EP.37
私がキティと馬車に乗り込もうとしている時、クラウスがやはりどこからとも無く現れた。
「キティ?どこに行くの?」
「私の家で、女の子同士の交流会ですわ」
クラウスの言葉に私が答える。
クラウスと無言で見つめ合い、バチバチと火花を散らす。
キティはオロオロとそんな私達を見つめていた。
「クラウス様は生徒会のお仕事があるのでは?
キティ様の事は引き続き、私にお任せ下さい。
夕食前には王宮にお帰し致しますわ」
にっこり微笑む私に、クラウスは溜息を吐き、仕方無さそうに頷いた。
「では、護衛騎士を5人ほど」
「必要ありませんわ」
クラウスの言葉に被せ気味で答える。
「我がアロンテン家と、私を侮らないで下さいまし」
ギラリとクラウスを睨み付ける。
「そんな事は、俺の単独討伐数を超えてから言ってくれ」
ニヤリと笑うクラウスに、負けじと私もニヤリと笑う。
「あら?討伐数なら私今貴方と同列に並びましたけれど」
クラウスは一瞬目を見開き、直ぐにやれやれといった感じで溜息を吐いた。
「……お前と一緒なら、ファイヤードラゴンくらいなら退けられるか」
私はクラウスに、すぐさま不満そうな声を上げた。
「あら、レヴィアタンくらい、退けますわよ」
クラウスはますます深い溜息を吐く。
「分かった。夕食までには必ず帰すように」
念を押す様なクラウスの言い方に、私は片眉を上げて、鼻で笑った。
「はいはい、お約束致しますわ」
面倒臭そうに答える。
私とクラウスとのやり取りをオロオロ見ていたキティが、はうっと何かを思い付いた様な顔になり、フンスフンスと鼻息荒く、目を見開き私ににじり寄って来る。
多分、〈キラおと1〉には登場していなかった私という存在を、皆との仲の良さとを測り、裏ヒロインか何かと勘違いしている……。
いやいや、勘弁してくれ。
「もう、キティ様は分かりやすいですわ。
でも、違いますわよ」
心を読まれた事にショックを受けている様子のキティ。
おいおい、勘弁してくれ。
そんな衝撃的な新展開は存在しない。
自分の予想が外れ、キティが口を尖らせすねていると何故かそこにクラウスがチュッとキスをした。
おいっ!流れる様にセクハラかますなっ!
「キティ、いい子でね。
また夕食の時に」
そう言って颯爽と去っていく……。
キティは口を尖らせたままの顔で固まってしまった。
そして徐々に顔を赤く染めてゆく。
くっ、リアルイチャラブ勢めっ!
少女漫画かよっ!
いや、乙女ゲーの世界だけどもっ!
キティのビジュアルが良すぎて見てるこっちまでキュンキュンするわっ!
尊いっ!
仕方無いから推しcpにさせて頂きますっ!
薄い本出たら必ず買おうと心に決めながら、私は今だ固まっているキティに声を掛けた。
「さっ、キティ様。
邪魔者も居なくなりましたし、早速参りましょう」
内心の動揺は全く表に出さず、私はキティを連れて邸に向かう。
邸に着くと、キティは口をあんぐり開けて馬車から門を見上げていた。
すまんね、無駄にデカくて。
仕方ないんだ、王家の親類である公爵家なもんで、体面とかもあってさ。
あと、雇用を生み出すのも大事な責務でしてね。
こんだけの邸だから、それなりに人を雇ってるのよ。
デカい会社くらいに思って貰えれば良いかも。
門からそのまま馬車で玄関に向かう。
辿り着いた玄関には、使用人達がズラーリ。
先に伝達魔法でキティを屋敷に招く事を伝えておいたからね。
流石、公爵家使用人。
良い仕事するわ。
「お嬢様、おかえりなさいまし。
ローズ侯爵令嬢様、ようこそおいで下さいました」
キティはにっこり微笑み、使用人達に応える。
流石、淑女の若手No.1。
その愛らしくも優美な微笑みに、一部の使用人達から堪え切れない溜息が漏れる。
ホッホッホ。
どうよ?うちのキティたん。
可愛いでがしょ?
