EP.39
「ちょっと!あんたっ!!」
私とキティがギャーギャー言い合いしていると、1人の令嬢が私達に向かって大声を上げた。
つまり、私の作り出した幻影魔法でお淑やかにお茶をしている様に見えている、私達に、だ。
私とキティはその令嬢を確認すると、無言で頷き合い、居住まいを正す。
私は静かに指を鳴らし、結界を解く。
「余裕ぶってないで、ちょっとこっちを見なさいよっ!」
けたたましい喚き声に私は顔色も変えず、優雅にお茶を飲んだ。
「ちょっとっ!聞こえてんでしょっ!返事くらいしなさいよっ!」
醜く顔を歪めたフィーネが、私達に向かって喚き続けている。
「だからっ、ちょっとっ!無視してんじゃ無いわよっ!ふざけてんのっ⁈」
ついには地団駄を踏み出すフィーネ。
ガキかよ。
キティがおずおずと私を見る。
キティより高位の私が声を掛けない以上、キティにはどうする事も出来ないからだ。
私は深い溜息を吐いて、口元を隠す様にバッと扇を広げた。
「貴女、先ずは名乗ってはいかが?」
やっと返ってきた反応に、フィーネは腰に手を当て、ふんぞり返って答えた。
「私は、フィーネ・ヤドヴイカ。
ヤドヴイカ男爵家令嬢で、この世界の主人公よっ!」
ウゼー、阿保め。
何を自分で言ってるんだよ。
恥ずかしく無いのか?
ふんっと胸を反り返すフィーネをちらっと見て、私はキティにだけ聞こえる様にボソッと呟いた。
「名前はデフォルトね。
でもあの様子だと、やっぱり転生者で間違いないかしら?」
キティ用に今確信しました演出を忘れない。
公爵令嬢モードの私は、高貴なオーラを纏いフィーネに向け放つ。
グローバ夫人仕込みの威圧術なめんなよ。
そのオーラに、フィーネが顔を引き攣らせ後ずさった。
あのな、悪いけど、こちとら公爵家の人間なんだわ。
男爵家のお前に舐められっぱなしでいい訳ないだろう。
キティは驚きを隠す為、慌てて扇で口元を隠していた。
ヒロイン(と思い込んでいる)のあまりに酷い態度に驚愕している様だ。
「それで……そのヤドヴイカ男爵令嬢とやらが、私達に何か御用ですの?」
ギラリと私に睨まれ、フィーネは一瞬たじろぐも、ぐっと身体に力を込め、私を睨み返してきた。
己の力量も相手の力量も測れないとは、呆れる程の阿保だな。
「私はあんたみたいなモブ令嬢に用はないのよっ!
私が用があるのは……っ!」
フィーネはそこでキティをキッと睨み、ビシッと指差した。
「あんたよっ!悪役令嬢キティ・ドゥ・ローズっ!」
名指しされ、キティは手に持った扇をプルプル震わせている。
シンプルにビビってんじゃねーか。
私はピクリと片眉を上げた。
この場で塵に還してやろうかぁ?
この女ぁ………。
「貴女、ちょっと行き過ぎてらっしゃるわね……」
さっきのオーラの100倍増しくらいの威圧を放ち、私はフィーネを睨む。
流石にこれにはフィーネも、やっと黙って固まった。
殺気を込めた覇気じゃないだけ感謝しろよぉ?
ちなみにキティはチビる手前みたいな顔して震えてる。
えっ?私?
まさか私に?
「どこからご指摘すればいいのかも分からないくらいですわね……。
でもそうね、まずは、下位の貴族から上位の貴族に話しかけるのは、ルール違反でしてよ?
ましてや、私は公爵家、こちらのキティ様は侯爵家。
男爵家の方と話す事自体、あり得ませんのよ。
それから、さっきからの貴女の話し方。
とても貴族の令嬢とは思えない、酷いものね。
貴女に比べれば、市井の商売人の方が、よっぽどまともに話すわね。
とてもでは無いけど、貴族のご令嬢とは思えませんわ」
ゆっくりと噛み砕く様に私は話す、が、一切口を挟む隙を与えない。
口を挟もうものなら、どんな目に合うか分かってるんだろうな?という威圧感を放つ。
「それから。貴女のキティ様への態度と暴言は、不敬罪を問われても文句を言えなくてよ?
