んなっ!
何でっ、そうなるっ!
そんなんじゃないわっ!
お前の頭の中はどんだけ常春なんだよっ!
エリクエリーに謝れっ!
「別にアンタを意識して名前つけた訳じゃないからっ!
勝手な勘違いやめてよねっ!」
くっそぉ……。
これ、否定すればする程肯定してる事になるやつだっ!
ああっ、もうっ!面倒くせーっ!
「ふぅ〜ん?そうなんだ。
別に僕は嬉しかったから、気にしなくていいのに」
案の定エリオットはニヤニヤ笑っている。
こ、コイツ……。
目潰しでも食らわしてやろうかと、じっとその目を見つめ隙を狙っていると、その瞳の奥がゆらっと甘く揺らめいた。
急に甘い雰囲気になるエリオットにたじろぐ。
エリオットは体を近付けてくると、その顔をゆっくりと傾かせ……。
いや、させねーよっ!
「(おっ)るあっ!」
咄嗟に思い切り頭突きをかまして神回避する。
「ぐぅ………… 」
額を押さえて悶絶するエリオット。
テメー、今確実に唇狙ってきやがったなっ!
許しがなけりゃ何も出来ないんじゃ無かったのかよっ!
この万年常春ヘラヘラ男の言う事など、間に受けて信じるんじゃ無かった……。
私は自分の甘さに歯噛みする思いで、今だ額から煙を出して白目を剥いているエリオットを睨み付けた。