鼻高々で気分最高潮の私は、にっこりキティに笑いかけた。
「中庭でお茶に致しましょう」
私はそう言うと、キティを連れて中庭に出る。
いや本来なら二人とも、制服からアフターヌーンティー用のドレスに着替えたりとか、面倒臭いアレコレがあるんだが。
急ぎの大事な要件があるからそれは必要無い、と事前に申し付けてある。
キティもそれどころじゃ無さそうだし。
ってか本当にこの世界の女子、面倒くせぇ……。
庭園の中央に置かれた豪華な机の上には、既にティーセットの準備が出来ていた。
私は静かにそこに座ると同時に、防音と幻影の結界を張った。
キティは自分の前に用意されたカフェオレに驚いている。
「この前、お好きだとお聞き致しましたので」
優しく微笑む私に、キティもにっこり笑い返してくれた。
「覚えていてくださったのですね。
ありがとうございます。」
あっ、ちょっとその笑顔……罪悪感がハンパない。
ちょっと嵌めさせてもらう予定だから……。
無垢なキティの笑顔に危うく滅されそうになりながら、私はカフェオレとお菓子を勧めた。
キティは美味しそうにお菓子を食べてくれている。
甘いもの好きだもんね。
お食べお食べ、た〜んとお食べ。
ついうっかり師匠みたいになりながら、私はさて、と口を開いた。
「最近、コーヒーの飲み方も色々と帝国から伝わってくる様になりましたね」
へ〜っとキティはクッキーをもぐもぐしながら、頷く。
可愛い。
「キティ様のお好きな飲み方は、カフェ・オ・レと言うそうですよ」
再びへ〜っと頷くキティ。
「ですが、王国ではすっかりカフェオレと呼ぶのが定着しましたわね。
第二王子殿下のご寵愛厚いキティ様が、いち早くその飲み方を実践されて、流行りに敏感な王宮の淑女達がこぞってカフェオレを飲み始めましたから」
え〜、と一瞬照れた後、キティは一気に冷や汗を吹き出した。
ふふっ、やっと気付いた?
「帝国より飲み方が伝わる前から、カフェオレは王宮の淑女達のステータスとなってしまいましたわね、ね、キティ様」
に〜っこり笑う私に、キティは蛇に睨まれた蛙の様にガマ油をダラダラ流す。
「ちなみに、私のこの飲み方も、ブラックと呼ばれ始めたのは、つい最近なんですの」
えっ?とキティは目を見開いた。
「最初、王宮ではこれをコーヒーと呼んでいましたのよ。
他の飲み方など知りませんでしたから。
キティ様の考案されたカフェオレと比較して、ブラックと呼び出したのです」
ここでやっとキティは【祝義の謁見】の日、廊下で私と交わした会話を思い出した様だ。
そうそう、私はあの時キティにこう言った。
『キティ様はカフェオレ派なのね、私はブラックが好みなの』
全ては今日この日の為の布石だがなぁっ!
ふぁーはっはっはっはっ!
掛かったわねっ!キティッ!我が包囲網にっ!
私が既にカフェオレやブラックという飲み方を知っていた事にやっと気付いたキティは、ますます目を見開いて私を見つめる。
それを楽しそうに笑いながら見つめ返し、最後の種明かしをする。
「私達にはコーヒーの方が身近だったものね。
当たり前過ぎて、やっぱりあの時の会話に違和感を感じて無かったのね?」
瞬間、キティはガターンと立ち上がった。
机の上の食器がガチャっと音を立てる。
あらあら、淑女の鑑と呼ばれるキティ様にはあるまじき行いだわ。
おーほっほっほ!
「や、や、やっぱり!
シシリア様も転生者っ⁈」
キティの素っ頓狂な声に、私はとうとう堪え切れず、大きな声で笑った。
「アッハハハハッ!けっこーヒント出してきたのに、ぜ〜んぜん気が付かないんだものっ!
あ〜可笑しいっ!」
目の端に涙を滲ませて笑い転げている私を真っ赤な顔で見つめるキティ。
プルプルと震えながら、小声で聞いてくる。
「シ、シシリア様は、いつ気が付いたんですか?」
私は目の端の涙を拭いながら、ふふふと笑った。
「防音と幻影の結界を張ってあるから、好きに喋ったり振る舞ったりして、大丈夫よ。
周りに音は漏れないし、私達の姿もお淑やかにお茶している様にしか見えないから」
キティは驚きながらキョロキョロと辺りを見渡している。
けど魔力量の少ないキティでは、探知する事は出来ない様だ。
ガックリと項垂れて椅子に座り直すキティ。
私はそれをニマニマと笑って眺めながら、キティに答える。
「それで、さっきの質問ですけど、私が転生に気付いたのは、10歳の時。
キティ様もそうだと気付いたのは、割とその直ぐ後ね」
私の返答に、キティはあんぐり口を開いたまま、動かなくなった。
「私も〈キラおと〉が好きで、よくやっていたから、貴女があのキティ・ドゥ・ローズだと直ぐに分かったし。
だから、原作のキティとは違う事にも気付いたの。
もしかしたら、この子も転生者じゃないのって思って注意して見ていたら、あっ、間違い無いなって思う事ばかりで」
そう、あの幼い頃、ショタクラウス×ノワールで捗っていた貴女を見てから……。
私には確信の2文字以外はあり得ませんでしたっ!