この方は恐れ多くも、第二王子殿下、クラウス様のご婚約者様ですのよ。
既に王宮に部屋を賜っていらっしゃる、尊きお方ですの。
キティ様への暴言は王族への不敬と見做されましてよ?
貴女、それを分かっていて?」
私はパシッと扇を閉じて、それでビッとフィーネを指した。
本当ならカゲミツを抜きたいところだが、そこはグッと我慢する。
私の威圧感にアワアワしていたフィーネは、だが私の言葉にハッと我に変えると目を吊り上げた。
「だからっ!私はこの世界の主人公なんだからっ!
貴族のルールとか不敬罪とか、そ〜ゆ〜のは関係無いのっ!
そ〜ゆ〜のは全部、悪役令嬢のキティの役割でしょっ!
それよりそうよっ!何で悪役令嬢がクラウスの婚約者になってる訳っ!
おかしいじゃ無いっ!
あんたが何もしないせいで、私の出会いイベントは台無しだし!
いいからあんたは今すぐ私の為にキャンキャン言いなさいよっ!
今からでもいいから、私と攻略対象との出会いイベントをやり直しなさいっ!
あんたはこのゲームのただの駒なんだからっ!
ちゃんとゲーム通りに動きなさいよっ!!」
もの凄い勢いでキティに詰め寄る。
もう数センチ近寄ったら遠慮無くカゲミツを抜こう……。
そう思い、空間魔法でいつでもカゲミツを取り出せる様に準備しておく。
キティはポカ〜ンとしている。
そりゃそうだ。
前世で自分の分身としてプレイしていたヒロインとは、似ても似つかないのだから。
そもそも、この世界の貴族令嬢としても、全く成り立っていないし、かといって平民と扱うにしても酷すぎる態度だ。
貴族、平民などというレベルでは無い。
人として屑すぎる。
いや、準魔族なんだが。
ややして、やっとキティも腹が立ってきたのか、フィーネに対して何か言おうと口を開いた、その時。
「キティ、何か困り事かな?」
クラウスの声に、キティは驚いてその声のする方に振り向く。
と、同時に。
「クラウス様ぁ〜〜」
甘ったるい声を上げて、フィーネがクラウス様の方に駆けて行く。
「聞いてくださいましっ!キティ様ったら酷いんですよっ!
私が男爵令嬢だからって、辛くあたるんですぅ!」
フィーネが甘えた声で訴える内容に、カフェに居合わせた他の生徒達が、一斉に首を横に振った。
あら?皆さま、ちゃんと聞いていてくれてたのね。
全くヒロイン補正など存在しない事を確認して、私はニヤリと笑った。
クラウスは近寄ってきたフィーネを一瞥する。
その二人の様子を黙って見つめながら、キティが真っ青な顔で震える手をギュッと握り合わせた。
次こそクラウスがヒロインに一目惚れするのではないか、とでも思っているのかも知れないが、よく見ろ、アレを。
アレは人間を見る目じゃ無いぞ?
なんだこの生き物は?
喋るゴミか?って顔してるぞ?
私は心から楽しそうに笑って、キティに言った。
「キティ様、どうかしら?
彼女のお望みを叶えて差し上げたら?」
キティは目をパチクリさせて、私を見た。
「彼女のお望み通り、キティ様の言いたい事を仰れば良いのですよ」
私は、大丈夫だから、と力強く頷いた。
キティは訳が分からないって顔をしていたが、やがて意を決した様にキッと前を見据えた。
そうだ、やれやれっ!
このまま言われっぱなしじゃ、キティの名が廃るぞっ!
キャンキャン言ったれぃっ!
キティは深呼吸をした後、扇をバッと口元の前で広げた。
「ちょっと、そこの、フィーネ?さんだったかしら?
その方に馴れ馴れしくするのはおやめ下さいまし」
よしっ!言ったっ!
ちょっと震え声だったけど、よくやったっ!
いいぞいいぞ、もっとやったれっ!
「きゃっ!やだ怖〜い。
クラウス様ぁ、あれがあの人の本性なんですのよ?
あんな感じで私を虐めるんですぅ」
フィーネはキティを見て嬉しそうにニヤ〜っと笑った後、クルッと振り返り、クラウスに甘い声と仕草で擦り寄ろうとして……剣の柄に手をかけているジャンに間に入られ、阻まれた。
キティは興奮して肩を上下させている。
人を責めたり、言い返したりした事が無いのだろう。
だが、フィーネに対してそんな遠慮要らないぞ。
私は、いいぞいいぞもっとやれっ!といった感じで小さくパンチのジェスチャーをしてキティを煽った。
キティはそんな私にコクリと頷き、もう一度深呼吸をしてから続ける。
「先程から、許しもないのに尊いそのお名前を口にするのもおやめ下さい。不敬ですわよ。
その方は恐れ多くもこの国の第二王子殿下に在らせられます。
そして私の婚約者様でございます。
何の許しも無い貴女が、気安くお側に侍るなど、許されないのですよ?」
落ち着いた態度で、キティは粛々とそう告げる。
その毅然とした姿は、とても高貴で美しかった。
キティとてフィーネと同じ転生者。
右も左も分からない状態で、ルールも生活様式も違う異世界に放り込まれたのは同じ事。
しかし、キティは努力に努力を重ねて、今のこの自分を手に入れたのだ。
本人にはいまいち自覚が無いようだが、人としての器が明らかにフィーネとは違う。
本来ヒロインであるフィーネが、悪役令嬢であるキティの足元にも及ばないとは……。
その事に、愚かなフィーネが気付く事は恐らく一生無いだろう。
ヒロインであるだけで全てが自分の思う通りになる、と何もせず、その設定に胡座をかいてきたお前なんぞには、一生分からんだろうよ。
キティの血の滲むような努力はな。
更に、原作に無い逆ハーエンドまで浅ましく手に入れようと、魔族の力まで借りたお前はもうその時点で人としても終わっている。
折角転生したその命、無駄に使ってご苦労な事だ。
フィーネはキティの言葉に、ますますニヤニヤ笑ってクルッとクラウスを振り返ると、涙目でクラウスを上目遣いに見つめた。
「クラウス様ぁ、私怖〜い。
助けて下さい〜。貴女のフィーネをあの悪女から庇って?」
未だ壁役になっているジャン越しに、ぴょこぴょこ爪先立ちで、何とかクラウスと目を合わせ様としている。
ちっ、邪魔なのよっ。と言う呟きまでハッキリ聞こえてんぞ。
ジャンに謝れこの愚物。
……が、クラウス。
キティをガン見である。
フィーネには目もくれず、穴が空く程キティをガン見……。
……嬉しかったんだろうなぁ……。
キティに、私の婚約者って言われたのが、よっぽどキたんだろ〜なぁ。
あの一瞬、クラウスがゾクゾクッと背中を震わせて恍惚の表情をしたのを、私は見逃さなかった。
いやぁ、ホント、友達カプのそ〜ゆ〜の、正直キッツイわ〜。
薄い本なら色々捗る場面なのに、ホント、リアルだとキッツイ。
キティも流石にそのクラウスの様子に、遂にキョロキョロおどおどし始める。
いや、獲物を狙う目で見られてるもんね、そりゃそーだろう。
クラウスは長い足を大股で繰り出し、一気にキティとの距離を縮めると、ヒョイっとキティを抱き抱え、髪やら頬やらにチュッチュッとキスを繰り返した。
あ〜キッツイ……。
本当にキツいわ……。
頼むからよそで二人きりでやってくれよ。
キティが涙目で私を見てくる。
が、いや……ごめん……。
こんな結果になるとは……。
大体予想は付いてたけどねっ!
なぁ〜はっはっはっはっはっ!
私は我慢出来ず、くっくっと肩を揺らして笑った。
キティが目を見開いて、信じられないものを見る目で私を睨んでいる。
いやぁ、焚き付けたのは私だけど、その魔王に目を付けられたのは自分の責任だから〜。
ってかいい加減、その魔王の溺愛に気付いてやれよ〜。
「どうしたの?キティ。
今日はすごくお喋りだね。凄く可愛い。
もっと俺とゆっくり2人きりでお喋りしよう、ね?」
嬉しそうにそう言うと、クラウスはキティを抱き抱えたまま、スタスタとどこぞに歩き出した。
「おい、おーい!クラウス。
このぶっ飛んだご令嬢どうすんだよ?」
ジャンの声に、クラウスは煩わしそうに足を止めて、興味無さそうにフィーネをチラッと見た。
「何だ?それは」
クラウスの返事に、流石に私はプッと噴き出し笑ってしまった。
何だ?それはって!