「それで、私も悪役令嬢でしょ?
だから、何だか貴女の事も気になって見てたら、どんどん放っておけなくなって……」
「えっ?シシリア様が悪役令嬢っ?」
キティの驚きの声に、私はここは一応目をパチクリさせておく。
「そう、私も悪役令嬢。
〈革命!レボリューション キラメキ⭐︎花の乙女と誓いのキス2〉
の悪役令嬢、シシリア・フォン・アロンテン公爵令嬢、が、私」
キティは驚いて、また椅子から激しく立ち上がった。
「〈革命!レボリューション キラメキ⭐︎花の乙女と誓いのキス2〉⁈
2?〈キラおと〉2⁈」
そうそう、そりゃそーゆー反応になるよね。
とは言えず、私は更に目をパチパチさせ、ややしてハッとした顔でキティに聞く。
「キティ様って、前世で何歳で死んだの?
死亡した時の西暦は?」
私にそう聞かれて、キティは申し訳無さそうに眉を下げた。
「……実はその辺、よく思い出せなくて……」
あ〜、そうなのかぁ。
私は少しホッとして、申し訳無さそうに私を見るキティに納得した様に頷き、自分の顎に手をやった。
「私は自分の死んだ時の事をよく覚えているから、キティ様もそうだと思い込んでいたけど、そうね、普通はそうかも……。
つまり、キティ様は2の発売前に亡くなった可能性が高いのね」
考え込んでいる(フリ)私に、キティはおずおずといった感じで聞いてきた。
「ちなみに、シシリア様の前世の死因は?」
「事故よ」
冷静にスパッと返すと、キティは驚いた顔をした後、ますます申し訳無さそうに眉を下げた。
まぁ、事故っていっても、神様のペットにプチッと踏み殺される、レアなヤツだけどね。
「そ、それで、その。
〈キラおと2〉の悪役令嬢がシシリア様で……」
「〈革命!レボリューション キラメキ⭐︎花の乙女と誓いのキス2〉」
わざわざ言い直すと、キティは憐憫の目を私に向ける。
「革命……」
「レボリューションよっ!」
私はバンッと机を叩いて立ち上がった。
「重複してんのよっ!!」
気になってたでしょっ!
気になってたよねっ?ここっ!
だからさっき、お茶を濁そうとしてくれたんでしょっ?
良いの、良いのよっ!
もうっ、事実もタイトルも変わらないんだからさぁっ!
「そんなアホっぽいタイトルの悪役令嬢に生まれ変わるだなんて……泣くに泣けないわ……」
力無く呟く私に、キティは静かに両手を顔の前で合わせた。
いや、弔わないでっ!
「ちなみに、攻略対象達は、あのバカ第三王子とそのアホ取り巻き達よ……」
ああ〜〜っとキティは眉根を指で押さえた。
そう、あの第三王子とその取り巻き達。
アレで、なんかもうアレな奴らだ……。
まぁ、色々と拗らせてくれてる。
ぐっ!……俺の隠されし邪眼がっ!とか言い出しそうな奴もいる、アレだよ……。
「前作がすごくよくある平凡な作品だったわりにそれなりに人気が高かったのは、従来の悪役令嬢スタイルを無視した、キティ・ドゥ・ローズの存在があったからよ」
キティがあ〜っ、という顔をする。
まぁそこから、例の5人の超美麗スチルにより沼に叩き落とされるらしいが、私にはキティたんの尊さしか分からん。
「それに味を占めた製作陣が、今度はそれをヒロインで再現しちゃったのが〈キラおと2〉な訳」
キティが、もう嫌な予感しかしない……といった顔をする。
よしっ!その予感っ!ハズレなしっ!
「ヒロインは破天荒な男爵令嬢。
校則なんて関係ないわ!な改造ミニスカ制服で、貴族のしがらみや淑女の嗜みなんかをバッタバッタと薙ぎ倒す!
学園で気が合った第三王子とその愉快な仲間をお供に連れてっ!
そう、学園革命!」
「レボリューションっ!」
キティは思わず、私と同じ様に右手を天に向かって突き上げ、叫んだ。
そうそうっ!このノリっ!
私は力が抜けた様に、ヘナヘナと椅子に座り込んだ。
「もう、ね。どっから突っ込めばいいのやら……」
「心中お察しします……」
キティが静かに黙祷を捧げる。
いや、だから、弔わないで……。
「それで、シシリア様はどんな悪役令嬢なんですか?」
キティの問いに、私は自重気味に笑った。
「対する悪役令嬢である私は、超優等生の歩く貴族辞書。
貴族はこうあるべきーとか、口煩いロッテンマイヤータイプね」
キティは凄くまともなシシリアのキャラ設定に、ショックを受けている様だ。
そりゃそうだよね。
悪役令嬢のキティのキャラ設定、もう無茶苦茶だったもんね。
「じゃあ、断罪イベントも?」
「あるわよ」
アッサリ言い放つ私に、キティはぶんぶん腕を振って興奮気味に聞いてきた。
「どうやって断罪イベント回避するつもりですか?良ければアドバイスをっ!」
「しないわ」
「えっ?」
キティの間抜けな顔を見て、私はちょっと笑いながら答えた。
「しないわ、断罪ルート回避。
必要ないから」
キティは訳が分からないといった感じで首を傾げる。
「ちなみに、キティ様にも必要ないわよ」
続く私の言葉にますます首を傾げる。
「そもそも、ゲーム自体始まらなかったでしょ?」
私の言葉に、キティはあっ!という顔をして、ぶんぶん腕を振った。
可愛い仕草、もうお腹一杯です……。
が、まだいけるっ!
おかわりっ!
「そう、それっ!
何でヒロインの出会いイベントが起きなかったのっ⁈」
キティの問いに、私はピッとキティを指差して、ニヤリと笑う。
「それは、キティ様が何もしなかったから」
私の返答に、キティはますます首を傾げる。
「〈キラおと〉の出会いイベントをもう一度、正しく思い出してみて」
「えっ、だから、正門の近くで転けてしまったヒロインを……」
「キティが、お前!この方を誰だと思ってるのっ!お前如きが道を塞いで良い方じゃないのよっ!て、キャンキャン」
私が続けた言葉に、キティはポンッと自分の手を打った。
それでクラウスが、キティに言い過ぎだと怒り(何様だ)ヒロインに手を差し出して、抱き起こす。
「で、うちのお兄様の時は?」
「えっと、キティが、男爵家の癖にそんな難しい本読める訳ないのにっ!見栄を張っちゃって、本当に浅ましいっ!て、キャンキャンヒロインにウザ絡みして……」
そう、それで呆れたレオネルがキティを追い払い、ヒロインの持っている本が自分の物と一緒だと気付きナンパする。
……あの男が、その程度で?
そもそも有り得ん。
「ノワールの時は?」
「だから、キティが、お前に水をやられる花が可哀想だわっ!男爵家の浅ましい手で水をやられた花は直ぐに枯れるわねっ!
って、キャンキャンウザ絡みして……」
そこに偶然通りかかったノワールが、うちの妹がごめんねって、流れになる。
って、いや、ならね〜よ。
ノワールならまず間違い無く、ヒロインになぞ目もくれず、クラウスが居ないのを良い事にそのままキティを邸に連れて帰るね、絶対。
この辺りでキティも気付いてきたのか、あらあらあら?って顔をして、ぶつぶつと呟き出す。
「そうよっ……ジャン様もミゲル様も……。
木刀が飛んできて危ない思いをしたヒロインに、キティが、ザマァみろっ!男爵家如きが云々キャンキャン……で、キティはジャン様に怒られて……その後ジャン様はヒロインにって流れで。
教会でも、お前如き、神様の視界にも入らないのに厚かましいっ!てキティがキャンキャン……。
キティはミゲル様に諭されて、追っ払われて。
その後落ち込むヒロインにミゲル様が、神はどなたにも門戸を開いておいでですって優しく話しかけるのよね………」
全部口に出ている事はあえて突っ込まず、取り敢えず静観しておく。
全ての出会いイベントを細かく思い出したのか、キティは真っ青な顔でブルブルと震え、私を見た。
「わ、私がもしかして、出会いイベント発生条件だったっ⁈」
「そうね〜。キティはストーリーの進行にはまったく関係ないんだけど、出会いイベントだけは別で、ガッツリ関係してくるのよね〜」
のほほんとした私の声に、キティはワナワナと体を震わせた。
「朝も言ったけど、あの人達がそもそも男爵家程度の身分の人間にこちらから話しかけたりはあり得ないのよ。
勘違いされて、面倒な事になるのが目に見えているもの。
でもそれが、幼馴染の高位貴族のご令嬢をフォローする為であれば、話は別ね」
キティは私の言葉に、体だけじゃなく、歯もガチガチいわせて震えていた。
知らず知らずにヒロインの出会いイベントを全潰ししていた事に気付いたせいだろう。
「わ、私、今からでもっ!」
そう言って今にも駆け出して行きそうなキティ。
あらあらぁ、要らないってばそんな事。
まっ、落ち着いて。
私はキティに拘束魔法を掛けて、そのまま椅子にストンと座らせた。
魔法を掛けられた事に、ちょっとドキドキワクワク顔のキティ。
可愛すぎかよっ!