人扱いもしてねーじゃねーかっ!
「その方は、フィーネ・ヤドヴイカ男爵令嬢ですわ、クラウス様」
私の返答に、クラウスはおざなりに頷くと、感情の籠らない目でフィーネを見て、一言告げる。
「知らん。適当に処分しとけ」
それだけ言って、キティにはニコニコ笑いかけながら、再びスタスタ歩き始めた。
もう流石に誰も引き止められず、去って行くクラウスをただ呆然と見ているだけだった。
「はぁ、先ずは周りに居た人間から聞き取りだな。
ノワール、ミゲル、手分けして頼む。
ジャンはその令嬢を護衛騎士と聞き取り室に連れて行っておいてくれ」
レオネルが深い溜息を吐きながら皆に指示を出す。
クラウスの肩越しに、キティが申し訳なくて居た堪れない……といった顔でこちらを見ている。
いや、アンタは1ミリも悪く無いから。
気にすんな。
「ちょっと!何でよっ!ヒロインは私よっ!
クラウス様と結ばれるべきなのは、私っ!フィーネ・ヤドヴイカなのっ!
そいつはただの悪役令嬢なんだからっ!
騙されないでっ!クラウス様っ!」
フィーネは尚も喚き散らしている。
その言葉に、周りの温度が急激に下がった。
……最早、お馴染みのブリザードの気配。
「キティが、悪役令嬢?
しかも、可愛いキティをそいつ呼ばわり?」
ノワールが今にもフィーネに氷塊を落としそうになっている。
その様子をハラハラしながらクラウスの肩越しに覗いているキティに、私はヒラヒラと手を振りながら、悠然と微笑んだ。
「キティ様〜ご機嫌よ〜う」
楽しそうな私の声を後にして、キティはクラウスに連れ去られていった……。
はい、ドナドナド〜ナ〜。
いってらっしゃ〜い。
去って行く二人の姿を眺めながら、私は自分の中の虹精神を総動員する。
あれは私の推しcp、あれは私の推しcp、あれは私の推しcp………ハイッ!整いましたっ!
「ロリッ子美少女があの変態野郎にどんな目に遭わされるのか……考えただけで爆ぜるっ!
この背徳感が最高に尊っ!」
私の呟きを、隣でジャンが聞こえなかった事にしている。
『また碌でも無い新しい呪文かよ……』
おい、心の声漏れてんぞ。
それから、呪文じゃないから。
……いや、リアル友達カプを虹変換する禁断の魔術、と言えなくも無いっ!
スゲーなっ!ジャンッ!
お前、偶に確信突いてくんの、一体何なの?
「離せっ!離せよっ!
何でアンタら私にこんな事できる訳っ⁉︎
私はアンタらのヒロインだって言ってるじゃんっ!
アンタら全員、何でゲーム通りに動かないんだよぉっ!」
ギャーギャーとまだ喚くフィーネの口を、私はガッと掴んでギリギリと力を込めた。
「ぐっ、ぐぇっ、んんっ!」
ギリギリと掴み上げられ、フィーネは苦しそうに呻く。
「少しお黙りあそばせ」
ピシィッとその口を氷漬けにすると、フィーネは目から涙を流しながら、やっと静かになった。
「お、おいおいおい、やり過ぎだろ」
まだフィーネの正体に辿り着けないジャンがオロオロしているが、そんな事はどうでもいい。
これ以上コイツの醜い喚き声など聞きたくも無い。
「いいからさっさと連れて行きなさいよ」
ギロっと睨むと、ジャンは一瞬息を飲んでから、大人しくなったフィーネを連行していった。
……しかし、エリオットの判断は正しかったな。
こちらから炙り出す必要も無く、早速あちらから接触してきて、見事に魔王とラスボスの逆鱗に触れてくれた。
事前に準魔族と分かっていれば、どちらも遠慮などしなかっただろう。
さっきのイザコザで一瞬に塵に還して全てが終わっていた。
私でも何度もそうしてやろうかと思ったくらいだし。
学園の革命には、思っていた以上の忍耐力が必要そうだと、私は密かに溜息を吐いた………。