「必要ありませんわ」
公爵令嬢然とした喋り方に戻り、ピシャッと言い放つと、場がピリっとした。
キティは素早く居住まいを正す。
流石です。
「落ち着いた?いやね、厳しい淑女教育のせいて、身体が勝手に反応しちゃうもの」
私は厳しい表情を崩し、ふふっと笑う。
「キティ様はこのまま何もしなくていいのよ」
諭す様にそう言うと、キティは訳が分からないといった顔で、私をじっと見る。
「私、あのヒロインを朝からずっと観察してたの。
この世界だけに存在するオリジナルなのか、それとも前世の記憶を持った転生者か」
そう言って、私は溜息を吐いた。
「どうやら、彼女は後者の様ね。
しかも〈キラおと〉を知ってる人間」
いやとっくに知ってるけどね。
一応、これはキティ用のシナリオ。
あの女になぞ、キティが罪悪感を感じる必要など無い。
その罪悪感、端から潰させて貰う。
「つまり、自分が攻略を進めると、人が1人死ぬって分かっている人間」
あっ!……とキティは小さく声を上げた。
「そうよ、いくらストーリーには関係なく勝手に死ぬとは言っても、自分が攻略を進める事でキティが死ぬ事は分かっている筈よ。
それなのに、彼女は出会いイベントを発生させようとした……」
冷え切った瞳の中に、微かに炎を揺らめかせ、私は蔑む様に言った。
「そんな人間に、キティ様が何かしてあげるなんて、馬鹿げてるわ」
キティは私の言葉に、ヒロインが攻略を進め無ければ、もしかしたらキティである自分は助かるかもしれない……。
その事に気付いた様で、少し明るい表情になった。
私はその様子に、ほっと息を吐いて笑った。
「あっ、それで、シシリア様の方のヒロインはいつ現れるの?」
キティの思いもよらない質問に、私は動揺を隠しつつ答える。
すまん、その辺まったく頭に無かった。
「私の方は来年の今頃よ。
2学年に上がった頃にヒロインは転入してくるの」
そう、来年の今頃……。
原作キティは来年の今頃には、何らかの理由で死んでしまっている。
17歳の誕生日直前に、キティは死ぬのだ。
絶対に、私がそうはさせない。
アンタは私が死なせない。
アンタが望むなら、魔王の嫁にでも何でも、私がしてあげる。
「大丈夫よ。貴女は私達が守るから」
私がギュッと両手を握って力強くそう言うと、キティは頷いて、顔を赤くした。
「あの、ちょっと…お願いが……」
不思議そうに首を傾げると、キティは顔を真っ赤にして思い切る様に口を開いた。
「シシリィって呼んでも良いっ?」
そのキティの様子につられる様に、私も頬を染めて答える。
「もちろんよ。私もキティって呼ぶね」
そのまま私達は照れながら笑い合った。
ちょっ!ナニコレっ!
嘘でしょっ⁉︎
私にもフラグが立ってないっ⁉︎
あんのっ⁈
幻の友情エンドッ!
あんじゃないのっ?これっ!
そうと分かれば絶対に他の奴には譲らねぇ……。
魔王?はっ?何それ、美味しいの?
ぜってぇに逃さねえ……。
私はそう心に誓い、キティの両手をギュウッと掴んだ……。




